第245話 奪還への動き



 ◆◇◆◇◆◇



 ハンノス王国のイション要塞攻略戦から三日後。

 ブレイズ要塞と名を改められた元イション要塞からアークディア帝国軍が出発した。

 手に入れたブレイズ要塞の防衛に部隊を割いても尚、帝国軍の兵員は十万を超えており、上空から俯瞰して見る光景はまさに圧巻の一言だ。

 ブレイズ要塞を出発した帝国軍が足を踏み入れた地こそ、かつてハンノス王国に奪われたアークディア帝国の領土であるためか、貴族平民問わず帝国人達は戦意に満ち溢れているように見える。

 そんな全軍の様子を崖上に聳え立つブレイズ要塞から眺めてから、踵を返して城壁の上を後にした。



「リオン様、お見送りはもうよろしいのですか?」



 ブレイズ要塞に新設した簡易飛行場に向かうと、従軍するドラウプニル商会の部隊の責任者の一人という形で同行しているシャルロットが声を掛けてきた。



「ああ、無事に出発していたよ。ま、お見送りと言っても城壁の上から眺めただけなんだが。こっちの搬入作業は順調か?」


「はい。飛空艇からの物資の搬入は順調です。物資一覧表との違いは今のところ確認出来ません」



 シャルロットが飛空艇を使って帝都から輸送してきた物資のチェック表を見せてきたので確認する。



「……うん。問題なさそうだな」



 停泊している飛空艇の方に視線を向けると、搬入作業を行なっているドラウプニル商会の従業員や作業員の中に混ざって、多数の真紅色の騎士達が物資コンテナを運んでいる姿があった。

 【鉄血の君主】の【血騎顕現ブルート・リッター】によって生み出し保管してある〈血濡れの紅騎士〉達を荷役に使うのは間違っている気はする。

 だが、元イション要塞占領後の敵兵の死体の運搬作業にも使ったから今更だった。


 死体の運搬に血騎士を使ったのは、今後戦場で使用する前に味方に周知しておきたかったのと、死体を運びながら死体に残る血を吸収するのに都合が良かったからだ。

 おかげで多くの血を確保でき、血騎士を大量に増員することができた。

 血を素材に兵を生み出す力は〈創造〉を冠する〈勇者〉らしい力だと判断されたようで、てっきり忌避されるかと思ったが杞憂だったようだ。


 引き続きシャルロットにチェック業務を任せ、搬入作業を視察していると同行するシルヴィアが声を掛けてきた。



「後方は大丈夫みたいだけど、前線は大丈夫なのかな?」


「進軍した部隊のことか?」


「うん」



 前の戦争の時と同様にマルギットとシルヴィアの二人が俺に同行している。

 ただ前回とは異なり、二人の格好は帝国軍や妖精騎士団の制服ではなく、ヴァルハラクランの制服として新たに作った軍服風の黒地に金飾の衣装を身に纏っていた。

 この違いについては所属や心境の変化なども理由だが、一番の理由はヴァルハラクランの宣伝のためだ。


 立て続けに色々な出来事が起こる所為で、せっかく新しい団員が入団したのにクランとしての大きな活動ができていない。

 チーム単位で神造迷宮に潜らせて、小規模ながら活動させたりしているのでクランの運営に困っているわけではないが、クランとして宣伝しておいて損はない。

 数多の人々が集まる戦場は様々な情報が飛び交う場所でもあるため、ヴァルハラクランの存在をアピールするにはちょうど良い機会だった。

 俺もコート型神器〈星坐す虚空の神衣ステラトゥス〉をヴァルハラクランのエンブレムが飾られた制服と同色の外装に変化させてから従軍しており、ステラトゥスの下にはクランの制服も着ている。

 否が応でも俺は注目を浴びるため、円を描く竜を背景に、剣の鍔の両端から鐘が吊り下がっている天秤剣の意匠は、既に多くの者達の脳裏に刷り込まれていることだろう。



「シェーンヴァルト公爵家なら戦力的にも大丈夫だろう。奪還を任された要所の攻略も滞りなく完遂するはずだ」


「叔父達のことは心配していないが、それ以外がな……」


「アーベントロート家も大丈夫だけど?」


「ええっと、マルギットの実家とかの帝国の有力武官の家は心配していないんだよ。ほら、帝国外とか新参とか非武官の家とかがな?」


「ふむ……」



 マルギットからの揶揄うような発言を受けて、シルヴィアが慌てて言葉を付け足した。

 帝国外というのはアークディア帝国の属国のことで、新参というのは前回の戦争後に強制的に属領化された旧メイザルド王国のことだろう。帝国に亡命してきた元王太子が領主となっている。

 最後の非武官の家というのは、正確には貴族派に属する家々のことを言っているのだと思われる。あそこの派閥に武官家は殆どいないからな。



「属国軍は戦果次第では宗主国である帝国に納める税が減るというのもあって結構な戦力を派遣してきている。攻略を任された場所は難所ではあるが、偵察して得た情報からの戦力比的にも失敗することはないだろう」


「メイザルドはどう?」


「メイザルド王国、いや、今はメイザルド伯爵領か。メイザルド伯爵家も爵位を上げるために必死みたいだからな。自業自得とはいえ、併合した元王家が伯爵家からのスタートなのはプライド的に許せないだろうし、死に物狂いで頑張るんじゃないか?」


「攻略できるとは言わないのね」


「メイザルドが任された場所は要塞だからな。断言はできないさ」



 初戦にして最大の戦場となったイスヴァル平原での一戦以外では、大して戦力が減じなかったメイザルドの力を削ぐには良い機会だからか、メイザルド伯爵家が任された要所はルヴェン要塞という堅牢な要塞だった。

