第269話 剣と魔女
◆◇◆◇◆◇
生まれも育ちも旧都の辻馬車の御者曰く、旧都にある
普段からそうなのか高級辻馬車から降りてきたからか、慣れた動きでやってきた店員に出迎えられた。
「彼女達は私の婚約者とその侍女達だ。彼女達への商品の案内を頼みたいのだが、大陸中央部で使われている共通語が使える者はいるか?」
「勿論でございます。お嬢様方への商品のご案内と説明はお任せくださいませ」
「それは良かった。彼女達が一人で見て回りたいという時は好きにさせてやってくれ。あとコレを」
先ほど行った丹薬の商店で店長が一筆書いてくれた紹介状を渡す。
店員が中身に目を通し終えたであろうタイミングで一言付け加える。
「何と書いてあるかは知らないが、商品の価格は気にせず彼女達に紹介してやってくれ」
「承知致しました。旦那様への商品のご案内は如何致しましょうか?」
「気持ちだけ受け取っておく。好きに見て回るから気にしないでいい」
「かしこまりました」
店員にチップとしてファロン金貨を一枚渡すと、他の店員達もやってきてセレナ達を案内していった。
【強欲なる識覚領域】で彼女達の動きは常に観ておくし、後は任せても大丈夫だろう。
辻馬車の御者から聞いた通りの店側の対応に感心すると広い店内の散策を開始する。
戦闘用である各種武器と防具、そして戦闘系能力を持つ装身具が集められたコーナー。
非戦闘系能力を持つ衣類や装身具のコーナーに、自宅などに設置するような家具系に生活用品系のコーナー。
希少な薬草や鉱石などの素材系が置かれたコーナー。
ただ見るだけでも楽しい豊富な品揃えの各売り場を見て回り、気になったアイテムの詳細をスキルを使って確認していく。
「丹薬は専用窓口だから帰り際にでも買うか」
先ほど寄った商店と同様に丹薬だけは店頭に出されていなかったので後で纏めて買うとしよう。
各売り場を見ていったところ、アイテム全体の品質の平均がアークディア帝国の物よりも良いことに気付いた。
全てというわけではないものの、一部の素材については帝国にある神造迷宮で得られる素材よりも質が良い。
神々の恩寵たる巨塔内で採れる素材よりも品質が良いということは、この素材が採れる場所はそれだけ星の魔力が濃ゆいのだろう。
何に活かせるかは分からないが、一応その素材と原産地は分かる範囲内でメモっておく。
高品質のアイテムについては知的好奇心で注目していただけだが、本命は未取得スキルを得られるような能力を持つアイテムだ。
これまでに集めたスキルが膨大であるため中々見つからないが、各種スキルを活用して探したことで幾つか見つけることができた。
それらのアイテムを持って店内を歩いていると、前方にエリンの姿が見えた。
先ほどからエリンが一つの場所から動いていないのは気付いていたが、その場所は俺が入店時から気になる気配を感じていた場所でもあった。
「何を見ているんだ?」
「ご主人様。その、何か呼ばれている気がしまして……」
「その中にある剣にか?」
「はい」
エリンの前には粗悪品の刀剣が大量に納められた大樽があった。
店内の端の方に置かれており、大樽に貼られている値札に書かれた説明通りならば、一振りあたりの刀剣の金額は全て同じのようだ。
数十本の刀剣が入っている大樽の中には、鞘も無しに雑に布を巻かれただけの刀剣もあったりなど、棚や壁に陳列されている他の商品とは扱いが異なるようだ。
店と取引のある工房の見習い鍛治師達の習作や、潰れた同業者の店から残った品を纏めて格安で購入した中にあった物など、説明文を読む限り此処に置かれるに至った経緯はバラバラらしい。
「どの剣に呼ばれているんだ?」
「えっと、たぶんコレだと思います」
そう言ってエリンが大樽から一振りの鞘付き剣を引き抜いて手渡してきた。
鞘から抜いた剣は、特に何の変哲もない両刃の長剣で、魔導具店に置かれているだけあって僅かに魔力を帯びている。
ただ、その発する魔力量からして一応は魔導具に分類される程度の代物だ。
