第276話 星戦報酬の使い道



 ◆◇◆◇◆◇



 ファロン龍煌国の旧都にて開催されている〈覇龍武闘祭ドラコバラム〉も三日目を迎えた。

 予選の予備日である本日は旧都には分身体を置いて、本体はアークディア帝国の帝都エルデアスの皇城ユウキリアに来ていた。

 その皇城にある大会議室では、星戦の勝利報酬〈星域干渉権限〉の使い道を決める会議が朝から執り行われている。

 集まった諸侯らの喧々諤々な様子を暫く眺めた後、俺は星域干渉権限の所持者として彼らにとある使い道を提案した。



「星域干渉権限を使って帝国の地に霊地を作る、か。霊地とは大陸の極東部の土地に見られる星の魔力の噴出地だったな?」


「はい。陛下の仰る通り、その霊地で間違いありません」



 俺と同様に会議の模様を静観していたヴィルヘルムからの問いに答える。

 この案はヴィルヘルムにも事前に話していない内容だったので、彼も聞かずにはいられなかったようだ。



「帝国の地にも魔力の濃い土地は数ありますが、星の魔力こと星気が溢れる霊地と呼ばれるような場所は一つもありません。大陸全体で見ても殆どの霊地は極東の地に集中しているため、その霊地特有の数々の恩恵は必然的に極東の国々に独占されているのが現状です」


「確かに霊地由来のアイテムやスキルはファロンの独占状態だったな。帝国からは地理的に遠く離れている故に関わりは殆どないが、彼の国が持つ力や技術の特異性については伝え聞いている。星域干渉権限を使えば、それらの根幹である霊地や星気を大陸西部に位置するアークディア帝国の領土内に作り出せるというのか?」


「はい。昨日、知り合いから貰ったファロン特産の丹薬を摂取したところ、星域干渉権限で行使可能な内容が増えておりました。おそらくは丹薬に含まれている霊地の星気が原因でしょう。それにより、星の魔力の経路である〈霊脈〉を動かす、又は新たに作り出すことで帝国内に霊地を生み出すことが可能になった次第です」



 気付いたら出来る事が増えていたのは事実だが、その実際の原因はたぶん称号〈霊地の主〉だろう。

 もしかすると【霊地の支配者】も関係しているかもしれないが、どちらにせよ龍煌国で霊地を手に入れたことが理由だと考えるのが自然だ。

 星の領域に干渉する権限という名ではあるが、まさか星の魔力たる星気の噴出地である霊地にまで干渉できるとは思わなかったな。



「ここまで皆様のご意見をお聞きしましたが、どの使い道を選んだ場合でも星域干渉権限の恩恵に預かれない方が出てしまいます」


「帝国の国土の広さや領地の数を考えれば仕方がないのでは?」



 貴族達による話し合いが白熱していたのは、皆が想定していた星域干渉権限の使い方が、自らの領地に魔物が寄り付かない領域を作ったり、領地内の大地を豊かにして採取できる作物や鉱石などを増やすといった内容だったからだ。

 そのため、各々が自らの領地の発展を第一に考えて好き勝手に意見を述べることになり、一向に会議がまとまらなかった。

 一部の領地の環境がそのように変化した場合、近隣の貴族の領地も影響を受けることになる。

 だが、その領地から遠い場所に領地がある貴族や、そもそもの領地を持っていない法衣貴族には当然ながら何の恩恵もない。

 会議に列席している伯爵の一人が言うように、こればかりは仕方がないことだ。



「ええ。普通ならばそうです。普通の使い方をするならば、ですが」


「その解決策も兼ねているのが霊地の発生……」


「はい。ネロテティス公の仰る通り、霊地を作ることによって恩恵を受けるのは極一部の方のみではありません。霊地で採取できる星気由来の特殊な採取物は帝国全体を発展させてくれるでしょう。また、霊地を作る場所に気をつければ、霊地から四方に放たれた星気は帝国に住む人々の肉体を強靭にしてくれます。ファロンの人々の身体性能が他国の者達よりも高い理由の一つは、身近にある霊地の星気を日常的に取り込んでいるからですね」


「そんなに影響があるのかしら?」


「身体性能についてはあくまでも各々の所感ではありますが、健康面については実際の記録として確認が取れていますので間違いないかと思われます、フォルモント公」


「ふぅん。ファロンの軍人の精強さは知っていたけど、そこにも霊地が関係していたのね。身体性能の強化は勿論だけど、身分問わず全ての帝国臣民が恩恵に預かれるという健康面の件だけでも一考の価値はあると思うわ」


「ありがとうございます」



 帝国南部港湾都市の主であるネロテティス公だけでなく、帝国東部国境の守り手であるフォルモント公の言葉も受けて、他の貴族達も霊地の恩恵とやらを理解できてきたようで表情が明るい。

