第273話 武闘大会前の仕上げ



 ◆◇◆◇◆◇



 ファロン龍煌国の旧都で開催される〈覇龍武闘祭ドラコバラム〉まで残り一日。

 昨日の約束通りにエリンの【仙術】スキル習得の補助を宿に置いてきた分身体で行いつつ、本体はファロン龍煌国の僻地にある霊地の一つにやってきていた。

 武闘大会を明日に控えているのにこんな辺鄙な山奥にやってきたのは、武闘大会前の最後の仕上げを行うためだ。



「この辺がいいかな?」



 数時間前から【不可知なる神の兜アイドネウス】で姿を隠したまま霊地内を歩き回り、漸く目的に適う場所を見つけた。

 人間が暮らすには険しい地形と多数の厄介な飛行系魔物達の存在により、国内有数の濃い星気を発する霊地だというのに全く人の手が及んでおらず、霊地内にいる人間は俺だけだ。

 中央から遠く離れた辺鄙な場所にある霊地の情報が得られたのは幸いだった。

 武闘大会のために仙術を扱う者達が多く集まっているだけあって、旧都の至るところで霊地に関する情報が飛び交っており、此処は眷属ゴーレムラタトスク経由で彼らの会話を盗み聞いて知った場所だ。



「服は脱いでおいたほうがいいか」



 魔導具マジックアイテムではないズボンとパンツだけを履くと、それら以外の全ての装備を解除してから【無限宝庫】へと収納した。

 ネックレス形態の星王剣エクスカリバーも収納しようとしたが、エクスから拒否されたので変わらず首から下がっている。

 エクスが発生させた謎の力場のせいで【無限宝庫】の固有収納空間へ収納することが出来なかったので仕方がない。

 やれやれと思いながら、霊地に来た目的であるとある迷宮秘宝アーティファクトを取り出した。



「ここでなら【天仙武骨】まで得られるだろう」



 消費型伝説レジェンド級アーティファクト〈仙霊神丹:仙武骨〉。

 〈錬剣の魔王〉に勝利して手に入れた〈魔王の宝鍵〉による選択報酬で選んだ四つの伝説級アイテムの残る最後の一つだ。

 紅と蒼が入り混じったような奇妙な色合いの丹薬で、コレを摂取した者の身体を基本能力はそのままに仙術や武術に適した身体へと最適化するという効能を持つ。

 また、最適化の際に周辺の星気を吸収し、その吸収する星気の量と質に従って全部で三段階あるいずれかのランクの成長系スキルを取得できるらしい。

 この取得できる成長系スキルは、下から順に【仙武骨】→【仙霊武骨】→【天仙武骨】と取得難易度が上がっていき、上のスキルになるほど肉体が最適化され強靭になるようだ。

 これまでにも似たようなスキルで肉体の最適化を行なったことはあるが、それらよりも高位のスキルのようなので期待できる。

 この消費型アーティファクトを使用するのに適した場所を探すのも、ファロン龍煌国に来た目的の一つだ。

 【仙術】も習得し、【高位仙術師ハイネイチャラー】による補正もある今ならば、集まってくる星気の制御も完璧に行えるだろう。



「この地にも朝日が差し込んできたし、始めるか」



 降り注ぐ朝日を浴びながら、最後に全ての幸運系スキルが発動していることを確認すると、水筒型アーティファクトに入っている精霊水と一緒に〈仙霊神丹:仙武骨〉を飲み込んだ。



「……ぐっ、これは、結構キツいなッ」



 崩れ落ちそうになる身体を地面に両手を突いて支える。

 視界では両手の一部が不気味に盛り上がると、すぐに元通りの形になったのが見えていた。

 そういった現象が全身の隅々で起こっており、その痛みや不快感は【苦痛耐性】や【万能耐性】があっても完全に除外できるものではない。

 それらの激痛に耐えながら、周りから急速に集まってくる星気を制御し取り込み、仙術と武術に適した身体への最適化を促進させていく。

 朝日の光に大気、地面から生える草木、霊地の至るところに流れている川水、光が差し込まない洞穴の暗闇などといった凡ゆる場所から集まる星気を統制するのは大変だが、俺の精神力と制御技術ならば不可能ではない。

