第249話 グロール要塞攻略前の準備



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーお久しぶりです、カイル様。アークディア帝国からウリム連合王国の足止めを命じられたそうですね?」


「……一週間前の補給以来だな、グリム。私達も昨夜に帝国の使いから聞かされたばかりだというのに、随分と耳が早いことだ」


「帝国には独自の伝手がありますので」



 アークディア帝国がハンノス王国へ侵攻を開始してから半月が経った。

 今日は分身体ではなく、黒い四つ目の仮面で素顔を隠したグリームニルの姿をした本体で、ハンノス王国の反政府組織リベルタスの元を訪れていた。


 リベルタスを率いるカイルは、ハンノス王国の王族の血だけでなくアークディア帝国貴族の血も引く半魔角族だ。

 アークディア帝国にとって血筋や境遇など含めて色々と都合の良い人物であり、此度のアークディア帝国とハンノス王国の戦争を機に帝国とは協力関係を結んでいる。

 ただし、彼我の力関係と戦後を見据えて良好な関係を築く意図などもあって、今回のようにリベルタスの動きはアークディア帝国の意を汲んだものとなっていた。

 


「ふぅ。それで? 何の用で来たんだ? まだ物資には余裕があるぞ」


「いえ、補給の件ではありません。お忙しそうなので簡潔に申しますと、リベルタスだけでウリム連合王国の足止めをするために武器などはいかがですか? という提案、もとい営業で参りました」


「武器だと?」


「はい。刀剣型の魔導具マジックアイテム、所謂魔剣でございます。縁があって大量に仕入れることができましたので、カイル様がお望みでしたら特別にリベルタスに卸させていただきますよ」


「魔剣か。確かに彼我の戦力差に不安はあったが……後払いツケか?」


「いえ、流石に物が物ですのでコチラは即日現金払いでお願いしたいですね。リベルタスの活動を支援してくださってる方々のおかげで、魔剣を購入できるだけの資金はお持ちのようですので」


「……本当に耳が早いな」


「恐れ入ります。コチラが魔剣一振りあたりの価格になりまして、記載されているように三つの等級ごとに複数のタイプ別に価格が異なっています。各タイプから一つずつプレゼントを兼ねて試供品をお持ちしましたので是非ご確認ください。カイル様から見て左から右へと等級が上がっております」



 カイルに価格表を手渡すと、目の前のテーブルに九つの魔剣を取り出す。

 彼から見て左から希少レア級、宝物プレシャス級、遺物レリック級と等級の低い順に並べていく。



「最も低い希少級の魔剣はご覧の通り身体強化タイプと属性放射タイプの二つをご用意致しました。真ん中の宝物級はこの二つの複合タイプが加わっています。等級が最も高い遺物級には、先の三つのタイプには含まれない固有の能力を持つタイプの魔剣が追加されており、このタイプが最も金額が高くなります」



 属性放射の属性や身体強化の度合い、そして種類別の固有の能力などから三等級の魔剣の種類は全部で三十種類ほどある。

 各々の金額と能力の詳細は価格表に記載されているため、目の前に置いた九種類から魔剣の質について大体の目安は付くだろう。



「私はあまり詳しくはないのだが、魔剣にしては随分と安いな?」


「カイル様とリベルタスの皆様のために頑張らせていただきました」


「そうか。まぁ、そこは素直に礼を言おう。いつまでに返事を出せばいい?」


「本日中は難しいでしょうか?」


「正直言って厳しいな。現在王国領内を進軍してきている援軍の第一陣については大体のことは判明しているから迎え討つのに必要な戦力は計算できる。だが、後続の第二陣については不安要素となる情報があってな。現状では予測が付かないのだ」


「不安要素ですか?」



 ハンノス王国の同盟国であるウリム連合王国が、既に援軍として送った先発隊である第一陣に続いて第二陣の援軍も向かっているのは知っていたが、不安要素なんてあったかな?



