第255話 ガーディディア要塞
◆◇◆◇◆◇
「ーーいらっしゃい」
「ガッ!? な、何がッ?」
アークディア帝国の手により陥落し、かつての帝国時代の名称である〈ガーディディア要塞〉の名を取り戻した元グロール要塞。
その要塞の地下深くに密かに作られていた、地上の要塞とは繋がっていない秘密の空間。
その空間へと直接転移してきたハンノス王国の八錬英雄第五席を背後から〈
「お、お前は、リオン・エクスヴェル……ッ!」
「大正解」
「グハッ!?」
魔剣アルヴドラを引き抜くと、第五席が地面に倒れ伏す。
【強欲王の支配手】で第五席が足元に落とした錬装剣を手元に引き寄せると、ユニークスキル【
発生させた膨大な量と密度の〈死〉のエネルギーを錬装剣へとぶつけ、錬装剣ごと内部に封印されている魔王の力の抹消を試みた。
錬装剣は一瞬で〈死〉のエネルギーに蝕まれ、黒く腐蝕した後に塵となって消え去ったが、内部の魔王の力自体は〈死〉が到達する直前で移動してしまった。
「……やっぱり無理か。発動と干渉速度が速い力ならいけるかと思ったんだがな」
それに、以前に【
まるで、力自体が意思を持って逃げたような……着実に復活に近づいているみたいだな。
「貴様、我らが宝剣をッ」
「ん、まだ生きてたのか」
錬装剣のーー正確には〈錬剣の魔王〉のーー能力の影響がまだ残っているからか、致命傷を負った第五席はまだ息があった。
そんな倒れている第五席の近くの地面には巨大な術式陣が刻まれており、この術式陣を錬装剣とセットで起動させるのが第五席、ひいてはハンノス王国の目的だ。
「地上で要塞奪還を祝うパーティーが催されている最中にこの儀式型爆裂系大術式陣を起動させ、要塞ごと陛下達を吹き飛ばすのが目的だったようだな」
「っ!? 何故、その、ことを知って、いる!」
「さて、なんでだろうね。俺は死にゆく敵に冥土の土産をやるようなタイプじゃないから教えられないな」
グロール要塞攻略の終盤に第五席の姿が見えないことを不審に思い、ハンノス王国の王城の動きを注視するとともに、グロール要塞攻略後に要塞と周囲の地形を隅々まで調べ上げたおかげだ。
俺と帝国軍の調査部隊合同の調査によって此処を発見した後、この術式陣の一部を破壊したので発動することはない。
あとは術式陣を起動させにやってくる実行者の処理だけだったが、どのタイミングで来るかまでは分からなかったので、感知次第俺が向かうということになっていた。
この場所は地上のガーディディア要塞の転移阻害結界の範囲外だったので、すぐに転移できるように限定的に結界を解除された部屋を要塞内に作ってもらった。
そして、ハンノス王国の王城に追加で送った眷属ゴーレム達から得た情報から、第五席が転移してくるのを先回りして待ち伏せて今に至るわけだな。
「あ、そうだ。まだ生きてるならちょうど良い。最新の王国の情報でも貰おうか」
「ぐ、ギッ、ガァあァガガッガぁーーっ!?」
第五席の頭を踏み付けてから【強奪権限】を発動して記憶情報を奪っていく。
致命傷を負って死ぬ寸前だった第五席が息絶えるまでに、どうにか全ての情報を奪い終えた。
「ふむ……カイルには王国貴族を籠絡しに動いてもらった方がいいかもな」
どうやら、錬装剣一つあたりに封じられている魔王の力が増したことによって、錬装剣所有者達への汚染度も増しているらしい。
肉体だけでなく精神も強靭な残る八錬英雄の第一席と第二席はまだしも、ハンノス王は徐々に言動がおかしくなっており、それを見た王国貴族達にも動揺が広がりつつあるそうだ。
ここでエリュシュ神教国による宣言が効いてきたようで、錬装剣が本当に危険な代物であることに気付いた王国貴族達は逃げ道を探していた。
リベルタスを率い、王族の血を引くカイルが後々のために彼らを掌握するには良いタイミングかもしれない。
ウリム連合王国からの援軍を足止めした功労者としてパーティーには参加しているものの、リオンの姿で話しかけるわけにはいかないので、後で
「
『ん? あれ、マスター。本体の方だな。何か、用事か?』