 肉体だけでなく精神も悲鳴をあげそうだが、強大な力を手に入れるためならば耐えられる。



[アイテム〈仙霊神丹:仙武骨〉によって一定量の星気が集まりました]

[使用者の肉体の最適化が完了しました]

[スキル【天仙武骨】を取得しました]



 どれほどの時間が経ったのか分からないが、太陽の位置が変わっていないので少なくとも一時間は経っていないはずだ。



「ゲホッ。狙い通りのスキルを手に入れたが……もう一段階イケるな」



 【万物を見通す眼プロヴィデンス】で【天仙武骨】を見てそう判断すると、【混源融合】を発動させた。



[スキルを融合します]

[【天仙武骨】+【天性の肉体】=【天仙武体】]

 

 

 【天仙武骨】を既存のスキルと融合させたことで、肉体だけでなく仙術と武術の才能がより洗練された。

 そのおかげで僅かにあった身体性能と才能の質の差ズレもほぼ無くなった。

 これまで周囲に感じていた星気に対する感じ方が全く違う。

 まさに生まれ変わったかのような感覚だというのに、何故か違和感は感じないというのは不思議だが嫌なモノではない。

 口元から垂れていた黒く濁った血を拭いとり、口内に残っていた血も掌の上に吐き出すと【火気爆拳】で纏めて燃やす。

 妙に燃えづらかったので、【仙術】で周りから集めた星気を追加して火力を強化してみた。



[経験値が規定値に達しました]

[スキル【紅天仙武掌】を習得しました]



 このスキルの習得条件の詳細は知らないが、スキルの効果的にもこんなに簡単に手に入るものではないだろう。

 このふとした閃きと習得難易度の緩和は、【天仙武体】によって肉体のみならず仙術と武術の才能も強化されたおかげに違いない。

 【火気爆拳】と置き換わったことから【紅天仙武掌】は完全な上位互換にあたるスキルのようだ。



「ふむ。試してみるか」



 【紅天仙武掌】を発動させてから手刀を振るうと、その手の動きに沿って紅い炎刃が放たれる。

 炎刃が近くの大岩を溶断したのを確認した後、次は別の大岩へと拳を振るった。

 強烈な破砕音と共に大岩が爆散し、その破片の一つ一つには通常の闘気オーラとは異なる、微妙に星気にも似た紅いオーラが付着しており、岩の破片が焼失するまで消えることはなかった。



「なるほど。使い方によって効果も変わるわけか。オーラ系だから自由度が上がって扱い難くなったが、利便性に関しては良くなったな」



 紅いオーラを纏う指を鳴らすと、頭上から奇襲を仕掛けようとしていた鷹のような魔物へと紅いオーラが纏わりついて爆発した。

 流石にアレだけの星気が動けば霊地に棲む魔物達も侵入者に気付くか。

 迫り来る魔物達を迎撃する前に、【火気爆拳】と元々のスキル所持者が同じである【穿風闘脚】と【流水掌盾】も星気で強化してみたが、特に何も起こらなかった。

 同じ属性武術系のスキルなので同じようにやってみたのだが、まだ何かしら条件があるのかもしれない。



[保有スキルの熟練度レベルが規定値に達しました]

[スキル【静霊歩】がスキル【無鳴仙歩】にランクアップしました]



 ふむ。こっちはそのまま所持スキルのランクアップへと繋がったか。

 どうやら【仙術】と星気には色々な影響パターンがあるようだ。


 【無鳴仙歩】により音もなく空中を駆け抜けると、【無限宝庫】から龍煌国の地での変装時の武器である〈死が蝕む黒竜牙モルス〉と〈命を喰う白竜牙ヴィータ〉を取り出す。

 スキル効果で此方を見失っている様々な鳥系魔物の群れへと黒と白の双剣を振るい一網打尽にしていった。



[スキル【霊地の獣】を獲得しました]



 霊地に生息する魔物らしいスキルと言うべきかな?

