第234話 限定解放
◆◇◆◇◆◇
『ーー◼️◼️◼️◼️』
歪な形の
オークション会場内へと響き渡る言葉は特に意味のある言葉ではない。
だが、存在の格としては人間よりも圧倒的に格上の存在の魔力が込められた言葉は、ただの言葉であっても心身にダメージを与えることができる。
「リーゼ達は……大丈夫か」
【強欲なる識覚領域】で後方を確認したところ、リーゼロッテ達は皆意識を保っていた。
目の前のナニカの姿が転移門の向こう側に見えてすぐに、オリヴィアが精神強化の魔法を全員に付与し、シャルロットが特殊な結界ーーおそらく【
ただし、意識はあるものの彼女達の顔色は悪い。
比較的マシなのはリーゼロッテとレティーツィア、あとは結界の術者であり【聖者】持ちのシャルロットぐらいだ。
意識はあるから追加で結界を張っておけば大丈夫だろう。
彼女達がいる場所に【
ナニカによる言葉が有する魔力の余波を受け、目隠し目的で行使した魔法の霧は消し飛んでいる。
戦場である眼下の会場内が丸見えになったが、避難せずにまだ残っていた他の参加者達の殆どは失神していた。
そんな中、唯一意識がある者達がいる二番と書かれたVVIPルームの方にまで視野を広げる。
二番席の魔導ガラスの壁面前の空中には一人の美女が浮遊していた。
俺も着けているVVIP用の目元を隠すタイプの仮面で顔の上半分が隠れているが、それでも一目で美人だと分かる容姿だ。
黄金色の長髪にオレンジ色に近い紅眼、スタイルの良い長身はエリュシュ神教国の国章が飾られた白い衣装に身を包んでいる。
中でも一際目立つ外見的特徴は、その背中から生えている
三対六翼という墜天族の上位種〈熾天族〉の種族的特徴を持つ彼女の手には、紅い刃を持つ金色の長剣が握られていた。
彼女の背後の二番席の魔導ガラスの壁面の一部は、何かで焼き切られたように破壊されているのが見える。
状況からしてその長剣で斬って外に出てきたようだが、いつから外に出ていたのやら。
室内の方では彼女の側仕えらしき神官達が外の様子を窺っているのが見えた。
全員無事なようなので、おそらく彼女が神官達を守ったのだろう。
謎の美女は、何故か転移門の方ではなく仮面越しに俺の方をジッと凝視してくる。
仮面型の偽装用
会場に来てたのかよ、とか、
今のところ謎の美女に参戦の意思はないようだが、抜剣していることからもいざとなったら参戦すると思われる。
後方確認に要した時間は数秒ほどだったので状況に変化はない。
だが、俺が前方に集中して間も無く動きがあった。
『◼️◼️◼️』
細長い転移門から巨大な黒い指が出てくると、その指先に獄炎の炎弾が出現した。
歪みのある転移門越しに【
空間に隔たりがあるからか、大魔王が何と言っているかは分からないが、獄炎を出現させたことからも攻撃の意思はあるらしい。
まぁ、眷属達が倒されたのだから当然と言えば当然の反応か。
転移門がもっと大きければ指以外の部位も使って攻撃を仕掛けてきたのだろうが、メルキオルとカスパルの魂だけではサイズ的に指一つが限界らしい。
だが、その指一つだけでも十分に脅威的だ。
獄炎本来の使い手なだけあって、借り物の獄炎を使っていたメルキオルよりも生成速度が速い。
生成速度だけでなく、獄炎の威力・密度も桁違いのように感じられるので、メルキオルの時のように避けたら会場全体にまで燃え広がる可能性がある。
少しでも獄炎を削ぐために【
「ぐっ、重い、なっ!」
炎であって炎ではない。
そんな言葉が脳裏を過ぎるほどにオリジナルの獄炎からは、炎とは思えないほどの物理的な抵抗感を有していた。
一番外側に纏った暴食のオーラは獄炎を多少削ってはくれたが、あっという間に燃やされて消滅してしまった。
だが、その下のエディステラの強化された刃は、神速の速さで振り下ろしたのもあって、刀身に引火する前に獄炎を両断してみせた。
二つに分かたれた獄炎が背後の地面へと着弾し、黒紫色の火柱が会場の天井近くまで立ち昇る。
着弾時の勢いが収まると、予想通り周りに燃え広がろうとしていたが、暴食のオーラと超強化された斬撃によって大きく勢いを削いだことで延焼範囲に関しては予想を下回った。
しかし、続けて射出されてきた獄炎の炎弾は、先ほどよりも火力が上がっていた。
同じように暴食のオーラで削ってから両断したものの、獄炎による被害は更に広がっている。
「……次は厳しいか?」
偽装のためのタキシード形態であるとはいえ身に纏う〈
その神器としての元々有している耐性もさることながら、【
このステラトゥスの能力が俺自身が持つ耐性スキルと効果が重複しているのと、シャルロットからの聖者の祝福の力もあって大魔王の攻撃の余波による影響はない。
