第240話 神星使徒



 ◆◇◆◇◆◇



 エリュシュ神教国は大陸のほぼ中心に位置する大国だ。

 加護や祝福といったモノにより間接的にだが実在することが確認されている神々と、その神々が生み出した巨塔こと神造迷宮と世界を崇める神塔星教の総本山がある宗教国家でもある。

 その世界的影響力の高さから中立国家随一の規模と発言力を有しており、各地の支部では人々の怪我や病の治療の他、結婚や葬祭を執り行うなど人々の生活に根付いた活動が行われている。

 神塔星教そのものと言っていいエリュシュ神教国も戦力ーー軍事力とも言えるーーを保有しているが、その主な使い道は魔物による大災害などへの対処や討伐だ。

 そのため、基本的には人間同士の争いなどに投入されることはない。

 昨年の旧ナチュア聖王国への進軍については、中立国家としても教義としても黒に近いグレーゾーンなのだが、旧ナチュア聖王国の自業自得な面が大きいので国際的に然程問題視されていなかった。

 ま、そのためにアンデッドによる被害や謎の病の流行など介入できるキッカケを作ったので、そうでなくては困るんだけどな。


 そんなエリュシュ神教国が保有する戦力の最たるものが、神の加護を賜った者達である〈使徒〉だ。

 神の加護は誰もが授かれるわけではないため、ある意味では神に認められた証だとも言える。

 故に、神教国において神の加護持ちを意味する使徒の社会的地位は高く、使徒の中でも戦闘系技能を持つ者達の地位は、そのまま神教国内における武の地位に等しい。

 エリュシュ神教国に属する使徒達は、他国に属する使徒と区別するために〈神星使徒〉と称され、多くの信徒達から信仰と尊敬を集めていた。

 他にも神の加護が無いので神星使徒でこそないが、神教国に属するSランクやAランク冒険者に相当する強者達や神官戦士、聖騎士などもいるため、その総戦力は大陸一といっても過言ではないだろう。



「ようこそ、エリュシュ神教国へ。会いたかったわ、リオン」


「俺も会いたかったが……とんだサプライズじゃないか」


「初めが肝心なのよ。こういうのはね」



 そう簡潔に告げたヴィクトリアがいるのはエリュシュ神教国の首都〈神都デウティアス〉の外壁の正門前広場。

 そこには神星使徒のトップの一人である英雄使徒のヴィクトリアだけでなく、次点の上級使徒や中級使徒、下級使徒達が大勢集まっていた。

 現在の神都内にいる神星使徒は、SSランク冒険者に相当する英雄使徒が二人、上級Sランク相当の上級使徒が八人、Sランク相当の中級使徒が二十人、Aランク相当の下級使徒が五十人ほどであることが分かっている。

 仕事中の者もいるので全員が集まっているわけではないみたいだが、都内にいる神星使徒の殆どがこの場に集結していた。


 神教国に交渉しに向かうのにアポ無し訪問をするわけにはいかないため、俺が戦争に参戦するお墨付きを貰うことを思い付いた翌日である今日来訪している。

 昨夜のうちにヴィクトリアに話を通した際に、来訪する時間と場所を指定されたのだが、これは少し予想外だったな。

 


「無理に集めたんじゃないだろうな?」


「暇な連中しか集めていないわ。それに私が言ったら皆快く引き受けてくれたのよ」


「何と言ったんだ?」


「重要人物が来訪するから出迎えるのを手伝うように、って言ったわね。リオンの立場的に嘘じゃないわよ」


「まぁ、確かにな」



 えっと今の俺は、大国アークディア帝国に属する唯一の〈賢者〉で、賢塔国セジウムの権力者である六人の魔塔主の一人で、Sランク冒険者……後は神の試練に該当する巨塔こと神造迷宮の特殊徘徊主ワンダリングボスの討伐を達成した者かな?



