第277話 魔導具店〈月華の燈〉
◆◇◆◇◆◇
武闘大会〈
旧都の歓楽街の一角にある飲食店の裏手の扉を開けると、そこには地下へと続く階段があった。
地下への階段という要素から先日のヴェレン家でのことを思い出しつつ、目の前の階段を下りていく。
表にある旧都の有名店は大体見て回ったため、今夜は更なる掘り出し物を求めて裏では有名なとある店へと足を延ばしにきた。
階段を下りた先の踊り場にいた鬼人族の強面の男性二人組に用件を告げると、二人は無言のまま背後の両開きの扉を開けてきた。
扉の向こう側に続く地下とは思えない豪奢な内装の廊下を進む。
廊下の終着点にある月のレリーフが特徴的な扉を開けると、そこには道中と同様の煌びやかな空間が広がっていた。
ヴェレン家の次期当主候補の青年から奪った記憶情報通りの光景を眺めていると、近くにいた女性店員が声を掛けてきた。
「魔導具店〈月華の燈〉へようこそ! 当店のご利用は初めてでしょうか?」
「ああ。初めてだから説明を頼む」
「かしこまりました! それでは当店のご利用方法について説明させていただきます!」
顔の上半分を仮面で隠した兎人族の女性店員からの説明に耳を傾ける。
魔導具店〈月華の燈〉は、ファロン龍煌国の旧都の地下にある非合法魔導具店だ。
アークディア帝国の帝都にある魔導具店〈斜陽の月〉と同じタイプの魔導具店であり、なんとなくだがアチラの店舗とは関係がある気がする。
まぁ、アチラと比べると規模が段違いだが。
斜陽の月よりも広い店内には俺以外にも複数人の客がおり、店員も含めて全員が身元がバレないように仮面で顔を隠して認識阻害系の
勿論、今の俺もジン・オウとしての種族である真竜人族に変装した上で仮面型魔導具を装着している。
【
武闘大会本選に出場が決まった選手もいれば、ファロン龍煌国の民ならば誰でも知っている者もいる。
非合法店と言いつつ行政側の人間が客としていることからも、ここの存在が黙認されていることは明らかだな。
「ーー当店についての説明は以上となります。他に何かお聞きになられたいことはございますか?」
「いや、今のところはないな。一先ず、店内に陳列されている物を見させて貰おう」
「承知しました! ごゆっくりご覧くださいませ!」
終始元気な女性店員に見送られてから店内に置かれている商品を見て回る。
店内に立ち並ぶ強固な防御・保護術式が施されたガラスケースの中にあるアイテムは、店の奥に保管されているらしいアイテムよりは劣るが、その希少性や価格は決して安いモノではない。
アイテム一つ一つに簡単な能力と来歴が記載された説明板が置かれているので、ただ見て回るだけでも色々なことが分かって面白いな。
そんな店頭にある商品の中で惹かれたのは二つだけで、この二つは購入することにした。
〈
キリネムラに認められていない者が触れた途端、勝手に刀身を霧散させて無作為に周囲の物を斬り刻むため呪われた刀と呼ばれている。
これまでも多くの血と命を吸っており、そうした経緯から此処に流れてきたようだ。
〈天級丹薬:冷月〉。
叙事級下位の丹薬で、青白い色をした丸薬からは冷気が発せられている。
周囲の物を凍結させる星気を纏うほどに強力な丹薬だが、丹薬の内部に力を収めきれていない点から失敗作扱いされ、危険であるため破棄されるところを家門の者によって横流しされたらしい。
錬丹術の超名門の当主が〈仙霊級丹薬:凍月〉を作ろうとして失敗した丹薬であるからか、非常に高価だがその効能には期待できる。
氷系統の仙術系スキルの効力を高めたり、それらを習得する際に有用な丹薬と書かれていた。
丹薬の吸収に失敗した場合、凍傷や凍死するなどの危険性があるあたりも失敗作と言われる所以だろう。
これで失敗作なら、成功作はどれほどの力を持っているかが気になるところだ。
「そこの店員。この二つを購入したい。後で纏めて手続きを頼む」
「かしこまりました。ご購入ありがとうございます」
声を掛けた狐人族の男性店員が購入済みの処理をするのを待ってから再び声を掛ける。
「それから、店頭にある物よりも上の商品の案内も頼む」
