第246話 要塞への夜襲



 ◆◇◆◇◆◇



 ブレイズ要塞内の自室を飛び出して間もなく、敵襲を知らせる警報音が要塞内に鳴り響いた。

 程なくして転移阻害結界が破壊された音と味方の兵士達の喧騒が聞こえてくる。

 そんな様々な音を聞きつつ俺達は同じ建物内にいるヴィルヘルムの元へと向かった。


 此度の戦争において、俺は帝国軍の切り札としての役割以外にも皇帝ヴィルヘルムの護衛としての役割も担っている。

 前者はまだしも後者は近衛騎士団がいるため、切り札を使う局面においては前者の方が優先されるが、そうではない時に優先されるのは後者の方だ。

 そのような理由から、今はヴィルヘルムの護衛に加わるべく廊下を駆けていた。

 一分と掛からずヴィルヘルムの部屋の前に到着し、部屋の前で警護の任に就いていた近衛騎士に取り継いでもらうと、すぐにヴィルヘルムから入室許可が出てた。

 マルギットとシルヴィアを部屋の外で待たせてから入室すると、室内ではヴィルヘルムが近衛騎士達の手を借りて金飾が散りばめられた蒼の全身鎧である〈天高き栄光なる戦鎧ハイぺリュオル〉を装着している最中だった。

 部屋の外の近衛騎士の数が少ないとは思っていたが、残りはヴィルヘルムが鎧を装着する補助をしていたようだ。



「襲撃か?」


「はい。二名の八錬英雄が率いる五百名ほどの部隊による転移を使った襲撃です」


「ふむ。狙いは総大将である余か」


「そのようです」


「たった五百程度の数で夜襲を仕掛けるとはな。余が舐められているのか、それだけ自信があるのか……」



 ヴィルヘルムと話をしながら室内をサッと見渡してから隣接する使用人部屋へと視線を向ける。

 気配があったので【強欲なる識覚領域】で確認してみたところ、使用人部屋には慌てて服を着ている最中のメイドの姿があった。

 ヴィルヘルムが身の回りの世話のために城から複数人のメイドを連れて来ているのは知っていたが、どうやら全員がヴィルヘルムのお気に入りだったらしい。

 隣室にいる彼女以外のメイド達も朝方に姿を見かけた際に、身体にヴィルヘルムの魔力が染み付いていたので関係性は知っていたが、全員だとは思わなかったな。

 まぁ、皇帝として世継ぎを増やす以上に、帝位に就く条件の一つでもある希少種族である冠魔族を増やす目的があるのだろう。


 今回の親征が終わり、皇后アメリアが第一子を無事に出産したあかつきには、側妃を娶るという噂もある。

 従軍している各勢力が戦果にやっきになっているのは、この側妃の座に自分達の親族を送り込むためだと言っても過言ではないだろう。

 確実ではないが、どの家から側妃を選ぶかを決める一因になる可能性があるならば無理もない。

 皇帝ともなれば嫁全てを自分の好みでは選べないだろうから、今ぐらいはヴィルヘルムの好きにさせてやるべきだろう……。


 この世界の上流階級界隈での正妻(正妃、皇后)、側妻(側妃)、妾、愛人という呼称が持つ意味合いや責任などは、俺の前世の知識にあるモノとは結構違っている。

 正妻は、公の場に出る必要があったりするので、貴族令嬢など実家の家格の高い女性がなることが殆どで、妻達の中では最も強い権限を持っている。

 正妃といった正妻ポジションは普通は一人のみだが、諸事情により正妻が複数人いる家もあるらしい。当然ながら面倒事は一人の場合よりも多いため滅多にないとのこと。

 側妻は、正妻よりかはハードルが低いが、やはり公の場での顔見せなどがあるので社会的地位があり高水準の教育を受けている女性が多いが、力のある平民出の女性も多い地位だ。

 妾は、公の場への露出はないものの、法的にも妻として認められ夫にも責任が生じ、実家や社会的地位に関係なくなれはするが、公私での発言力は存在しないーー正確には家庭次第だがーーので妻達のヒエラルキーでは一番下ーーこれもまた家庭次第だーーになる。

