第280話 龍と狐
◆◇◆◇◆◇
『ーーそれでは二回戦、第四試合開始してください!』
試合開始を告げる司会者の声が会場に響き渡る。
二日間かけて行われた武闘大会本選の一回戦も終わり、その翌日である今日は朝から本選の二回戦が順次進行していた。
俺の二回戦の相手の名前はリィウ・イェン・ロウ。
ファロン龍煌国の君主の一族であるロウ家の姓を持つことから分かるように、龍煌国の皇子の一人だ。
現煌帝であるラウは子沢山であり、目の前にいる古龍人族のリィウは第四皇子になる。
リィウも含めて多くの皇子皇女が武闘大会に出場しており、そのうち四人の皇族が本選に進出していた。
龍煌国は武を重んじる国柄というわけではないが、皇族の中で武を修めている者は男女問わずこの〈
また、この慣習には年齢や種族などを考慮した上でだが、武闘大会での成績がそのまま将来の進路へ反映されるという、皇子皇女にとっては重要な意味を持っている。
好成績を収めた者は自分で好きに進路を決める権利が与えられ、その逆は煌帝によって将来を決められるんだとか。
普通は無理なことも許されるらしく、過去には恋仲であった平民の女性との婚姻を望んでいたとある皇子が、武闘大会で準優勝を果たしたことで婚姻を許可されたといったことがあったそうだ。
望みがあれば自分で勝ち取れという方針は脳筋感があるが、そのおかげなのかロウ皇家は代々優秀な者を輩出し続けていた。
目の前のリィウも第四皇子という皇族の中では然程高くない身分だが、こうして本選に出場できるほどの力を持っている。
そんなリィウだが、試合開始の宣言があっても槍を構えたまま動く気配がない。
予選や本選一回戦での俺の情報を知っていれば即座に攻撃を仕掛けてくると思ったのだが、何か狙いがあるのだろうか?
まぁ、そういうことなら芸が無いが、同じ手を使って向こうの出方を窺うとしよう。
「〈
一回戦と同じように前方へと突き出した手の全ての指から光線を放つ。
すると、ここまで動かなかったリィウが五つの光線へと自ら飛び込んできた。
まさに自殺行為な動きだが、リィウの身体へと直撃した五筋の光は彼の身体を貫くことなく霧散してしまった。
「光属性無効化の
「正解だッ!」
弾かれるような静から動への爆発的な動きで距離を詰め、その勢いのまま魔槍を突き出してくる。
おそらくだが、光系仙技が無効化されたことで生まれる俺の僅かな隙を突くのがリィウの狙いだったのだろう。
まぁ、属性無効化系魔導具の希少性を考えれば、まさか攻撃が無効化されるとは思わないだろうから隙は生まれる可能性は高い。
一度しか通じないとはいえ中々有効な手かもしれないな。
闘気による身体能力の強化なども合わせて繰り出すリィウの槍撃は、数瞬後には俺の身体へと到達する。
そんな迫り来る魔槍の穂先を見据えつつ、身に纏っている〈雷精白天衣ビャクライ〉の【磁雷装甲】を発動させた。
白亜の布地の表面に発生した青白い雷電が、身体に触れようとした魔槍の穂先を反発させて正面から横へと受け流していく。
磁力で弾かれたかのように強制的に魔槍の穂先を動かされたことで体勢が崩れたリィウへと、【雷仙武掌】によって雷を纏わせた拳を振るう。
「ッ!? グッ、うぉおっ!!」
「ふむ。この距離で防いだか」
咄嗟に魔槍の持ち手を動かして盾にしたことで拳打の直撃を防がれてしまった。
虫を払うように軽く放ちはしたが、今の俺の筋力値から繰り出す拳打に雷撃を付加した一撃ならば、リィウぐらいは容易く一蹴できるはずなのだが……そう上手くはいかないらしい。
「なるほど。それが古龍人種の種族特性〈龍体装起〉ですか。リィウ殿下も使えるとは知りませんでしたよ」
「……くそっ。こんなに早く奥の手を使わされるとは」
