第270話 エリュテイア
◆◇◆◇◆◇
「ーー誕生日おめでとう、レティ」
「ありがとう、リオン」
アークディア帝国に遂に生まれたヴィルヘルムの子供達への謁見式から二日後。
この日は、戦後間もないタイミングであることと、生まれたばかりの皇子皇女達への贈り物にかかる貴族達の懐事情などを考慮して今年はパーティーが開催されなかった皇妹レティーツィアの誕生日の翌日でもある。
変装した本体ではセレナ達と共にファロン龍煌国の旧都を観光する一方で、アークディア帝国の帝都に置いた変装無しの分身体はレティーツィアの住まいである紅玉宮を訪れていた。
「おめでとうございます、レティ」
「あら、ありがとう。リーゼも来るとは思わなかったわ。そんなに私に会いたかったの?」
「おかしなことを言いますね。私が会いに来たのはレティではなくこの子の方です」
俺と共に紅玉宮にやってきたリーゼロッテが指差したのは、俺が抱えている黒い斑点模様のある大きな卵だった。
人の子供の頭部ほどの大きさの卵で、よく見ると黒い斑点以外の白い殻の部分が仄かに虹色に輝いている。
「酷い言い草ね。まぁ、気持ちは分からないでもないけど。この子が私のためにリオンが作ってくれた使い魔なのね?」
「ああ。レティの血とか竜の血とか以外にも色々な超希少素材を使って生み出した新種の竜の卵だよ」
「ピィ?」
「ああ。竜ではあるが、関係的にはアモラ達の兄弟みたいなものだ。生まれたら仲良くしてやってくれ」
「「ピィッ!」」
俺の両肩に留まっている〈
この竜の卵は、以前誕生日に何が欲しいとレティーツィアに聞いた際の彼女からのリクエストを叶えた形だ。
リーゼロッテが俺と同じ使い魔を持っていることを羨ましがっていたようなので、このような特別な使い魔を用意した。
ステラアヴィスの時のように既存の魔物の卵を利用して生み出す形式ではなく、一からの創造を行なっている。
異界の固有領域〈強欲の神座〉にある秘密研究所〈
主人となるレティーツィアの血以外だと、この世界に来て早々に戦った真竜ファブルニルグの血をメイン素材に、ファブルニルグの皮と肉と鱗と骨、六大精霊達の精霊力、星鉄の欠片、オリハルコン、俺の血、俺の魔力、アモラとルーラの羽根などの素材を贅沢に使用している。
錬魔戦争終盤頃に創造に成功したが、予想以上に安定化に時間がかかりそうで誕生日に間に合うかどうか微妙だったが、魔王戦で手に入れた権能【錬星神域】〈虚神の錬星工房〉によって安定化を促進することができたおかげで間に合った。
後は最後にレティーツィアの魔力を大量に注いでやれば孵化するはずだ。
「それじゃあ、早速孵化させるか」
「私の魔力で足りるかしら?」
「俺が知るSランク冒険者達の中でも上位の魔力量だし大丈夫だろう」
元々魔力量の多い種族であることに加えて、魔人種の中でもトップの魔力量を持つ冠魔族の血も引いていることもあり、レティーツィアの総魔力量は相当なものだ。
今日に合わせて体調も万全のようだし、実際のところは余裕で足りると思われる。
仮に足りなかった場合でも魔力を回復させてやればいいだけなので問題はない。
専属侍女のユリアーネがテーブルの上に準備したクッションへと卵を安置し、魔力供給を行うようレティーツィアを促す。
準備を済ませると、卵への魔力供給作業を行う彼女以外の者達は邪魔にならないように卵から離れて見守った。
底無しかと思えるほどに卵がレティーツィアの魔力を呑み込んでいく。
やがて、レティーツィアの総魔力量が残り二割を切った頃、卵が発する気配が一気に膨れ上がり、残り一割を切ってすぐに卵に罅が入った。
内側から自ら卵を割って出てきたのは、全身がレティーツィアの髪と同じ
[偉業〈新種生命創造〉を達成しました]
