第271話 アークディア皇家の皇子と皇女
◆◇◆◇◆◇
「ーーテオ、ミーナ。この子が私の使い魔のエリュテイアのエリューよ。エリュー、この子達が私の甥のテオドールと姪のヴィルヘルミナよ。仲良くしてあげてね」
「リュー!」
先日お披露目になったアークディア帝国に新たに生まれた皇子テオドール・レラ・アークディアと皇女ヴィルヘルミナ・レラ・アークディアに対して、二人の叔母であるレティーツィアが使い魔の〈
場所は皇宮にある皇帝用のプライベートルームの一つで、エリュテイアが孵化してから暫く可愛がった後に此方へ移動した。
レティーツィアが実兄一家へとエリュテイアをお披露目しに行くのに婚約者候補として同行した形だが、一緒に来ていたリーゼロッテも普通にこの場にいて皇子と皇女にアモラとルーラを見せていた。
テオドールとヴィルヘルミナの近くでは皇后アメリアがその様子を微笑ましそうに眺めている。
二人の乳母にそれぞれ抱き抱えられた状態のテオドールとヴィルヘルミナが、興味深そうにエリュテイアとアモラとルーラを見つめているのが見える。
その視線を感じ取った二羽と一頭は、皇子と皇女の前で突然踊り出した。
アモラとルーラはまだしも、エリュテイアは生まれて間もないというのに二羽に先導される形で踊り歌っている。
アモラ達は意外と面倒見が良いのかもしれないな。
「……まさかレティの誕生日プレゼントのために新種の竜を生み出すとは予想出来なかったな。流石は〈賢者〉にして〈創造の勇者〉だ」
俺と同じように少し離れたところからそんな様子を眺めていたヴィルヘルムが、エリュテイアを見ながら呆れの色が多分に混ざった言葉を漏らしていた。
「一応言っておきますが、素材が素材なので新たなステラドラコニスは無理ですよ。ステラアヴィスも同様です」
「ハハハッ、お見通しか。帝国の守護竜に良さそうだと思ったのだが残念だ」
「竜が欲しいのですか?」
「うむ。守護竜という象徴的な面でも欲しいと思っているのは事実だ。だが、それ以外にも国の戦力増強案の一つで、亜竜である
実際に生み出せるんだけどね、研究開発的な方法ではなくてスキルでだけど。
ユニークスキル【
意図的に人間に懐きやすい個体を生み出せば、竜騎士団を結成するのは容易いだろう。
まぁ、魔物顕現系のスキルを明かす気はないので教えないけど。
「通常の竜種は精霊種とは違いますので難しいかと思われます」
「そうか。ならば、この戦力増強案を実行する際は野生の竜種の卵を手に入れて育てるところから始める必要があるわけか」
「竜騎士団を結成できるほどの数を確保するのは現実的ではないでしょうね」
「うむ。竜騎乗士で有名な国もあるが、運用に慣れているその国ですら成竜の竜騎乗士は数騎しいないからな。流石に無理があるか」
竜を自由自在に操り空を駆けるのは、国の権威としても戦力としても魅力的な話なので、そういう案が出てもおかしくはない。
成竜ではないワイバーンに騎乗する
そのため戦力面での騎手の存在価値は薄いが、彼らは騎竜を操る術と騎竜を強化したり共に攻撃するための魔法を修めており、人と騎竜の息のあった動きは脅威的なんだとか。
まぁ、あくまでも一般論なので、人も竜も纏めて屠れるようなものからすれば脅威を感じることはないだろう。
少なくとも俺は竜騎乗士に脅威を感じていない。
だが、竜種が持つ力には魅力を感じているため、魔物顕現系スキルに頼らない手法を模索し、その開発と研究を行なっていた。
なので、帝国の賢者として皇帝ヴィルヘルムにそちらの手法を提案するのは吝かではない。
内緒話をするために、リーゼロッテ達や室内外にいる侍従や護衛達に聞かれないように念のため遮音結界を張った。
それでも声を潜めて話すのは気分的な理由からだ。
「……これは独り言なのですが、セジウムの黒の魔塔では少し前から新たな