苦々しげな表情を浮かべるリィウの両腕の表面には、先ほどまでは無かった龍鱗が生え揃っていた。
【
数ある人類種の中には、その種族の者達全てが発現することはない特別な種族特性ーーその血に秘められた特性から〈秘血特性〉と呼ばれているーーを持つ種族がいる。
竜/龍人種も秘血特性を持つ種族の一つであり、その中でも身体的特徴からも竜/龍の力の強さが窺える古竜/龍人族やその上位種は秘血特性を発現しやすい。
事前情報にはなかったが、古龍人族であるリィウもその秘血特性〈龍体装起〉を発現させていたらしく、その力で今の一撃を防ぎ切ったようだ。
「ふんッ!」
先ほどの拳打の衝撃で後退したリィウへとビャクライの能力【飛雷鳥葬】を嗾けるが、雷電で構成された鳥の群れはリィウが振るう魔槍の一撃によって次々と破壊されていった。
雷鳥が破壊される度に雷電が辺りに解き放れているのだが、両腕の龍体化によって強化されたリィウの身体には通じていないらしい。
龍体化していない両腕以外の部分に直撃しても変わらないため、龍体化による強化はその部位だけでなく全身に及ぶようだ。
「片腕で一割、両腕で二割の龍体化率だったか? 思ったよりも面倒だな……」
「シャッ!!」
鋭い声と共に突き出されてくる魔槍に対し、先ほどと同じように受け流すべく【磁雷装甲】を発動させる。
だが、龍体化による膂力の強化によって槍撃の威力も上がったことで、魔槍の穂先は磁力の盾を突き破ってきた。
その槍撃を【流水掌盾】の流れるような掌の動きで受け流し、怒涛の連続攻撃を捌き防いでいく。
どうやら龍体化による肉体の変化は闘気にも影響を及ぼしているようで、リィウの魔槍が纏っている闘気からも龍の力が感じられる。
その特殊な闘気〈龍気〉によってある意味、今の魔槍の穂先は龍の爪や牙のようになっているらしく、凄まじい強靭さと攻撃力を有していた。
気を抜いたら手の皮膚が裂けそうなほどの威力だったので、念の為もう少し装備を整えたほうが良さそうだ。
ついでに素手との違いを確かめるとしよう。
【光星天仙法】で仙技〈光眩〉を行使して強烈な光を放って目眩しをすると、【瞬雷閃脚】で一瞬で後退し距離を取った。
リィウの視界が封じられている今のうちに装備アイテムの能力を発動する。
「メルキセデク、手甲装着」
首から下げているネックレス型
「良い感じだ。これなら問題ないだろう」
再び【瞬雷閃脚】を発動させると、次は前進してリィウとの距離を詰めた。
ちょうど視界を回復させたリィウが横薙ぎに槍を振るってきたのを、正義手甲を装着した右手で受け止めてから、左手で【白天撃】を放つ。
リィウの身体に直撃した【白天撃】が非生物である龍気を消し飛ばし、素のリィウの肉体を露出させる。
直前まで身を纏っていた龍気が強制消滅してできた一瞬の隙にリィウの懐へと更に潜り込み、その屈強な胴体へと右の拳による【黒天撃】を喰らわせた。
叙事級最上位である正義手甲メルキセデクを媒介にして放った【黒天撃】は、以前素手で放った時よりも威力が凄まじく、黒い拳撃は身体の前で交差させた龍体の両腕をも軽く消し飛ばし、リィウの胴体に大穴を空けていった。
「ごっ、ふぅ……」
「まぁまぁ楽しかったですよ、殿下」
どしゃりッ、と自らの血でできた血溜まりの中へと倒れ伏したリィウに蘇生のための魔力粒子が集まるのを見下ろしつつ、どの能力をコピーするか吟味する。
『試合終了ッ! ジン・オウ選手の勝利です! 試合開始当初は龍体によってリィウ殿下の優勢かと思われていましたが、次々と明らかになったジン選手の力の前にあっさりと形勢が逆転してしまいましたッ! 素人目線ですが、ジン選手はまだ本気を出していないように見受けられます! ジン選手の本気を引き出せる選手は現れるのでしょうかッ?』
本気を出すかどうかは俺の戦い方次第じゃないかな?
