第253話 ウリムの地



 ◆◇◆◇◆◇



 大陸南西部に寄った中部に位置する国家である〈ウリム連合王国〉は、その名の通り複数の国家の連合により形成された王国だ。

 かつて周辺地域一帯を支配していたウリム帝国から名を取ってウリム連合王国としており、連合内にはウリムという名の国は存在しない。

 そんなウリム連合王国の領土の地理的にもほぼ中央に位置する首都〈ウラーラム〉の盟主の居城にある会議室に、連合王国を構成する五ヶ国の王達が全員集まっていた。



「……それは、本当なのですか?」


「そんな馬鹿な……」


「冗談にしては面白くありませんが……」


「信じられない気持ちは私も一緒だが、残念ながら嘘でも冗談でもない。ハンノス王国に派遣した二つの遠征軍の内、後発の第二遠征軍がした」



 ウリム連合王国の現盟主ハルバッドが告げたのは、撃退でも全滅でも敗退でもなく消失。

 軍の勝敗を表す言葉としては相応しくない二文字に、連合王国の代表者達は困惑する。

 ハルバッド自身も昨夜報告を聞いた時同じ反応だったため、彼らの今の心情が痛いほど理解できた。



「ハルバッド王よ。詳細をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「……勿論だ」



 ハルバッドが自分を含めた五人の各王達の中でも、最も優秀な人物だと密かに思っている若き王であるグリアムからの言葉を受け、苦々しい胸の内が顔に出ないよう苦心しながら事の経緯を順を追って説明した。


 ハンノス王国と奪い返された旧アークディア帝国領の境目にあるグロール要塞へ向け、先発の第一遠征軍が王国領に足を踏み入れた三日後に第二遠征軍も王国領に入った。

 ハンノス王国とウリム連合王国の国境にある両国の要塞からも通過した連絡は届いていた。

 国境を通過した一日目の夜にも、賢塔国セジウム製の超高価な希少品である遠距離通信魔導具マジックアイテムを使った定時連絡もあった。

 翌日の朝と昼にも定時連絡があり、夜には野営地の設営の完了とともに同様に首都ウラーラムと連絡を取り合っている。


 問題が起こったのは国境を越えて三日目の朝だった。

 昼近くになっても定時連絡が無かったため、ウラーラムの連合王国軍司令部から第二遠征軍に向けて通信を行なったところ応答は無し。

 何度も通信を行うが応答が無かったため、本国からよりは最新の第二遠征軍野営地までの距離が近い第一遠征軍から調査隊が現地に派遣された。

 昼過ぎには到着した調査隊による調査の結果、野営地には野営を行なった痕跡はあっても第二遠征軍の姿はなく、そこから移動した跡が全く見つからないことが分かった。

 更にその翌日、転移魔法使いを使って本国からも調査隊を派遣ーーハンノス王国側には知らせてないため当然ながら越境行為だーーして、件の野営地跡の調査を開始したのが一昨日のこと。


 そして昨晩、第一遠征軍からの調査隊よりも詳細な調査結果を持ち帰ってきた本国の調査隊の報告を以て、今日各国の王達を招集することとなった。



「どちらの調査隊からも、まるで野営中に消失したかのようだと報告があげられた。明らかな異常事態であるため皆を緊急招集したわけだ」


「「「……」」」


「戦闘の痕跡も無かったのですか?」


「調査隊の現地調査によれば確認できなかったそうだ」


「……密かに同行していた英雄級である暗躍部隊の三人すらも、まともに戦うことなく消失、ですか」


「……」


「まるで超常の存在たる神によって隠されたかのようですね」


「……それは、此度の戦争において王国側に加担することを決めた私への皮肉かね?」


「そのようなつもりはありませんよ。ですが、そう感じてしまわれたのでしたら謝罪しましょう」



 ギロリと睨み付けてくるハルバッドからの指摘をグリアムは軽く受け流す。


 神塔星教の総本山であるエリュシュ神教国から魔王の力を悪用する国家として神敵認定されたハンノス王国は、国際的にほぼ見捨てられている。

 ウリム連合王国の現盟主ハルバッドは、自分の妻が現ハンノス王国の元王女であり現ハンノス国王の娘であるのと、これまで築いた両国の友好関係もあって援軍を派遣することを決定した。

