第232話 大魔王の眷属 後編



 悪魔種に対しての特効が得られる【悪魔種殺し】を取得したことで多少戦いやすくなったものの、多勢に無勢な状況は変わらない。

 右手の光剣〈煌浄の光滅剣〉で左右真っ二つに両断された悪魔の肉体が、強力な光の力によって蒸発するように消滅する。

 左手の闇剣〈冥獄の死葬剣〉で薙ぎ払った複数の悪魔達は、斬撃とともに闇剣から放たれた死の波動に抵抗レジスト出来ずに即死していく。

 膨大な魔力を有する種である悪魔種なだけあって、悪魔達を生成し続ける大悪魔メルキオルの魔力が尽きる気配はない。

 俺が生成悪魔を倒すペースの方が僅かに上回っているため、いずれメルキオルの元に辿り着くだろう。

 だが、目的だった【悪魔種殺し】は手に入れたので、そんなに時間を掛ける理由もなくなった。

 さっさと雑魚を一掃してメルキオルを叩く。



「邪魔だ」



 ユニークスキル【三位一眼トリニティサイト】の【複合魔眼】で出力を上げた【黄金の眼望エルドラド】を発動させる。

 視界に入る悪魔達へと〈死〉を望んだことで、数十体の悪魔が絶命した。

 拓かれたメルキオルまでの道を駆けようとした瞬間、突如として周囲に複数の巨漢の悪魔が出現し一斉に飛び掛かってきた。

 メルキオルの【空間転送】で送り込まれてきたらしい巨漢悪魔達を斬り捨てようとすると、全ての巨漢悪魔達の腹が開かれ、体内にあった大量の触手が放たれる。

 数が数だけに斬り払い切れなかった一部の触手によって此方の手足を拘束してきた。

 数瞬後には脱出出来る程度の拘束でしかないが、隙であることには変わりない。

 巨漢悪魔達を送り込む際に繋がった全ての空間の穴から獄炎が出現する。

 囲い込むようにして放たれた獄炎だけでなく、追加で上空に開かれた空間の穴からは、獄炎付きの斬撃波も放たれてきた。


 この時を待っていた。

 即座に【亜空の君主】の【転移無法】を発動させて、メルキオルの背後へと転移する。

 メルキオルとの接敵以降、転移能力を使わずに戦った。

 アイリーンの光の膜に拘束されていたメルキオルは、俺がVVIPルームから転移で出てきた場面を見ていないので、俺に転移能力があるとは思っていないだろう。


 メルキオルの身体は巨大だ。

 その竜の如き頭部を支える首も大樹のように太い。

 強靭な筋骨に加えて頑強な体皮や竜鱗まで合わせた防御力が、一体どれほどのモノかは大体察せられる。

 先ほどの光剣による首筋への一撃から首を断つのに必要な攻撃力の目安は付いた。

 必要な攻撃力を確保すべく、双剣それぞれを触媒に【神薙斬り】を発動し漆黒のオーラを纏わせ、更に【防御貫通】も追加発動させると、身体の正面で交差させた両手を左右へ一気に振り抜いた。