「続きは後でいいでしょう。皆ご苦労だったわね。彼らは私の方で歓待するから、貴方達はもう解散していいわよ。助かったわ」



 簡単に他の神星使徒達を労うと、ヴィクトリアは俺の腕を取って用意してあった馬車へと無理矢理引っ張っていく。

 心情的には引き摺られている気持ちで馬車に向かいつつ、神星使徒達の方へと意識を向けた。



「おい。他の奴らがショックを受けてるぞ」


「そう? 何でかしらね」



 どうやらヴィクトリアは本気で彼らに興味がないらしい。

 察するに、老若男女問わず多くの信徒達から崇められている絶世の美貌を持つ女神の如き存在が、見知らぬ男の腕を取って嬉しそうに笑顔を浮かべているのがショックだったのだろう。

 これまで色恋沙汰が皆無だったらしいヴィクトリアに明確に男の影があったのだから無理もない。

 当事者の身でこんなことを思うのもなんだが、哀れだな……。

 神星使徒達だけでなく、まるで周りの者達に見せ付けるようにくっついて歩き……いや待てよ。さては、コレが狙いか?



「……腹黒くなったな」


「何のことか分からないわね」



 リーゼロッテを連れて来なくて正解だったと思いながら、先ほどまでとは中身の異なる意味深な笑みを浮かべるヴィクトリアと共に馬車に乗り込む。

 続いて、これまでの俺達二人や神星使徒達の様子を面白そうに眺めていたシャルロットも馬車に乗り込んできた。

 こっちもこっちで良い性格をしている。

 昨晩、シャルロットの同行をヴィクトリアに告げた時に知ったが、シャルロットはヴィクトリアの親戚にあたるそうだ。

 種族的に不思議ではないが、それ以外の部分でもなんか納得してしまった。



「シャルも久しぶりね。二十年ぶりぐらいかしら?」


「十三年ぶりになります。お久しぶりです、ヴィクトリア様」


「自分の〈勇者〉を探しに国を飛び出したとは聞いていたけど、見つかったのね」


「はい。一目見てリオン様がそうだと理解できました」


「私のリオンの〈聖者〉が親戚であるシャルだなんて、面白い偶然よね」


「ヴィクトリア様との縁がリオン様へと繋がったのかもしれません」


「そうかもしれないわね」



 俺が主題だが、二人の会話には混ざらずに走る馬車の窓の外で流れていく景色へと視線を向ける。

 綺麗な街並みだナー、と軽い現実逃避をしながら、ヴィクトリアの屋敷に到着するまでの道中に広がる神都の歴史を感じる景観を楽しんだ。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇



 エリュシュ神教国に滞在して三日目。

 想定していたよりも早くに神教国のトップである教皇に謁見することができた。



「アークディア帝国とハンノス王国による戦争のことは私達も把握しております。帝国の賢者であり賢塔国セジウムの魔塔主でもあるエクスヴェル卿が、両国間の戦争に参戦する大義名分の後押しを得るために神教国に来訪されたとアークディア皇帝陛下からの書状より伺っていますが、相違ありませんか?」


「相違ございません、教皇聖下」



 教皇との謁見は、他国の者との謁見に使われる中央神殿の大広間にて行われている。

 謁見の間にいるのは年齢不詳の墜天族の美女であるアルカ教皇と俺だけでなく、十二人の枢機卿と各神派の大司教達が勢揃いしていた。彼らの中には以前会った光神派の大司教の姿もある。

 彼ら以外にも壁際には多数の聖騎士達が立ち並び、アルカ教皇の横には英雄使徒〈天弓王〉ジークベルト・アルクス・イェーガーが、そして俺の横には同じく英雄使徒〈熾剣王〉ヴィクトリアと帝国から同伴しているシャルロットがそれぞれ同席していた。

 思っていたより大事になっているが……これでは皇妹であるレティーツィアを連れて来なかった意味がないな。



「ハンノス王国に古くより伝わる国宝たる九つの錬装剣の危険性については、私共でも把握しております」



 詳しい事情はアークディア帝国皇帝たるヴィルヘルムからの公式な書状と、神教国の英雄使徒の座にいるヴィクトリアから事前に直接口頭でアルカ教皇に伝えてもらっている。

 同席する人数の多さこそ予想外だが、根回しのおかげで話が早いのは予想通りだ。



「此度の人類同士の戦において、魔王の力が封じられた錬装剣が使用されることで〈錬剣の魔王〉が復活する可能性が高いと、先日神託がありました」



 神託か。確か、どこぞの神の加護持ちが稀に発現するという予言の力によるものだったかな?



