第238話 リベルタス
◆◇◆◇◆◇
ハンノス王国の首都ソヤルの王城前にある大広場。
その大広場を埋め尽くさんばかりに集まった民衆が見上げる先にはハンノス王国の国王がいた。
ハンノス王は厳格そうな見た目をした初老ぐらいの年齢の人族の男だ。
王城のバルコニーから姿を見せるハンノス王から、アークディア帝国より宣戦布告を受けたことと、それに対する遺憾の意を示すとともに侵略者を討ち滅ぼしてくれるなどといった威勢の良い言葉が発せられている。
ハンノス王が携えていた豪奢な剣を天に掲げると、王城前に集まった民衆が沸き立った。
「アレが〈錬剣の魔王〉の力を封印していると言われている〈錬装剣〉……の一つか」
錬剣の魔王と言えば、前回の戦争時に敵国の王子かなんかが使った呪剣も錬剣の魔王関連のアイテムだったっけ。
その呪剣などの過去に錬剣の魔王が生み出した刀剣類には、〈錬魔の剣〉という総称がつけられているため、錬装剣の出自や名称との違いが地味に紛らわしい。
ハンノス王が錬装剣を掲げるのに続いて、ハンノス王の護衛についていた八人の男女も同じように剣を掲げる。
この八人の護衛達が掲げる剣もまた錬装剣のようだ。
「この錬装剣と八錬英雄達が、悪辣なる帝国を悉く討ち滅ぼし我らが土地と民を守護することだろう!!」
「「「英雄王、万歳!!」」」
「「「八錬英雄、万歳!!」」」
ハンノス王の力強い言葉に民衆の盛り上がりも最高潮に達していた。
民衆から八錬英雄と称された八人の男女が持つ錬装剣は、英雄王ことハンノス王が持つモノほど強さも見た目も派手ではない。
だが、遠目から見ても普通の剣ではないことが分かるほどの存在感は放っていた。
これまでに集めた情報によれば、ハンノス王国は錬剣の魔王を滅ぼした英雄によって建国された国らしく、王族は民から英雄の一族と称され崇められている。
どこまでが本当かは不明だが、魔王を滅ぼす過程で力を封じ込めた封印具たる錬装剣の存在が、その建国に至る偉業の信憑性を高めていた。
この九つの錬装剣には錬剣の魔王の力が分割して封印されており、所有者はその封印されている力を振るうことが許されている。
錬装剣が剣の形をした封印特化型の
武器としての性能は封印された力頼りではあるが、その力をどれだけ引き出せるかは所有者次第のようだ。
「中々ユニークな設計思想の封印具だな。俺だったら危険性から作ろうとは思わないけど、これはこれで面白い」
王城のバルコニーと大広場を見通せる位置にある建物の屋根の上からハンノス王による演説を眺めつつ、【
錬装剣に使われている術式設計は、簡単に言えば『空間的に隔てた固有の空間から力を引き出し、専用の器にて使用する』というものだ。
この術式設計は神器〈
術式の改良は必要だが、母機となる神器を隠蔽することにも繋がるし、前向きに検討し開発を行うべきだろう。
「欲を言えばサンプルが欲しいところだが……機会があれば狩るか」
仮に今この時、王城に向かって戦略級攻撃魔法を放った場合、ハンノス王や八錬英雄の内どれだけの数が生き残るだろうか?