 名前の通り霊地内で効果を発揮するスキルのようだ。



「GYUAAAAaaーーッ!!」



 【無鳴仙歩】の効果で空中に立ち止まると、耳障りな鳴き声のした方へと顔を向ける。

 そこには周りの木々よりも一際巨大な樹が聳え立っており、その大樹の頂上から一体の鳥系魔物が飛び立つのが見えた。

 【情報賢能ミーミル】の【万物鑑定】で視たところによると、称号〈霊地の主〉というのを持っているようだ。

 真っ白な羽毛に覆われていて美しいが、ギョロリとした金色の眼が不気味なせいで怪鳥感がある。



「此処の支配者に見つかるとはな……まぁ、いいか」



 まだ遠方にいるが、俺を見失なうことなく真っ直ぐ此方に向かってきており、飛翔スピード的にもすぐに到達するだろう。

 その僅かな間に先ほどのような直感に従って双剣へと体内に集めた星気を注ぎ込む。

 更に【冥府と死魂の巨神ヘル】の【氷毒死泉フヴェルゲルミル】と称号〈死神の加護〉で〈死〉を、【生命の支配者】と称号〈生命神の加護〉で〈生命〉の力をそれぞれ持つ双剣の属性を一時的に超強化する。

 超強化された〈死〉と〈生命〉の力と星気を混ぜ合わせてから体内へと取り込み、その混合星気へと自前のオーラも追加して一体化させることで完全に自分の力として支配した。



[特殊条件〈死の支配者〉〈死星の闘仙〉などを達成しました]

[スキル【黒天撃】を習得しました]


[特殊条件〈生命の支配者〉〈命星の闘仙〉などを達成しました]

[スキル【白天撃】を習得しました]


 

 直感的にやってみたが、なるほど。コレらは良いモノだ。

 迫り来る純白の怪鳥がバチバチと青白い雷電を纏って加速し特攻してくるのが見える。

 新規スキルの試し撃ちをするために取り出したばかりの双剣を収納し、空中を蹴って此方からも怪鳥に向かって接近していく。



「まずはその雷を剥がそうか」



 【白天撃】を発動させて右の拳に白いオーラを纏わせると、そのオーラと一体化した拳撃を怪鳥へと解き放つ。

 ビームのように鋭く放たれた白い拳気の奔流が、避けることを許さない速さで怪鳥へと迫り直撃した。



「GYI、GYUAAAaaーーッ!?」


「ふむ。コレが命無きモノを否定し撃ち貫く【白天撃】か」



 攻防一体の力と思われる雷の鎧が容易く打ち破られ、軽くはないダメージを受けた怪鳥が悲鳴をあげている。

 生物以外への特効を持つ攻撃系スキルであるため、結界や魔力障壁のような展開タイプの防御などを破壊する際に役立ちそうだな。



「次はコレだ。たぶんだが、避けないと死ぬぞ?」



 【黒天撃】による黒いオーラが左の拳に宿り、振り抜かれた左の拳撃が右の拳の時と同じように怪鳥へと放たれていく。

 同じ出力で解き放たれた黒い拳気による砲撃が、回避行動中の怪鳥の右の翼へと直撃する。

 普通なら【白天撃】と同じ出力と威力であるためダメージ量も同じはずだが、直撃した【黒天撃】は怪鳥の右の翼に大ダメージを与えただけでなく、その翼をボロボロに突き破っていた。



「命あるモノを否定し撃ち滅ぼす【黒天撃】。中々の威力だな」



 片翼を失い地上へと落ちていく怪鳥との距離を詰めながら、霊地へと降り注ぐ朝日に含まれる星気を【仙術】で陽光ごと掻き集め、自らの魔力と混合させてから拳へと宿らせて一つにする。

 その力の塊を身体の中心部へと移してから吸収しつつ、今度はそれを全身へと行き渡らせた。

 【天仙武体】を持つ今の俺なら、新人仙術師であっても秘伝書に記された通りにやれば没落した大家の奥義を習得できるはずだ。



[特殊条件〈陽光天賦〉〈光星の天仙〉などを達成しました]

[スキル【陽光仙法】を習得しました]