 ハルバッド以外の四人の王の内、グリアムだけは将来的にウリム連合王国が国際的に孤立する可能性を懸念して、ハンノス王国への援軍の派遣には当初から反対していた。

 その強固な反対の意思もあって、遠征軍にはグリアムが治めるアラダ王国の兵士達は参加しておらず、代わりに遠征により低下する防衛力を補うために本国国境の警備などに回っていた。

 結果、五ヶ国の中で唯一アラダ王国だけが兵を失わずに済んだことも、ハルバッドがグリアムのことを忌々しく思う理由だった。


 今回の異常な出来事は、まるで神の代弁者とも言われるエリュシュ神教国の言葉を無視したことにより起こったとも捉えられかねない。

 まさに、グリアムの言うところの神罰たる神隠しとして……。



「ゴホン。ところで、どうしますかな。次の、その、予定していた第三遠征軍の派遣については?」



 静まり返った場の空気に耐えられなくなった王の一人が、直近の問題に対する懸念を示した。

 早急に決めなければならない内容であるため、議長でもあるハルバッドも嫌な顔をしたままではあったが口を開いた。



「……中止だ。王国内で行方不明になった第二遠征軍の行方が分からぬ限りは、道中の危険性を考慮して貴国への追加の援軍の派遣は出来ないと、そのまま王国に伝えるしかあるまい」


「まだ本国には暗躍部隊の者達が残っている。彼らを少数精鋭部隊としてグロール要塞へ送り込むのはどうだろうか?」


「おお、それならばーー」


「帝国には転移が使える〈勇者〉がおるのだぞ? 万が一にも本国に攻め込んできた時に対抗できる可能性がある英雄級をこれ以上減らしてどうするのだ。例え勇者自体が攻めて来ずとも、帝国軍が侵攻しできた際の切り札ともなる手札を無駄に切るわけにはいかん」



 このような状況下で追加の援軍を出すほどハルバッドも無能ではない。

 無能ではないが有能でもなかったために、時勢を読むことができずに泥舟に乗船したとも言えたのだが。

 その後、第二遠征軍の捜索は続けることを決めた以外は特に何かを決めることもなく会議は終了した。



 ◆◇◆◇◆◇



 盟主ハルバッドや他の王達が解散し、それぞれが首都ウラーラムに持つ屋敷に戻るのと同様に、グリアムも会議室を後にして自分の屋敷へと戻った。



「おや。随分とお疲れのようですね、グリアム王よ」



 自室の扉を開けた先には、我が物顔で部屋のソファで寛いでいる四つ目の黒い仮面を被った怪しい男がいた。



「……貴殿は調子が良さそうだな、グリームニルよ」


「グリアム王よ。どうぞグリムとお呼びください。せっかくの似た名前を持つ同士じゃありませんか?」


「貴殿のは偽名だろう」


「ハハハッ、これは手厳しいですね。あ、飲みます? これ、エリュシュ神教国特産の高級ワインですよ」


「……はぁ、いただこう」



 向かいの席にグリアムが座ると、リオングリームニルは【異空間収納庫アイテムボックス】から一本のワインボトルとグラスを二つ取り出した。

 慣れた手付きでグリアムが手に取ったグラスにワインを注ぐと、彼と同じタイミングでグラスの中身を飲み干す。


 グリームニルとグリアムが初めて会ったのは約一週間前。

 今回のように連合王国を構成する各国の王達による会議の後、屋敷の自室に戻ると部屋の中でグリームニルが待ち受けていた。

 謎の力によって蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなったグリアムにグリームニルはとある提案をしてきた。

 その提案は、グリアムが自国の重鎮達とのみ話していた内容に関わっており、その後にこれからウリム連合王国に起こる厄介事についても触れていた。

 まるで予言のように現実味のない厄介事が実際に起こった後に、提案を受けるか否かについて答えを聞きに再び来訪するとだけ告げて、グリームニルは去っていった。

 そして今日、その厄介事が先ほど会議の場で報告された。



「各国の王に緊急招集がかかったそうですね。議題は何だったのですか?」


「……先日、グリームニルが言っていた第二遠征軍の件だ」


「ああ、アレですが。全滅でもしましたか?」


「ふん。やはり全滅しているか」


「さて、私は詳細は知りませんので。何と報告が上がってきたのですか?」



 堂々と惚けるグリームニルを前に隠し事をしても意味がないため、グリアムは緊急会議の内容をそのまま伝えた。



「消失とは言い得て妙ですね。実際には戦闘の痕跡を消しただけなのですが」



 グリームニルの発言を表情を動かさないまま聞いていたグリアムの背中に冷や汗が流れる。

 ウリム連合王国の調査隊が全力で調べても戦闘の痕跡が見つけられないならば、仮にグリームニルが自分を含めた要人達を暗殺したとしても、真犯人に繋がるような痕跡は残らないということに気付いたからだ。