「新たな魔導具?」
「正確には
「ほう。魔導兵器ということは完全に戦闘向けの魔導具か。人工の竜種とは人為的に生み出された竜種ということか?」
「いえ、言葉の通り『人が製造した竜種』です。別の言い方をするならば、竜種の力を再現した竜型のゴーレムや機甲錬騎と言ったところですね。そのため搭乗者の命令には忠実です」
「なるほど。それは確かに人工の竜種だな。黒の魔塔主自身が言うならば本当にそれほどの力を持っているのだろう。進捗はどうなのだ?」
「黒の魔塔に属する者達への課題や教育の面もありますので、私の介入は最小限にしています。そのためまだまだ時間が掛かるかと思われます」
俺は既に人工の竜種から更に発展させた魔導兵器の開発に着手し、そして成功し完成させている。
その一つが魔王の素材を使用し、その力の再現と安全性を両立させた上での自由操作を目指した遠隔操作式混成魔獣装体〈魔王義体・
エキドナの開発を終えて取り敢えずは満足してしまったのも、黒の魔塔での研究開発を部下任せにしている理由の一つになる。
「ふむ。魔塔主導での開発ならば、いずれ製品化する可能性があるということか……」
「そうなるかと思われます。製品化の際のアイテム名は仮称ですが〈機甲竜〉といったところでしょうか」
「機甲竜か。性能や運用はワイバーンなどと同じか?」
「想定通りの性能の機甲竜の開発に成功したならば、一部の性能は平均的な成竜の能力を上回るでしょう。運用については、小型の専用魔力炉を動力源として搭載予定ですので、通常の竜種と違って食事も必要なく、運用コストは半分近くまで下がる予定です」
「ふむ……その機甲竜の開発研究費用については帝国からも出来るだけ出そう。研究が進んだら逐次報告してくれ」
「かしこまりました」
国の名で出資をするということは、製品化した際には優先的に販売してほしいという意味になる。
好きに開発研究をするにしても誰彼構わず売る気はなかったため、この展開に誘導できて何よりだ。
これで双方の所属国に恩を売りつつ実績も積むことができる。
部下に任せず魔塔主である俺個人で開発するならば、魔塔主の特権もあって魔塔の力を使って開発したモノに定められた製品化のルールに縛られなかったのだが、部下の教育にちょうど良い内容だったのだから仕方がない。
「それにしても、そのような戦力増強案が出るほどに不穏な国際情勢なのですか?」
「不穏と言えば不穏だが、現状は差し迫った危機があるわけではない。帝国が領土を取り戻したことと属国の数が増えたことなどで周りの国が浮き足立っているだけだからな。それらに対する警戒と今後の帝国の発展も踏まえて、そういった戦力増強案が先日の会議の場で出ただけだ」
「なるほど。多少不穏な情勢ではありますが、確かに緊急性はありませんね」
「うむ。ああそれと、近々諸侯を集めてリオンが〈星戦〉に勝利して得た〈星域干渉権限〉の使い道について協議する目処が立った。正式な日取りはまだ決まっていないが、今週中には皇城にて行われる予定だ。その場には権限の最終決定者であるリオンも参加してくれ」
「承知しました。時間を空けておきます」
ああ、そういえばそんなのもあったな。
一個人で使うには持て余す力だったので、国内での使用用途を話し合う場を用意してくれと頼んでいたっけ。
戦勝記念式典に皇子皇女の誕生祝いにファロン龍煌国での活動など、最近は色々と忙しかったから忘れていた。
権限の使用権をアークディア帝国に売るような形なので、俺が損をすることはない。
ここまでスムーズに事が運んだのは、俺が〈賢者〉にして魔王討伐を果たした冠位称号持ちの〈勇者〉だからだろう。
勿論、これまでの実績も無関係ではないだろうが、この二つの肩書きは王侯貴族達も無視できないほどに大きいみたいだしな。
「リオン、兄上との内緒話は終わったかしら?」
