第239話 視察と護衛



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーというわけで、この生産ラインは明日から指定した品目に変更しておいてくれ」


「かしこまりました。期間はいつまでを予定しているのでしょうか?」


「取り敢えずは今回の戦争が終結するまでだな。保存食だから数が余るのは気にしなくていい。使い道はいくらでもあるから、勤務時間内は生産し続けてくれ」


「分かりました」



 神迷宮都市アルヴァアインの市内南東部。

 犯罪組織カルマダ壊滅の報酬として国から下賜されたスラム街の土地を、ドラウプニル商会が解体・再開発し、新たに築いたドラウプニル商会専用多目的区画〈ミッドガルド〉に視察に来ていた。

 今いる場所は、ミッドガルドの一画にある工場区画内の食品生産工場で、話している相手はそこの工場長だ。


 ここに来る前には、同じミッドガルド内にある農業区画でも似たような指示をしてきたので、少なくとも農作物に関しては不足する事態には陥らないだろう。

 農業区画には魔法や魔導具マジックアイテム、スキル、術式などを組み合わせることで一定範囲内の気候を好きに操作できるようにしたエリアがあるため、年中作物の収穫が可能になっている。

 農地の栄養状態や虫害なども同技術で解決しているので、農業区画で働いている元スラム街の住民達も頭を悩まされることは少ないはずだ。

 農業区画の方では、アークディア帝国軍に納品するインスタント食品や缶詰などに使うための食材だけでなく、ハンノス王国でクーデターを起こすつもりの反政府組織〈リベルタス〉に支給する食糧の分も育てさせている。

 やろうと思えば食材ですら生み出せるが、せっかくだから戦争特需に含めることで給料としての形で社員に金を流し、帝国経済の活性化に貢献してもらうことにした。


 工場区画では、現在は平時の勤務時間とは違い一二時間ほど残業してもらっているが、その分だけ手当を付けている。

 流石に終戦までずっとこのままというわけではないので、工場区画の者達には今暫く頑張ってもらうとしよう。



「ようこそお越しくださいやした、ボス! お元気そうで何よりでさ!」


「……キミも相変わらず元気そうだね、カルマン工房長」



 食品生産工場に続いて訪れたのは工場区画内にある大工房〈ヴァルカン〉だ。

 そこの工房長であるドワーフ族のカルマンが髭もじゃの笑顔と大声で出迎えてくれた。

 彼は工房名のヴァルカンの名の通り、かつてロンダルヴィア帝国にて三帝剣を作った人族の巨匠ヴァルカンの子孫だ。

 ヴァルカン自身は人族だったが、途中でドワーフ族の血が入り、カルマンはドワーフ族として生まれた。

 大陸中央部の中小国家群の一つにて凄腕の鍛治師として鍛冶屋を営んでいたが、色々あってスランプに陥り、やさぐれて呑んだくれていたところを拾ってきスカウトした。

 作品を見せたり殴ったり、鍛治技術を見せたり殴ったり、一緒に酒を呑んだり殴ったりして立ち直らせた結果こうなった。

 キラキラとした目を向けてくるのは変わらないが、兄貴と呼ばなくなっただけマシだろう。



「積もる話もあるが、この後予定が入っていてね。さっそくで悪いが視察をさせてくれ」


「勿論でさ! ご案内致しやす!」



 身長を除けば、前世のファンタジー作品に出てきそうなベタなドワーフ像であるカルマンに案内されて大工房内を見て回った。

 此方の工房は帝都のデニスの工房とは真逆の武具や兵器関係をメインで扱っている。

 ゴーレム技術を流用した自動生産工場エリアでは、安価かつ大量に低ランクの非魔導具の武具を量産している。

 その非魔導武具の一部は、下級製作エリアにて新米魔導具職人達の練習台として使われており、彼らの魔導具製作技術向上に役立てられている。

 中級製作、並びに上級製作エリアではそれぞれのレベルに見合った技量を持つ職人達が、一人または複数人で思い思いに魔導武具を製作し、その技術力を高めている最中だった。


 彼らの半数近くはカルマンと似たような経緯を経て此処で働いている。

 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】を使って大陸の各地から本気で探せば案外見つかるものだ。