 双剣の軌跡に沿って放たれた黒き斬撃が、メルキオルの首を断ち斬る。


 それ単体でも俺の身体よりも巨大な頭部が宙を舞い、オークション会場の一般席を粉砕しながら転がっていった。



「ふぅ。どうにかな、っと!?」



 一息ついて気を抜いた瞬間に背後へと逆手で突き込まれてきたハルバードの一撃を双剣で受け止める。

 驚くべきことに、頭部が無い状態でメルキオルの身体が攻撃を仕掛けてきたようだ。

 ハルバードに付与されている獄炎が双剣を侵蝕していたので、ハルバードを弾いて回避するついでに双剣を放り捨てた。

 少し離れた場所に着地して視線をメルキオルへと向けると、断たれた首の断面を紅い燐光が覆っていた。

 胸元に埋まっている災聖杯からも同様の紅い光が放たれており、このことから今起こっている現象が災聖杯によるものであることは明らかだ。

 攻撃を避けてすぐに首の断面から新たな肉が盛り上がると、瞬く間にメルキオルの頭部が再生される。



「……なるほど。予め自分の血肉と魔力を糧に再生力を高めていたか」



 正確には不死性ってところか。

 酔狂で災聖杯を取り込んだわけではなかったらしい。



「然リ。ダガ驚イタゾ。マサカ我ノ首ガ断タレルトハナ。ダガ、見テノ通リ今ノ我ニ不意打チハ通ジヌゾ」


「……」



 確かに、災聖杯で不死性を手に入れられたら、今のままでは倒すのは不可能か。

 攻撃を避けた先にあった、先ほど斬り落としたメルキオルの前の頭部に視線を向ける。

 どうやら頭部が再生しても前の頭部が消えることはないらしい。

 数瞬の思考の末に、今回のオークションで落札した品の一つである魔剣〈無垢なる命喰の霊剣アルヴドラ〉を【無限宝庫】から取り出した。

 白一色である魔剣アルヴドラをメルキオルの前の頭部へと突き刺す。

 今のアルヴドラにある唯一ある能力にして基本能力である【吸極進化】が発動し、頭部に残留する血と魔力が純白の魔剣に吸収されていく。

 メルキオルの前の頭部から血と魔力を吸収し終えると、アルヴドラに【悪魔討喰デモンズイーター】という第二能力が発現されていた。

 予想に反してあっさりと第二能力が発現したが、その能力に関しては予想通りの内容だった。



「とはいえ、これでも厳しいか」



 襲い掛かってくる生成悪魔の残党を斬り伏せながら、【悪魔種殺し】と重複可能な【悪魔討喰】の『悪魔特効』の能力と『悪魔を倒すごとに能力値が増大する』能力を確かめた。

 普通に考えるなら破格の能力だが、目の前のメルキオルを相手にするには物足りない。

 アルヴドラが伝説レジェンド級であることと有する悪魔特効の力ならば、竜鱗ごとメルキオルを斬り裂けるだろう。

 だが、それではまた再生されるだけで何も変わらない。

 再生阻害効果を持つ【侵蝕する竜焔の聖痕】を使おうかとも思ったが、伝説級の迷宮秘宝アーティファクトである災聖杯の力を上回るほどの力があるとも思えなかったので選択肢から外す。