「ちょうど終わったけど、どうした?」
遮音結界を解いてすぐに、甥のテオドールを抱き抱えたレティーツィアが声を掛けてきた。
「リオンはこの子達を抱っこしたことなかったでしょう?」
「まぁ、そりゃあな」
直接会ったのは一昨日の謁見式の時が初めてだし、その場で抱っこするどころか触れてすらいない。
レティーツィアの背後ではアメリアから許可をもらったリーゼロッテが、乳母からヴィルヘルミナを受け取り抱き抱えていた。
「はい。良い機会だからリオンも抱っこしてあげて。ある意味ではこの子達が生まれたのはリオンのおかげなんだから」
「このタイミングで生まれた、という意味ならそうかもな。陛下、よろしいでしょうか?」
「うむ。レティの言う通りだから構わないぞ。それに、勇者にして賢者に抱っこされるというのは縁起が良さそうだ」
そう言われてみると確かに縁起が良さそうだ。
俺が当事者でなければ他人事でいられたんだが。
レティーツィアから手渡されたテオドールを位置を調整しつつ抱き上げる。
「なんか手慣れてるわね?」
「そうか?」
手慣れていると言われても、前世で姪っ子を抱っこした経験があるぐらいなんだがな。
初めて抱き上げる俺の腕の中でも大人しいテオドールが、口を半開き状態のまま不思議そうな表情を浮かべたまま俺を見つめている。
父親譲りの
「大人しい子ですが、心身共にちゃんと健康体ですね。生まれて間もないとは思えないほどの総魔力量を持っているのは流石は陛下達の御子ですね」
「そうだろう、そうだろう!」
俺の横で親バカな感じのヴィルヘルムの反応を新鮮に思いながら、テオドールをあやしつつ更に詳細な情報を探っていく。
妙に大人しい子だから思わず〈転生者〉の可能性を疑ったが、心身と霊魂とステータス全てに怪しいところはないので違うようだ。
また、生まれたばかりで基礎レベル一であるテオドールの能力値の中でダントツで大きいのは魔力であり、これは種族が冠魔族であることから予想通りなのだが、次点で大きいのは知力、その次は精神力だった。
魔力を除いたこの辺りの能力値の高さが大人しい態度に関係している可能性はあるが、まぁ単にテオドール自身が大人しい性格をしているだけだろう。
筋力や耐久といった肉体系の値も決して低くはなく、精神力の値との差は誤差レベルであり、冠魔族という種族が帝国で尊ばれているのも当然なのかもしれないな。
「はい。次はこの子の番です」
テオドールをレティーツィアに手渡すと、代わりにリーゼロッテから手渡されたヴィルヘルミナを抱き抱えた。
ヴィルヘルミナという名前の通り、皇女の名前は父親のヴィルヘルムからとっているそうだ。
髪も瞳も双子の兄と同様のカラーリングだが、性格は大人しいタイプのテオドールとは反対のようで、非常に元気がいい。
テオドールを抱っこしている間もヴィルヘルミナはリーゼロッテの胸をずっと叩いていた。
乳母や侍女達だけでなく、母親のアメリアの胸よりもデカいから押し潰されるとでも思ったのだろうか。
そんな風に思っていたのだが、俺が抱いていても胸をペシペシと叩いているため関係ないようだ。
随分と元気の良い皇女だと思いつつ、身体を支えるメインの右腕はそのままに、空けた左手で頭を撫でてやるとヴィルヘルミナの動きが止まり大人しくなった。
「撫でろって言ってたのかな?」
「ミーナは自己主張の強い子みたいね」
「そうだな。この子も健康体だし、双子だからか魔力量なども皇子と大体同じみたいだ」
「それは何よりね」
俺の顔に向かって手を伸ばしてくるヴィルヘルミナを見ていると、ふと先ほどの国際情勢の話を思い出した。
錬魔戦争によってその地力と国力の高さを示したアークディア帝国の将来性、それを示唆するかのようなタイミングで生まれた現皇帝の初の皇子と皇女。