[スキル【生命の支配者】を取得しました]
[◼️◼️◼️◼️より恩寵が与えられます]
[称号〈生命神の加護〉を獲得しました]
同じ新種でも元々ある種の魔物の卵を使ってステラアヴィスを生み出した時とは異なり、一から新種の魔物を生み出したからか、新たな偉業を達成したようだ。
加えて新たな神の加護までもらってしまった。
〈生命〉を冠する神の加護なだけあって色々な面で役に立ってくれそうな力を感じる。
[特殊条件〈精霊種変生〉〈精霊種新生〉などを達成しました]
[スキル【精霊の生み手】を取得しました]
何やら今回の実績に相応しいスキルを手に入れたが、これは精霊関連スキルの融合素材に使えそうだな。
足りなかった最後のピースが揃った感覚だ。
「リュー?」
「か、可愛い……ッ!」
初めて聞く感じの声を漏らしながら身体を震わせているレティーツィアを視界に納めつつ、首を傾げながら目の前の彼女を見上げる幼体竜の情報を【
「〈
「リュッ? リュー、リュッ?」
「そうよ。あっちがパパよ。そして私がママよ」
「……何を言ってるのでしょうかね、あの女は」
猫撫で声でステラドラコニスに話しかけるレティーツィアの様子を見てリーゼロッテが呆れている。
リーゼロッテもルーラが孵化した時に全く同じことを言ってたんだけどな……流石は似た者同士だ。
割れた卵から出てきたステラドラコニスの大きさは、レティーツィアの魔力を吸収したことによって既に卵よりも大きくなっていた。
今は大人の頭部よりも少し大きいぐらいのサイズにまで成長している。
ステラドラコニスは精霊種に属するため、潤沢な魔力を持つ主人の元でならば順調に育つことができるだろう。
ステラドラコニスもステラアヴィス同様に精霊種としての性質を持っているため、ある程度成長したら身体のサイズは自由に変化させられるようになるはずだ。
六大精霊達がそうであるため、彼らの力を素材に使用した二種も同様の性質を持っているのはほぼ間違いないだろう。
ステラアヴィスは元になったマグナアヴィスの成体のサイズから、ステラドラコニスは使用した真竜の成体サイズからの予想だが、二種の成体の大きさは俺達が見上げる必要があるほどのサイズになると思われる。
身体のサイズの自由化は、今後を考えると必須の能力なので是非とも予測が当たっていて欲しいものだ。
「ねぇ、リオン。この子の名前は考えてきてくれたかしら?」
「ああ。考えてきた名前は〈エリュテイア〉だ」
使用した素材と狙った方向性から、生まれてくる新種の種族と属性は予測できていた。
このステラドラコニスの名前は、それらの各種要素から考えている。
星に竜というと、星座のりゅう座のモチーフたる竜のラードゥンが思い浮かんだのだが、英雄に倒される竜の名前は縁起が悪いので強そうだが却下した。
でも、着眼点は良い気がするのでそこから連想していった。
モチーフのラードゥンが守っていた黄金の林檎があった場所の名は〈ヘスペリデスの園〉。
このヘスペリデスは世界の西の果ての
西の果てというのも、大陸西方にあるアークディア帝国をかろうじてイメージできなくもないし、レティーツィアはそのアークディア帝国の皇女である。
黄昏の娘達というのも、黄昏から〈
ユニークスキル【
夜の女神の娘かつ、黄昏の娘達という背景は、俺とレティーツィアの因子を使って生まれたステラドラコニスを彷彿とさせてくれる。
まぁ、ステラドラコニスは精霊だから性別とかはないのだが些細なことだ。
「このヘスペリデスの一人に、紅い女を意味するエリュテイアというへスペリスがいてな。そういった理由からこの名前に決めたんだが、どうだろうか?」
俺のユニークスキルの名前だけは伏せつつ、異界の神話関連の話を絡めてへスペリスという名の経緯をレティーツィアに説明した。