 最後の愛人は、そもそも妻とは法的にも認められてはいないので責任も発言力も発生しないが、代わりに自由度は一番だと言えるだろう。

 まぁ、男側に責任を取って貰えない、または女側が家のことに関わりたくないなど愛人ポジションの理由は様々のようだ。

 ヴィルヘルムのお気に入り達の身分は低いが、それでも身籠った時はおそらく側妃の地位に就くことになるだろう。

 これは生まれてきた冠魔族の子を他家に嫁がせたり、新たに冠魔族の家を作らせる際に母親の地位が妾では低すぎるからだ。なお、愛人の地位は子の重要性からして論外だろう。


 どことなく容姿に皇后アメリアに似ている要素が見え隠れするメイド達が今後どうなるかは気になるところだ。

 俺にとっても他人事ではない界隈の話なので、個人的に注目していこうと思う。



「ん? どうした?」


「いえ、陛下も大変だなと思いまして……」


「親征を決めた時から総大将が命を狙われるのは分かっていたことだ。守りは十分に固めてあるから不安はないぞ。夜の時間を邪魔されたことだけが問題だがな」



 俺が言っていたのは別のことだが、まぁ、面と向かって言える内容ではないので指摘せずにそのままにしておく。

 ハイぺリュオルの装着を終えたヴィルヘルムが、続けて金字の刻印のある白銀色の剣身を持つ聖剣である〈轟き照らす雷光の聖剣ソルトニス〉が納められた鞘を腰に佩き、全ての戦支度を終えたのを確認してから声を掛けた。

 

 

「それでしたら、その問題を解決するために私が出向いて参りましょうか?」


「ふむ。リオンに任せればすぐに解決するだろうが……兵士達に経験を積ませる必要もある。だから、リオンは戦況が手遅れにならない限りは、手助けするのは最小限に抑えていてくれ」


「承知致しました。すぐに動けるよう私は城壁の近くに移動しておきます。よろしいですか?」


「ああ。アレクシア達が到着したら向かってくれ。その後に我々は司令室へ移動する」


「承知致しました。っと、ちょうど来ましたね」



 他の近衛騎士達と共に合流した近衛騎士団団長のアレクシアにヴィルヘルムの護衛を引き継ぐと、部屋の外にいるマルギットとシルヴィアを引き連れて城壁近くへと移動した。

 道中で二人に今後の動きについて説明しておく。



「城壁の近くというと、壁内の防衛塔?」


「そこが無難だろうな」



 襲撃を受けている最中の城壁手前にある防衛塔の一つに移動する。

 すぐに動けるように防衛塔の屋上まで移動してから城壁の外側へと視線を向ける。

 そこには五百を優に超える数の敵兵が城壁に群がっている光景が広がっていた。



「……五百人以上いるように見えるわね」


「敵に増援が来たのか?」


「いや、あの鎧甲冑達は全て〈動く魔鎧兵リビングアーマー〉だな。つまりは魔物だ」


「えっ、魔物?」


「リビングアーマーって中身が空洞の、魔物化した全身鎧だったわよね?」


「それそれ。錬剣の魔王はリビングアーマー系の魔物って話だから間違いなく錬装剣の力によるものだろう。あとは、錬装剣の力でリビングアーマーを転移させてもいるみたいだな。一応陛下に伝えておくか」



 予め戦争用に渡されていた通信系魔導具マジックアイテムを使ってヴィルヘルムに連絡を取り、相手がリビングアーマーを生成し兵力として使用していることを伝えた。

 加えて、そのリビングアーマーを転移で城壁の各所に直接送り込んでいることも伝えておく。

 魔物の生成能力には驚いていたが、俺への指示に変更はなかった。

 ただし、俺が手を出すハードルは大きく下げられたので、敵の危険性はちゃんと理解しているようだ。



「俺の動きに変更は無しだとさ」


「敵の数は増えても防衛設備は充実してるものね」


「だな。まぁ、流石に転移で城壁の上に現れるのは厄介みたいだけどな。多少被害は出ているようだが上手く対処しているよ」



 目が届く範囲で殺されそうになっている帝国兵にのみ、【黄金の眼望エルドラド】でリビングアーマーに不可視の衝撃波をぶつけて動きを邪魔したり破壊したりしていった。



[スキル【戦闘続行】を獲得しました]

[スキル【強制駆動】を獲得しました]



 それにしても、第六席が錬装剣から引き出している転移能力はかなり燃費が良いみたいだな。

 観察した限りだと、下級の攻撃魔法と同じレベルの魔力消費量でリビングアーマー達を転移で送り込んでいる。

 ただ、錬装剣で使える転移系能力であっても未知の場所へ転移させることは出来ないようだ。

 このブレイズ要塞は、前イション要塞を陥落させた後にアークディア帝国からの依頼を受けていた俺がスキルを使って丸ごと作り直しているため、ハンノス王国側からしたら未知の場所と化している。