素人目にも分かる量の魔力なので、見た目も飾り気のない普通の鉄剣なのもあって、鑑定もされずに放り込まれたのも当然なのかもしれない。
「なるほどね。よし、買おう。今日からコレを使うといい」
「ご主人様が作ってくださった刀よりも低ランクのようですが?」
「まぁ、今はそうだろうな。詳しい説明は宿に戻ってからするよ」
「分かりました」
いつから置かれているかは知らないが、誰かに買われる可能性も考慮して、手に取っていた複数のアイテムとともに謎の鉄剣も先に購入しておいた。
まさか、前の異世界にあった〈可能性の剣〉がこの世界にも存在しているとはな。
可能性の剣は、一言で言うならば使い手と共に成長する剣だ。
分類的には魔剣だが、使い手次第では凡ゆる形・属性の武器へと進化する可能性がある。
前の異世界と同じならば、作られたばかりの剣が偶発的に変質する超自然現象みたいな代物なので、狙って作り出すことはできない。
なお、俺の切り札である〈星王剣エクスカリバー〉も元々はこの可能性の剣だったりする。
偶々手に入れて使い続けているうちに、俺の魔力や知識などを吸収して聖剣化し、いつの間にかエクスカリバーなんて大仰な銘を冠するようになっていた。
最終的に
初期の可能性の剣の等級は
激レアな可能性の剣が俺の軽はずみな行動でその特性が損なわれたり、俺の魔力の影響を受けて変質してしまったら、せっかくのエリン専用の剣が生まれる機会が永久に失われてしまうかもしれない。
試しに【
マップ越しの詳細情報も魔力を持つ普通の鉄剣という表記しかなく、これでは同一のモノを探し出すのは不可能だ。
こうもイレギュラー尽くしだと本当に複製できるか怪しくなってきたな……複製は惜しいが念のため止めておくか。
まぁ、触れたり魔力を送ったりせずに【
今開発中のとあるアイテムにも活かせそうなので、この出会いはエリンだけでなく俺にとっても福音だったかもしれないな。
「俺は見終わったし、二人と合流しておくか。エリーはどうする?」
「私もご一緒します」
「分かった」
店員がすぐ近くにいるのでエリンを偽名のエリーの名で呼ぶ。
先に購入した品々を【
二人の元へ向かうと、そこにはセレナとカレン以外にも、長い黒髪をポニーテールにした二十歳ぐらいの見た目の快活そうな美少女の姿があった。
カレンは侍女に徹しているため会話には参加しておらず、セレナとポニーテール美少女の二人が楽しそうに談笑していた。
「それじゃあ、カエデさんも大会に出るために旧都に来たんですね」
「ええ。前々から武闘大会にも参加してみたかったんだけど、コッチに来たばかりの頃は実力に不安があってね。数年前にSランクになれたから、やっと武闘大会に出れるだけの自信がついたわ」
「Sランク冒険者なら本戦にも簡単に進めそうですね」
「うーん、予選はバトルロイヤルだから、組み合わせが悪かったら本戦前に強敵と当たるだろうし、こればかりは運次第ね」
直接見るのは初めてだが、彼女はある意味では有名人なので誰かは知っている。
彼女は大陸中央部の共通語が話せるようで、セレナとも普通に会話ができていた。
「セレンお嬢様。ジン様が来られました」
セレナの背後で侍女っぽく大人しくしていたカレンが、セレナに偽名で呼び掛けて俺が来たことを知らせていた。
カレンの言葉を聞いたセレナとポニーテール美少女が此方に振り向く。
二人の表情から察するに、俺達が近付いてきたことに気付いていたようだ。
「すまない。話の邪魔をしてしまったようだな」
「いえ、そのようなことはありませんよ。ジン様、此方はファロン龍煌国で活動なされているSランク冒険者のカエデ・ムラクモ様です」
「カエデ・ムラクモです。セレン様からご紹介いただきましたように冒険者です」
「とある商会で商いをしている、セレンの婚約者のジン・オウと申します。かの有名な〈風魔姫〉にお会いでき光栄です」
龍煌国式の礼をしながら挨拶をすると、カエデは少し慌てたように些か慣れていない礼を返してきた。
