第231話 大魔王の眷属 前編
◆◇◆◇◆◇
先ずは災聖杯を確保しようと、空中を歩きながら壇上やその周辺を探すが、どこにも見当たらない。
「聖杯はどこだ……?」
『聖杯なら悪魔が捕まる前に拾っていたわよ』
「……出来れば拘束する前に回収して貰いたかったのですけどね、幻主様?」
何処からか脳内へと直接話しかけてきたアイリーンに対して苦情を告げる。
まぁ、タイミング的に無理だったんだろうけど。
『悪魔の拘束が遅れたせいで観客に被害が出たら後々面倒でしょう?』
「否定はしませんけどね。代わりというわけではありませんが、代金を払う前に自分の分の落札品を回収しても? 騒動が終わった後にちゃんと全部支払いますので」
『そうね……悪魔を倒すか足止めをするなら許可するわ』
「幻主様が悪魔を倒したほうが早いのでは?」
アイリーンだけでなくメルキオルとやらの力も詳しく知らないが、メルキオルを一目見た感じから大体の力を推測するに、一対一の戦いならばアイリーンの勝利は揺るがないと思われる。
なので、本来ならばアイリーンが相手をするのがベストな展開だろう。
『避難する客の護りや誘導とかで暫くそっちには集中できないわ。それに外の方にも会場内部の動きに呼応して動きだした魔王信奉者達がいるみたいだから、ワタシでも三つ同時は無理よ』
なるほど。敵は外からも来てるのか。
確かに、内部だけならアイリーンにすぐに倒されて終わりだろうしな。
「そういうことなら引き受けましょう。では、先に落札品を回収しますね」
『ええ。後はリオンさんに任せたわ』
アイリーンからの通信が切れると、会場横の商品搬入口へと向かう。
既に避難したのかスタッフは誰もいなかったが、代わりにアイリーンの虹色の光による障壁がこの場所を守っていた。
俺が近付くと障壁が消えたので中に入って自分が落札した分だけを回収していく。
一瞬、ここで落札したアイテムの複製と能力の剥奪をする考えが頭を過ぎったが、十中八九アイリーンにバレるだろうからやめておいた。
次々と【無限宝庫】へと収納していき、最後の錆び刀を手に取る。
「……場合によっては使うか」
出来ることなら、未だ他人の目があるオークション会場内では使いたくはないが、状況次第ではやむを得ないだろう。
錆び刀を収納し終えると再び会場へと戻る。
ちょうど壇上では、虹色の光の膜が割れて大悪魔メルキオルが出てきたところだった。
メルキオルの胸の中心に視線を向けると、そこには災聖杯が埋め込まれているのが見えた。
「おい。人の物を汚らしいところに埋めんじゃねーよ」
「ム。羽虫ガマダイタカ」
「誰が羽虫だ竜モドキ風情が。自力で封印を脱することも出来ない癖に大物振るなよ」
「……口ガ過ギルゾ、人間ガ!!」
俺の【挑発】に乗ったメルキオルの口が勢いよく開かれ、その竜頭の口内からブレスが放たれた。
迫るブレスを横に跳んで避けたことによって会場の壁や床が破壊される。
だが、その破壊力は一瞬現れた虹色の光壁によって大幅に減衰され、会場の外まで突き進んだであろうブレスは壁と床を僅かに破壊しただけだった。
今のブレスをここまで防げるなら気兼ねなく暴れても大丈夫そうだ。
どうやらアイリーンは、避難するオークション参加者のお守りと外の敵の対応以外にも、被害拡大を防ぐために細々としたことに力を割いているらしい。
ここで更に大悪魔の相手までしろというのは無茶な話だったな。
一先ず、小手調べに【氷鳳の君主】の内包スキル【氷鳳ノ軀】と【氷界皇戯】を発動させて攻撃を仕掛ける。
背中から生やした氷の翼より発した氷嵐をメルキオルにぶつけた。
氷嵐によって身体の表面が凍り付かせることで動きを鈍らせ、更に吹き荒れる暴風によって行動を阻害する。
動きを止めたメルキオルに向かって暴風に劣らぬスピードで氷剣山が生成され迫っていく。
氷剣山はメルキオルの身体へ突き刺さるだけで終わらず、その全身を凍り付かせようとする。
