第261話 錬剣の魔王 後編




「……簡単過ぎるな」



 崩壊していく金属の巨体を見下ろしながら、思わずそんな言葉が口から漏れ出す。

 目の前の魔王の有り様から倒すことが出来たのは間違いない。

 だが、【第六感】による強化を受けている直感は、まだ終わっていないと感じていた。

 【強欲なる識覚領域】を使って更に感覚を研ぎ澄まして周囲を探ってみると、すぐに直感は正しかったことが分かった。



「二……いや、四体か」



 その場から【天瞬歩法】で移動した次の瞬間、俺が今までいた空間を四つの巨大な白剣の刃が薙ぎ払っていった。

 白剣が振るわれてきた辺りを振り返ると、その裂けた空間からの〈錬剣の魔王〉が姿を現した。

 此方を見据える四つの青い単眼を見つめ返した後、視線を眼下の鋼色の大地へと向ける。



「……本物は地下か。コイツらは分身体というよりは手足みたいなモノだな」



 改めて大地を注視して気付いたが、先ほど魔王が自らの魔力で大地を侵蝕した時よりも範囲が広がっている。

 魔王の魔力に侵された大地のせいで気付くのが遅れたが、地上よりも更に深く下に潜った地下に、地面を染める魔力よりも濃い魔王の魔力の塊があるのに気付いた。

 魔力塊の気配の形からの予想だが、地下にいる本物は目の前の巨体のような姿はしていないようだ。

 その魔力塊の形は、まるで幻造迷宮の迷宮核のような球体に近かった。



「そうか。これがお前の〈魔王迷宮〉のカタチか」



 正解とばかりに四体の偽物の〈錬剣の魔王〉がーー魔王偽体とでも呼ぶかーーが白剣で斬り掛かってくる。

 【妖星王眼グラムサイト】の【戦神ノ偽眼ロストアイズ】を発動させて両眼を黄金色に変えると、全ての攻撃を避けながら地下の気配を探っていく。

 〈錬剣の魔王〉などの各魔王達は、自らの支配領域である独自の迷宮を創造することができる能力があり、その迷宮のことは他の迷宮と区別して魔王迷宮と呼称されている。


 魔王迷宮の構造は、基本的には神造迷宮や幻造迷宮にあるような一般的なイメージ通りのダンジョンらしいが、中には特殊な形態の迷宮を展開をする魔王もいると聞く。

 また、魔王だからといって必ず魔王迷宮を創造するわけではなく、過去に出現した際の〈錬剣の魔王〉は一度も魔王迷宮を展開することなく封印されていた。

 そのため、〈錬剣の魔王〉は魔王迷宮を使わないタイプの魔王だと思われていたのだが、どうやら特殊な魔王迷宮を展開するタイプの魔王だったようだ。

 