 少し制御が難しかったが無事に習得できた。

 【陽光仙法】によって太陽の光が宿ったように白く光り輝く拳を振り被ると、眼前に迫る怪鳥の頭部へ向かって光拳を振り抜く。

 集束した太陽光の如き一撃が放たれ、凡ゆる防御を剥がされ無防備となった怪鳥の眉間を貫通していった。

 彼我のサイズ差から頭部に空いた穴の範囲は狭いが、一目で致命傷だと分かる焼き貫かれた痕は、怪鳥が今の一撃で死んだことを教えてくれる。

 それを証明するように、怪鳥が地上に墜落する寸前に脳裏に勝利を知らせる通知が届いた。



[スキル【迅雷霊鎧】を獲得しました]

[スキル【雷仙武掌】を獲得しました]

[スキル【天雷霊毛】を獲得しました]

[スキル【上位魔鳥顕現】を獲得しました]

[スキル【天空霊獣】を獲得しました]

[スキル【飛雷する霊翼】を獲得しました]


[称号〈霊地の主〉を持つ対象に勝利しました]

[該当霊地の支配権が移行します]

[称号〈霊地の主〉を獲得しました]

[スキル【霊地の支配者】を取得しました]



 怪鳥の死体が地上に落ちた衝撃で発生していた土埃を、【仙術】で引き起こした強風で晴らしながら怪鳥の傍に着地する。



「……ああ、そういえば上は裸だったな」



 辺りに吹き荒れる風を身に受けて上半身が裸だったことを思い出し、上も下も元々身に付けていた装備品を再び装着した。

 魔物からも〈仙武掌〉と名の付くスキルを手に入れたことで、霊地の星気を扱えるのは人間だけではないことが分かった。

 〈仙〉が星気を扱う=仙術を使える必要があることで、〈武〉が武術系スキルかオーラ系スキルであること、〈掌〉が手に当て嵌まる部位で扱う能力であることを意味していると思われる。

 【紅天仙武掌】と【雷仙武掌】だと前者の方が上位の能力のようだ。

 【仙術】で【雷仙武掌】へ星気を吹き込んでみたが、特に変化は起こらなかったのでコレもランクアップには何らかの条件があるのだろう。


 仙武掌系スキルを実際に使った感想としては、習得するには星気が必要ではあるが、通常のオーラ系スキルよりも自由度の高いオーラ系スキルといった感じだろうか。

 スキルとして得た後は、使用するのに星気も【仙術】も必要ないみたいだ。

 なお、仙武掌系スキルと似ている【黒天撃】と【白天撃】の二つは、放出タイプのオーラ系攻撃スキルなので、仙武掌系スキルとは違って汎用性はない。

 この二つも習得時のみ星気と【仙術】が必要で、以後はオーラ系スキルなので魔力と生命力のみで発動ーーオーラは魔力と生命力の一体化により発現するためーーできる。

 総評としては仙武掌系スキルは便利そうだ、ってところかな。



「もしかすると、仙武掌系スキルは霊地の主を倒せば必ず手に入るのかもしれないな」



 まぁ、霊地の主を倒すと龍煌国に気付かれるかもしれないから今のところ他に倒す予定はないけど。

 大国を敵に回しても良いことはないし、霊地の主を倒して霊地内の魔物の動きが無駄に乱れることも望んでいない。

 取り敢えず今は、此処を手に入れただけで満足しておくか。

 手に入れた称号〈霊地の主〉と【霊地の支配者】を通して霊地のことを大体把握すると、今一度目の前の怪鳥へと視線を向けた。



「霊地の星気をたっぷり馴染んだ霊地の主の死体か。良いアイテムが作れそうだ」



 今着ている防具のランクは見劣りしていたし、この際だから明日の大会用の防具でも製作するかな。

 純白の羽毛は需要がありそうだし、他の使い道も考えてみよう。

 秘伝書に書かれていた奥義である【陽光仙法】も無事に習得できたが、仙武掌系スキル以上に良くも悪くも自由度が高い仙法系スキルを完全に把握するのには時間が必要だ。

 明日からの大会では出来れば予選から使ってみたいので、これから時間が許す限り秘伝書を読み込み、このスキルの理解を深めるとしよう。




 

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