「ウリムに潜入している仲間からの情報だと、第二陣にはウリムの影の英雄達が同行しているらしい」


「影の英雄、ですか?」


「グリムは知らないか?」


「真偽の怪しい噂程度でしたら聞いたことはあります。そんなに不安視するほどの力を持つのですか?」


「ああ。影の英雄というのは俗称でな。冒険者で言うところのSランク冒険者に値する英雄クラスの力を持ちながらも、様々な理由から表舞台に立たずにウリム連合王国のために暗躍する者達なのだ」


「様々な理由と言いますと?」


「先祖が犯した大罪の贖罪のために滅私奉公している者や、国が立て替えた借金の返済のせいで飼い殺しになっている者もいれば、違法に奴隷に落とされたと思われる者や洗脳を受けているらしき者、犯罪行為を見過ごしてもらう代わりに力を振るう者などがいるそうだ」


「確かに煌びやかな英雄像には似つかわしくない事情がある者達のようですね。その者達が参戦する可能性があるわけですか」


「そうだ。だから第一陣だけでなく、第二陣の足止めのための戦力がどれだけ必要か試算を出さなければならないのだ」



 本当に相手が英雄クラスならば、現状のリベルタスの戦力に幾ら魔剣を投入しても焼け石に水だろうな。

 英雄クラス付きの援軍が加わるのは帝国としても避けたいだろうし、俺のほうで処理するのが一番良さそうだ。



「そういうことでしたら第二陣の相手は私のほうで致しましょう」


「グリムがか?」


「私が、というよりも対処できる戦力を手配するといったほうが近いですね。サービスですので、リベルタスの方々はウリムの第一陣のみに集中なさってください」


「……恐ろしい奴だな」



 複数の英雄クラスを有する軍に対処できる戦力を手配すると簡単に言ったからか、カイルからそんなことを言われてしまった。

 俺も逆の立場だったら同じことを思っていただろう。



「褒め言葉として受け取っておきます。英雄クラスを有する軍ならば、色々と戦利品が得られそうですからね。商人としては気になるところです」


「そういうことならば第二陣については任せる。一応確認するが、そのことに対して何も要求はないな?」


「ご安心ください。先ほども申した通りサービスですので見返りは求めませんよ。強いて言うならば、第二陣の内部は当然ですが、その近辺にも人を置かないようにしてください。情報の拡散を防ぐことにも尽力しますので、命の保障は出来ません」


「承知した。すぐに撤退させよう。魔剣の購入については……三時間後ぐらいにまた訪ねて来てくれ」


「かしこまりました」



 これでリベルタスを巻き添えにすることはないだろう。

 後は、ウリム連合王国の影の英雄達とやらの詳細を調べてから対処方法について考えるとするか。

 受動的に得られる情報は眷属ゴーレムラタトスクに任せて、分身体では知っていそうな相手に聞いて回ろう。

 ヒルダ達商会幹部に尋ねるのは当然として、他にウリム連合王国や影の英雄達について色々知っていそうで、今すぐ気軽に聞くことができる相手といったらアナスタシアとヴィクトリアあたりかな。

 レティーツィアは色々としがらみがあるので気軽には聞き難いし、リーゼロッテは興味のない相手については表面的なことしか知らないタイプなので除外だ。

 まぁ、最低限のことさえ分かればいいので情報を尋ねる相手はこんなところか。

 第二陣がハンノス王国内に入るまで多少時間はあるし、魔剣を卸したら情報収集は分身体に任せて帝国軍の元に戻るとしよう。



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーこれは酷いな」



 ブレイズ要塞がハンノス王国による夜襲を受けてから十日後。

 占領に成功した都市の支配と管理に割いた人員などを除き、アークディア帝国軍は再度集結し全軍での侵攻を開始した。

 主要攻略目標であるグロール要塞を目前に控えた進軍経路上にある小規模都市に立ち寄ったところ、そこは焼け野原と言っていいほどに酷い有様になっていた。

 農地は勿論のこと、家屋や各種公共施設といった建物の全てが焼かれ廃墟と化している。



「貴族派が焼いたんだろうか?」


「いや、王国軍が帝国に橋頭堡……侵攻拠点を築かせないために自ら焼いていったそうだ。焦土戦術ってやつだな」


「徹底しているな」


「戦術面以外にも奪還されるぐらいならってのもありそうね」


「確かにありそうな話だ」



 せめてもの救いは人の焼死体は見当たらないことかな。

 流石に不意打ちで自国民ごと焼くことはしなかったらしい。

 