 元イション要塞のように旧帝国領内に新たに建てられた要塞であり、万が一にもイション要塞が抜けられた場合の侵攻軍の足止めのために築かれている。

 足止めが目的なので無視して進軍するには位置が悪いが、このルヴェン要塞の戦力が動けないように封じるだけならばメイザルド伯爵家だけでも問題ないだろう。

 だが、ルヴェン要塞を自分達だけで攻略するとなると……被害は甚大なことになるだろうな。

 ただ睨み合ってるだけなら戦果としては不十分で爵位も上がらないが、人的被害も然程出ることはない。

 どちらに転んでもアークディア帝国にとって利になるあたり見事な采配だ。

 犠牲を払えば攻略できる程度の支援は行なっているのは意地の悪いとは思うが、個人的には嫌いではない。



「欲を出さなければ無事に済むだろうさ」


「無理でしょう」


「だろうな」


「んー、属国軍とメイザルド軍は分かったけど、最後の貴族派はどう思う?」


「シルヴィアはどう思うんだ?」


「……貴族派だけで主目標であるグロール要塞を攻略できるわけがない」


「貴族派の役割はグロール要塞から方々への援軍を足止めすることだぞ?」


「……我々だけで要塞を陥落させるぞー、とか息巻いていたんだが」



 シルヴィアからの指摘に無言で肩を竦めて返す。

 その貴族派の様子はシルヴィア達と一緒に見ていたので、俺も足止めだけで終わるとは考えていない。

 司令部からの命令を無視するのは大問題だが、要塞攻略と援軍阻止を目的とした足止めは両立するため問題にはならない。

 足止めのために要塞を攻めたと言い切ればそこまでだ。



「貴族派だけでかつての帝国の要塞を奪還出来たら快挙でしょうね」


「そうだろうなー」


「微塵もできるとは思っていないわね?」


「進軍速度からの予測だが、貴族派がグロール要塞に着く直前ぐらいに王国側の増援がグロール要塞に到着するからな。攻城戦なのに戦力だけでなく数の上でも上回られたら攻略は無理だろう」



 軍議でも話に出ていたので貴族派もこの情報は知っているはずなのだが、どう攻略するつもりなのだろうか?

 まぁ、貴族派にも強力な戦力がないわけではないから、もしかするとそれなりに良いところまではいけるかもしれないな。


 ブレイズ要塞に残っている戦力は俺達以外だと、皇帝であるヴィルヘルムとアレクシア達近衛騎士団、軍務卿であるアドルフのような軍の重鎮達と要塞防衛を担う帝国軍の一部のみだ。

 非戦闘員だとドラウプニル商会の従業員達や他の商会の者達などがいるが、当然ながらこの者達は戦力に数えることはできない。

 要塞占領後に各種防衛設備は帝国仕様に変更し強化してはいるが、軍の殆どの戦力を先に侵攻させるとは中々に剛毅な判断だ。

 これらの非常に早い動きによって、王国の増援がグロール要塞に派遣される頃には旧帝国領の大半は取り戻すことが出来ているだろう。

 じきにこのことはハンノス王国側も知ることになるだろうが、その後の王国が取る手は……。



「……遅くて一週間後、早くて三日後ぐらいか?」


「どうかしたのか?」


「いや、ちょっとな」



 動きがあるならそれぐらい時間が掛かると思うが、正確なタイミングを知るために王国の軍部とかに眷属ゴーレムを送り込んで情報を集めるとするか。



 ◆◇◆◇◆◇



 アークディア帝国軍がブレイズ要塞を発ってから五日後の深夜。

 ブレイズ要塞に敷かれた転移阻害結界の近くに多数の反応が転移してきたのを感知した。



「やっと来たか」


「リオンが言っていた襲撃?」


「ああ。二人は寝ていていいぞ」


「そういうわけにはいかないだろう」



 シルヴィアはそう告げると、マルギットと共に身を清めるために浄化の魔導具マジックアイテムを使用し、素早く下着などの衣類や装備品を身に着け始めた。

 そんな二人の姿を眺めつつ、【空気清浄】と【光煌の君主】の【聖浄煌輝】で室内の空気や寝具、俺自身の身体を浄化する。

 続けて、【無限宝庫】の瞬間着脱機能を使って下着からクランの制服まで全ての装備を一瞬で装着した。



「……リオンの瞬間着脱それって狡いと思うんだ」


「レンタルスキルに実装したら売れるかな?」


「当たり前だろ」


「間違いないわね」



 二人の率直な意見に耳を傾けながら、以前リーゼロッテにプレゼントした自作魔導具である〈着装の腕環〉のことを思い出した。

 商品化も考えていたアイテムだが、色々問題があってお蔵入りしてそのまま忘れていたが、今の二人には必要かもしれない。

 後で複製してプレゼントしておくかな。

 レンタルスキル化については後で構想を練っておくとして、二人を待っている間に襲撃者達の情報を集めることにした。


 【妖星王眼グラムサイト】の【世界ノ天眼ワールドアイズ】でブレイズ要塞の転移阻害結界の外側を確認する。

 転移によって現れたハンノス王国の兵の数は大体五百ほど。

 彼らが知るイション要塞よりも強化された今のブレイズ要塞を攻めるには少なすぎる数だが、この襲撃部隊には八錬英雄の第三席と第六席の姿があった。

 それでもなお少なすぎる戦力だが、何か切り札でもあるのだろうか?

 八錬英雄や錬装剣には真偽不明の噂が色々あるため、そのいずれかの力が事実ならば、侵攻軍の総大将であり皇帝であるヴィルヘルムがいるブレイズ要塞を奇襲するのも分からないでもない。

 視界の先で第三席が錬装剣に結界破りの力を宿らせたのを見つつ、準備を終えたマルギットとシルヴィアを引き連れて部屋を飛び出していった。



 

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