「展開する前に封印されたのか、展開できる条件を満たしていなかったのかは知らんが、この魔王迷宮が使えていたら封印されなかっただろうな」



 魔王迷宮の心臓部たる迷宮核が魔王本体そのものであり、迷宮核が生み出す魔物や罠、そして地形環境が魔王偽体と各種能力に値しているのだろう。

 簡潔に一言で纏めるなら、魔王迷宮と一体化した魔王ってところか。

 この一番濃い魔力塊を迷宮核を兼ねた魔王本体と仮定すると、その周囲に幾つかある少し濃い人型の魔力反応については、状況的に目の前の魔王偽体と判断していいはずだ。

 まるで魔王製造工場って感じだな。



「纏めて潰すか。【神焉槍顕現グングニル】」



 エディステラの柄を左手に持ち替えると、右手に漆黒の長槍が出現する。

 想定より厄介な力を持つ〈錬剣の魔王〉相手には使う価値がある。

 グングニルを振り被るとともに、【神穿つ魔弾の理タスラム】も使って強化してから投擲した。

 魔王本体らしき反応がある地下の一点に向かって、虹色の燐光の尾を引きながら黒い流星が飛んでいく。

 すぐさま空間を越えて四つの白剣が射線上に現れ、グングニルを打ち払うべく白刃を振るってきた。



「無駄だ」



 薄氷を砕くように四つの白剣を貫いていくグングニル。

 多少勢いは削がれたようだが、【神穿つ魔弾の理】で強化したのもあって威力減衰は誤差レベルだ。

 そのことは魔王も分かっているのか、グングニルの射線上に見るからに生成途中の魔王偽体が一体現れ、両手に持つ魔剣を重ねた上でその巨体を盾にしてきた。



「ほう。上手く逸らしたな」



 魔王偽体の身体を貫通する最中、体内を突き進むグングニルごと身体を動かすことで、グングニルが直撃する地面の位置を強引に外されてしまった。

 グングニルには追尾性能があるため地中であっても多少は軌道修正できるが、流石に地面をモグラのように自由に掘り進めながら移動するようなことは出来ない。

 結構大きくズラされたので、今放ったグングニルは魔王本体とは違う方向へと突き進んでいった。



「まぁ、次を放てばいいだけだが、流石に黙っていないか」



 四つの対神器の白剣、二つの耐久特化の魔剣と未完成の魔王偽体、そして金属化した鋼色の大地の全てを破壊しながら迫ってきたグングニルを危険視しないわけがないもんな。

 四体の魔王偽体が両手に生み出した新たな剣を振るってくるのを見ながら、二本目のグングニルとエディステラを左右で持ち替える。

 右手に神刀エディステラ、左手に神槍グングニルの戦闘スタイルで振るわれてきた巨大な八つの剣を打ち払っていく。

 やはり、先に完成済みの四体の魔王偽体を処理しないと魔王本体には対処できないか。


 【終末を招く神災刻韻ギャラルホルン】と【魔眼王の刻死眼バロール】を使って一気に消そうかと思ったが、既に対策されているらしく、先ほどのように十全の効果が発揮されていなかった。

 全く効果がないわけではないが、費用対効果は微妙だったので地道に倒すしかなさそうだ。

 とはいえ、そのまま地上を放置するのも癪なので、背中の〈貪喰竜翼〉を使った【黄金災翼の神翅弾プルートス】をばら撒いておく。


 ただ喰われるという行為への対策など物質的な金属の身にあるわけがないので、魔王の力を削ぐのと嫌がらせにはちょうど良い手だ。

 四体の魔王偽体と戦いながら地上へと降り注いだ数千もの黄金の顎が、鋼色の大地を喰らい、地下深くにある魔王本体へと進んでいく。

 鋼色の大地から生成されたリビングアーマー達が貪喰翅弾達を排除するために動くが、そのリビングアーマー達の頭上から追加で放たれた貪喰翅弾達が襲い掛かっていった。


 地上への半自動斉射モードにしてからエディステラとグングニルを振るい続ける。

 この〈錬剣の魔王〉の対応力の高さは能力だけでなく戦闘技術にも現れており、初めの頃よりも魔王偽体達は神刀と神槍に対応できていた。

 だが、今の俺は【剣聖ソード・マスター】と【槍聖ランス・マスター】のジョブスキルを持つ。

 会得した技術を安定して扱えるように補正を受けるのがジョブスキルの基本特性であり、幾らジョブスキルをランクアップさせようと自らの技量以上の力は手に入らない。

 【剣王キング・オブ・ソード】といった通常の戦士系ジョブスキルの最上位である第五職位ーージョブスキルによっては第三職位ーーでも技術補正力は八割であり、体調や状況次第で最大で二割ほど技量が低下する。

 しかし、【剣聖】といった俗に言うマスター級である第六職位の補正力は十割。

 つまり、どのような状況下であろうとも本来の技量を発揮することができるというわけだ。


 故に、背中の翼で地上を攻撃しつつ、剣と槍という異なる種類の武器を両手で振るい、戦闘技術を学習し対応してくる四体の魔王偽体と同時に戦闘を行なうという状況下でも実力を発揮することができていた。