 

「お話中に失礼します、エクスヴェル卿。皇帝陛下がお呼びです」


「分かりました。すぐに向かいます」



 近衛騎士の一人が呼びに来たので焼けた街並みを眺めるのを止めてヴィルヘルムの元へと移動する。



「来たな。街並みの確認は済んだか?」


「はい。本当に酷い有り様でした」


「復興させるにしても、最低でも半年は掛かるだろうな」


「農地や井戸には毒も撒かれているようでしたし、完全な復興には年単位の時間が必要かもしれませんね」


「そうだな。まぁ、あくまでも普通の方法では、だがな。準備はいいか?」


「はい。事前に作った設計図通りでよろしいのですよね?」


「ああ」


「かしこまりました。では、さっそくはじめます」



 ヴィルヘルム達から少し離れてから手を地面に触れる。

 先日手に入れたばかりの【神魔権蒐星操典レメゲトン】を使う機会が得られたのは僥倖だ。

 この力を使えば建物だけでなく、駄目になった農地や井戸も含めて復活させるのは容易い。

 内包スキルの【神殿創造主】を発動させ、廃墟と化した都市と大量の魔力を消費して都市を再構築する。

 立ち昇る青白い魔力光と黄金の魔力粒子に照らされつつ、脳裏に浮かぶ設計図を元にした都市を現実世界に顕現させた。



[保有スキルの熟練度レベルが規定値に達しました]

[ジョブスキル【高位大工ハイカーペンター】がジョブスキル【最高位大工グランドカーペンター】にランクアップしました]



 おや? 思ったよりも熟練度が上がったな。

 【輝かしき天上の宮殿ヴァーラスキャルヴ】の【宮殿創造】では大して熟練度は上がらなかったが、【神殿創造主】では結構な量のスキル経験値が得られるようだ。

 先日のインゴット作りでも【高位彫金師ハイエングレイバー】が【最高位彫金師グランドエングレイバー】にランクアップしたし幸先が良い。


 十秒ほどの短時間で周りに都市が復活・生成されたことに夢とでも思ったのか、一部の者達が自分の頬を抓っているのが見える。

 【神殿創造主】の元となった【輝かしき天上の宮殿】の【宮殿創造】でブレイズ要塞を建てた際には一分以上掛かったことから考えると、ユニークスキルの等級が二つも上がったのは伊達ではないようだ。



「ブレイズ要塞の時よりも早いな」


「先日の夜襲騒動の時にまた一段と力が上がったからだと思います」



 端的に早い理由を答えると、ヴィルヘルム達と共に市内で最も立派な建物である屋敷へと移動した。

 ヴィルヘルム達と話し合って作った設計図通りに創造されているため、屋敷の外観も内装も全てアークディア帝国式だ。

 その屋敷の会議室にアークディア帝国軍の主要人物が全員集められた。俺もその一人である。

 俺達以外の者達は、再建したこの都市の施設の確認や防衛網の構築に駆り出されていた。

 少し高い上座に座るヴィルヘルムと、その眼下のコの字型のテーブルに座る俺達という位置関係の中、ヴィルヘルムに近い位置に座るアドルフが席を立ち口を開いた。



「ではこれより、主要攻略目標であるグロール要塞攻略の軍議を始める。進行役はアークディア帝国の軍務卿であり侯爵家当主であるアドルフ・ヴォン・アーベントロートが務めさせていただく」



 マルギットの父親アドルフの進行で軍議が始まった。

 グロール要塞までの距離と時間を踏まえると、この軍議で決まったことがグロール要塞攻略戦の大筋における最終決定になるだろう。

 まぁ、殆どは幾度となく話し合われた内容だ。

 本題はグロール要塞攻略戦とは別にある。


 始めに、グロール要塞に詰める最新の王国戦力の情報などが語られていく。

 ヴィルヘルムの近くにいた俺にとっては既知の内容ばかりだったので聞き流していると、話の内容は帝国軍の現在の戦力の話に移った。



「旧帝国領の奪還は殆どが完了した。領内の各要所に向かわせた各軍が受けた被害は比較的軽微だったのですが……一部の軍は負わなくてもいいレベルの痛手を負ってしまったようですな」