無論、アークディア帝国が此度の戦争を行う意味を考えれば勝手なことはできないが、ふとそんなことを考えてしまう。
そういった物騒なことを考えたりしていると、視界の端に表示していた【
予めマーキングしていた一つの光点が大広場から離れていくのが確認できる。
「さて、尾ける前に飲んでおくか」
移動する前に、先日の【
限定解放を行なってから今日で十日目。
何度か飲むのを忘れたものの、もう少し続ければ完治しそうな感じだ。
十時間は間を空ける必要があるので今の時間をメモしてから、【隠神権能】による不可知状態を維持したまま空中を歩いて光点の後を尾けていった。
◆◇◆◇◆◇
「ーーそうか。やはり、国は真っ向から帝国軍を迎え討つつもりか」
王都から遠く離れた場所にある町の路地裏。
その路地裏の一角にある家屋の一室にて、一人の男が溜め息にも似た重みのある呟きを漏らしていた。
まだ若々しさの残る壮年の男は一度小さく息を吐き出すと、報告してくれた目の前の女性に対して口を開いた。
「サラ。彼らは錬装剣を持っていたか?」
「はい。力を誇示するように掲げていました。ハンノス王の言葉通りなら、今回の戦争には八錬英雄を投入するものと思われます」
「くそっ! 魔王の力を封じた剣を実戦で使うなんて。何の為の封印具だと思っているんだ」
「カウル様……」
サラと呼ばれた女性が敬称を付けて呼ぶことから、カウルという男はサラよりも地位や立場が上であることが察せられる。
「でも、今更じゃありませんかね? 封印した初めの頃こそ安置場所を秘匿した上で厳重に管理していたみたいですけど、帝国の反対側の……あー、何とかって国に侵攻した時には実戦で使っていたって記録にありますし」
「エリク、カウル様はそういうことを言ってるんじゃないのよ?」
最初からカウルと共に室内にいたエリクという男の発言にサラが憤っている。
だが、サラのこの過敏な反応には慣れているのか、エリクは肩を竦めながら言葉を返す。
「分かってるとも。俺が言いたいのは、過去の王族が既に使用して結果を残しているのだから、カウル様がどれだけ正しいことを言っても聞く耳を持ちませんよ、ってことさ。誰でも一度手にした富や力は手放し難いだろ。それが国家規模ともなりゃ、傲慢にもなるし強欲にもなるだろうさ」
「エリクの言う通りだ。私がいくらここで嘆いても過去も現在も何も変わらない。錬装剣を背景に地方や属国への圧政を行い、中央にのみ富を集中させる今の国の在り方を変えたいのなら、行動で示すしかないだろう」
「カウル様、それでは?」
「ああ。ハンノス王国とアークディア帝国の戦争を利用して現体制を打倒する。そのためならば、父王や兄弟達を討つことも厭わない」
「ご安心ください。私達がカウル様をお支え致します」
「我ら同志一同その言葉を待っていました。やってやりましょう!」
カウルの覚悟を決めた発言にサラやエリク、そして黙って三人の会話に耳を傾けていた他の者達も、思い思いにカイルへの忠誠の意を示していく。
よく見れば、彼らの中には人族ではない者達もいた。
彼らは敗戦国から連れて来られた他種族自身ではなく、その子や孫といった第二世代以降に該当する者達だ。
国籍がハンノス王国にある者やその他の国の出身者など、アークディア帝国に戸籍がない者であるため帝国の諜報部による救出作戦の対象には入っていなかった。
隔世遺伝で他種族の特徴が身体に出たことで捨てられた過去を持つ貴族の子息や、高齢の貴族の元に後妻として嫁がされそうになったところを逃げてきた令嬢など、メンバーの中には特権階級の家に生まれた者達もいる。
彼らのリーダーであるカウルも現ハンノス王の息子として生まれたが、母親が奴隷の魔角族という出自と彼自身の種族が半魔角族であったことから、成人して間もなく辺境に追放されたという過去があった。
「皆ありがとう。では早速だが、今後の動きについて話し合おうか。サラ」
「はい。これまでの活動により、幾つかの地方や属国の有力者からの協力の確約は取れています。なので兵力に関しては最低限確保出来ているかと思われます。差し当たっての問題は物資ですね」
「やはり問題はそこか……」
追放された王族であるカウルをリーダーに据えた、地方や属国、そして他種族の血を引く者達による現ハンノス王国の支配構造の打倒を目指す組織〈リベルタス〉。
