第275話 武闘大会予選の夜
◆◇◆◇◆◇
「ーー畜生ッ! なんで結界が壊れないんだよ!?」
半透明の壁に向かって必死に攻撃している古龍人族の青年の絶叫が結界内に響き渡る。
少し離れたところから聞こえてきた声の主へと視線を移す。
彼は今日の昼間に行われた武闘大会の予選で俺と同じ組だった参加選手の一人だ。
ファロン龍煌国のとある仙術の名門の次期当主候補らしく、箔付けと家門の宣伝も兼ねて武闘大会本選出場を目指していた。
だが、そのどちらも果たせることなく予選で速攻で負けてしまい、父親である当主から大目玉を食らったらしい。
負けたことに対する逆恨みと武闘大会の慣習ーー本選進出が決まった選手が出場出来なくなった場合は予備日に再度予選試合が行われるーーに賭けて、家門の汚れ仕事専門部隊と共に夜襲を仕掛けてきて今に至る。
予選試合の舞台から去る際に
そのため、武闘大会で賑わう旧都の夜の街をぶらつき、酔ったふりをして路地裏に移動し彼らを誘い込んだ。
【結界術】による隔離結界で結界の内外を空間的に断絶しているため、結界内の人の気配は勿論、発せられる音、光、振動、魔力などが外部に漏れることはない。
「命を大事にするよう願ってたのにな。全く残念だよ」
予選の結果に納得していなかったのは他にもいたが、実際にこのような強硬手段を取ることを選んだのは、今のところこの青年だけだ。
他の仙術や武術の名門出身の選手達も納得していないようだが、流石にそれら全てを潰したら犯人は俺だとバレるのは間違いない。
なので、彼らが犯行を踏み止まるように見せしめが必要だ。
青年の家に報いを受けさせるのは決定事項だが、これだけでも俺による報復だと気付く者は確実にいるだろうが、証拠はないしアリバイも作るので問題ない。
「あ、ガッ、ふギッ」
「さて、コイツからも情報は抜き取ったし、あとは本命だけかな」
青年と共にやってきた襲撃者達の最後の一人からも記憶情報の強奪を済ませると、そのまま頭部を【紅天仙武掌】で爆散させる。
指向性を持たせて爆発させたので、飛び散った血肉で服が汚れたりはしない。
襲撃者達の死体の山から下りると、【強欲王の支配手】で古龍人族の青年を強制的に手元へ引き寄せて頭部を鷲掴みにした。
「う、うわぁっ!?」
「全く、まさか一緒にやってくるとはな。まぁ、コイツらよりも強いから捕まらない自信があったんだろうが……それならもう少し抗ったらどうだ?」
最初に襲い掛かってきた襲撃部隊の者達を俺が文字通り素手で瞬殺すると、次期当主候補の青年はすぐにこの場から逃げ出そうとした。
襲撃を受けると同時に結界を張ったので逃走は防げたわけだが、まさか一度も当たらずに逃げるとは思わなかったな。
「お、お前みたいな化け物と真っ向から戦えるかよっ!?」
「いや、だったらなんで本選を目指したんだよ……ま、いいや。やり合う気がないならこのまま処理するだけだ」
「ぎっ、ギャアああァあぁアァーーッ!?」
【
ふむ。汚れ仕事を行う奴らとは違い、次期当主候補なだけあって直系ならではの門外不出の知識が多いな。
この青年の記憶情報を通して現当主の強さも大体分かった。
少し意外だったのだが、現当主は俺の襲撃計画に関わっていないらしい。
寧ろ、大人しく修練に励んでいろ的なことを言って待機を命じている。
青年と他の奴らの記憶情報からも、此度の襲撃は彼らの独断でほぼ間違いない。
そういうことなら現当主の命は奪わなくていいかな。
どうやら、この青年は家門の跡取り候補筆頭ということもあって、良くも悪くも家門内ではかなりの権力を握っており、家門の権威のためという理由ならば裏方仕事の者達も彼の指示に従っていたようだ。
多数の丹薬やパワーレベリングによって今のステータスまで成長した弊害で、実質が伴わないままハリボテの力と無駄な自信を積み重ねてきたのだろう。
襲撃に参加したクセにすぐに逃げだしていたのも、自分一人で同格以上の相手と戦った経験がないのが理由らしい。
「パワーレベリングは勿論だが、こうしてみると簡単に強くなれる丹薬というのも考えものだな」