このような状況下で他国がアークディア帝国に楔を打つのに最適な方法は、この子達の命を狙うことだろう。
戦争直前にあった皇帝暗殺を防いで以降、城内の警備レベルは上がっている。
テオドールとヴィルヘルミナが生まれてからは更に上がっており、毒殺や呪殺など間接的な暗殺への対策も万全なんだろうが、俺からすれば不安が残る。
考えすぎかもしれないが、将来的に俺にとっても甥と姪になる可能性が高い二人が無事に日々を過ごせるよう、二人に更なる対策を施すとしよう。
「陛下。せっかく両殿下に直接触れる機会を得られましたので、両殿下に期間限定ではありますが幾つかのレンタルスキルを贈らせていただきたく存じます」
「ほう。それは有り難いが、赤子にもレンタルスキルを貸し出せるのか?」
「レンタルスキルの管理者にして創造者である私ならば可能です。本来のレンタルスキルのシステムではありませんので、取り敢えず一年間ほど無償で貸し出しておきましょう」
「一年間というのには理由があるの?」
目の前でテオドールを抱っこしているレティーツィアが一年という期間について質問してきた。
彼女自身というよりはヴィルヘルム達への説明のための質問だろう。
「生まれて間もない今なら自前のスキルを殆ど持ってないからレンタルスキルも有用だが、レンタルスキルがある間は同じタイプのスキルを自力で取得出来なくなるんだよ。一年という期間は、あまりに長くなると将来的には不利益が大きくなるからだな」
「今の段階からレンタルスキルに頼り続けていたら温室育ちの虚弱体質みたいになるわけか。長期的にみれば寧ろ危険性が増してしまうわけね」
「そういうことだ」
「リオンよ。先日の謁見式で〈
「勿論です。初の御子達なので両陛下も幾ら対策を立てても心配かと思われますので」
「そういうことならばよろしく頼む。アメリアもいいな?」
「ええ。お願いしますね、エクスヴェル卿」
「かしこまりました」
実際にドラウプニル商会スキル部門〈マモン〉にて使われている〈
「このリスト内の点滅しているスキルをレンタル致します。両陛下とレティにのみ見えるようにしていますのでご確認ください」
「うむ。これだけのスキルがあれば十分だろう。星五のレンタルスキルも大盤振る舞いだな。余はこれで構わない」
「私も構いません」
「私も同じ意見だけど、これらを普通にレンタルするとしたら幾らになるのかしら……奮発したわね?」
「初の御子達だからな。金額面からも流石に今回だけだよ。それでは両殿下に貸与致します」
テオドールとヴィルヘルミナに貸与するスキルは、今後の成長を阻害しないように考えて厳選して全部で二十五個。
回復系スキルは、【回復特性】【生命力超増強】【高速回復】【免疫強化】【休息】【安眠】【快眠】の七個。
感覚系スキルは。【鑑定妨害】【看破妨害】の二個のみ。
最も重要な耐性系スキルは、【物理攻撃耐性】【魔法攻撃耐性】【状態異常耐性】【猛毒耐性】【疾病耐性】【石化耐性】【麻痺耐性】【呪詛耐性】【精神耐性】【魅了耐性】【支配耐性】【魔瘴耐性】【苦痛耐性】【怯み耐性】【精神干渉耐性】【精神汚染耐性】の十六個。
個人的にはまだ不安が残るが、自分の子供というわけではないし、あまりやり過ぎるとヴィルヘルム達や警備の者達の気の緩みに繋がりかねない。
ヴィルヘルム達ならば大丈夫だろうが、皇子や皇女ならば無償で手厚い保護が得られると勘違いされるのも嫌だし、匙加減が難しいものだ。
最後にテオドールとヴィルヘルミナの頭を撫でながら、二人の影の中へとネズミ型眷属ゴーレムのラタトスク達を潜ませた。
二人の身に何かがあればすぐにラタトスク達が知らせてくれるだろう。
ついでに二人を取り巻く周囲の情報を収集させるのも良さそうだな。
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