ちなみに、へスペリスというのは複数形のヘスペリデスの単数形のことである。
「紅い女というのは
「ああ。そのままヘスペリデスとかへスペリスという名前にしようとも考えたんだが、レティは上位種の
「確かに血を意味する紅は私達の種族に馴染み深いわね……うん。良いと思うわ。この子の名前はエリュテイアよ! エリュテイアだから、愛称はエリューでいいわね」
「リュッ!」
エリュテイアという名を気に入ったのか、エリュテイアことエリューが元気よく返事をする。
他にも、吸血鬼と竜から連想した〈ドラキュラ〉と、夜の女神ニュクスの名を変化させてから組み合わせた〈キュアニクス〉とか色々と考えてはみたのだが、そのまま第一案のエリュテイアで決まって何よりだ。
「随分と凝った名前ですね。ねぇ、リオン?」
「だって、事前に名前を決めておいてくれって言ってたからさ。そりゃあ、頭を悩ませて考えるだろ」
「私も頼むんでしたね。まぁ、私の考えたルーラも可愛い名前ですけど。ねぇ、ルーラ?」
「ピッ!」
悔しげな様子のリーゼロッテが横で唸っているが、実際にルーラは良い名前だと思うぞ。
そのルーラとアモラがエリュテイアへと近付いていった。
「ピィッ!」
「ピピッ!」
「リュ?」
「ピィ、ピッ!」
「ピピッ、ピィー」
「リュッ!」
二羽と一頭が何やら会話をしているが、鳥と竜だけど言葉は通じるんだな?
まぁ、同属かつ同じ精霊種だからかもしれないけど、深く考えたら思考の沼に嵌りそうな光景だ。
そんな二羽と一頭が近寄ってきたので全員の頭を撫でてやる。
ちょうど良いから先ほど手に入れたばかりのスキルを融合するとしよう。
なんとなく今の状況に役立つ気がする。
[スキルを融合します]
[【精霊の愛し子】+【群れを率いる者】+【精霊の支配者】+【精霊の生み手】=【精霊王:
大層な名前のスキルになったが、臨時というのは気になるな。
何かしら条件があるようだが、
「リュー」
「「ピピィー」」
【精霊王:臨時】の影響なのか、二羽と一頭が先ほどよりも気持ち良さそうに頭を撫でられている気がする。
どうやら撫でる俺の手からアモラ達へと流れていっている何らかの力が影響しているようだ。
おそらくは六大精霊達が扱う精霊固有の力である精霊力だと思うが、なんとなく微妙に違う気もする。
まぁ、悪いモノではないようだしアモラ達も気持ち良さ気なのでスキルは切らないでおくか。
「エリューは卵から孵ったばかりですが、もう角や鱗は硬くなっていますね」
横からエリュテイアを撫でるリーゼロッテが言うように卵から孵ったばかりの幼体ではあるが、エリュテイアは既に竜種らしい身体を構築していた。
この環境への順応性の高さと早さは、竜種の性質以外にも精霊種の性質も関係していそうだ。
自分で創り出した存在ではあるが、〈賢者〉としては非常に興味深い生態をしている。
レティーツィアへの贈り物なので好きにはできないが、落ち着いたら色々と調べさせてもらうとしよう。
「レティ、私達もエリューを触ってもいいですか?」
エリュテイアを三人で好きに触っていたら、侍女らしく一歩引いて待機していたユリアーネが声を掛けてきた。
彼女の背後では紅玉宮付きの侍女達もそわそわとしている。
「いいわよ。はい」
「リュッ!」
「「「か、可愛い……ッ」」」
レティーツィアがエリュテイアを抱き上げてユリアーネに手渡すと、エリュテイアが媚びるように鳴いた。
さっそく揉みくちゃに触られているが、エリュテイアは満足そうな表情をしている……気がする。
ユリアーネ達侍女勢が魅了されているのを見るに、エリュテイアは中々にイイ性格をしているのかもしれないな。
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