第267話 龍煌国の旧都にて
◆◇◆◇◆◇
「ーー祭りがあるというだけあって、凄い人
「本当ですね」
事前に準備した身分証を使って潜り抜けた簡易検問の先には、アークディア帝国とは異なる文化であることが一目で分かる異国情緒溢れる光景が広がっていた。
前世の現代に近い服装が多い帝国の方が馴染み深くはあるが、此方は此方で前世の祖国や祖国近辺の文化圏に近いモノが感じられるため悪くない。
あくまでも似ているだけで全くの別物であるのと、前世には存在しない様々な人類種達が大通りを行き交ってのも合わさり、中々新鮮な気持ちにさせてくれる。
祭りに合わせて国内外から集まる小金持ちや、お忍びでやってくる貴族出身者などがいるからか、そういった裕福な者達向けに仕事を行うセキュリティのしっかりとした高級な辻馬車ーー簡単に言えばタクシーみたいなものーーも走っていた。
俺達が乗っている馬車もそういった高級辻馬車であり、滞在期間中は専属契約を結んでいるため移動手段は気にしなくていい。
期間限定とはいえ高級辻馬車の専属契約なだけあって、その契約料は凄まじい金額ではあったが、【無限宝庫】には使う機会のなかった龍煌国の通貨が大量にあるので一括で支払っている。
何も聞くな探るな、という意味も込めて多めに支払ったのもあって、高級辻馬車業を営んでいる龍人族の商会長も良い笑顔だったのが印象的だ。
そんな辻馬車の中からの光景を楽しみつつ、先ずは宿泊先である宿屋へと向かった。
「いらっしゃいませ。ご予約頂いたお客様でしょうか?」
「ああ。黒竜の鈴という名で予約している」
「はい。承っております。黒竜の鈴の皆様、本日はようこそお越しくださいました。ご予約では四名様でお伺いしておりますが、お間違いありませんか?」
「ああ。今いる四人だけだ」
「かしこまりました。お疲れでしょうから、さっそくお部屋にご案内させて頂きます」
高級旅館な宿の従業員からの簡単な挨拶を受けた後、予約してある宿泊部屋へと案内される。
掃除の行き届いた綺麗な館内を移動していると、横を歩くセレナが小声で声を掛けてきた。
「凄く高そうなところだけど大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。せいぜい一泊一万オウロ程度です」
「……一万オウロって四十万円ぐらいじゃなかったっけ?」
「帝国とは物価が違うので断言はできませんが、大体あってますね」
「金銭感覚がおかしくなりそうね……」
そんなことを言ったら今セレナ達が着ている衣服なんて、一人当たり一万オウロ以上するんだが。
まぁ、聞かれない限り教えるつもりはないけど。
それに一万オウロの宿泊費に慄いているようだが、自分が一晩のカジノで約一億オウロを稼いだことがあるのに気付いていないらしい。
未だに小市民なところがあって可愛いので、このことも黙っていよう。
程なくして従業員に案内されて宿泊部屋に到着した。
室内の簡単な説明を行なってから退室した従業員が部屋から十分離れたのを確認してから、道中黙っていたカレンが口を開いた。
「そういえば、ご主人様。現地に着いたら教えてくれるって言ってたけど、此処で行われる祭りって何なの?」
「街中を見て何か気付かなかったか?」
「うーん……エリンお姉様は分かる?」
「強そうな人が多かったように見えたわね」
答えに悩むカレンの代わりに荷解きをしていたエリンが答えた。
エリンの答えに頷くと、此度の祭りの主題について説明する。
「エリンの言う通り、今このファロン龍煌国の旧都には多くの腕自慢達が集まっている。彼らの大半は旧都の闘技場にて行われる武闘大会に出場するのが目的だ。祭りというのもこのメインイベントの武闘大会を含めた全体のことだな」