 彼らが仕事で製作した物は勿論のこと、習作も売り物になるので、それらの作品はドラウプニル商会の店頭で販売している。

 まだヴァルカン大工房が本格稼働して一ヶ月ほどだが、現時点でも商会に中々の利益を齎してくれていた。

 職人達の技量が上がれば更に上質な商品が増えることだろう。


 時間があれば彼らに技術指導でもしたいところだが、この後は帝都まで移動してレティーツィアに会うことになっている。

 俺に用事があるとのことだが、一体何の用事だろうか。

 その他の作業エリアの視察も終えると、カルマンに戦争の兵站用の一般コモン級と希少レア級の武具の生産数の変更を指示した。

 帝国軍以外にも支給先が増えたので、食糧だけでなく武具の生産数も増やさなくてはならないからだ。

 そういった指示を終えてから大工房を後にして帝都へと転移した。



 ◆◇◆◇◆◇



 レティーツィアに呼ばれて赴いた紅玉宮では、レティーツィアと侍女のユリアーネ以外にも二人の女性がいた。

 その一人である皇帝ヴィルヘルムの正妃である皇后アメリアが俺の対面に座っている。

 アメリアの護衛としているのか、もう一人の女性は近衛騎士団団長であるアレクシアだ。

 おそらく身重の身体のアメリアのために同伴しているのだろう。

 そんな安静にしておかなければならない身であるアメリアから、とある依頼を受けた。



「陛下の護衛、ですか」


「ええ。ハンノス王国が此度の戦争に八錬英雄を全員投入することを国内外に発表しました。各個撃破ならまだしも、複数人を同時に相手にするには今の戦力では不安があります。だから、エクスヴェル卿には陛下の護衛を依頼したいのです」



 アメリアが不安になるのも無理もない。

 ハンノス王国の八錬英雄の強さはSランク冒険者に相当すると言われている。

 アークディア帝国を含めた各国の見解では誇張された戦力だと判断されているものの、噂に聞く錬装剣の能力を考えると使い手次第ではそれぐらいの強さはあるはずだ。

 アメリアも近い考えだからヴィルヘルムの護衛を俺に依頼しているのだろう。

 いや、レティーツィアを介してこっそり此処で依頼するあたり、俺への護衛依頼はアメリアの独断のようだから、単純にヴィルヘルムの身を心配しているだけかもしれないな。



「私達近衛が力不足なばかりに申し訳ありません」


「アレクシア達が悪いわけじゃないわ。私が陛下の安全を今以上に確保したいだけだから……」



 近衛騎士も万能の護衛というわけではない。

 戦争に向けて装備を支給したりもしたけど、それで強化されたのも従来の能力の延長でしかないし。



「護衛料をいただけるのでしたら私は構わないのですが、ご存知の通り今の私は賢塔国セジウムにも魔塔主として籍を置いている身です。陛下の護衛としてとはいえ、魔塔主である私が自国の防衛でなく国土奪還のために他国への侵攻に参加するのは、国際的に些か難しいかと思われます」


「エクスヴェル卿なら姿を隠したまま護衛できないかしら?」


「不可能ではありませんが、姿を見せないという制限がある以上できることは限られてしまいます。近衛騎士団をはじめとした他の護衛の方々との連携も取りづらいですし、護りが万全とはいかないかと思われます」


「難しいのですね」


「それならリオンが変装して兄上の近くにいるのはどうかしら?」


「変装か……」



 同席して話を聞いていたレティーツィアからの提案に少し悩む。

 あまり国に俺の変装ーー変化や変身というレベルだがーー能力を明かすのは、出来れば遠慮したいところだ。

 前の戦争の時も護衛としてヴィルヘルムに雇われたが、当初は秘密裏の護衛だったが相手側がSランク冒険者を雇っていることが分かってからは、隠れずに同じSランク冒険者の護衛として存在を明かしたんだよな。

 ……おや、そう考えるとSランク冒険者相当と公言している八錬英雄を投入してくるなら、実のところセーフなのでは?