「承知しました。どうぞ此方へ。ご案内致します」
狐人族の男性店員の案内に従って個室へと移動する。
防音などの措置が施された部屋へと案内されると、担当者を呼ぶので待つように言われたので大人しく待つ。
室内には部屋を区切るようにカウンターがあり、向こう側にある扉から担当者が来るようだ。
少しして正面の扉から護衛の龍人族の男女を引き連れて、担当者らしき女性店員がやってきた。
発動したままだった【情報賢能】と【万物を見通す眼】が看破した担当者のステータス情報によって、思わず身体が反応しそうになった。
だが、それでも何かを感じ取ったのか、不思議そうに担当者が尋ねてきた。
「ようこそ……どうかなさいましたか?」
「いや、仮面で素顔は見えないがかなりの美人だと思ってね。つい態度に出してしまったようだ」
「あら、ありがとうございます。嬉しいお言葉ですが、ご紹介する商品の値引きは出来ませんよ?」
「それは残念だ」
お世辞だと思われたらしく軽く流されたため、俺も軽く流して誤魔化しておく。
かなりの美人というのは事実なので世辞ではないのだが、今は好都合だ。
【万物を見通す眼】で仮面や魔導具による各種効果を看破して見える彼女の素顔を眺める。
ファロン龍煌国とは真反対の大陸西部にある〈レンブレン商業連邦〉。
アークディア帝国を更に西に行った先に広がる商人の国を支配するのは、五つの大商会のトップ達だ。
俗に〈五大会主〉と呼ばれる彼らの一人が担当者としていることから想像するに、この店のオーナーは目の前の彼女なのだろう。
普段から此処にいるとは思えないので、武闘大会を観に来たついでに視察でもしていたってところかな。
何故現場に出てきたかは知らないが、もしかすると俺の幸運系スキルが効力を及ぼしたのかもしれない。
五大会主という肩書き以外にも冠位称号持ちの〈魔女〉でもあるため、ほぼ同時期に〈
集めた情報の中には二人が友人関係というのもあったので、普通にあり得そうな話だ。
そんなレンブレン商業連邦の五大会主の一人にして、冠位魔女〈創化の魔女〉でもある彼女、マーガレット・クリエイスが店の奥から幾つかの商品を持ってきた。
「此方はつい最近仕入れましたばかりの名槍でございます。とある槍術の名家の御子息が使われていたそうですが、事情があって手放すことになったとお聞きしています」
カウンターに置かれた一本の槍からは奇妙なほどに静謐な気配が発せられている。
槍術の名門で使われていたにしては全体的に綺麗だし、普段は使われていなかったのかもしれない。
俺は知らないが、明らかに名が知れてそうな槍なので、仮に購入するにしてもこのままでは使えないな。
能力自体は興味深いので複製してから追々能力を剥奪するとしよう。
「続いての品は、周囲の星気を集めやすくしてくれる首飾りです。仙術の修練は勿論のこと、実戦においてもお役に立てるでしょう」
半透明の水色の宝珠と無色透明の結晶によって構成された首飾りは、誰も身につけていない今の状態でも周囲の星気を集めている。
槍と同じく叙事級だから【
「此方は龍煌国でも屈指の腕前を持つ錬丹術師によって作られた丹薬です。等級こそ最高位ですが、使用上の安全性が確保されていない失敗作なのでご注意ください。鑑定士によれば、丹薬自体の効能については等級に相応しいモノであるとのことです。箱を開けますので、強い光と熱にご注意ください」
マーガレットによって小箱が開かれた途端、箱の中から強烈な光と熱気が放たれてきた。
想像を超えるエネルギー量だったため咄嗟に【炎熱吸収】と【雷光吸収】を発動させて防いだが、ただ存在するだけでこれほどの光と熱を発するようでは失敗作認定されるのも当然だろう。
そんな失敗作を服用するとなると、その吸収難易度と失敗した際の危険度の高さは察せられる。
だが、仙霊級丹薬という
摂取するだけでも【陽光仙法】の力が上がりそうだし、俺にとっては失敗作扱いにはならない逸品だ。
「……今の光と熱波を受けても平然としていらっしゃるとは。お客様の強さの程が窺えますね」
