第268話 丹薬



 ◆◇◆◇◆◇



 ファロン龍煌国がある大陸極東部には、〈霊地〉と呼ばれる〈星の魔力〉が噴出する地点が多く点在している。

 星の魔力とは、簡単に言えば世界ほし自体が生み出す質の良い魔力のことであり、その魔力濃度の濃淡が自然界の豊かさやそこに住む生き物の生命力の強さに影響を与える。


 そんな星の魔力が濃厚な霊地が齎す恩恵を日常的に受けている龍煌国の人々は、他国の人々と比べて強靭に育ちやすく、様々な資源を育む自然も大変豊かだ。

 しかし、人類だけでなく魔物も他国の魔物より強い傾向にあるため、一概に恵まれた環境だとは言いがたい。

 だが、その豊かな自然で育まれた魔物の上質な素材や、鉱石に薬草などといった各種環境資源が周りに溢れている龍煌国が、極東の覇者となったのはある意味では必然だと言えるだろう。


 そのような大陸内の他の地域では滅多に見られない特殊な環境下にあるだけあって、龍煌国には独自の文化や技術体系が育っていた。

 〈錬丹術〉と呼ばれる錬金術系統に属する独自技術もその一つであり、大陸西方や中央で主流の魔導具マジックアイテムの製作時に活用される精錬技術、そして魔法薬ポーション生産時の調合技術などといった、他の生産技術の補助的な役割を持つ錬金術とは異なり、錬丹術はそれ自体が主体的な役割を担っている。


 この錬丹術が他の錬金術系統技術と異なる点は、何と言っても〈丹薬〉という服用することで永続的に各種能力値などを強化してくれる消費型アイテムを作り出すことができるところだろう。

 丹薬とは、一般的に〈霊薬〉と呼ばれている物とほぼ同一の物である〈神丹〉を再現した代物であり、霊薬や神丹は分類的には迷宮秘宝アーティファクトに区分されている。

 神丹はアーティファクトであるため、各種迷宮ダンジョンの宝箱からしか手に入らないほどに貴重なアイテムだ。

 錬丹術は、そのアーティファクトである神丹を人の手で生み出すのを目的として生まれ発展していった。

 錬丹術で製作される丹薬は、龍煌国の星の魔力溢れる環境でなければ製作できないとも噂されており、龍煌国が強国となった要因の一つであることは間違いない。

 

 当然のことながら錬丹術に関連する技術や人材の国外への流出を防ぐべく、その製作技術を持つ錬丹術師達は龍煌国によって厳しく管理されている。

 だが、生産物である丹薬の金銭的価値は龍煌国としても大変魅力的であるため、都市部限定ではあるが意外にも丹薬自体は普通に街中にある専門店などで販売されていた。

 これは錬金術系統である錬丹術の特性上、完成した丹薬から逆算して使用された技術の詳細が分からないのが一番の理由だ。

 この世界には成分解析系の能力を持つ魔導具やスキルが存在するものの、それらによって成分の配合率などが分かっただけでは同じ物を作り出すことは出来ない。

 賢塔国セジウムに六つある魔塔の一つ、魔法薬や薬草などを専門として扱っている〈緑の魔塔〉の魔塔主であり〈賢者〉である〈薬騒賢主〉ですら丹薬の再現どころか解析も完全にはできていない点からも、錬丹術で生み出された丹薬の機密性の高さが窺えるだろう。



「お待たせ致しました。こちらの銀級丹薬が総魔力量の増大効果を持つ物で、こちらの金級丹薬が生命力を増大させる効果を持つ丹薬でございます」



 現在いるのは旧都で丹薬を取り扱う富裕層向けの商店の一つだ。

 そこの店員に適当にオススメの丹薬を二つ持ってきてもらった。

 その後に続くこれらの丹薬を作った錬丹術の一門についての説明に耳を傾けつつ、今一度丹薬について振り返ってみる。

 店員が言った銀級や金級というのは、そのまま丹薬の等級のことで、下から銅級、銀級、金級、地級、天級、霊級、仙霊級と上がっていく。

 自ら調べたり、確認のために店員からも話を聞いた限りだと、霊級丹薬でアーティファクトである神丹の下位と同レベルの逸品であり、仙霊級丹薬で神丹の中でも上位の物に匹敵する効能があるらしい。