逆を言えば、俺以外の者達にとっては危険な状況ということになる。
このまま会場全体が獄炎に包まれると、そこから会場の外にまで獄炎が燃え広がってしまうだろう。
通常手段では消せない獄炎による被害は計り知れない。
それを防ぐためには、これ以上に獄炎が飛散するのを許すわけにはいかない。
エディステラでは満足に対処出来ないならば格上の神器である星王剣エクスカリバーを使う必要がある。
エクスカリバーの基本能力【
だが、獄炎が周囲に飛散しないためには獄炎を丸ごと呑み込むほどの一撃を放つ必要があり、それほどの力を使ったら会場は確実に倒壊する。
倒壊だけで済めばいいが、放たれた星光の一撃によって射線上の物質は消滅し、その光撃に宿る膨大な熱量は余波だけでも周辺の地形を焼いてしまう。
獄炎は細長い形で形成された転移門よりも徐々に大きくなっているため、転移門の向こう側へとエクスカリバーの攻撃を逃がすことも出来ない。
被害を防ぐために別の被害を許容しなければならないのだろうか。
そんなジレンマに陥っていると、三撃目の獄炎が出現した。
これまで以上に巨大で密度の高い獄炎の炎弾は、直感的にエディステラでは対処できないことが分かった。
エクスカリバー以外で対処できそうなのは【
以前の〈強欲〉ならばまだしも、今の力ではーーいや、そういえばアレがあったな。
「試す価値はあるか」
巨大な獄炎が射出されたのを見ながらエディステラを左手に持ち替え、空いた右手で首から下がっているペンダント形態のエクスカリバーに触れた。
「理想へ至れーー【
エクスカリバーの第七能力が発動するとともに、帰属者である俺の望みをエクスカリバーが汲み取り、対価に必要なだけの魔力がストックしてある分から順に強制的に徴収されていく。
普段から余剰回復した分の魔力を生産系スキル【魔力貯蔵】を使ってストックしており、ストック一つにつき俺の総魔力量と同等量の魔力をチャージ可能だ。
ストックできる個数は基礎レベル数と同じ数なので、今の俺には総魔力量九十三個分の魔力ストックがあることになる。
[神器〈
[願いが受諾されました]
[対価が支払われます]
その九十三個の魔力ストックのうち六十六個を対価として消費し、世界に定められていた制限を超越する。
[ユニークスキル【
[解放条件を満たしていません]
[解放条件が未達成なため機能の一部のみが一時的に解放されます]
[ユニークスキル【
流石に完全解放は無理だったが、機能の一部だけでも十分だ。
懐かしくも恐ろしき力の一部が今生の身体に顕現しようとするのを感じる。
加速した思考の中で迫る獄炎を見据えながら、能力の詳細とともに自然と脳裏に浮かんだスキル名を世界へと紡いだ。
「ーー【
その瞬間。
刹那の間に右腕と右目を含めた顔の一部が元々の肉体から別のモノへと置き換わった。
漆黒色に金縁の金属質の鎧が最もイメージとしては近いかもしれない。
だが、これまでの具現化能力や身体の表面に変化が表れるタイプの強化などとは違い、コレは俺の肉体自体が置換されている。
人間ではない身となった右腕と右目一帯から全身に広がる不思議な万能感に酔いそうになるのを堪えつつ、三つに増えた右目の視界の中で迫る獄炎へと右手を翳した。
「ーー【
この状態の時にのみ使用可能な権能【
【蒐◼️神手】の発動と同時に、大魔王が放った獄炎とその周りの空間が崩壊を始め、翳した右手に奪われようとしていた。
空間内に存在する大気や魔力、光、熱などは勿論のこと、三次元世界自体を構成する要素までもが分解・蒐集・吸収のプロセスを経て強奪されつつある。
獄炎だけを対象にしたつもりだったのだが、限定解放なだけあって制御が難しい。
このままだと今いるエドラーン幻遊国の首都が丸ごと消滅してしまいそうだ。
【大賢者の星霊核】の演算能力を【蒐◼️神手】の制御へと回し、身の丈以上の大きさの獄炎へと力を集中させる。
「奪い尽くせ」
強奪の力が集中した途端に跡形も無く獄炎は分解され右手へと吸収されていった。
【蒐◼️神手】は【強奪権限】の
いや、もしかしたら〈貪欲なる解奪手〉自体が未解放だった【蒐◼️神手】の力を強引に引き出した結果なのかもしれないな。
目の前に迫っていた巨大な獄炎を排除すると、次は背後で燃え盛る四つの獄炎の火柱へと振り返りながら右手を振り切る。
それらの火柱が薙ぎ払われるように消え去ったのを確認してから、再び右手を転移門へと翳す。
「奪え」
現在地から転移門までの間にある
直後に放射状に放たれてきた獄炎へと右手の拳を振り抜く。