 特に法衣貴族や爵位の高くない領主などは分かりやすく表情が変わっていた。

 一方で、自らの既得権益が損なわれるかもしれないと考えている者や、星域干渉権限を使って領内を発展させようとしていた領主は苦々しい表情を浮かべている。

 自らの派閥内にいるそんな者達の表情に気付いたらしきオルヴァが、シェーンヴァルト公爵として彼らの言葉を代弁するかのように口を開いてきた。



「霊地の存在が帝国全ての者の益になるのは理解できた。だが、その恩恵はすぐに預かれるものなのか? 土地の豊穣化はまだしも、魔物の排斥などはすぐに影響が確認できると聞いている。一部の地域だけとはいえ、すぐに効果が現れるこの使い方を上回る恩恵は霊地にあるのだろうか?」



 オルヴァの問いに同調するように、一部の貴族達が我が意を得たりとばかりに声を上げてくる。

 星域干渉権限で魔物の分布図を操作できるというのは、まさに奇跡とも言える力だ。

 直近で効果を発揮でき、その後も魔物が寄り付かない安全地帯が手に入れられる星域干渉権限の使い方は、土地を豊かにする以上の恩恵だろう。

 だが、その恩恵はあくまでも限定的なモノでしかない。



「シェーンヴァルト公のご意見はごもっともです。確かに霊地形成には魔物の排斥を上回る即効性はありません」



 俺の発言によって口を開こうとする一部の貴族の動きを手振りだけで止めてから、更に言葉を続ける。



「ですが、魔物の排斥には即効性の代わり重大な欠点があります。星域干渉権限でできるのは、あくまでも星に干渉することです。魔物を排斥できるのは、星への干渉による環境の変化からくる副次的な効果でしかなく、魔物を直接的に抹消できる類いの力ではありません。そのため、指定した領域に魔物が寄り付かなくなった場合、そこにいた魔物は別の場所へと移動することになります。つまり、近辺の、または帝国全域での魔物の分布図が変動してしまうというわけです」


「それは……危険だな」


「はい。魔物排斥による影響で損害を受けた他領の怒りは、かの領地へと向かうのは自然なことでしょうね。それによる各種損失は様々な方面に影響を与え、結果的に帝国の国力が低下する事態へと繋がる可能性がありますので、私個人としましては魔物排斥は推奨できません」



 元々は、この懸念を指摘して土地の豊穣化のみを採用する予定だったのだが、霊地化という利益の大きい新たな選択肢が現れてくれたのは本当にラッキーだったな。



「ふむ。リオンの懸念はもっともだ。領内からの魔物排斥は帝国全体に混乱を齎す可能性が高い。その一方で、霊地の発生はリオンが挙げた例以外にも多くの利点がある。欠点は他国から帝国の地を狙われる理由が増えることぐらいだが、それは今更の話だ。外敵を排除する力を培う環境という面においても霊地の存在は大きい。余としては、星戦の報酬の使い道は霊地以外に考えられぬと思うが、皆はどうだ?」


「国境を預かる者としては霊地一択ですので、フォルモント公爵家は陛下の意見に賛同しますわ」


「これまでは霊地由来の品は遠い極東の地から輸送する必要がありました。今後、それらを自国で生み出せるならば、これに勝る益はないと思う。だから、ネロテティス公爵家も同意見」


「魔物排斥の危険性は承知しました。領主としても当主としても取ることができない選択肢であることに同意します。霊地による戦力の強化は、外敵だけでなく領内の安全の確保にも繋げられそうですので、シェーンヴァルト公爵家も霊地への権限使用の意見に賛同致します」



 三大公爵家の賛同の言葉を皮切りに、他の貴族達も星域干渉権限を霊地形成に使用するというヴィルヘルムの意見に賛同していった。

 会議の初めから霊地の件を告げていたら、新参者である俺への反発もあって意見は通らなかったに違いない。

 領主同士での意見がぶつかり合い、落とし所を探していたのと全体へのメリットを提示できたからこそ、すんなりと霊地の案が通ったのだろう。

 まぁ、権威のある三大公爵が間接的に協力してくれたのが一番デカいんだがな。



「では、星戦の報酬は霊地の形成へと使用することとする。リオンよ」


「はい、陛下」


「霊地の場所に求める条件はあるのか?」


「帝国全体へと満遍なく霊地の恩恵を齎すことを考えますと、霊地は東西南北の国境と中央にある帝都それぞれの中間地域内にある土地が最適です。そのため霊地の数は四つがよろしいかと。霊地の土地にある程度育まれた草木や水などといった自然環境があれば、良質な霊地が早期に使用することが出来るでしょう」


「ふむ……帝都周辺の地図を其処へ広げよ」



 命じられた近侍が持ってきた巨大な地図が、室内の全員に見えるように壁へと張り出される。

 各領地や領境、主要都市の位置などが記載されており、それぞれの位置関係を確認するにはちょうどいい代物だ。



「大体の位置は分かるか? 分かるならばリオンの考える霊地の候補地を示してくれ」


「かしこまりました」



 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップを開いて、中央から測って東西南北の国境までを結んだ線の中間エリアをピックアップしていく。