 この上位の神丹には、先日の〈錬剣の魔王〉討伐で得た報酬の一つである〈仙霊神丹:蒼木〉も含まれていると思われる。

 名前からして、仙霊級というのもオリジナルである神丹に付随するこの名称から取っているのかもしれない。

 仙霊神丹が伝説レジェンド級アーティファクトであったことから、同格らしき仙霊級丹薬も同じ伝説級の可能性がある。

 となると、ワンランク下の下位の神丹や霊級丹薬の等級は叙事エピック級ってところだろうか。

 叙事級であれば複製できるので欲しかったのだが、ここの商店の権限では地級丹薬までの取り扱いしか国から許可されていないようで、一見さんである俺には金級丹薬までしか紹介することが出来ないんだとか。

 残念だ、と思いつつ適当に銀級丹薬と金級丹薬を一つずつ紹介してもらっているのが現在の状況というわけだ。



「外国育ちなので詳しくは知らないのですが、錬丹術師の一門に直接交渉して地級以上の丹薬を作っていただくことは可能なのですか?」


「お客様のように国外の方々からよく尋ねられますが、国を通さずに一門へ直接交渉することは重罪となっております。ですので、丹薬の製作を依頼されたいのでしたら、国の専用窓口にてお問い合わせくださいませ」


「そうなのですね。分かりました。ありがとうございます」



 まぁ、錬丹術の一門に直接製作依頼ができたら脱法し放題だもんな。

 凡ゆる手段を用いて他国からの働きかけは行われているんだろうが、今のところ他国の地で丹薬のコピー品は確認出来ていない。

 国家間のパワーバランスに影響を及ぼす代物なだけあって、龍煌国も管理・監視体制には力を入れているのだろう。


 店員に紹介してもらった物に加えて、俺に紹介できる上限である金級丹薬を店内にある全て出してきてもらった。

 基本的に丹薬という物は、筋力値や魔力値などの各種能力値を永続的に増大させるのだが、中には毒などの状態異常系に対する耐性や氷などの属性系に対する耐性といった耐性上げてくれる物もある。

 そういった能力値の増大とは別の力を与えてくれる丹薬は地級からしか存在しない。

 店員によれば、幾つかの条件を満たせば丹薬の服用後に耐性系スキルを取得することもできるため、地級以上のランクの丹薬は常に品薄とのこと。


 そのような情報は眷属ゴーレムラタトスクを使った受動的な情報収集方法では得られないので非常に興味深かった。

 更なる情報を得るために【親愛なる好感】【帝王魅威カリスマ】【高貴なる蒐集家】【百戦錬磨の交渉術】【誘導尋問】を駆使し、スキル取得に繋がる丹薬関連の他の情報を店員から引き出していく。

 店員に疑問を抱かせることなく情報を聞き終えると、情報料代わりに店内にある金級丹薬を全て購入した。

 ダブっている物も多いが、距離的にも丹薬が持ち込まれることが皆無の大陸西方に属するアークディア帝国の者達への土産にちょうど良いだろう。

 等級的にも複製できるとは思うが、情報料代わりなので気にせず爆買いした。


 覚醒称号〈黄金蒐覇〉の効果による全能力値増大によって増大している高い幸運値や各種幸運系スキルによる強化のおかげか、金級丹薬の爆買いをしたのをきっかけに、店員が店の奥から地級丹薬を持ってきた。