 そして、学習するのは何も相手だけではない。



「その剣にも慣れてきたな」



 見上げるほど巨大な八つの白剣による攻撃をエディステラとグングニルで受け流し、魔王偽体達の動きを誘導していく。

 とある攻撃は受け流し、別の攻撃は真正面から受け止めて、そのままわざと吹き飛ばされることで魔王偽体を前のめりに前進させる。

 そうして二体の魔王偽体の位置が一直線上に重なり、二体の動きが一瞬鈍ったタイミングで左手のグングニルを投擲した。

 この二体はここまでの攻防で俺から受けたダメージが最も多い二体であり、半壊とまではいかないが一目で無傷ではないと分かるほどには損壊していた。

 その損壊部分をグングニルが貫き、背後のもう一体の魔王偽体の身体をも貫通する。

 更に貫通時に伝わった衝撃によって魔王偽体の金属の巨体が波打ち破壊されていく。

 これで残り二体。



「いや、また二体追加か」



 地下にあった二つの反応が空間を越えて地上へと現出して来ようとしている。

 その前に目の前の残り二体を倒すべく、【武神の悟り】と【剣神武闘】の【斬神討牢】を発動させた。

 剣術のレベルと身体能力を一気に上昇させてから手前の一体に肉迫して細切れにする。

 そのタイミングで出現してきた新手の二体へと【貪り封ずる奪力の鎖グレイプニル】を差し向ける。

 魔王偽体に合わせて巨大化した黄金の鎖が二体の魔王偽体を拘束している間に初期の残る一体へと斬り掛かった。

 増援が拘束を振り切ってくるまでの時間稼ぎなのか、初期の一体は回避行動に専念し出した。

 その一体を【超伸縮】を使って不意打ちで刀身を伸長させて両断し処理する。


 【祝災齎す創星の王パンドラ】の【破滅齎す災星の手ディザスター】により生み出した多種多様の呪いを黄金の鎖を経由して新手の二体へと送り込む。

 そうして弱体化した二体へと連続でグングニルを投擲していると、また新たに二体の魔王偽体が空間を裂いてやってきた。



「キリがないな。まぁ、時間の問題か」



 地上に視線を向けると、大地を侵蝕していた鋼色の範囲が大幅に縮小しており、代わりに至るところで黄金色に染まった地面が蠢いていた。

 黄金色の地面ーー【黄金災翼の神翅弾】と〈貪喰竜翼〉による貪喰翅弾の群れは順調に魔王迷宮を喰らっているようだ。

 マップによれば一部は地下にまで進んでいるらしく、このまま待っていれば迷宮核と化している魔王本体にもいずれ到達するだろう。

 貪喰翅弾自体が魔王本体に到達せずとも、魔王本体の近くに俺が直接転移出来るだけの空間を確保してくれれば一気に終わらせることができる。

 つまり、時間の問題というわけだ。

 魔王偽体を倒す度に学習されて通用しなくなる能力もあるが、変わらず通用する力もある。

 観覧客がいるため使えない手札もあるが、地下を制圧する前に手札が無くなることはない。


 そんな風に通算八体目と九体目の魔王偽体の倒し方を考えていると、すぐ近くの空間が裂けて巨大な白剣が振り下ろされてきた。



「未完成か?」



 現れた白剣を握る手と繋がっている空間の位置とその気配から、白剣の担い手が未完成の魔王偽体と判断すると、エディステラで攻撃を受け流そうとした。

 だが、白剣に触れた瞬間、エディステラが白剣に吸着してしまい、そのまま押し潰されそうになる。



「ホント、色々作れるな!」



 エディステラに吸着している白剣の刃に向かって【地災獣王の覇剛撃】による拳打の一撃をぶつけて、その剣身を打ち砕いた。

 これで動けると思った途端、身体が一瞬動けなくなった。

 正確には世界が止まったことで俺の動きも強制的に止められていた。


 この現象はおそらく時間停止能力だ。

 まさか、こんな特殊属性の力まで使えるとは思わなかった。

 そして目の前の空間が裂けて、人間の大きさに近い三メートルサイズの魔王偽体が現れた。

 いや、魔王偽体ではない。

 地下にあった最も濃い魔力反応が消えており、それは目の前の個体が魔王本体であることを意味していた。

 球体型の抜け殻のような魔力反応は地下に残っているので、迷宮核内部で目の前の身体を作っていたのだろう。

 拙いな。【時間耐性】があるから意識もあるし気配も感じられるが、この時間停止能力のランクが高いことで身体を動かせるまで数瞬ほど掛かる。


 【高速思考】で加速化した思考の中、魔王本体が右手を突き出してくる。

 右手には錬装剣に似たデザインの銀色の輝きを放つ剣が握られており、一瞬にも満たない思考の中で解析した目に付く主な剣の能力は〈勇者殺し〉と〈能力封印〉。

 どうやら時間停止能力はこの剣によるものではないらしい。

 気配を探ると、先ほど破壊した白剣の陰に隠れるように別の魔剣の姿があることに気付いた。

 有する能力は予想通り〈時間停止〉。

 時間が止まっているので確証はないが、自壊している最中のように見えるので使い捨てにすることで時間停止の出力を引き上げているのだと思われる。


 我ながら冷静に周囲の分析を終わらせると、思考の方も肉体同様に右眼に迫る勇者殺しの銀剣の刃へと向けた。

 互いの位置の関係から右眼に向かってきているが、魔王本体の狙いは頭部だろう。

 俺の胴体ではなく頭部であることから、心臓は致命傷にならないと判断したようだ。

 まぁ、魔王の思考なんざ分からないので実際のところは分からないが。


 あー、痛そうだなと思いつつ、身体はまだ動いてくれず、右眼から突き入れられた勇者殺しの銀剣に頭部を貫かれた。

 

 



 

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