 やはりアルヴドラと同じくオークションで落札した刀を使うのが良さそうだ。

 そんなことを考えていると、メルキオルの胸元の災聖杯が再び紅く光を放ち出した。



「配下達ノ魂ハ満チタ。来タレ、我ガ同胞ヨ」



 メルキオルの横に紅い転移門が出現する。

 災聖杯は血を対価に望む事象を発生させるアーティファクトだと聞いていたが、どうやら血だけでなく魂でも発動が可能らしい。

 基本的に悪人にしか【霊魂吸喰】は使っていなかったが、生成悪魔達と戦いながら奴らの魂に使っていたら災聖杯は使われなかっただろう。

 まぁ、それは面倒だし今更の話だな。


 俺が倒した生成悪魔達の魂を捧げて出現した転移門ゲートから、メルキオルに迫る存在感を放つ悪魔が現れる。

 分類的にはメルキオルと同じ大悪魔のようだが、その外見はかなり違う。

 狼と爬虫類を混ぜたような頭部に、謎の紋様が刻まれたツルリとした青い肌をしたほっそりとした体格の大悪魔だ。

 メルキオルが体格の良い戦士系ならば、こちらは典型的な術師系と言えば大体のイメージは合っている。



「オヤオヤ。予定ガ狂ッタヨウデアルナ、メルキオル?」


「使エヌ人間共ノセイダ。我ノ落チ度デハナイ」


「フム。聖杯ハ確保シテアルナラ計画ニ変更ハ無シデアル」


「アア。我ハコノ建物ノ外ニイル人間共ノ魂ヲ集メテクル。カスパルハアノ人間ノ足止メヲシロ」


「足止メダケカ?」


「我ラヲ倒セルホドノ力ガアル。足止メダケデイイ。任セタゾ」


「任サレタノデアル」



 カスパルという名のメルキオルと同格の大悪魔の手に長杖が具現化する。

 カスパルが長杖を振るうと、その周囲に紫色の霧が発生した。

 紫色の霧は意思を持つようにして此方に迫ってくる。

 進路上にあった悪魔の死骸が霧に触れたことでドロリと溶けだし、また別の死骸の表面には緑色の斑点模様が浮かぶ。

 そんな霧の向こうではメルキオルが身動き一つ取らずに佇んでいた。



「ドウシタノダ?」


「外ヘノ空間移動ガ封ジラレテイルヨウダ」


「フム……ナルホド、超越者ノ力カ。厄介デアルナ」



 【地獄耳】で聞こえてきた二体の会話から察するに、アイリーンの力によってオークション会場の外への空間移動が阻害されているようだ。

 災聖杯も発動しているみたいだが、アイリーンの神域ディヴァイン級の力を超えられるほどの性能はないらしい。

 まぁ、俺も神域権能ディヴァイン級のユニークスキルの力を使わないと破れないから当然か。

 脱出されるようなら正体がバレることも覚悟して空間系の魔法を使って対処する必要があったが、そうならずに済んでよかった。

 

 迫り来る紫色の霧を【神聖光星の防護領域セイクリッド・シェルフィールド】で防ぐ。

 黄金色の神聖障壁が揺らぐことなく死の霧を防いでいるのを確認すると、魔法『濃霧創造ミスト・クリエイション』を行使して後方のロイヤルボックス席へと同色の霧を展開する。

 リーゼロッテ達がいる四番席の部屋を除いた全てのロイヤルボックス席周りの空間を霧で包み込んだ。



「これで良し。さて、始めるか」



 アルヴドラを【無限宝庫】へ収納し、代わりに同じく落札した錆び刀を取り出す。

 【鉄血の君主】の【君主権限】にて指先から血を大量に流出させると、その血を使って錆び刀の柄頭から鞘の先の方まで一筋の紅い線を引いた。

 血だらけになった右手で柄を握り締め、血を道導に錆び刀へと魔力を注いでいく。



「ーー目覚めよ」



 端から端へと引いた血色の線と注いだ魔力が混ざり合い黒い線となった上で輝きを放つ。

 黒い光を放つ血が錆びの外殻を越えて刀本体へと染み込むと、刀を覆っていた錆び全体に亀裂が入り、次の瞬間には砕け散った。



[アイテム〈◼️◼️◼️◼️の◼️刀〉が休眠状態から覚醒します]

[アイテム〈◼️◼️◼️◼️の◼️刀〉の情報が神器〈◼️◼️◼️◼️の◼️刀〉へと修正されます]

[等級情報が伝説級下位から神域級下位へと修正されます]

[神器〈◼️◼️◼️◼️の◼️刀〉が解放者へと最適化されます]

[等級が神域級下位から神域級中位へとランクアップしました]

[名称が神器〈◼️◼️◼️◼️の◼️刀〉から神器 〈財顕討葬の神刀エディステラ〉へと名称改変リネームされました]

[神器 〈財顕討葬の神刀〉は解放者に帰属します]


[偉業〈眠れる神器の覚醒〉を達成しました]

[ジョブスキル【解放者リベレーター】を取得しました]



 錆びーーを装っていた休眠用の殻が剥がれた後には、漆黒色の鞘に納められた一振りの刀があった。

 手に握る黒い柄を通して伝えた意思に従って鞘が魔力粒子となって消え去り、妖しく煌く濃紫色の刀身が露わとなる。

 元々の名称から変更されたため、何という名の神刀だったかが分からなくなってしまい、来歴を調べることがほぼ不可能になってしまった。

 まぁ、前の異世界の時も同様だったため名称が変わったことに驚きはない。

 前の異世界でも似た状態になっていた神器を知っていたので、伝説級という触れ込みの錆び刀の正体が神器であることは実物を見てすぐに分かった。


 不気味なほどに手に馴染む神刀エディステラの能力は、俺に帰属した際の繋がりによって理解できた。

 俺への帰属と神域級中位にランクアップしたことで新たに発現した第五能力が、何とも〈強欲〉らしくて苦笑しそうになる。

 等級はエクスカリバーには劣るが、これはこれで俺に相応しい神器だ。

 記念すべき初披露の相手が大魔王の眷属達とは、相手にとって不足はない。

 能力的にもこれから愛用するとしよう。




 

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