 四つの霊地がベストとは言ったが、それらの霊地から放出される星気は重なる場所もあり、場所を調整すれば四つ全ての霊地の星気が重なることになる帝都は、実質的に霊地の地に等しい恩恵を受けれるようになるだろう。

 個人的にも国家的にもそうしたほうが良いので、候補地は更に限定することができる。

 条件に見合う地域の中で霊地に適した自然環境が広がっている地域は……このあたりだな。



「これら四つの中間地域の内、環境的に良いのはこの四地点ですね」



 中間地域を赤線で囲い、霊地候補の土地を青線で囲って示した。



「皇帝直轄領二つに、アーベントロート侯爵領、メルタ伯爵領か……」



 ヴィルヘルムがそれぞれの場所を呟いた後に此方へ視線を向けてくる。

 意味深な視線が問いかけてくるように、この霊地候補地の選定は私的な理由によるものが殆どだ。

 皇帝直轄領の霊地は、皇帝であるヴィルヘルムの分がはいるだろうという理由から一つ、婚約予定のレティーツィアや甥と姪予定のテオドールとヴィルヘルミナ達の存在からオマケで一つ。

 マルギットの実家という理由からアーベントロート侯爵家に一つ。

 最後のメルタ伯爵家は、俺が債権者でメルタ伯爵家が債務者という関係であることと、領内の鉱山の利権などを持っていたりと俺が多大な影響力を持っている地であるから選んだ。

 少し前からドラウプニル商会本店で働き出したメルタ伯の三女がかなりの美少女だったというのは、選定理由にはきっと関係ない。



「地理的な理由が一番ですが、それぞれの土地の豊かさの程度や環境条件については、各霊地に特色を付けるために敢えて差異をもうけました」


「ウチは……穀物地帯が理由か?」



 自分の娘マルギットが理由であることを察しているのが丸分かりな白々しい態度でアドルフが尋ねてくる。

 ポーカーフェイスが崩れかけているので頑張ってくれ。

 


「穀物地帯への影響を見る目的もありますが、少し離れた場所にある弱小魔物の生息域への影響も見たいと考えています。精強なアーベントロート家の兵力ならば、例え弱小魔物が強化されても問題なく対処できるというのも理由ですね」


「うむうむ。よく分かっているな。流石はリオンだ」


「恐れ入ります。二つの皇帝直轄領については、それぞれに大きな湖と森が広がっている点と、近くに霊地の管理に適した都市があるのが選定理由です。湖と森の魔物への対処には、都市近郊を熟知している各都市の冒険者ギルドの者達を使うことを想定しています」


「霊地を利用する冒険者達を分散するとともに彼らを使って影響を見るのが目的か」


「はい。陛下の仰られるように、霊地を利用する冒険者が一ヶ所に集まるのを防ぎつつ、平時から魔物と戦い慣れている彼らに霊地による諸々への影響を調査してもらうことを考えています」



 以前よりアーベントロート侯爵領の魔物は領内の戦力で対処できているため、領内の冒険者は数も少ないし強くもない。

 メルタ伯爵領は鉱山開通時に俺が魔物を排除した上に冒険者ギルド自体がない。

 結果、皇帝直轄領の中でも、魔物と冒険者が良い感じに揃った自然豊かな環境を選定したわけだ。



「つまり、メルタ伯爵領には霊地化による鉱山への影響を見るのが目的です。防衛力に関しては、私が拠点にしている神迷宮都市アルヴァアインとも平時から関わりがありますし、霊地となったら強さを求めるアルヴァアインの冒険者達が滞在もするでしょうから、彼らに依頼すればよろしいかと」

 

「ふむ。素晴らしいな。他にも距離や環境という点だけで言えば他にも候補はあるようだが、霊地の調査や霊地を抱える領地の安全性などを踏まえると、この四つの候補地以外には考えられまい。宰相はどう思う?」


「それぞれの候補地への交通の便が良い点を見ても最適な場所かと。霊地の利用者が通過する道中の領地の方々にとっても良い場所でしょうな」



 霊地がある領地以外にとってもチャンスであることに気付くあたりは、流石は宰相というべきか。

 各領地の規模や帝都までの距離を考えると、以前から利用しているメルタ伯爵領以外には飛空艇が通ることはない。

 霊地が発展すれば、必然的に多くの人と物が行き交うことになるのは確実だ。

 今から流通や交通といった諸々の面を整備していれば、霊地のある領地以外の領主達も多大な利益を享受できる可能性がある。

 ま、実際のところは後にならないと分からないが、たぶん間違いないだろう。


 その後、霊地をよく知らない者達への更なる説明や将来的に霊地から得られる物を教えていく。

 星域干渉権限を使って霊地化を実施する日取りなどを決めた頃には日が暮れていた。

 星域干渉権限行使による俺への報酬は、各霊地の利権という形で支払ってもらうことにした。

 詳細な内容は後日各々と話し合って決めるが、わざわざ龍煌国に移動しなくても星気を得られるようになったのは僥倖だ。

 丹薬の作り方はまだ知らないが、そのあたりも仙法スキルのように自分で研究するのも良いかもしれないな。




 

 

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