しかし、直後にメルキオルの身体から立ち昇った黒紫色の炎が身体に纏わり付く氷の全てを蒸発させてしまった。
氷剣山によって付いた傷も数秒ほどで癒えていた。
このまま終わるのかと思ったが、そんなわけがなかったか。
「氷から一気に水蒸気になった、わけじゃないみたいだな。蒸発ではなく焼滅させられたのか……」
炎の特徴からして、これが噂に聞く〈獄炎〉なのだろう。
どうやら眷属であるメルキオルも、主君である大魔王の〈獄炎〉の権能を断片的に扱うことができるようだ。
獄炎の詳しい特性は不明だが、少なくとも途轍もない熱量があるのは間違いない。
「我ガ主ノ炎ノ前デハ、ソノヨウナ攻撃ナド効カヌゾッ!」
メルキオルが咆哮とともに魔力を発して周囲の氷嵐を吹き飛ばす。
アイリーンの光の拘束を破るのに獄炎を使った様子がなかったが、もしかすると密閉空間で使うとメルキオル自身もダメージがあるのかもしれない。
あるいは、胸元の災聖杯への影響を気にしたのだろうか。
今の使用時も災聖杯周りには獄炎が発生していなかったし、そっちの可能性もありそうだな。
氷翼を大きく開くと、【天翼翅弾】で形成した氷の羽根を弾丸のように撃ち出す。
ついでに【破界の災翼】【失墜の射手】も発動させて撃ち出す氷翅弾を強化する。
【
「フンッ!」
迫る氷翅弾に対し、メルキオルは翳した手の中に具現化させた黒い
十メートルほどの巨体が繰り出すハルバードも相応に大きいため、氷翅弾を迎撃する様は迫力がある。
「この程度では無理か」
ならば近接戦はどうだろう?
【天翼の理】で精密動作が可能になっている氷翼で【殲刃剣翼】を発動させる。
鋭利な巨大な氷剣と化した双翼を構えると、右手には【光煌の君主】の【光煌王装】による光剣〈煌浄の光滅剣〉を、左手には【幽世の君主】の【
更に、四つの剣全てに【不朽浄刃】を発動させ、破壊されるその時まで刃が劣化しないようにしておく。
最低限の準備を済ませると、素の身体能力を以ってメルキオルとの距離を一瞬で詰める。
四つの具現化した剣による四刀流ーー刀ではないがーーに対抗するように、メルキオルはハルバードの持ち手たる長柄を除いた全ての部分に獄炎を纏わせてから迎え撃ってきた。
メルキオルは近接タイプの悪魔のようで、巧みな近接技能と武器術にて四つの斬撃をハルバード一つで捌いていく。
刃同士が接触する度に黒紫色の炎である獄炎が此方の剣へと燃え移り、そこから燃え広がって来ようとしてくる。
その度にそれぞれの剣が纏わせている光や闇、氷を剥離して獄炎の延焼を防ぐ。
【不朽浄刃】を発動させていなかったら、燃え広がる前に接触部から剣の芯から先に燃やし尽くしていただろう。
擬似的な不壊特性の付与にて刃が欠けず、たった一瞬の獄炎に対する抵抗力により、獄炎が付着した属性魔力の剥離に成功していた。
この一連の対処で気付いたが、獄炎というは想像以上に厄介な代物らしい。
獄炎には、一度付着すると対象を灰燼と化するまで簡単には消えない、という性質がある。
そのため獄炎が肉体へと燃え広がった場合、どれだけの身体性能や耐性スキルがあれば防げるかも不明なため、生身に触れたらほぼ終わりな即死級の攻撃と言っても過言ではないだろう。
長きに渡り〈獄炎の魔王〉が封印されているのもあって、俺が集めた情報の中にあった獄炎の力についての信憑性は低かった。
それでも念のため、スキルで生み出した剣で性質を確認したのだが、結果的に情報は正しかったことが証明された。
実物を見た感じでは、例え
今回のオークションで手に入れたばかりの〈
「危うく勿体ないことになるところだった……」
「我ヲ前ニシテ余裕ダナッ!」
「言うほど余裕はないぞ」
「戯言ヲ!」
瞬間的に移動速度を上げて背後に回り込んだメルキオルからの横薙ぎの一撃を上に跳んで避ける。