 だが、それ以前に首都にある警備の厳重な王の屋敷に容易く侵入できている時点で今更だと思い直し、逆に開き直った。



「流石はグリアム王。思ったほど動じませんでしたね」


「当然のように私の心を読むな。それで? 今日は以前言っていた提案の答えを聞きにきたわけか」


「はい。お約束通り私の力は示せたかと思います。改めてお聞き致しましょう、グリアム王よ。古きウリムの末裔たる王よ。今一度、このウリムの地を統べる君主となってみませんか? アナタの望みをお聞かせください」



 リオンがウリム連合王国の影の英雄こと暗躍部隊〈護国の暗灯〉について調べる過程で偶然知ったグリアムの野望。

 それは、かつてウリム帝国があった地であるウリム連合王国を自国アラダ王国が統一することだった。

 ウリム帝国皇家の血が流れているアラダ王国王家が長年秘めていた野望を、自分の代で成すことができる。

 アラダ王国の王位を継いで以降、連合王国の他の四王の愚かさに辟易していたこともあって、グリアムはその望みを口に出すことに躊躇いはなかった。

 

 

「……私の望みは決まっている。このウリムの地の正統な後継である私が統べることだ」


「では、そのためなら他の四ヶ国を敵に回せますか?」


「今回の第二遠征軍消失において我が国の軍だけは無傷だったとはいえ、今のままの力では四ヶ国全てを相手にするのは無理だろう。だが、貴殿の助力があれば不可能ではないのだろう?」


「幾つか条件はありますが、支払われた対価に相応しい成果をお約束致しましょう」


「条件……アークディア帝国に敵対するようなことはできない、だったか」


「はい。あちらには個人的に友好な関係を築いている者もおりますので」


「私も元よりアークディア帝国と敵対するつもりはない……だが、帝国がウリムの地を不当に奪うというならば抵抗させてもらう」


「その辺はご自身で帝国と交渉なさってください。私としまして両国が友好的な関係になっていただければ幸いですね」



 アークディア帝国の東側諸国に対する盾となる友好国が増えることは、帝国に住まうグリームニルことリオンにとっては喜ばしいことだ。

 その友好国に裏で影響力を持てればなお良し。

 グリアムが求める助力への対価次第では莫大な財も得られるだろう。

 リオンとしては、グリアム達アラダ王国の野心を知った際に半ば思い付きで持ち掛けた取引だが、当時の自分の直感は間違っていなかったことを改めて確認できた。



「私もそう願うよ。さっそくだが、此度の第二遠征軍消失の件が国内外に明るみになる前に色々と動かしておきたい。グリームニルよ。私を密かにアラダ王国の王都へと連れていけるか?」



 ウリム連合王国では五ヶ国それぞれの国に属する転移魔法使いの数と所在を把握しあっている。

 そのため、緊急招集を受けて首都ウラーラムに向かう際に帯同したアラダ王国の転移魔法使いを使った場合、他の四ヶ国に動きが露見する可能性があった。

 故に、グリアムは神出鬼没な力を持つグリームニルを使うことにした。



「容易いことです。今後の取引を円滑に進めるためにも、私も王国の方々へ顔合わせをしておいた方がいいでしょうから、今回の移動はサービスしておきましょう」


「……その姿で顔合わせと言われてもな」



 リオングリームニルの素顔を仮面で隠した姿を改めて確認したグリアムは、そう指摘せずにはいられなかった。



「素顔は明かせませんよ?」


「だろうな。他の者への説明と説得が大変だな」


「頑張ってください。応援しておりますよ」


「ふぅ。まぁ、これでウリムの地を手に入れられるならば安いものか。武力以外の面でも期待していいのだろう?」


「対価さえいただければ、全力でご用意致しますよ」



 そう言って、強欲と創造を冠する勇者は仮面の下で満面の笑みを浮かべると、グリアムと共にアラダ王国の王都へと転移した。




 

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