「やはり錬剣の魔王は滅んでなどいないのですね?」


「ええ。ハンノス王国が言っているような事前に力を抜き取った上で分割して封印し、魔王を弱体化させてから討伐したという事実はありません。神教国に残っている記録には、魔王を無形の力の塊に変換し、それから九つの封印剣に分割して封じた、と記述されています」



 大体のところは解析した錬装剣ーー封印剣の仕組みと同じだな。



「私が個人的に調べた範囲ですと、錬装剣を壊す度に封じられていた魔王の力は残りの錬装剣へと転送され封印を続行する仕組みになっているようです」

 

「なるほど。流石は賢者に至るだけはありますね。封印剣が九つも用意されたのは、それだけの数に分けて封印しなければならなかったからのようです。封印の器が九つを下回ると、その分だけ残る封印剣に負担が掛かります」


「それを繰り返した末に封印を破り、魔王が復活するということですか」


「神託によれば、その可能性が非常に高いとのことです」



 俺は状況証拠からの予測ではあるが同意見だな。

 噂に聞く力なら錬装剣が破壊されることはほぼ無いはずだが、かの剣と魔王の力の詳細を知った時から俺が介入することは確定している。

 おそらく神託にあった魔王の復活は、俺が秘密裏に錬装剣を破壊していった末の復活なのかもしれないな。



「やはりあの国に魔王の封印を任せるべきではなかったのだ!」


「今からでも戦争を止めるべきでは?」


「戦を止める権限など我らにないだろう。止めるべきは錬装剣の使用についてだ」


「それこそ奴らが聞く耳を持つわけがないだろう! 自分達が世界で一番正しいと思っているような民族だぞ!」


「おい、言い過ぎだ」


「事実だろ。あの二枚舌共に道義を説いたところで自分に都合の良い解釈をして魔王の力を振るうだけだ!」


「まぁ、否定はできんが……」



 この場にいる枢機卿や大司教達も魔王復活の可能性が高いことに騒めいている。

 というか、ハンノス王国って神教国のお偉方にも嫌われてるんだな。

 やはり、どれだけ巨大な力を得ても最低限の節度は必要なのだということが改めて分かる。

 この空気なら後押しは受けられそうだ。



「お気持ちは分かりますが、お静かに」



 アルカ教皇の魔力の込められた言葉を聞き、騒いでいた者達が口を閉ざした。

 静かになったのを確認してからアルカ教皇が言葉を続けた。



「ところで、シャルロット嬢」


「はい、聖下」


「聖者である貴女の勇者様は、漸く見つかったようですね。おめでとうございます」


「ありがとうございます」



 アルカ教皇とシャルロットの会話の意味に気付いた者達の視線が俺へと集まる。

 この後の話の流れは大体分かったな。



「魔王を討つには、魔王特効を持つ勇者が最適でしょう。シャルロット嬢。貴女の勇者様は、復活を予言されている錬剣の魔王に勝てますか?」


「それは……」



 シャルロットが言い淀むのも当然だ。

 彼女は錬剣の魔王がどれほどの力を持つかを知らないし、俺に関しても先日の大陸オークションでの騒動の時に明かした力しか知らない。

 ま、それならそれで今ある情報を明かせばいいだけだ。



「先日の戦いのことを明かしてもいいぞ」


「……よろしいのですか?」


「ああ、問題ない」


「かしこまりました」



 俺からの許可を得たシャルロットが大陸オークションでのことをアルカ教皇達に明かした。

 【意思伝達】で神刀など一部の情報は伏せるようには言ったが、大魔王の眷属を討ったことと、一部とはいえ現出した大魔王の力を撃退したのが伝われば十分だ。

 シャルロットから先日の騒動における俺の力が説明される度に、枢機卿や大司教達からは大小様々な反応が返ってくる。

 その一方で、アルカ教皇は相槌を打つように小さく頷くだけで反応は希薄だ。

 関心が無いわけではないようだから、おそらくは既に知っている情報なのだろう。

 この後の展開がどうなるかは分からないが、悪いことにはならなさそうだ。

 



 

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