目の前に召喚したのは俺と精霊契約を結んでいる大精霊達の一体である〈ノーム〉だ。
省エネ形態のまま神迷宮都市アルヴァアインにある俺の屋敷から召喚されたノームは、すぐに俺が本体であることに気付いた。
分身体ではほぼ毎日会っているから久しぶり感はない。
「ああ。ここの空間を上方の地上にある要塞に影響が無いように潰しておきたい。俺が転移で去った後に良い具合に埋めておいてくれ。作業が終わり次第思念を送ってくれれば、向こうの屋敷にいる分身体の方で再召喚しよう」
『なるほど。お安い御用だ。ついでにこの一帯の地中を補強しておこう』
「それは良いな。じゃあ、それも頼む」
『任せてくれ、マスターよ』
餅は餅屋ならぬ、地中のことは土の大精霊に任せるのが確実だ。
人間とは違って窒息することも、周りの土に行動を阻害されることもないしな。
第五席の死体の回収を済ませると、後の処理をノームに任せて地上のガーディディア要塞へと転移した。
◆◇◆◇◆◇
ガーディディア要塞の転移室に転移すると、警備についている騎士達からの敬礼に答礼で応えてから転移室を出た。
戦時中に奪還した要塞内にて行われる小規模のパーティーなだけあってドレスコードに煩くはないが、それでも最低限のマナーとして土汚れや血の臭いなどは消しておく必要がある。
そのため、回廊を歩きながら【光煌の君主】の【聖浄煌輝】を一瞬だけ発動し、衣服についているであろう汚れと臭いを浄化しておく。
この状態ならば新品同然と言えるだろう。
程なくして到着した大広間に入ってすぐに多くの人々に声を掛けられる。
それらの声に軽く会釈しながら歩いていき、談笑しているヴィルヘルムの元へと向かった。
「陛下、お待たせしました」
「おお、戻ったかリオン。
「はい、大したことはなかったので、問題なく済みました」
「それは何よりだ」
周りには事情を知らない者達もいるため言葉を変えて報告を行う。
「この要塞の再構築といい、リオンには世話になってばかりだな」
「相応の報酬は貰っていますので、どうぞお気になさらずに」
第五席の処理については、皇后アメリアから受けた依頼であるヴィルヘルムの護衛の一環だが、此処をグロール要塞からガーディディア要塞へとスキルを使って再構築したのは帝国からの依頼だ。
そのため、ブレイズ要塞と都市ブレイディアの分と合わせて、報酬にレンタルスキル関連の税の優遇を確約してもらっている。
先々のことを考えると非常に旨い報酬だ。
「ふむ。それは確かにそうなのだが、ここまでスムーズに主目的であるガーディディア要塞の奪還を果たすことができたのはリオンのおかげだ。〈勇者〉であるリオンを通してエリュシュ神教国の後押しまで得られたことで、国際的に他国から戦争行為を非難されることもなくなったしな」
「そこは魔王の力に頼った王国の自業自得の面が大きいですけどね」
「違いない。とはいえ、リオンのおかげというのも事実だから何か礼をしたいな……功績も十分だし、レティーツィアを嫁にもらうか?」
なんか前も似たようなことを話した気がするが……催促されてるのかな?
ヴィルヘルムの発言に周りが騒めき立つのを聞きつつ、何と答えるか考える時間を稼ぐためにワイングラスを傾ける。
まぁ、正直に答えるか。
「身に余る光栄ですが、まだ独り身の時間が欲しいですね」
「では、婚約ならば構わないな?」
「……リーゼ次第ですね」
「ユグドラシア王国とは交渉中だが、あちらは基本的にリーゼロッテ王女の意向を尊重するそうだ。だから、そのあたりはリオン自身で話を通してくれ」
そういえば出征後ぐらいから、ちょくちょくリーゼロッテが帝都にあるユグドラシア王国の大使館に行ってたっけ。
臨時大使として呼ばれたとか言ってたけど、タイミング的に十中八九この話だろうな。
「……中々に重大なお話ですね。ですが、今は要塞奪還を祝う場ですし、戦時中でもありますので詳しくは戦後に致しましょう」
「ふむ。それもそうだな。今は色々と話が動いているということを理解してくれていれば良い」
その発言って、俺に対して言っている風を装って周りの貴族や要人達に向かって言っているよね?