「大したことではない」
開かれた箱の正面にいないマーガレットと護衛の男女ですら顔を顰めるほどの光と熱だったからな。
涼しかった室内の温度が真夏の炎天下並みの気温になっていることからも、マーガレットが感嘆するのも当然なのかもしれない。
【仙術】で上がりすぎた大気の熱のみを掌の上に集めてから【炎熱吸収】で吸収した。
伝説級である仙霊級丹薬の星気由来の熱なので非常に上質な火気だ。
余波ですらこれなら、丹薬本体の効能にも期待できるな。
「お客様ならば此方の丹薬も大丈夫そうですね。此方は龍煌国内でも最も純粋な闇の星気を使用して作られた仙霊級丹薬です。此方は先ほどのとは違い失敗作ではないのですが、家門の資金繰りに困った元所有者の方が当店へと売却された物になりますね」
続けて開かれた小箱の中からは何も発せられて来なかったが、代わりに存在感のある丹薬に視線が自然と引き寄せられる。
完全な黒とも言うほどに真っ黒な丹薬には闇系統の仙術系スキルの力を高める効果があり、完全に取り込めれば一つ上の力を手にすることも不可能ではないらしい。
取り込むだけで【黒闇仙法】をランクアップさせられる可能性を持っているだけでも購入するのは確定だ。
「続いてが今回お客様にご紹介できる最後の品になります。此方の書物は数百年前に滅門した氷系統の仙術名家の秘伝書になります。内容的には氷系統の仙法スキルと家門の仙技の習得方法が記載されているそうです。とあるコレクターが密かに所有していましたが、コレクターが亡くなった際に流出した物を当店が入手しました。紛い物ではないことは当店の名に懸けて保証致します」
氷系統仙術の名家の秘伝書か。
数百年前に滅門したとはいえ、長命種が多いこの世界では秘伝書の内容のまま使用した場合、滅んだ家門との関係性を疑う長命種の者もいるだろう。
結局は秘伝書の仙技の内容次第なのだが、氷系統の仙門ーー仙術の名門の略称ーーの数はとても少ないのでそれらとの関係性も疑われそうだ。
いや、他の属性の仙技も使っていたら特定の仙門との関係を疑われることは逆になくなりそうだな。
多属性の仙技を使うというのは別の意味で注目されるのは間違いないが、ジン・オウとしての顔は捨てても問題ないし別に構わないか。
一緒に購入する〈天級丹薬:冷月〉がさっそく役に立ちそうだ。
「どれも良い品だな。全て購入しよう。外で購入を決めた二つも合わせて纏めて支払おう」
「ご購入ありがとうございます。全部で七点になりますが、お間違いありませんか?」
「ああ」
「それでは……全てご購入頂けるとのことなので、お会計はキリの良く七点で三十五億オウロで構いません」
丹薬は消費アイテムであるため、実際のアイテム等級よりも大体ワンランク下の等級の金額設定であることが多い。
今回購入する三つの丹薬の希少性などから普通よりは少し高めの価格設定ではあったが、総額で大陸オークションで使った金額の十分の一にも満たないので大したことはない。
大陸オークションでの出費した分もそろそろ取り戻せるので懐に余裕はあるが、一億も安くなるのは普通に歓迎だ。
「それは有難いな。ファロン硬貨以外にも迷宮硬貨でも良いと聞いたが間違いないか?」
「はい。問題ありません」
「紅金貨での支払いでも?」
「そちらも問題ありませんよ」
ふむ。斜陽の月よりも店の規模が大きいことからも分かっていたが、此方の月華の燈は伝手の規模も大きいみたいだな。
【
マーガレットによる硬貨の精査が終わってから、全ての商品を受け取って【異空間収納庫】へと収納した。
「今後も当店をご贔屓に」
そう告げるマーガレットに見送られて月華の燈を後にする。
思ったよりも長居したのと、丹薬の解析もしたいから実際に使用するのは明日の朝にするか。
本選トーナメントの組み合わせは、明日本選が行われる会場に向かうまで分からない。
手に入れたばかりの力を試すのにちょうど良い相手にあたるといいんだが、どうなることやら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます