第272話 星気と仙術
◆◇◆◇◆◇
地平線の向こう側から昇ってきた朝日が旧都を照らす頃。
ファロン龍煌国の旧都で宿泊している部屋の庭先にも、眩くも暖かい陽の光が注ぎ込んできた。
庭内の大岩の上で胡座を組み、旧都で購入した本で学んだ魔力運用法などを駆使して、降り注いでくる太陽の熱と光を身体に取り込んでいく。
これまでも使ったことのある【炎熱吸収】や【雷光吸収】による熱量と光量の吸収とは似て非なる、ファロン龍煌国の地で発展した技術による〈星気〉と呼ばれる自然界の魔力との同調作業だ。
「……」
身体に触れる陽光の中にある魔力の感知は問題ない。
身体構造の質も身体操作の精度も問題ない。
陽光などの自然環境への親和性もかなりのモノだと思われる。
高級商店の店主の言葉通りならば、購入した本は没落した仙術の大家の秘伝書であるため、記されている各種技術の質や習得法も問題ないはずだ。
直感でも店主の言葉は嘘ではないと感じられた……あの含みのある言い方からして仙術のずぶの素人が学ぶようなモノでもないようだったが、そこは気にしなくていいだろう。
あとは実際に俺がモノにできるかどうかだが……。
[経験値が規定値に達しました]
[スキル【自然交感】を習得しました]
[スキル【仙術】を習得しました]
[ジョブスキル【
[保有スキルの
[ジョブスキル【仙術師】がジョブスキル【
目的であった【仙術師】を取得してもなお星気との同調を続けていたら、
秘伝書の内容が良かったか、あるいは【星界の大君主】の【星辰感応】あたりの効果のおかげかもしれない。
話に聞いていた【自然交感】は【星辰感応】の完全な下位互換だと思っていたため、取得できたのは少し意外だった。
身近な〈自然〉と〈星〉自体という、対象としている範囲に近いようで遠すぎる差があることが取得できた理由だろう。
あえて例えるならば、銃弾とミサイルみたいな運用法の違いってところか。
重複して使うことで自然への干渉力も上がるようだし、取得できたのはラッキーだったな。
「……ふぅ」
「お疲れ様でした」
「ん? ああ、起きてたのか。おはよう、エリン」
「はい。おはようございます、ご主人様。私の気配に気付かないほどに集中なさっていたようですね」
声がしたほうに振り返ると、縁側にいつの間にかエリンが座っていた。
彼女の体温は高めだからか、若干肌寒さを感じる時間帯であってもナイトガウン以外に何も着ていないらしく、大変悩ましい格好をしている。
エリンの年齢に見合わぬ色気のある姿は見慣れているし、昨夜のアレコレで解消されているのもあって
「昇ったばかりの太陽が放つ星気は【仙術】と【仙術師】の習得に良いと秘伝書に書かれていたからな。さっさと習得しておきたかったし、ついつい没頭していたよ」
「ということは習得できたのですね」
「勿論」
大岩から飛び降りると同時に、【仙術】によって大気と地面へと干渉した。
すると、着地によって玉砂利の敷き詰められた地面が音を鳴らすことはなく、高所から飛び降りた際に生じる大気の動きも起こることはなかった。
重力の影響を減衰させるほどの
[経験値が規定値に達しました]
[スキル【静霊歩】を習得しました]
どうやら意図せずに新規スキルを手に入れられるほどには、俺と相性の良いスキル系統なのかもしれない。
【静霊歩】がどのようなスキルかを理解すると、その力でエリンがいる縁側へと移動する。
移動した先にいるエリンが数瞬遅れて俺が傍に立っていることに気付き、綺麗な顔に驚きの表情を浮かべていた。
「今、どんな風に見えた?」
「……動いているのが目に見えてるのに、それを正しく認識できない感じでしょうか」
「景色の一部になっていた感じか?」
「はい。当たり前の光景として受け入れていました」
「ふむ。戦いの最中に使われた厄介そうな力だな」
足元で座っていたエリンが立ち上がろうとするのを支えると、慣れた動きで唇を奪われたので暫くそのままでいた。
この感じからすると、昨夜はセレナに気を遣って自分の欲求は抑えていたみたいだな。
そんなエリンが一先ず満足するのを待ってから口を離し、二人で室内へと移動した。
腕を組んでくるエリンに無言で引っ張られていく先は、おそらく部屋に備え付けられた小温泉だろう。
朝風呂も偶には良いものだが、エリンの狼耳や尻尾の動きからすると少し長湯することになりそうだ。
あまり長湯し過ぎるのも今日の予定に響くので、セレナとカレンの様子を探っておくことにした。
まだ二人が熟睡しているならば、ギリギリまでエリンと一緒にいるとしよう。
俺達以外の室内にいるセレナとカレンの様子を探るために【強欲なる識覚領域】を発動させようと思ったが、せっかくなので【仙術】を使ってみることにした。
秘伝書に記されたやり方で【仙術】を使えば、いずれ感覚系のスキルを取得することができるらしい。
息を吸って大気と共に、大気という自然の中に含まれる魔力である星気を吸い込むことで自然と同調し繋がる。
大気と一体化したかのような感覚を更に〈支配〉へと昇華させ、自らの感覚器官のように大気を操って二人の様子を見ていく。
カレンは彼女に割り当てた個室で熟睡しているようだった。
寝相が悪いせいで服が乱れており、このことは後で姉であるエリンにチクッておこう。
思いがけずカレンの身体の成長ぶりを確認した後は、セレナが寝ている俺の寝室へと探知範囲を変える。
こちらの寝相は良いものの、就寝前からセレナの格好は変わっていないため、薄手の毛布の下には寝相によって乱れるような衣類はそもそも存在していない。