弾け飛んだ獄炎が吸収されるだけでなく、その術者である大魔王にも直接拳打が炸裂した。
転移門越しであっても【蒐◼️神手】によって彼我の間にある全ての空間を奪うことで、実際の距離に関係なく近接攻撃が可能だ。
欠点は【蒐◼️神手】が発動している右手による直接的な物理攻撃しか出来ないことだが、この右手ならば相手の防御事象だけでなく耐性能力すらも一時的に
『ーー◼️◼️◼️◼️』
何かの発言とともに再度放たれた獄炎の火炎放射が俺ではなく転移門を焼く。
どうやら一方的に俺から攻撃される現状に自らの不利を悟ったようだ。
細長く狭い転移門からは指一つしか出せないため、こちらへの攻撃方法は獄炎の射出ぐらいしかないからだろう。
その獄炎も俺に消されてしまうので、転移門を壊して撤退することを選んでも不思議ではない。
ただ、そのまま撤退するのは癪なのか、大魔王の指先にこれまで以上の密度で獄炎が凝縮されていく。
凝縮された獄炎は、やがて炎の性質からも変化し、黒紫色の熱光線となって閉じられつつある空間の亀裂の中から照射されてきた。
獄炎の熱光線が右の
ジリジリと突き進んでくる熱光線によって変質している右手が炙られていく。
【炎熱吸収】でも全てを吸収し切れないほどの熱量だが、熱光線が直撃でもしない限りは今の右手にダメージを与えるほどではないようだ。
「ふう……どうにか撃退できたか」
獄炎の熱光線を奪い切った頃には、災聖杯により開かれた空間の亀裂も閉じられ、大魔王の姿も見えなくなっていた。
危機が去ったことを確認してから限定解放していた【神◼️顕現:◼️◼️◼️奪◼️る強欲◼️◼️◼️◼️◼️】を解除した。
少し不安だった右腕と右目一帯も元通りになったので一安心だ。
脳裏に浮かぶ通知に意識を向ける余裕が出来たので、大魔王だけでなく大魔王の眷属からの戦利品を確認する。
どうやら強化メルキオルを倒した際にレベルが上がっていたようだ。
[スキル【多重咆哮】を獲得しました]
[スキル【上位悪魔顕現】を獲得しました]
[スキル【大悪魔の近接武器術】を獲得しました]
[スキル【悪魔の所業】を獲得しました]
[スキル【贄の祭壇】を獲得しました]
[スキル【混沌の寵児】を獲得しました]
[ユニークスキル【
[ユニークスキル【
ここまでがメルキオルとカスパルから獲得した
ユニークスキルを二つも獲得したが、次の大魔王からの戦利品には及ばない。
[蒐◼️した力が再構成されます]
[権能【獄炎神域】〈深淵の獄炎〉が再構成されました]
[権能【獄炎神域】が神域の主に最適化されます]
[権能【獄炎神域】〈星禍の獄炎〉を取得しました]
[権能【獄炎神域】は神域の主に帰属します]
俺用に最適化されたらしいが、そもそもの大魔王の獄炎の詳細を知らないので現時点では違いが分からない。
まぁ、そのうち分かるだろう。
続けて、レベルアップ時に条件が達成されてから今の今まで保留されていた通知に許可を出した。
[一定条件が達成されました]
[ユニークスキル【強欲神皇】の【
[対価を支払うことで新たなスキルを獲得可能です]
[【
[新たなスキルを獲得しますか?]
[同意が確認されました]
[対価を支払い新たなスキルを獲得します]
[ユニークスキル【妖星王眼】を獲得しました]
「こんなところか。はぁ、今回ばかりは本当に疲れたな……」
限定解放して【神◼️顕現:◼️◼️◼️奪◼️る強欲◼️◼️◼️◼️◼️】を使ったからか、非常に身体が疲弊している。
あまりにも疲弊しているので自分自身の状態を調べてみると、〈虚弱〉の状態異常に陥っていることが分かった。
【情報賢能】でより詳しく調べたところ、魔法でもユニークスキルでも一気に治療することが出来ない特殊な虚弱状態らしい。
自然回復するまで大体一ヶ月ほど掛かるようだ。
まぁ、未解放の神域の力を無理に使った代償としては軽く済んだほうだよな。
「……〈
約一ヶ月間も弱体化状態のままでいるのは嫌なので、後でレッサーエリクサーを複製して服用してみるとしよう。
フラつく身体を支えるために、エディステラの鞘を具現化させて納刀形態にして杖代わりにした。
忘れないように【
後は帰るだけだが、歩くのも億劫なので転移で移動することにした。
ヴィク……謎の美女が話しかけたそうにしていたが、本当に疲れたんで明日以降にしてもらう。
今は出来るだけ早く横になって疲れを癒したい。
取り敢えず軽く手だけ振ってからリーゼロッテ達の元へと【転移無法】を発動させて、この場を後にした。
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