 室内にいる者達の視線が特定の二人に集まる。

 一人はアークディア帝国の派閥の一つ貴族派のトップであるギョノフ公爵。

 もう一人は元メイザルド王国の王太子であり、現アークディア帝国メイザルド伯爵領の領主であるメイザルド伯爵だ。

 軍議の場で晒し者になった二人の顔色は悪く、どうにか返す言葉を探すようにパクパクと口を小さく動かしていた。



「そ、それはだな……」


「相手側の戦力が想定以上でして……」


「ほう。要塞に籠り守勢であるはずの王国軍と平地戦をしたと?」


「い、いや向こうは籠城していたが」


「そうでしょうとも。ルヴェン要塞もグロール要塞も事情は違えど、自ら要塞を出てくることはないでしょう。必然的に王国軍と矛を交えるとしたら、その場所は城壁周りとなる。そのような状況になるには此方側が要塞を攻めない限りは起こらないと思われますが?」



 両名が命じられたのは、各々の要塞から領内の各所へと兵力が送り込まれないように足止めをすること。

 つまり、要塞側が兵を派遣してもしなくても両名の軍は守勢であるはずなのだ。

 だというのに自ら要塞を攻め、返り討ちにあっていた。

 


「わ、我がメイザルドが任されたのはルヴェン要塞の攻略だ。そのために死力を尽くしたが故の結果だというのに非難されるのか!?」


「メイザルド伯よ。確かに貴公への指示書にはルヴェン要塞の攻略と銘打たれてはいたが、最優先されるのはルヴェン要塞の戦力を要塞内に封じ込めることだとも記載されていたはずだが?」


「それは……」


「幸いにもその目的は果たされたが、主目標であるグロール要塞を攻める前に想定外の攻城戦を行い、無駄に戦力を消費したことには変わりない。違うかな?」


「……」


「両名共に指示書通りに要塞戦力の封じ込めには成功しているため罰などはない。だが、両軍の戦力の大幅な低下を考慮し、グロール要塞攻略戦では配置換えをさせてもらう。全軍の戦力バランスを整えるが故の配置換えだ。よろしいな?」


「……承知した」


「……承知、しました」



 予定通りの配置換えが終わると、向かい側にいるアドルフが此方を向く。



「さて、申し訳ないが、エクスヴェル卿にはルヴェン要塞戦力の殲滅を依頼したい」


「殲滅ですか?」


「うむ。本来であればルヴェン要塞の戦力を封じ込めた後に本隊の一部を派遣し一気に攻略する予定だったのだが、知っての通り全体の戦力が事前の想定よりも低下してしまった。グロール要塞へと向かわせる本隊の数を減らすわけにもいかないため、最強戦力を以て早期に攻略することとなった」


「よろしいのですか? 色々と」


「初戦のイション要塞攻略戦以降、攻城戦では力を振るうのを控えてもらっていたが、この際仕方あるまい。陛下より許可は得ている」



 視線をヴィルヘルムに向けると重々しく頷きが返ってきた。

 まぁ、アレだ。ここまでの全てがヴィルヘルムとアドルフの二人との事前の打ち合わせ通りのやり取りである。



「そういうことでしたら、今一度攻城戦で力を示しましょう。お許しいただけるならば、この軍議の後にでも落として参ります」


「頼む。ルヴェン要塞陥落を見届けるためにオレも同行させてもらう」


「承知しました」



 これでこの軍議の目的は果たした。

 ギョノフ公爵とメイザルド伯爵の力を削ぐことができたので、ヴィルヘルム達もグロール要塞の攻略に集中できることだろう。

 経験皆無なメイザルド伯爵は大きく戦力を減らしたが、老貴族であるギョノフ公爵が率いる貴族派の戦力は未だ十分な力を保持している。

 貴族派の規模的に仕方がないが、ギョノフ公爵の性格や貴族派の置かれている境遇からして、再度活躍の場を求めるはずだ。

 一体どうなることやら、と思いつつ、再開された軍議の内容に耳を傾けるのだった。

 

 

 

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