ドラウプニル商会やヴァルハラクランの者達といった知り合い達への土産に多種多様の丹薬を購入したが、よく考えてから渡したほうが良さそうだ。
渡すにしても相手を選ぶか、今後の頑張りも見据えた飴としてーー馬の鼻先の人参とも言うーー渡すのがいいかもしれない。
まぁ、自分の女達などには身分問わず全員に普通に渡すのは確定しているんだけど。
「さて、必要な情報は得られたし、この家門の奥義でも会得してみるか」
次期当主候補の青年の記憶から得られた家門の奥義の情報通りに、周辺の夜の闇の中から星気を宿す闇を丸ごと【仙術】で取り込んでいく。
星気と闇を体内魔力と混合した後、特有の波長へと変化してから逆時計回りで全身へと一定の速さで浸透させていった。
[特殊条件〈
[スキル【黒闇仙法】を習得しました]
意図せず光と闇の奥義が揃ってしまったな。
将来的に融合させても面白そうだ。
「この家門の仙技は……こうか。〈
【黒闇仙法】による青年の家門の仙技を行使する。
指先から滲み出た黒い雫が、まだ気絶している青年の頭部へと落ちる。
雫が額に触れた瞬間、ジュワッという小さな音を立てて青年の頭部が溶けた。
[スキル【古龍霊血】を獲得しました]
[ジョブスキル【
即死した青年に使ったのは、闇の星気と体内魔力で生み出した腐蝕毒だ。
【陽光仙法】や【黒闇仙法】といった仙法スキルは、同名スキルでも仙法を行使する家門や個人の星気と魔力の運用方法によって発生する現象が異なるという特徴がある。
この各々が取得した仙法スキルによって発動させる事象を〈仙技〉と言う。
そのため、奥義とは言いつつも同名の仙法スキルを持つ者は珍しくはない。
ただし、家門などで受け継ぎ開発してきた仙技を扱うには該当する仙法スキルが必要であるのと、その困難な習得方法などを口伝や秘伝書という形で伝えているので、仙法スキルを奥義と呼称するのも間違いではないだろう。
この青年の家門は【黒闇仙法】にて毒を生み出し扱う流派らしく、仙技も毒系のものばかりが揃っている。
今の〈闇点逝滴〉はかなり高位の仙技であり、見ての通り殺傷能力は抜群だ。
「んー、甘く見積もっても
既に【
先ほどの黒い雫の腐蝕痕の上に【氷毒死泉】で生み出した無色透明の毒の雫を落とすと、その腐蝕毒ごと青年の死体が一気に崩壊していった。
名も無き神域級の毒にすら負ける毒の仙技を使うことはないだろうな……。
「ふむ。闇系統の仙技は自分で作り出すとして、どのようなタイプにするかな……」
神域級の毒を飛ばして全ての死体に一滴ずつ付着させていくと、十秒と掛からず結界内から死体が完全に消え去った。
後処理用に適当に生み出した神域級の毒なので証拠の類いは一切残ることはない。
「よし。今夜の俺への襲撃計画を知っている者達も消しにいくか」
【
特に弄らずに生み出したので種族は素の
「さて、俺自身はセレナ達と夜の露店でも見て回るかな」
分身体を送り出すと、宿で待機しているセレナ達に連絡をとってから、四人で武闘大会開催中の夜間のみ出店している屋台などを冷やかしていった。
◆◇◆◇◆◇
変装中の本体で射的をしたりタコ焼きっぽいのを食べたりして夜の旧都の街を満喫している頃、報復用に生み出した分身体が目的地に到着した。
旧都にいた俺への襲撃に関わった者達を処理してから向かったのは、旧都からほど近い位置の小都市にある古龍人族の青年の家門の本邸だ。
この本邸の敷地内にいる家門の汚れ仕事部隊の者達が、今夜の俺への襲撃計画を知っており、これから行う報復兼口封じの標的になる。
顔を隠すために新たに作った黒い狐の仮面を指先で撫でつつ、少し離れたところにある大きな屋敷を眺める。
闇仙系毒門〈ヴェレン家〉。
ファロン龍煌国に数ある仙術系家門の中でも、闇の星気を元に毒系仙技を扱う家は十三家存在しており、ヴェレン家はその中でも三指に入るほどの名門だ。
ヴェレン家は十三の毒門ーー毒系仙技も含めた毒全般を扱う家のことーーの筆頭だった時代もあるが、それも今は昔の話。
