第251話 黄金の魔女 前編
◆◇◆◇◆◇
グロール要塞攻略戦の一日目は、グロール要塞を守る一番外側の壁である城壁を奪った後、全部で三つある内壁の中でも最も城壁に近い第一内壁を攻めているところで撤退することになった。
城壁から第一内壁まで数百メートルの距離があり、要塞の外まで退く必要はないと本陣は判断したため、アークディア帝国軍が撤退したのは奪った城壁までだ。
その城壁を仮の拠点とし、明日以降もグロール要塞攻略を続行するらしい。
たった一日で城壁が落とされたことにはハンノス王国側も流石に焦ったのか、俺に数を半分に減らされて出し渋っていた八錬英雄をグロール要塞の防衛へ投入することを決めた。
破竹の勢いで攻めていた三大公爵と各々の騎士団の前に、八錬英雄の第五席と第八席が錬装剣の転移能力で現れると、二人は即座に戦力補充のためにリビングアーマーの軍勢を生成してきた。
両軍の戦闘は日が暮れて八錬英雄が第一内壁に退がるまで続いたが、幸いにも三大公爵は無事ーー元よりネロテティス公は後方にいたがーーだった。
ただ、三大公爵家麾下の騎士団にはそれなりに被害が出たらしく、騎士達の治療などのために明日の攻略戦には三大公爵は参加せず、後方の本陣まで一旦退がるとのこと。
騎士達の治療に参加し、瀕死の者達の治療を担当して全員の命を救ってから先ほど天幕に戻ってきたところだった。
「それじゃあ、ちょっと行ってくる。本陣には治療に疲れたから休むと言ってきたから大丈夫だとは思うが、何かあった時の対応は任せたぞ」
「……その前に、その格好の説明をしていきなさいよ」
「うんうん」
「コレか? 俺の〈魔女〉としての姿だが?」
「いや、説明が無さすぎるでしょう!?」
マルギットからの鋭いツッコミを受け、そうかな?と思いながら普段よりも細い指先で頰をかく。
今の俺は【
ただの女性体ではなく、この姿は俺が称号〈黄金の魔女〉を得て以降、女性体に変化する際に固定化されるようになった姿だ。
【変幻無貌】では、容姿の変数を弄らずに種族や特定の条件ーー今回であれば〈魔女〉という条件ーーのみを変化させた場合の容姿は、その条件下で生まれていた場合のIFの姿となる。
今回の場合だと、女性体の情報の一部が〈黄金〉を冠する〈魔女〉という情報に固定化されているため、女性体に変化すると強制的に〈黄金の魔女〉として生まれていた場合の姿になってしまうわけだ。
腰まで届く黄金の髪に濃紫色の瞳、自分でも無駄にスタイルが良いと思う身体は、本来の俺の身体よりも白い肌をしていた。
身長は少し下がっており、ちょうど百八十あるリーゼロッテと同じぐらいだ。
男の時よりも足が長いし、デカい胸のせいで重心バランスが悪かったりもしたが、これから戦うことになるので十分ほど体術や武術の動きで身体を慣らして適応した。
「とまぁ、そういう感じの事情を持つ姿だ」
普段よりも高い自分の声も含めて俺自身は慣れたが、この姿を初めて見る二人はまだ慣れるのに時間が掛かりそうだった。
「何というか……リオンは女性に生まれていたら生まれていたで、別のことに悩まされることになっていたことが分かったよ」
「確かにね。容姿端麗さではリーゼさんや殿下にも負けてないんじゃない?」
「そんなことはないだろう。この姿の時の顔が多少良いのは自覚しているが、そんなレベルじゃないさ」
正直な自己評価を告げると、二人から「うわぁ……」って顔をされてしまった。
「絶対、老若男女身分問わず他人の人生を狂わせるタイプの魔性の女だぞ」
「男に生まれてきてくれて良かったわね」
「いや、そっちもそっちで大して変わりはないーー」
頬を薄っすらと赤く染めたまま失礼な内容の内緒話を目の前で繰り広げるマルギットとシルヴィアを放置して、男性時のままだった装備を変更する。
この姿ならば
まぁ、神器〈
女性としての仕草は普段から様々なタイプの女性を間近で見ているので大丈夫だろう。
今こそジョブスキル【
装備品も魔女を彷彿とさせる見た目の物に変更し、その動きやすさを確認していると、マルギットがふと思い出したように聞いてきた。
「そういえば聞いてなかったけど、今から何処に行ってくるの?」
「あー、まぁ、王国側の戦力を減らしにちょっとな」
「グロール要塞?」
「いいや。でもグロール要塞の戦力に加わろうとしている集団が相手ではあるかな」
「ふぅん。その姿なのも万が一にも姿が露見した時のため?」
「それもあるが、せっかくの力を軍相手に色々試したくてね」
「なるほど。それなら口調は変えていったほうがいいんじゃない?」
「それもそうか……いえ、それもそうですね」
「んー、もっと堂々とした感じなのが似合ってる気がするぞ」
「そう? こんな感じかしら。口調的にはよくあるモノだから悪くなさそうね」
「ピッタリだ」
「ピッタリね」