司会者の発言に胸中で答えると、ユニークスキルを発動させた。
[ユニークスキル【
[対象人物を認識しています]
[ユニークスキル【取得と探求の統魔権】が対象スキルに干渉しています]
[対象人物は
[スキル【龍血覚醒】を取得しました]
やはり、蘇生中という仮死状態だとほぼ確実に成功するみたいだな。
死体に対しては発動しないし、正常状態の生者に対する成功率は低いが、その中間?の仮死状態に対してはほぼ百パーセントで成功するというのは少し面白い。
【黒天撃】や【白天撃】によって蘇生効果が吹き飛んでいないか少し不安だったが、無事にリィウが蘇生された。
頭部がやられたわけじゃないからか、蘇生してすぐに上体を起こしたリィウに無言で手を振ってから舞台を後にする。
選手用通路を歩きながら手に入れたばかりの【龍血覚醒】が今の真
「先ほどの一撃は凄かったのう。いきなりあんなヤバい拳撃を放つから大会の結界要員達が焦っておったぞ」
無駄に容姿が整っている狐幼女の正体は一目見て分かったが、まぁ演技に付き合ってやるか。
「それは悪いことをしましたね。ところで……お嬢ちゃんは此処で何をしているんだい? この通路は関係者以外は入っちゃ駄目なんだぞ?」
「フフン。こう見えて儂は関係者なのだぞ? 実はある者に言われてお主を招びに来たのだ」
「ある者か。一体誰かな?」
「……もう相手が誰か分かっておるのではないか?」
「さて、どうだろうね」
「ちなみに、ファロンにはこの大会に出るために来たのかのう?」
当たり前のように俺が他国の者であることを前提に尋ねてくる美幼女に苦笑しつつ、揶揄い混じりに答えを返す。
「実はとある人から脅迫されてね。期限内に自分に会いに龍煌国に来なければ色々と情報を周りにバラすと言われたんだよ。何も危害を加えてないのに脅してくるなんて、きっとその人は性格が悪いに違いないと思うんだが、お嬢ちゃんはどう思う?」
「んー、きっと性格良しの超絶美人だと思うぞ!」
「そうかそうか。ま、そういうわけで、その超絶美人とやらに脅迫されているんでね。いつその超絶美人に遭遇するか分からないから、どこの誰か分からない相手のところに向かうわけには行かないんだよ」
「今お主を喚び出している者こそが、その相手かもしれぬぞ?」
「かもしれないね。でも、そうじゃないかもしれないからなぁ。本人が直接会いに来るなら話は別だけどね。じゃあ、そういうことで」
そのまま去ろうとしたら後ろから肩を掴まれて歩みを強制的に止められた。
背後にいた美幼女との身長差からはあり得ない肩の掴み方だ。
凄い握力だなと思っていたら、顔のすぐ横の位置から
「正体を分かっていながら立ち去ろうとするとは。お主は女を焦らす趣味があるのかのう?」
「さぁ、そんなつもりはありませんが……一応お初にお目に掛かります、と言うべきでしょうか?」
文字通り目と鼻の先の距離にいる、真横の絶世の美女の双眸を見つめ返す。
肩を掴んでいた手を滑らせていき、背後から抱き締めるようにして俺を拘束していた天狐人族の美女リンファ・ロン・フーファンは、俺の発言を聞いてクスリと笑っていた。
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