時代を経るごとに家門の力が弱まっており、毒門の三大名家の座からも近いうちに落ちるだろうと噂されている。
そんな家の期待を背負っていた次期当主候補があの古龍人族の青年だったわけだ。
その期待の星は先ほど死んだが、現当主は変わらず健在だし、他にも次期当主候補はいるのでヴェレン家自体が滅ぶことはないだろう……たぶん。
「奴らの拠点はこっちか」
早速、標的であるヴェレン家の汚れ役専門部隊〈
ヴェレン家の本邸には広大な庭園がある。
その庭園の管理を行うための道具などが置かれている倉庫兼作業小屋の裏手へと移動する。
【
庭園に置かれているのと似たデザインの未完成の彫像の内、大きな龍の彫像の前へ向かうと龍の彫像の鱗の決まった場所を順番通りに押していく。
すると、龍の彫像の台座の一部がスライドし、地下への階段が露わになった。
この下が闇翼の本拠地だ。
「姿も音も消せるのは俺だけだから侵入者に気付くよな」
入り口が開いたことに闇翼の連中が気付いてしまったが、こればかりは仕方がない。
地下から感じる気配の動きを探りながら階段を下りていく。
闇翼の本拠地にいる連中は、進行中の仕事の情報を全て管理しているという。
そのため、運良く前日から別の仕事で外に出ていて、俺の情報を全く知らない者以外は一人も生かしておくことはできない。
ただ、地下にいる標的の数はそれなりに多いようだし、ちょうど良い相手なので道中で試作した仙技を試すことにした。
階段を下り始めて間もなく仙技発動の邪魔になる【不可知なる神の兜】を解除し、周辺に溢れる闇と大霊地である旧都に近いことによる恩恵である星気を【仙術】で取り込み試作仙技を発動する。
無事に発動したことを確認すると、諸々の仕込みを済ませてから階段を下りていった。
「何者だ?」
「お前達の敵だよ」
階段を下りた先の広間にて待ち受けていた男から誰何されたので、正直に答えてやったところ、【黒闇仙法】により作られた毒製短剣が周囲の闇の中から大量に殺到してきた。
毒製短剣が身を貫くがダメージは一切なく、逆にその飛来してきた場所へとその毒製短剣を体内から射出して返してやった。
「ぐっ、なんだコイツはッ!?」
「人間、ではないようだな……仙技で作られた人形か?」
周囲の闇の中から次々と闇翼の連中が姿を現す。
反射した毒製短剣が当たった者もいたが、自分達が使う仙技の毒なだけあって自力で解毒できるようだ。
『ご名答。仙技名を〈
旧都からヴェレン家の本拠地まで移動する道中で構築したオリジナルの闇系統仙技〈超獣偽我〉で生み出した超獣が、変装中の俺を模した姿を解いて黒獅子の姿へと変化し、闇翼の連中へと襲い掛かっていく。
ユニークスキル【
毒や影という存在が確立しているモノではなく、敢えて闇という不定形にして不確定な概念属性体のまま化仙体の身体に使っているため、その発動難易度はヴェレン家の秘匿仙技〈闇点逝滴〉の比ではない。
『ハハハッ。毒門の者達なだけあって毒を使うのが好きなようだが、我が超獣には効かんよ。あと、この場から逃げ出すのは禁止だ』
黒獅子型超獣と戦う他の者達を囮にして外へと脱出しようとした者がいたが、地上へと上がる階段に足を踏み入れた瞬間、その上半身が闇の中へと消滅した。
『言い忘れていたが、この場から逃げ出そうとする者が出る度に超獣を追加させてもらうぞ。全ての超獣を倒したら生かしてやるから頑張りたまえ』
階段から姿を現した大蛇型の二体目の超獣の口を通して追加の警告を発すると、大蛇型超獣に毒の霧を吐き出させた。
身体を構築する闇の星気を変換して生成した毒の霧で地下広間を埋め尽くし、闇翼の連中の視界を奪う。
「ばはっ!?」
『隠し通路から逃げ出そうとしても超獣が追加されるぞ?』
視界が悪くなった瞬間に隠し通路から逃げようとしていた者がいたが、その隠し通路から現れた騎士型超獣が振り下ろした闇製大剣によって左右真っ二つに両断されていた。
三体目の超獣である騎士型が姿を現してからは、闇翼の者達は毒以外の攻撃手段で超獣達を攻撃しだしたが、超獣達の身体はダメージを負っても周囲の闇を吸収してすぐに回復される。