 二つ返事でその地級丹薬も購入すると、地級丹薬と共にやってきた店長が他店への紹介状を書いてくれた。

 これを見せれば他店では最初から地級丹薬まで購入することができるそうだ。



「これも運気と財力の力だな」


「凄い金額ね……」



 店を後にして契約している辻馬車に乗り込むと、丹薬購入の領収書を見たセレナが目を丸くしていた。

 俺がセレナ達に渡した権能【錬星神域】製の腕環が持つ力によって、彼女達は龍煌国の人々が話している言語を理解することができる。

 ただし、権能製の腕環にできるのは龍煌国の言語を見聞きすることだけでセレナ達自身が龍煌国の言語を話せるわけではないため、俺が丹薬を購入している間は店内の商品を見て回っていた。

 セレナ達が選んだ美容系の商品も一緒に購入したが、領収書を見ると各種丹薬との金額の違いがよく分かる。



「こんな小さな丸薬を飲むだけで強くなれるの?」


「ええ。今では噛み砕いてから飲んでも大丈夫らしいですが、昔ながらの丸呑みにしてから胃腸で消化するのが一般的な服用方法みたいですよ」



 昔の丹薬は噛み砕いてから飲み込むと、効能が薄れたり失ったりしていたそうだから根拠のある慣例ではあるようだ。

 購入した丹薬を一つ一つ確認してみたが、これらの丹薬から能力を剥奪しても既存のスキルやその融合素材に使ったスキルと効果が被ったり下位互換だったりするため、それらのスキルの熟練度レベルが上がるだけで新規スキルを得ることはできないようだ。

 熟練度が上がるだけなら普通に服用した方がいいが、等級の低さもあって増大する能力値も全体からすれば微々たるものしかない。

 俺はレベルアップによる能力値の増大分だけでなく、覚醒称号〈黄金蒐覇〉の効果や【万餐吸喰グラトニア】による飲食効果、竜肉といった特殊食材による能力値増大効果などによって、実際の基礎レベル以上の能力値がある。

 この膨れ上がった素の能力値にはこれまでも助けられてきたが、そのせいで増大値の小さい低等級の丹薬では有り難みが薄い。

 先日伝説級の神丹を摂取して本物の効能を知ってしまっているのも一因だろうな。



「ねぇ、ご主人様。次も丹薬店に行くの?」


「いや、次は魔導具店だな。その後に昼食を食べに有名料亭に寄って、そこからまた別の丹薬店に向かう予定だ」


「ふーん、魔導具店か。丹薬みたいに魔導具もこの国独自の物があるのかな?」


「どうだろうな。事前に集めた情報の中にはそれらしきものはなかったから、無いんじゃないか?」


「私としては刀を見てみたいです」



 カレンとこの後の予定を話していると、エリンが刀を見たいと珍しく主張してきた。



「刀?」


「はい。向こうと比べると此方の地域では刀を使われるのは珍しくないそうなので、ご主人様が作られる物との差異を見てみたいと思いまして」


「そういえば龍煌国は刀の原産地としても有名だったな」



 そう言われると俺も興味が出てきたな。

 俺が作る刀は、前世の刀関連のにわか知識と、前の異世界にあった刀の本場知識を元にして発展させた技術で作った物だ。

 前の異世界とこの世界は近似世界であるため各種技術にはよく似た物も多い。

 この世界における刀の本場とも言える龍煌国産の刀、その代表格である紅龍剣を持っているため目新しい技術は見られないだろうが、それぞれの差異を見比べたりするのも楽しそうだ。

 


「ファロンって刀の本場なのね。それなら、昔から人が集まる旧都だから、何か掘り出し物があるかもしれないわね、エリンちゃん」


「はい、楽しみです」



 話を聞いていたセレナが含む意味もなしに素直な感想を告げてきた。

 元【運命ザ・デスティニー】の【運命先導の戦乙女スクルド】というユニークスキルを持つセレナが言うとフラグにしか聞こえないのだが……まぁ、確かに楽しみではあるよな。




 

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