追撃とばかりにメルキオルの身体から発せられた獄炎が迫るが、【狩猟神技】で空中を蹴って回避し、メルキオルの首筋へと光剣を叩き込んだ。
「硬いな、っと」
二足歩行の竜のような悪魔といった外見通り、メルキオルの身体は竜鱗に覆われている。
当然ながら急所である首筋にも竜鱗が生え揃っており、その頑強さは光剣の斬撃を受けても傷一つ付かないほどだ。
竜鱗に覆われていない身体の正面には氷剣山が突き刺さっていたので、竜鱗以外の場所の防御力は大したことがないのだろう。
首刈りを防がれた反動で硬直する俺を喰い千切らんとメルキオルの牙が迫る。
噛みつき攻撃を避けるついでに、【炎霆の君主】の【炎霆ノ軀】にて炎と雷を纏った足でメルキオルの頭部を蹴り抜いていったが、炎でも雷でもダメージを受けた様子はない。
炎に対する耐性は予想通りだが、雷も効かないとは……大魔王の眷属であることも鑑みると、下手したら全属性に耐性がありそうだ。
「避ケルノガ上手イデハナイカ」
「どうも。そちらも結構頑丈じゃないか」
「フン。筆頭眷属デアル我ヲ前ニ生意気ナ」
メルキオルの周りに獄炎の火の玉が浮かび上がる。
それらが一斉に射出され、意思を持つように空中を自由自在な軌道で飛来してきた。
あくまでも操るだけなのか、移動速度は決して速くはない。
だが、当たったら終わりとも言える獄炎の性質のせいで無駄に神経を使わされる。
そうして意識がメルキオルから離れた瞬間、背後の空間から獄炎を纏ったハルバードが出現した。
突如として何もない空間から生えてきたハルバードによる突きを、背中の二つの氷剣で受け流す。
奇襲を防いだ代わりに獄炎が乗り移ってしまった氷剣を切り離すと、変わらず飛来し続ける獄炎の火の玉を避けながら、意識をメルキオルへと向け直す。
視線の先ではハルバードを手元に引き寄せているメルキオルの姿があった。
先ほどまではハルバードの中ほどから先が消失していたが、手元に引き寄せた今はハルバードの全体像が露わになっている。
どうやら空間を越えて攻撃を仕掛けてきたようだ。
メルキオルのユニークスキルの内包スキルの中に【空間転送】というのがあるので、おそらくはその力を使った攻撃だろう。
竜種の如く頑丈かつ屈強な肉体、大魔王由来の絶死の獄炎、超一級の武器術、そして空間転送能力か。
見上げるような巨体という要素と合わさって、大魔王の眷属という肩書きに偽りのない戦闘力だと言えるだろう。
視線の先では、メルキオルの周囲に展開された術式陣から様々な悪魔種が生成されていた。
メルキオルが大悪魔であることから、同族の生成能力ぐらいはあるだろうと予想していたので特に驚きはない。
「ここからが本番ってわけだな」
ただの剣として使っていた光剣〈煌浄の光滅剣〉と闇剣〈冥獄の死葬剣〉に追加で大量の魔力を注ぎ込み、双剣の属性強度などの攻撃性能を強化する。
更に【
正体を隠すという制限内での全力はこんなところだろう。
他にも使えるのはあるが、残りはタイミングを見計らってから発動させたほうが効果的だ。
リーゼロッテ達以外にも、ロイヤルボックス席にはまだ人が残っていることが【
アイリーンが作った魔導ガラスによって室内の様子は分からないが、その者達が見ている前で
まぁ、本気で危なくなったら使うつもりだが、今のところは大丈夫そうだ。
【高速思考】で加速された思考内にて戦闘方針の再確認を済ませると、【天瞬歩法】にて瞬時に悪魔達の懐に入り込み、一息の間に十以上の悪魔を斬殺した。
せっかく悪魔種を大量に生み出してくれたのだから、種族特効スキルの取得を狙ってみるか。
これまでに神造迷宮で倒した悪魔の数と合わせたら、たぶんそろそろ取得できるだろう。
取得したばかりでは
[特殊条件〈悪魔大量討伐〉〈悪魔の天敵〉などが達成されました]
[スキル【悪魔種殺し】を取得しました]
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