 はじめ襲撃部隊が要塞から少し離れたところに転移してきたのは、ブレイズ要塞に張られている転移阻害の結界に阻まれたのもあるんだろうが、要塞内とその周りが未知の場所となっていて転移出来なかったのも理由だろう。

 現に転移阻害結界を破って以降も、肉眼で視認できる座標先にしか転移出来ていないことからも明らかだ。


 視認範囲を広げるために転移担当らしき第六席が前に出てきたら個別に狩るつもりだったが、流石に単独で動く危険性は分かっているらしく動きがない。

 リビングアーマーを次々と生成している第三席と共に、他の兵達に守られながら錬装剣の能力を行使し続けている。

 初戦で同僚が二人もやられたからか、夜襲を仕掛けたにしては慎重だな。



「……あ、二つの錬装剣が破壊されて、その分だけ他の錬装剣に宿る魔王の力が増したからこその燃費の良さか。なるほどね」



 異常なレベルでの燃費の良さの理由に思い至りスッキリとした気分になった。

 ここまで使い勝手が良くなるなら、今後も残りの八錬英雄達は強くなっていきそうだな。



「今更だけど、破壊せずに錬装剣自体を封印しては駄目なのか?」



 シルヴィアのこの問いは、俺だったら錬装剣を破壊せずとも八錬英雄を討てると思っているからだろう。

 隣にいるマルギットの様子を見るに、彼女も気になっていたようだ。



「錬装剣は魔王の力を引き出せるからな。そんな力を持つアイテムの封印も管理も万全とはいかないだろう。万が一、味方の兵士が操られて錬装剣を強制的に使わされる可能性だってある」


「そんな力が?」


「あるかもしれない。ま、一番の理由は宣伝活動プロパガンダだな」


「ぷろぱがんだ」


「ハンノス王国の八錬英雄や魔王の力など恐れることはない、という敵味方双方へのアピールのためってことだ。破壊された錬装剣は、それを示す物的証拠となる」



 まぁ、俺が錬装剣に宿る魔王の力の動きを知りたかったのが破壊した一番の理由だが、プロパガンダも嘘ではないので黙っていよう。

 実際、破壊された錬装剣の写真を載せた新聞は飛ぶように売れているしな。

 八錬英雄の死体のほうが錬装剣よりも確実な証拠ーー破壊された錬装剣は見た目そっくりの偽物を簡単に作れるからーーではあるが、流石に死体の写真を新聞に載せるのはナシだ。



「なるほど……」


「ということは、八錬英雄を倒す度に相手の力は増していくというわけね」


「おそらくな」



 視線の先では外壁の上に設置された魔導兵器マジックウェポン〈重魔導機銃〉がリビングアーマーに対して猛威を振るっていた。

 重魔導機銃という名称は、以前巨塔のダンジョンエリア内でセレナのレベル上げに使用した〈重魔導銃〉を、帝国軍に卸す際に変更した正式な商品名だ。

 要塞内に設置されている魔力炉と専用術式で接続されており、操作する兵士の魔力を消費することなく魔力弾を連射することができる。

 動く金属鎧であるリビングアーマーに有効な貫通式に設定された魔力弾が、次々と銃口から吐き出されていく。

 通常種のリビングアーマーはなす術もなく破壊されているようだが、上位種の〈動く高位魔鎧兵ハイリビングアーマー〉や亜種の〈動く重装魔鎧兵ヘヴィリビングアーマー〉などの上位個体達は重魔導機銃の掃射にも耐えているようだった。


 通常種以外のリビングアーマーは数こそ少ないが、それらの上位個体の所為で徐々に押し込まれつつあった。

 城壁の上でも転移で送り込まれてきた上位個体に兵士達は苦戦しており、時間が経つごとに被害が広がっているように見える。

 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップで検索したところ、リビングアーマー種だけでも既に千体を超えていることが分かった。

 今も数は増え続けており、五百人ほどの部隊だけで夜襲を仕掛けるだけの力はあるらしい。




「……流石に直接手を出すか。二人は城壁の上の強そうな奴を優先して狩っていってくれ」


「リオンは?」


「大元を叩く」



 簡潔に目標を告げると、防衛塔の屋上から城壁の外側に向かって跳躍した。

 さて、まずは士気を上げるとしようか。



 

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