「武闘大会?」
「ああ。予選はバトルロイヤル形式で、本戦は一対一のトーナメント形式だな。龍煌国では確か五年に一度開催されている大会で、本戦出場者には順位に応じて賞品が与えられるそうだ」
「ふーん。よくある感じの武闘大会なのね。でも、開催場所が首都じゃなくて旧都なのは何でなの?」
「昔から旧都で開催されてるから専用の大きな闘技場が市内にあるのと、住民達も大会に慣れているからだな。あとは、大会出場者を首都の〈煌都〉に集めて治安が悪化するのを嫌ったとか……まぁ理由は色々あるみたいだぞ」
「なるほどねー。ご主人様も出場するの?」
「本戦の賞品に興味があるから出場する予定だ」
「リオンくんなら優勝しそうね」
セレナの俺の強さへの信頼は嬉しいが、今回は少し事情が複雑だった。
「優勝の自信はありますが、実際にどこまで勝ち残るかは悩んでるんですよね」
「何か問題があるの?」
「噂ですが、今回の武闘大会は四煌剣の新たな使い手を探すのが目的らしいんです。少なくとも優勝者は適性の有無を調べられるでしょうね」
「四煌剣?」
「龍煌国の国宝である四本の魔剣のことです。ちなみにコレがその一振りの紅龍剣ですね」
見本として【無限宝庫】に収納している紅色の魔剣である〈
持ち主であるロンダルヴィア帝国にいる
「「……」」
カレンとセレナが非常に面白い顔をしているが、エリンは少し驚いた表情を見せただけだった。
これは俺への信頼度の違いとかではなく、彼女達の性格的な違い故の反応の差だろうな。
「この紅龍剣がご主人様の手にあるということは、残りの三本の使い手を探すのが今回の大会の目的なのでしょうか?」
絶句したまま固まっている二人の代わりにエリンが質問をしてきた。
紅龍剣を再び収納してから質問に答える。
「いや、今回新たな使い手を探しているのは黒龍剣だけだな。正式な銘は〈
「他の二つには使い手がいるのですね?」
「ああ。先代の黒龍剣の使い手は数年前に亡くなったらしくてな。白龍剣と蒼龍剣の使い手は両方とも存命だから、使い手の枠が空いているのは黒龍剣だけだ」
あとはファロン龍煌国の君主である煌帝専用の金龍剣とかもあるけど、そっちは煌帝であれば使えるので除外していいだろう。
四煌剣の使い手が亡くなった後の武闘大会から、その四煌剣の新たな使い手を探すのがファロン龍煌国の慣例なんだそうだ。
この慣例は周知の事実のようで、武闘大会へ出場する者達は勿論のこと、旧都に集まる国内外の者達向けの商売をする者達なども、例年以上に人の集まる武闘大会に向けて準備を行なっているらしい。
そして、その四煌剣の使い手探しも兼ねた武闘大会には、四煌剣の護送も兼ねて〈天喰王〉リンファも旧都にやって来る。
彼女が予選を観戦するかは微妙だが、本戦に関しては確実に観戦するだろう。
つまり、この武闘大会の本戦を進んでいれば、ほぼ確実に向こうが俺に気付くはずだ。
「問題は向こうがいつ俺に気付くかということと、罷り間違って黒龍剣が反応してしまったら面倒くさいことになることだな」
「天喰王ねぇ……噂によれば物凄い美人らしいわね」
ちょっと拗ねたように言うセレナの反応に苦笑しつつ、数瞬だけ返す言葉を悩む。
「まぁ、らしいですね。同時に苛烈でもあるようなので、会いに行くという約束を守らなければ後々会うことがあった時の印象が悪くなってしまうでしょうね。しかも一部とはいえ、俺の能力などを龍煌国にバラされた上で」
「それが龍煌国に来た本来の目的だから分かってるけど……」
「武闘大会の出場登録は旧都に入ってすぐに分身体を使って済ませましたので時間はあります。予選までの数日は皆で旧都を観光しましょう」
「……うん」
「今日も今から行きませんか?」
「……行く」