まぁ、勿論俺にも言ってるんだろうけど。
「承知しました……勿論、そちらも承知しておりますよ」
「「……」」
アーベントロート侯爵であるアドルフと娘のマルギット、そしてシェーンヴァルト公爵であるオルヴァと姪のシルヴィアの二組の方を向いてから、しっかりと言葉にしておく。
ちゃんと意味は伝わったようで、アドルフとオルヴァは複雑そうな表情ながらも重々しく頷きを返してきた。
特にオルヴァは、彼の実姉であるオリヴィアのことも含まれているのが分かったから、アドルフ以上に渋い顔をしている。
一方で、男達とは真逆な表情を浮かべるマルギットとシルヴィアの様子から、今夜は凄そうだなという感想が自然と頭に浮かんだ。
周りの貴族達の様々な感情の籠った視線の中でも、今回の戦争に従軍している属国の王達からの視線の圧が最も強い。
おそらく俺の血を取り入れたいか、帝国内での立ち位置を上げたいのかのどちらかだろう。
傍にヴィルヘルムがいるから動けない彼らの反応を面白く思っていると、こんな状況でも気にせず動ける者達がやってきた。
「妹君のご婚約おめでとうございます、陛下」
「ありがとう、フォルモント公よ。だが、聞いての通りまだ決まったわけではないぞ」
はじめに声を掛けてきたのは、天翼人族のマキア・マルキス・フォルモント公爵だ。
戦場での勇ましい鎧甲冑姿から普段通りの肌の露出の多い扇情的なドレス姿に戻っており、その蠱惑的な姿でパーティーに参加している男性達を魅了していた。
ただ、魅了されながらも派閥の者達以外が安易に近付いたりしないのは、彼女が帝国三大公爵の一人である帝国東部の守護者だからだろう。
「これは失礼しました。私と同じく独り身だった殿下にお相手ができたと聞き、つい気が急いてしまいました」
「……構わぬ。妹も公からの言葉を嬉しく思うことだろう」
凄く返事に困るフォルモント公の発言にヴィルヘルムがどうにか言葉を絞り出した。
どうにか無難な返しができたヴィルヘルムだったが、その顔には「嫌味を言うぐらいなら早く相手を見つけろよ」と書かれていたので、あまり意味がない気がしたが。
そんな色々と気難しそうなフォルモント公が此方を向いてきた。
今の気分は肉食動物の前の草食動物だ。
「お祝いの言葉を贈りたかったのだけど、まだ早いようだから控えさせてもらうわね」
「恐れ入ります」
「此度の戦でも大活躍だったけど、エクスヴェル卿の戦場での勇姿を直接観る機会には中々恵まれないわね」
確かに、同じ戦場にいてもすれ違っているか物理的に離れているかだったからな。
今回は俺の方はフォルモント公の戦う姿を見れたが、彼女はそうではなかったからこその言葉だろう。
「フォルモント公の勇姿は拝見させていただきました。麾下の騎士団共々、東部国境が守られてきたのも納得できる姿でした」
「あら、勇者様にそう言ってもらえると嬉しいわね。エクスヴェル卿さえ良ければ、今度東部に来て騎士団の相手をしてもらえないかしら? ちゃんと報酬は支払うわ」
「……戦後の国内外の動き次第ですが、都合が合えば伺いましょう」
「それで構わないわ」
自然な足運びで距離を詰めてきたフォルモント公の色香を強く感じつつ、どうにか言葉を返した。
満足そうな様子のフォルモント公と入れ替わるように前に出てきたのは、古竜人族のメーア・リヴァ・ネロテティス公爵だ。
帝国南部の沿岸地域一帯を領地に持つ帝国の海の支配者は、まずはペコリとヴィルヘルムへと会釈した。
「早いですが、お祝い申し上げます」
「うむ、ありがとう、ネロテティス公よ」
「今度、殿下にお祝いの品を贈ります」
「正式に決まってから贈ってやってくれ」
「そうでした。その方が良さそうですからそうしますね」
こうしてネロテティス公が話している姿を直接見るのは初めてだが、噂通りの天然な性格らしい。
ヴィルヘルムも慣れているようだから、昔からこんな感じなのだと思われる。
領都である港湾都市で行われている漁業や他国との貿易の手腕から、ただの天然女というわけではないのだろうが、戦場での後方支援の姿と合わせて色々とギャップを感じる美女だな。
「エクスヴェル卿」
「はい、ネロテティス公」
「私の領にも飛空艇を通さない?」
「それは光栄なお話ですが、元々利用されていた飛空艇はよろしいのでしょうか?」
「実際に輸送しているところを見た。エクスヴェル卿の飛空艇の方が古いアレよりも利益が出せる。まぁ、交渉次第だけど」
「なるほど、道理ですね。是非とも話を進めさせてください」
どうやら割りと容赦のない性格らしい。
南部航路も独占できるのは願ったり叶ったりなので、この場で承諾しておく。
か細く存続していたアチラの航空会社もこれで終わりかもしれないな。
「それは良かった。じゃあ、行きましょう」
いきなり俺の手を掴んできたネロテティス公が何処かへと連れていこうとする。
種族的にもレベル的にも強い力で引っ張られたが、俺を引き摺れるほどではないので、抵抗してこの場に踏み止まった。
「えっと、どちらへ?」
「別室で商談だけど?」
何を当たり前のことをとでも言いたげな口調に、フォルモント公だけでなく何故ネロテティス公までもが独り身なのかが分かった気がした。
その後、ヴィルヘルムが取り成してくれたことで仕方なく即商談を諦めたネロテティス公は、残りのパーティーの間ずっと俺に話しかけてきた。
商会のことやレンタルスキルのことやらを根掘り葉掘り尋ねられたが、周りで聞き耳を立てている者達への宣伝にもなったので良しとしよう。
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