その構成員と行動方針から分かるように、王国内からは満足な支援が受けられない。
中央に富が集中しているということは、地方や属国は資金も物資も余裕がないということになる。
厳しい財政の中でも秘密裏にリベルタスを支援してくれている有力者や商会はいるものの、未だ足りない物は多かった。
「アークディア帝国からの支援は?」
「先日の救出作戦の際に、密かに支援物資を置いていってくれました。ただ、帝国も今回は昨年の戦争以上の数を動員するため物資に余裕はないとのことです。なので、次の帝国からの支援がいつになるかは未定になります」
「向こうの事情を考えれば仕方がないか……小規模の要所ならば制圧できるか?」
サラが用意してくれた資料に記されている支援物資の目録に目を通すと、カウルは場所とタイミング次第では動けると判断した。
余剰物資がないため狭い範囲でしか動けないが、戦況によっては容易く要所を制圧することが可能だろう。
戦後のハンノス王国の統治権を得るためには、一定以上の戦果を積み重ね、戦勝国となるであろうアークディア帝国に存在価値を示さなければならない。
「初戦は勝利で飾りたいが、何処を制圧すべきだろうか。皆の意見を聞かせてくれ」
「前線から遠い後方などはどうでしょうか?」
「後方でも場所次第ではすぐに軍に奪還されるんじゃないか?」
「まだ今の段階では軍がどう動くか分からないからな……」
「軍部に潜り込ませた者からの連絡は?」
「まだ連絡は無しだ。下に通達がいくまでもう暫く掛かるだろうな」
「現時点での候補だけでも出しておこう」
「後方だけか?」
「いや、前線の要塞周辺の要所も候補に入れておくべきだろう。選択肢は多いほうがいい」
此処に集まったリベルタスの主要メンバー達が次々に意見を述べていく。
カウルがそれぞれの意見に耳を傾けながら彼らを見渡していると、彼の視界に見慣れないモノが映った。
室内には各種物資が納められた複数の木箱がある。
その一つの上で足を組んで座り、頬杖を突いて会議の様子を眺めている、顔の上半分を黒い仮面で隠した男の姿があった。
「ん?」
異様な格好でありながらも、あまりにも自然体で景色に溶け込んでいたため、カウルは一瞬だけ脳内で該当する知り合いがいるかを思い返した。
答えは当然ながら、否だ。
「何者だっ!」
「「「っ!?」」」
突然のカウルの誰何の声に、他の者達も一斉にカウルの視線の先へと顔を向けた。
見るからに怪しい風貌の男は、リベルタスの主要メンバー達から武器を向けられても一切動じる様子はない。
仮面の男は木箱に座ったまま頬杖だけを止めてから口を開いた。
「やっと気付きましたか。クーデターを起こすなら、もう少し周りを警戒したほうがいいと思いますよ」
「何者だと聞いている」
「何者かと聞かれたら、あなた達リベルタスを支援しようと思っている者……と答えさせていただきましょうか」
「……我々を支援したいと?」
「そうなりますね。勿論、カウル様が王国のトップの座に就いた暁には相応の見返りはいただきますが」
仮面の男は木箱から下りると、立ち上がって武器を向けている者達の間を悠々と歩いていく。
途中で適当な椅子を一つ持って移動するとカウルの対面へと座った。
その間、カウル以外のリベルタスのメンバーは誰一人として動くことが出来なかった。
彼らは強力な不可視の力で無理矢理身体を拘束されているだけでなく、魔法の発動も封じられていた。
仮面の男と目が合った瞬間に何故か抵抗する気力まで削がれていたため、彫像のように硬直することしか出来なかったのだ。
そんな周囲の異常に気付いたカウルは、冷や汗を流しながら謎の男に話しかけた。
「……皆は無事なのだな?」
「勿論ですとも。多少試させていただきましたが、私に皆様を害する意図はありません。この状況は、カウル様との話を円滑に進めるための必要な措置だとお考えください」
「……ふぅ、そうか。確かに、話を
強制的に、というカウルからの言外の意味をしっかりと受け取った仮面の男は笑みを浮かべた。
「グリームニルと申します。どうぞグリムとお呼びください。リベルタスの皆様には、対価と交渉次第でお望みの物をご用意致します。共に現体制を打ち倒し、新しい未来と秩序を手に入れましょう」
グリームニルと名乗った
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