色々と複雑そうな心境のセレナを宥めると、エリンがセレナを連れて別室へ着替えに向かった。
「カレンは行かないのか?」
「私はこのままでいいわ」
「そうか」
「ご主人様も大変よね。自業自得だから同情しないけど」
「返す言葉が無いな」
さて、これから何処に向かうかな。
個人的には
「そういえば、ご主人様」
「ん?」
「さっきは空気を読んで聞かなかったんだけど、黒龍剣が反応した時の面倒くさいことって何?」
「それのことか。黒龍剣をはじめとした四煌剣の使い手はな、この国のトップである煌帝から〈
「あー、それはメンドーね。あれ? でもご主人様って紅龍剣を持ってるわよね?」
「アレは長年行方不明だったのを偶々見つけたんだよ。んで、他国の地で活動させている分身体で使用しているんだ」
「そういうことかー。なら、存在がバレたら大変そうね」
「既にバレてるぞ」
「……」
「……」
「はぁ。ご主人様の強心臓っぷりを見習いたいわ……」
何となく皮肉が込められている気がするが、言われても仕方ない気もするのでスルーしておく。
「というか、四天煌ってどのくらいの地位なの?」
「俺も詳しくは知らないが、龍煌国の重要戦力だし武官の最高地位ぐらいじゃないか?」
「なら、軍務卿ぐらいかな?」
「どちらかというと近衛騎士団の団長ぐらいかな。一応、将軍位も貰えるらしいぞ」
「本当に重職なのね。それなら確かに、黒龍剣が反応したら大変なことになりそう」
「だろ? まぁ、既に紅龍剣の使い手になっているから、黒龍剣が反応するか分からないんだけどな」
可能な範囲で調べた限りでは過去に複数の四煌剣の使い手になった者は確認出来なかった。
ただ、俺には凡ゆる剣への適性が得られる称号〈星剣の主〉があるため、普通に扱える可能性が高い。
そのため、黒龍剣の適性を調べられるような状況は避けた方が無難だ。
過去の記録では、本戦出場者のうち優勝者は確実に調べられている。
四煌剣の主である四天煌はファロン龍煌国の武の象徴であるため、武闘大会の優勝者が調べられるのは当然のことだ。
優勝者以外だと準決勝進出者までは調べられたことがあるようだった。
リンファに気付かせるためには本戦に出場する必要がある。
また、本戦に出場するだけでも賞金が貰えるのだが、その中でも準決勝まで進んだ者には国から特別な消費アイテムが賞品として贈られる。
俺としてはその消費アイテムが欲しいのだが、そうなると黒龍剣の適性検査に捕まりかねない。
「欲を優先すべきか、平穏を優先すべきか……」
「最悪の場合、適性があっても逃げればいいんじゃない?」
「まぁそうなんだが、天喰王が俺に気付く前に適性があることが分かったら、大会から退散した後で彼女の元に直接乗り込む必要が出てくるんだよなぁ……」
「……そもそも最初から直接会いに行けば済む話じゃない?」
「下手に出てる感があって癪だから嫌だ」
「ご主人様……」
カレンの残念な人を見るような視線から顔を背けつつ、【無限宝庫】の瞬間着脱機能を使って旅装束から街を散策する用の服へと着替えた。
結局のところプライドの問題だというのは理解しているが、全く交流の無い異国の地でまで空気を読んだ対応をする必要性は感じられない。
超越者相手に我ながら〈傲慢〉だとは思うが、それが許されるほどの力は身に付けたと自負している。
最悪の場合、リンファとの荒事にまで発展するかもしれないが、それはそれで今の自分の実力を確かめる指標に出来そうなので良しとしよう。
一体どうなるのか分からないような、怖いもの見たさにも似た軽い高揚感を感じつつ、エリンとセレナの着替えが終わるのを待ってから旧都の街中へと繰り出すのだった。
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