スヤスヤと気持ち良さげに眠るセレナもまだ起きる様子はなさそうだ。
[経験値が規定値に達しました]
[スキル【仙気覚】を習得しました]
似たようなことは別のスキルでもできるが、取得の前提条件に【仙術】があるだけあって他の感覚系スキルとは少し違う。
スキルとして取得したことで発動が容易になったので、その探知範囲を更に広げてみた。
この【仙気覚】は大気を通じて対象の気配や姿を知覚する力ではあるが、副次的に同じ【仙術師】持ちの気配や【仙術】の練度を探ることができるようになるらしい。
探知範囲をどこまで広げられるかは術者の力量と熟練度次第だが、習得したばかりの今の俺だと旧都の三分の一ぐらいは探れるみたいだ。
【
それによると泊まっている宿から近い範囲内にいる【仙術師】は約五十人。
技術的な利便性の高さからすると人数が多く感じるが、そもそもが多数の霊地が国内にあり、星の魔力という濃い星気が溢れる地に住まう人々によって発展していったのが【仙術師】だ。
仙術は錬丹術と同様の経緯から発展しているが、錬丹術を取り扱う錬丹術師達とは違って仙術の担い手である仙術師達は国の管理を受けてはいない。
そのため、仙術を学べる場は一般に開かれており、習得の制限などもないため、その使い手の証である【仙術師】持ちは珍しくない。
一般的に【仙術】を習得するまでに掛かる時間は年単位らしいので、途中で諦める者も多く、恵まれた習得環境の割りには数は少ない。
そのため、宿に近い範囲だけでも五十人ほどの数がいたのは、武闘大会に参加するために国中から集まっているからだろう。
玉石混交なのは仙術師の世界でも変わらず、この五十人の中でも新人仙術師の俺と同じぐらいの熟練度の【仙術師】を持つのは十人ほどで、確実に格上なのは二人だけだった。
「霊地の上でなければほぼ習得できないのは惜しい力だよな……」
「何がでしょうか?」
「【仙術】だよ」
部屋の小温泉でエリンと少しイチャついた後、小温泉の源泉の湯に溶け込んでいる星気を取り込みながらエリンに【仙術】について改めて説明する。
星気を吸収するだけでも【仙術】と【高位仙術師】の熟練度が上がっていくのは楽でいい。
おそらく、ここまでの上がり方は普通ではないだろうが、その原因にも予想がつくし損をすることはないので気にしないでおく。
旧都は国内屈指の大霊地なだけあって、仙術を修練するには最適の場所なので今後も利用するのも良さそうだな。
「それは便利そうな力ですね」
「エリンも習得してみるか?」
「私にもできるでしょうか……」
「んー、星気を感じ取れればできると思うぞ」
俺の言葉を受けて、温泉の湯に溶けている星気を感じ取ろうとしているエリンを後目に【無限宝庫】から昨日買った丹薬を取り出すと、源泉から流れてきたばかりの湯を使って飲み込んでみた。
没落した大家の秘伝書曰く、星気が溶けた水を使って丹薬を飲むと効能が上がるらしい。
同一の物を単品で飲んだ時よりも確かに効能が上がっているようだが、湯で飲むのは正直言って微妙だな。
やはり湯よりも冷水が舌にあうと思うので、【無限宝庫】から水筒型
自然界の魔力であり星気が溶け込んだ水と聞いて思い出したのは、この世界に来て間もない頃に採取した、現地では〈魔水〉と呼ばれ、正式には〈精霊水〉と呼ばれる物だった。
この精霊水も同じく自然界の魔力ーーつまりは星気のことーーが溶け込んだという背景を持つ水であり、材料として使用することで
どう考えても同じ存在ではあるが、こちらの星気を含む湯を鑑定してみても精霊水という名称ではなく、ただの湯だった。
地域による星気を含む水の希少性や知名度の差が、スキルによる鑑定名にも影響を与えているのだろうか……。
知識系スキルを使っても答えは出なかったため、そういうものと思うしかないようだ。
水筒型アーティファクトに汲んである精霊水は、アーティファクトの力で幾らでも再生成される。
冷えた湧き水であった精霊水の水温もそのまま生成されるため、丹薬を飲む際も非常に飲みやすい。
効能の方は少し湯よりも落ちていたが、丹薬単品よりは上といった感じだった。
この程度の差なら誤差レベルなので今後は精霊水で丹薬を服用するとしよう。
「……たぶん、これが星気だと思います」
「え、分かったのか?」
「はい」
「それは何よりだが、秘伝書に書かれているのは太陽の光を使った陽光式だけだからな。他の習得のやり方は知らないし……試すのは明日の早朝にしよう」
「……」
「俺も分かる範囲で教えるよ」
「ありがとうございます」
明日行うと言ってもジッと見つめてきたので何だろうと思ったが、俺も手伝う旨を告げたら感謝の言葉とともに身体を寄せてきた。
流石に一人で頑張れとは言わないのに心配性だな。
「頑張って強くなって、必ず上位種に進化しますね」
「ああ。俺も全力で手伝うよ」
今のエリンは狼人族という通常種であり、その寿命は百年にも満たない。
パワーレベリングをすれば進化現象が発生する基礎レベルの最低値に達するのは容易いが、エリンとしては自力で進化に至りたいそうだ。
エリンは旧都で生涯の愛剣となり得る〈可能性の剣〉にも出逢えたし、仙術系の力も習得できるかもしれない。
観光という目的ではあったが、旧都に連れてきたのは正解だったな。
武闘大会の予選まで残り二日。
大会でエリン達に良いところを見せるためにも、他にも色々と準備を進めておくとしよう。
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