超獣の真価はこの不死性にあると言っても過言ではない。
周りに影などの闇が無ければ回復できないが、闇の時間でもある夜間ならばほぼ不死身だ。
「まぁ、本当に不死身というわけじゃないんだけどな」
ヴェレン家の宝物庫にある秘伝書などの書物を読み漁りながら、超獣達の視界を通して試作仙技のテスト風景をモニターする。
階段を下りる途中で生み出した超獣達は全部で七体。
事前に把握した全ての逃げ道に超獣達を配置してから闇翼の拠点を後にしたのだが、この様子だと全ての超獣に出番はなさそうだ。
「やはり仙法スキルの潜在能力の最大値は帝王権能級ユニークスキル並か。本選では仙法スキル持ちの相手は警戒しないとな」
空中に浮かせた希少書物のページをめくりながら、視線を向けずに保管されているアイテムに触れては複製し、その複製品を【無限宝庫】へと収納していく。
闇翼の殲滅は報復故の行動だが、宝物庫漁りは襲撃されたことに対する賠償金代わりの行動になる。
没落気味とはいえ、歴史のある名門なだけあって貴重な代物が多く、丹薬など龍煌国ならではのモノもあって非常に満足のいくラインナップだ。
「特にコレだな」
手に取ったのは様々な強化が掛けられている特殊な小瓶で、中には黒い液体が入っていた。
【
時間経過により劣化しているようだが、それでも数多の術やスキルによって付与された力や封印がなければ、このように瓶に入れて保管することも出来ないほどに強力なようだ。
「等級は
封印を解いてから小瓶の蓋を開けた途端に吹き出してきた凄まじい毒気を吸引し、まずはこの毒気を【氷毒死泉】で掌握し解析を行なっていく。
続けて、毒気だけでなく小瓶の中の毒液も少量取り出して飲み込むと、【氷毒死泉】で更なる解析を行い、【
[アイテム〈魔王毒〉の解析に成功しました]
[アイテム〈魔王毒〉の吸収に成功しました]
[ユニークスキル【冥府と死魂の巨神】の内包スキル【氷毒死泉】にて〈魔王毒:悪毒〉が生成可能になりました]
[特殊条件〈神秘毒解析〉〈神秘毒吸収〉などが達成されました]
[スキル【毒の王】を取得しました]
[保有スキルの
[スキル【猛毒無効】がスキル【死毒無効】にランクアップしました]
[スキル【死毒無効】がスキル【萬毒無効】にランクアップしました]
[ジョブスキル【毒術師】がジョブスキル【
[ジョブスキル【高位毒術師】がジョブスキル【
魔王毒を取り込む目的で摂取したところ、劣化していない魔王毒だけでなく他にも色々と手に入った。
下唇の近くに付着していた劣化魔王毒を舌で舐めとると、【復元自在】で小瓶の封印を元通りにしてから元あった場所へと戻す。
「この毒だけでも十分だが……せっかくの機会だから超獣達が殲滅を終えるまでは漁らせてもらうか」
魔王毒が少量減ったことを除けば、宝物庫にある物は何一つとして失われていないのだから別に構わないだろう。
毒の名門なだけあって毒関連のモノが多いが、中には毒とは無関係のモノもある。
こんなモノがなんで毒門の家にあるんだろうな、と思いつつ、そういった物や知識も蒐集していく。
[保有スキルの熟練度が規定値に達しました]
[ジョブスキル【
[ジョブスキル【
最終的に五体目の超獣が解き放たれたのを最後に闇翼は壊滅した。
彼らから獲得したジョブスキルは熟練度がかなり溜まっていたようで、熟練度が統合されたことによって中々ランクアップできなかった二つのジョブスキルの格が上がったのは嬉しい誤算だ。
内部に残っていた資料や物資を全て回収した後に、ヴェレン家の仙技毒で死体に残る戦闘痕を上書きしておいた。
こうしておけば状況が更に把握し難くなるので、ヴェレン家が真相まで辿り着くことはないだろう。
最後の後始末を済ませてから分身体を解除すると、割いていた意識を本体に戻して旧都の夜を楽しむのだった。
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