Sランク冒険者としての二つ名である〈風魔姫〉にある〈魔姫〉から分かるように、彼女は〈氷魔姫〉であるリーゼロッテと同じ〈
そして、セレナと同じく隠し称号である〈転移者〉と〈異界人〉を持つ異界転移者でもある。
彼女のことを初めて知った時は、
まぁ、その後に前の異世界からの〈転生者〉であり、今生で新たに冠位魔女を得ていたヴィクトリアと再会したので、珍しくはあるが無い話ではないのだろう。
十人の魔女のうち二人が異界人だとすると、結構確率は高い気もする。
〈転生者〉〈転移者〉〈異界人〉のどの隠し称号も何故か存在しない俺自身も数に含めたら、約三分の一が異界人になるのだが……まぁ、そういう魔女が揃う時代なのかもしれないな。
「有名とは恐れ入ります」
苦笑しながら頬を掻くカエデだが、この反応を見るに言われ慣れてはいるようだ。
まぁ、冒険者ギルドには何らかの命名基準があるようだし、二つ名から気付く者は気付くだろうからな。
彼女は自分が冠位魔女であり異界人であることは特に隠していないようだし、この反応も当然と言えば当然だろう。
「〈戦嵐の魔女〉であるムラクモ殿のお噂は
「はい。以前から出場してみたいと思っていましたので。腕試しも兼ねて今回出場することを決めました」
「そうなのですね。今回の大会では黒龍剣の使い手探しも行うそうですし、〈戦嵐の魔女〉であるムラクモ殿が選ばれる可能性はありますね」
「うーん、選ばれるのは光栄ですけど、宮仕えはちょっと……」
まぁ、冒険者の道を選んで大成した異界人が目的も理由もなしに自ら進んで公人になることはないだろうな。
黒龍剣は風系の魔剣だから属性的な相性は良さそうだけど、彼女は剣士ではないから持て余しそうだ。
「私も大会に出場しますので、その時はお手柔らかにお願いします」
「あ、はい。その時は、こちらこそよろしくお願いします。では、お邪魔になるのでそろそろ失礼しますね」
「カエデ様、大会では頑張ってくださいね。応援しています」
「ありがとう! それじゃあ、機会があったらまた会いましょう」
空気を読んで去っていったカエデを見送ってからセレナに向き直ると同時に、セレナ達を案内していた店員に退がるように手振りで指示をした。
更に遮音結界を張ったことで普段通りに話せるようになった。
「さっきも言いましたが邪魔をしましたか?」
「区切りも良かったから大丈夫よ。直接聞けなかったけど、名前的に彼女も異界人?」
「はい。セレナ先輩と同じ転移者です。年齢は先輩の一つ上ですね」
「なるほど。だからなんとなく親近感があったのね。偽名と変装のせいで向こうは私も異界人だとは気付かなかったみたいだけど」
「セレナ先輩はハーフですから黙ってれば同郷者が相手でもバレないと思いますよ」
まぁ、俺達の時代はハーフやクォーターが珍しくなかったからセレナに限った話ではないんだけど。
カエデは容姿的に俺やセレナとは違うみたいだし、名前も本名を名乗ってるから同郷者なら普通に気付きそうだ。
「冠位魔女とはいえ、Sランクだなんて凄いわね」
「そうですね。俺の実力にも薄っすらと気付いていたようですし、それなりに場数も踏んでいるみたいです。それはそうと、商品は見終わりましたか?」
「あ、そうそう。リオンくんが来たら意見を聞きたかったの。リオンくんは、この中でどれが似合ってると思う?」
セレナが背後のカゴの中に入っていた衣服を見せてきた。
セレナの手招きで退がっていた女性店員が近寄ってきたので遮音結界を解除して変装用の演技を再開する。
女性店員の手にも衣服が抱えられており、その後方に並ぶ他の女性店員の手にも大量の衣服が抱えられているのが見えた。
チラッと見えた衣服のサイズ的にセレナだけでなくカレンや、おそらくエリンの分もある気がする。
コレっていつ終わるんだろう、と不安を覚えつつ根気強く三人の衣服を選んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます