第254話 要塞に落ちる雷



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーお久しぶりね。こうして面と向かって会うのは貴方の魔塔主就任の式典で挨拶して以来かしら、黒の魔塔主リオン・ノワール・エクスヴェル卿」


「ええ。お久しぶりです、紫の魔塔主ロゼッタ・ヴィオレ・ウィーペラ殿。まずは、突然の来訪をお詫びします」



 場所は賢塔国セジウムの六つある魔塔の一つ〈紫の魔塔〉にある魔塔主の部屋。

 グロール要塞の攻略が行われている最中、紫の魔塔の主である紫の魔塔主ロゼッタの元を来訪していた。

 〈万毒賢主〉という賢者としての二つ名を持ち、輝晶人族の上位種である煌晶人族のロゼッタは、アポイント無しに来訪した俺に対して嫌な顔一つ見せずに部屋に通してくれた。



「構わないわよ。戦地にいるはずの貴方が訪ねてくるほどですもの。余程の用事があるのでしょう?」


「ええ。では、ウィーペラ殿も私も忙しい身ですので簡潔にお伝えします。ウィーペラ殿、いえ〈死毒の魔女〉にして〈毒の群れ〉のリーダー殿。ハンノス王国から〈毒主〉である貴女へと依頼されたアークディア帝国のヴィルヘルム皇帝陛下の暗殺依頼を断っていただきたいのです」


「……」



 俺の発言を聞いたロゼッタは、先ほどまで浮かべていた微笑を消し去り無表情になった。

 状態異常魔法と弱体化魔法の権威である紫の魔塔主の秘密。

 それは、冠位称号〈死毒の魔女〉を持つ〈魔女〉であることと、大陸随一の暗殺組織〈毒の群れ〉の長としての顔を持つことだ。

 組織の者すら知らないトップの正体を知っているのは、単に【情報賢能ミーミル】の【万物鑑定】で視たロゼッタのステータスにある所属欄に表記されていたからだ。

 その情報を元に、念のため彼女の周りの影の中に諜報用眷属ゴーレムであるラタトスクを潜ませていたおかげで依頼のことを知った。


 依頼主であるハンノス王国ですら知らない組織のトップへと直談判しにきたのは、自分の仕事を増やさないためだ。

 暗殺実行前にロゼッタを倒したとしても、後々セジウムの魔塔主が死んだことによる面倒事が起こり、同じ魔塔主である俺の仕事が増える。

 倒さずとも常にヴィルヘルムの周りを警戒し続ける必要があり、やはり仕事が増えることになる。

 つまり、全ては自分が楽をするためだ。



[発動条件が満たされました]

[ユニークスキル【神魔権蒐星操典レメゲトン】の固有特性ユニークアビリティ〈魔権蒐集〉が発動します]

[対象の魔権を転写コピーします]

[ユニークスキル【毒蛇と調停の統魔権ボティス】を獲得しました]

[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書ゲーティア】へと保管されます]



 まぁ、ロゼッタに会いに来たのはコレも目的だけど。

 組織名の〈毒の群れ〉や冠位魔女ヴァルプルギスとしての〈死毒〉の名に相応しいユニークスキルと言えるな。



「……一体何のことかしら、っと言ったら?」



 ロゼッタの体内で戦闘のための魔力が蠢いているのを感知しつつも、慌てることなく言葉を重ねていく。



「確信していますので聞く耳を持ちませんね。どうやって知ったかは教えられませんが、まぁ、ウィーペラ殿や組織に落ち度はないとだけは教えておきましょう」


「……気に入ってたんだけど、私の魔塔主としての生活もここまでね」


「別に国に報告するつもりはありませんので、ご安心を。これからも同じ魔塔主として、そして先達の〈賢者〉としてよろしくお願いします」


「……暗殺組織のトップよ?」


「正体を露見させても特段私に得はありませんので。懸賞金には少し心惹かれますが……まぁ、長期的にみれば損の方が大きいと判断しました」


「……なるほど。貴方はそういうタイプの人間か。欲深いのね」


「恐れ入ります」



 溜め息をついて肩の力を抜いたロゼッタが臨戦態勢を解いた。

 此方に敵対の意思がないことが伝わったようで何よりだ。



「それで、お願いは聞いてもらえますか?」


「お願いというよりは脅しでしょうに。まぁ、私だって死にたくはないから皇帝の暗殺依頼は断っておくわ……今後もね」


「ありがとうございます」


「分かってると思うけど、暗殺依頼を封じれるのはウチの組織への依頼の分だけよ」


「勿論分かっています。〈毒主〉であるウィーペラ殿や〈七刃〉と〈十二棘〉が暗殺依頼を受けなければ十分です。先日の転移暗殺者を最後にしていただければ問題ありませんよ」



 暗殺組織〈毒の群れ〉には、組織の長である〈毒主〉以外にも、七人の幹部〈七刃〉と幹部候補である〈十二棘〉といった凄腕の暗殺者がいる。

 彼らがヴィルヘルム暗殺の依頼を受けなければそれでいい。

 ちなみに、俺はこれまでに七刃を一人、十二棘を二人討っている。

 七刃は転移暗殺者のことで、十二棘の一人は帝都に向かう前にアリスティアを暗殺しにきた変装暗殺者だ。

 残る一人だが、これは先日ロンダルヴィア帝国のほうで他の帝位候補者の依頼を受けてアナスタシアを暗殺しにきた正統派暗殺者のことで、護衛である分身体ランスロットが対処した。



「そう。見逃してくれたお礼に無償でハンノス王でも暗殺してあげましょうか?」


「正面から王国を破るのが、此度の戦争における帝国の目的なので遠慮しておきます。ただ、何かに使えるかもしれないので、無償暗殺依頼の権利だけはいただきたいですね。ああ、あと今後は私の関係者への暗殺依頼も理由をつけて断ってください。依頼してきた者の情報は場合によっては買いますよ」


「ちゃっかりしてるわね……ちょっと待ってて」



 ロゼッタは呆れたようにしながらも、〈毒主〉としての署名が入った無償での暗殺依頼指示書を書いて渡してくれた。

 〈毒の群れ〉に属する暗殺者であれば誰であっても、これを渡せば無償で暗殺依頼を受けてくれるそうだ。

 今のところ使う予定はないが、持っているだけでも価値があるモノだ。

 最後に、俺の関係者への暗殺依頼を受けないという魔導契約書ギアス・スクロールを使った契約にも同意してくれた。 

 この関係者とやらの範囲については、俺と親しい間柄の相手に限定した。

 これもまた大雑把な基準だが、どこからどこまでを親しいと判断するかまで指定するのは面倒なので、その辺りの判断についてはロゼッタ自身に任せた。

 

 

「それではこれにて失礼しますね」


「ええ。今後ともよろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いします」



 お互いに含みのある挨拶を交わし合ってから紫の魔塔を後にした。

 さて、分身体グリームニルの方でもウリムでの交渉が上手くいったようだし、これで戦争の裏で動いていた諸々についての対処は一通り終えた。

 あとはグロール要塞の攻略を終えるのを待つだけだ。



 ◆◇◆◇◆◇



 グロール要塞攻略の六日目。

 昨日の夕方頃に賢塔国セジウムからアークディア帝国の本陣へと戻った時点で、グロール要塞におけるハンノス王国側の守りは最後の第三内壁だけとなっていた。

 王国側には防衛を半ば諦めている空気が漂っているため、今日中には陥落しそうだ。

 


「ふむ。第五席の姿が見えないな」



 攻略目前ということもあり、不測の事態に備えて今日は俺も前線に出てきている。

 三日前にはグロール要塞側に援軍として加わるはずのウリム連合王国の第一遠征軍が、要塞到着を目前に控えて反乱軍である〈リベルタス〉に足止めされて到着しなかった。

 それだけでなく、第一遠征軍に続いて派遣されていた第二遠征軍が行方不明という情報が要塞の兵士達の間に広がったことで士気は更に低下。

 ハンノス王国側もそのような自軍の状況は把握しているため、何かを仕掛けるとしたら今日しかなく、俺も最前線拠点である第二内壁に待機していた。

 まぁ、一番の理由は護衛対象のヴィルヘルムが此処にいるからなのだが。

 


「見当たらないか?」


「はい。少なくともグロール要塞にはいないようです」


「第八席は?」


「第三内壁にて変わらずリビングアーマーを生み出しています」


「ふむ。これ以上の損失を恐れたか?」


「そうかもしれませんね」



 おそらく今日がグロール要塞攻略の最終日となることもあり、アークディア帝国軍の総大将であるヴィルヘルムも第二内壁まで出てきていた。

 ヴィルヘルムの周りには、俺以外にも近衛騎士団長であるアレクシアをはじめとした近衛騎士団の面々も揃っており、俺達二人が話している間も周囲の動きに目を光らせている。



「第五席の姿が確認できたら報告致します」


「うむ。では、そろそろいいだろう。アドルフ。第三内壁周辺から第二内壁まで兵を退かせろ」



 手元の短距離通信用魔導具マジックアイテムを通して軍務卿のアドルフに命令を出すと、ほどなくして正面に展開していた味方の兵士達が第二内壁まで戻ってきた。

 【世界ノ天眼ワールドアイズ】で第三内壁にいる敵兵の様子を確認する。

 突然帝国軍が退いたことを怪しんでいるのは三割程度で、それ以外は勝ったと勘違いしているようだった。

 思ったよりも勝ったと勘違いしている兵が多いが、それだけ精神的にギリギリだったのだろう。

 八錬英雄の第八席や要塞司令官は流石におかしいと思っているらしく、周りの者達に警戒するように指示を出しているようだった。

 ま、警戒をするのは正しい判断だが、対処できるかどうかは別の話だ。



「味方はいないな?」


「はい。第三内壁周辺に残る味方の死体も陛下の初動と共に回収します」


「うむ。ならば始めよう」



 先ほどまで雲一つ無く晴れ渡っていたグロール要塞の上空を灰色の雲が覆う。

 あっという間に青天から曇天へと変わった空から高魔力反応が感じられる。

 敵味方の兵士達と同じように上空を見上げていた視線を俺の傍に立つヴィルヘルムへと向けつつ、ユニークスキル【源炎と空間の統魔権バティン】の【空間転送】と【移動の理】を使って第三内壁周辺から味方の兵士達の死体を全て回収した。


 ヴィルヘルムが手に持つ聖剣〈轟き照らす雷光の聖剣ソルトニス〉が、その剣身に持ち主の毛髪と同じ色である白金色の雷光を纏わせている。

 基本能力【雷光聖刃】により輝く聖なる雷光の切っ先を上空へと向けていたヴィルヘルムが、ソルトニスの第二能力の名を口にした。



「【天雷招来】」



 上空から放たれた白金色の光がグロール要塞を明るく照らす。

 直後に轟いた雷鳴がグロール要塞の第三内壁を襲った。

 第三内壁を襲った白金色の落雷が内包していた雷電は、第三内壁だけでなく内壁の奥にあるグロール要塞の中枢部や俺達がいる第二内壁にまで襲い掛かってきた。

 中枢部の方はそのままだが、此方側に広がってきた雷電に関しては、ヴィルヘルムが掲げるソルトニスへと集められ吸収されていく。

 ヴィルヘルムはソルトニスの第三能力【雷電操作エレクトロ・コントロール】により雷電を操って自らの元へと集中させ、第五能力【雷電吸収】を使ってそれらの雷電を吸収し、能力の使用により消費した魔力を回復させていた。

 第四能力【雷電攻撃強化】によって強化された非常に強力な雷電ではあるが、同じソルトニスの能力なだけあって抵抗なく吸収されていった。



「お見事です。実にスムーズな能力行使でした」


「基礎レベルを上げたおかげだな。明らかに昨年の戦で使った時よりも使いやすくなっている」


「慣れたのもあるでしょうね。以前よりも出力が上がっていましたので、第八席も防ぎ切ることが出来なかったようです」


「死んだか?」


「はい。間違いなく。錬装剣も破壊されています」


「よし。生成されていた各種リビングアーマーはどうだ?」



 落雷による破壊された内壁の瓦礫の山や、その衝撃で発生した煙のせいで肉眼による目視での確認は出来ない。

 だが、俺の場合は【世界ノ天眼】と【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】で詳細に現状を確認することが可能だ。

 黒焦げの死体の数々や破壊された金属鎧の山が、第三内壁に詰めていた敵軍の壊滅を意味していた。マップ上にも反応はなかった。



「全滅ですね。金属鎧の魔物だからか、聖なる雷は効果抜群だったようです」


「ふふ、そうか。ならば兵達を要塞の制圧に向かわせても問題なさそうだな」



 通信魔導具を使って各所に勅令を出すヴィルヘルムに意識を向けたまま、【空間転送】と【移動の理】を使って八錬英雄第八席の死体と錬装剣の破片を回収する。

 咄嗟に落雷を防ごうとしていたようだが、雷の速さの前には反応が遅すぎた。

 連日の戦闘やリビングアーマー生成作業で疲弊していなかったら間に合ったかもしれないが、期待していたウリム連合王国からの援軍が無かった状況ではどうしようもなかっただろうな。

 眼下で帝国軍の兵士達が要塞の制圧に向かうのを眺めながら、今後の動きについて考えを巡らせるのだった。




 

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