「そりゃ良かったよ……」
取り敢えず、接敵するまでは口調は元のままでいいか。
「ところで、その姿の時の名前はあるの?」
「名前か……〈フリッカ〉かな。コホン。それじゃあ、今度こそ留守番は頼んだぞ」
何故だか無駄に疲れたやり取りを終えると、二人に後は任せて天幕を後にした。
目的地は、ハンノス王国領土に足を踏み入れたばかりのウリム連合王国の第二遠征軍の野営地だ。
◆◇◆◇◆◇
【
上空から眼下の野営地を見下ろすと、まずは目的の人物達を探すことから始めた。
【
どうやら目的の人物達は天幕の中にいるらしく、肉眼で直視することが出来なかった。
「物音でも立てて誘い出すか……お、ちょうど出てきたな。これは運が良い」
【
この中で用があるのは二人だけなので、その二人を肉眼で直視した。
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【
[対象の魔権を
[ユニークスキル【
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【
[ユニークスキル【
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
【
さっそく手に入れたばかりのユニークスキルの内包スキルを確認する。
事前にヴィクトリアやアナスタシア達から聞いた話の通りの力を持っていることが確認できた。
残る一人の影の英雄が持つユニークスキルに関しては、【
うん、やはり情報通りだな。
「問題は無さそうだし、そろそろはじめるとしようか」
眼下のウリム連合王国遠征軍の野営地へと手を伸ばし、二つの魔法を連続発動させた。
「『
防御結界系戦略級時間魔法『時界断空隔壁』によって野営地が通常手段では脱出も破壊も不可能な時間属性の障壁結界に囲まれ、環境改変系戦略級暗黒星魔法『暗幕の世界』が野営地の上空を闇で覆い隠し、外部からは結界内の様子を確認出来ないようにした。
「〈開け〉」
続けて、異空間にある固有領域〈強欲の神座〉から時間の結界内へとある兵器を喚び出す。
突如として野営地に降り立ったのは、黒紫色の輝きを放つ外皮をした二足歩行の人型の竜のような見た目のナニカだった。
先代黒の魔塔主エスプリの秘密研究所から回収した〈愛欲の魔王〉の肉片を復元し、その魔王の肉体から採取した素材を使用して作った、新型生体魔導兵装である遠隔操作式混成魔獣装体〈魔王義体・
このエキドナは、強欲の神座内の秘密研究所〈
イメージとしては没入型ゲームで自キャラを動かしているような感覚だろうか。
人工的に作った人外の肉体であるが、事前に慣熟訓練は行なっているため問題なく動かすことができる。
主な戦闘行為はエキドナで行い、魔女フリッカの姿をした本体はサポートに徹する予定だ。
「これも使っとくか。『
〈黄金の魔女〉の
恐れはより強い恐怖へ、怒りはより激しい憤怒へ、自らの強さへの自負は無謀な突撃へと駆り立てさせる。
殆どの兵士達が秩序なく自分勝手に動き出したことで、遠征軍の命令系統は完全に崩壊した。
様々な感情から野営地に出現したエキドナの姿を直視していた兵士達の視界を介して、〈恐怖〉〈誘惑〉〈腐敗〉〈精神汚染〉などといった効果がある〈愛欲〉の魔力が送り込まれていき、彼らの心身を蝕んでいく。
「LUAAAAaaaaーーッ!!」
浄化処理が施してあるとはいえ、純正に近い〈愛欲の魔王〉の魔力が使えるエキドナは強力な兵器だ。
エキドナの魔力が込められた咆哮を至近距離で受けた兵士達は、自らに起きた異常を認識する間もなく身体がドロドロに
融けた兵士達の身体は、次の瞬間には竜頭の狼へと姿を変質させて再構成されると、元仲間の兵士達へと襲い掛かっていった。
「こうして実戦で見ると結構エゲツない力だな」
錬装剣という魔王の力を掲げるハンノス王国へ味方するウリム連合王国への皮肉を込めて、魔王由来の力を持つ兵器であるエキドナを使ったのだが、期待以上の性能を発揮していた。
錬装剣とは違って魔王本体の力ではないのと、徹底した各種安全化処置によって使用者の心身に危険が及ぶことはない。
それでも、他人からすれば錬装剣と同類の危険物にしか見えないのは間違いないから、今後も暗躍用兵器としてしか使えないだろう。
「貴様ら何を好き勝手に動いとるか! 全員儂に従って動け!」
その場から移動せずとも被害を拡大させるエキドナの元へ、少し離れたところにいて初動が遅れた影の英雄達が到着した。
暗躍部隊〈護国の暗灯〉のリーダーにして影の英雄達の支配者とも言われる
どうやら
他の二人の影の英雄も戦闘態勢を整えているのを見下ろしつつ上空からの観戦を続けた。
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