 なんだか他にも色々と解決できそうな気がするぞ。



「ふむ……」


「リオン?」


「いや、よくよく考えてみたんだが、ハンノス王国がSランク冒険者相当と国内外に公表している八錬英雄を戦場に出してくるなら、俺が普通に参戦してもおかしくないのでは、と思ってね」


「それら込みでもセジウムの魔塔主を戦場に投入するのは拙いと兄上達は判断したんでしょう?」


「まぁ、それはそうなんだろうが、その八錬英雄達やハンノス国王が持っている錬装剣ってかなり危険なアイテムだから、そこを突けば堂々と参戦できるんじゃないか?」



 リベルタスのリーダーであるカウルが危惧していたように、錬装剣は魔王の力が封じられた大変危険な代物だ。

 実物を肉眼で確認して【情報賢能ミーミル】で大方解析したことで余人よりも詳細を知る俺も

 その危険性を把握している国は確実にいるだろう……例えば、エリュシュ神教国とかな。

 世界屈指の発言力を持つエリュシュ神教国のお墨付きを貰えれば、俺が参戦してもセジウムの顔に泥を塗らずに済む。

 それどころか、今後の展開次第ではセジウムの株を上げることにも繋がりそうだ。

 唯一の懸念は、エリュシュ神教国が錬装剣の危険性を把握していなかった場合だが、以前からハンノス王国は錬装剣に封印されている魔王の力を扱えることを公言しているから大丈夫だろう。

 伏せる情報は伏せた上で、そういった旨をレティーツィア達に話した。



「……いつの間にかハンノス王国に行っていた件は横に置いておくとして、錬装剣の危険性を利用してエリュシュ神教国から参戦の後押しを得るのは良い案ね」


「そうだろ?」


「隠れて護衛するよりは、前みたい表立って護衛して貰えた方が義姉上も安心できるわよね?」


「ええ、私もその方が安心できるわ」


「でしたら、今から伝手を使って交渉してきますよ」


「今から向かうの?」


「ああ。すぐに期待通りの返事が貰えるとは限らないから早めに動かないとな。長引くにしても出兵式には一度戻るよ」


「国の事で交渉しに行くなら兄上にも一筆書いて貰うわ。その方が早いでしょう」


「確かにな。じゃあ、頼めるか?」


「ええ。というよりも、私も行ったほうがいいんじゃない?」


「んー、個人的な伝手を使って話を通しに行くからな。皇妹であるレティも同伴していたら話が大きくなって時間が掛かるかもしれん」


「それもそうね。それなら任せるわ。あと、伝手の相手って女性よね?」


「さてね。そこは秘密だ」



 レティーツィアからの鋭い指摘を流しつつ、今後の段取りについて考える。

 これで正式にエリュシュ神教国に赴く理由ができたので、ヴィクトリアに接触しても不思議には思われないだろう。

 エリュシュ神教国に二人しかいない英雄使徒に伝手があること自体がおかしいのだが、そこはどうにでもなる。

 毎晩連絡してきて長話をするヴィクトリアと、少し経つとわざと俺達の邪魔をしてくるリーゼロッテによる、通話魔導具越しのマウント合戦も多少は沈静化するはずだ……たぶん。


 うーむ。なんとなくだが、向こうに行ったら行ったで大変そうな気がするな。

 緩衝役になるかは分からんが、エリュシュ神教国が地元である〈聖女〉のシャルロットも連れていくか。

 実家への里帰りをさせる時間が取れるかは分からないが、魔王絡みの話だから説得材料になりそうな彼女がいれば話が進みそうだ。

 

 

 

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