第226話 幻主との交渉
◆◇◆◇◆◇
「ーーダンジョンですか」
「ええ、そうよ。エドラーンにもアナタのダンジョンを建ててみない?」
俺達が入室してから部屋に運び込まれた料理を食べた後。
アークディア帝国近辺では手に入らない食材を使った希少かつ高級な料理の味に満足していると、幻主アイリーンからダンジョン誘致の提案をされた。
高級料理という持て成しで緩み掛かっていた気持ちを引き締める。
言葉通りの持て成しだけが目的ではないとは思っていたが、本命はダンジョンか。
提案の言葉とともに差し出された書類に目を通す。
【速読】と【高速思考】を駆使して提案資料を読み解いて内容を簡単に纏めたところ、アイリーンは俺のダンジョンを使って踏破までのタイムを使った賭け事を行いたいらしい。
ダンジョン攻略の内容に関しても彼女の力を使ってライブ放送することを考えているらしく、そのエンターテイメント性だけでも今以上の人と金がエドラーン幻遊国に集まるだろう。
「中々斬新な内容ですね」
「異界の文化を参考にさせてもらってるわ。エドラーン以外の国々からもダンジョン絡みの声が掛かっているんじゃない?」
「否定はしません」
「世界中から人が集まるエドラーンに建ててくれれば、各国にダンジョンを建てる必要は無くなるわよ。ワタシもしつこい国を説き伏せるのに協力してあげる」
「ふむ……」
本来ならば、エドラーン幻遊国には見識を広める目的でドラウプニル商会を取り仕切っている本店支配人のヒルダを連れてくる予定だった。
だが、帝都エルデアスに欲望迷宮フォールクヴァングを建てて以降、他国からのダンジョン誘致のオファーが絶えず、その対応のせいで彼女のスケジュールが合わなかった。
帝都支店を任せているミリアリアが手伝えたら良かったのだが、彼女は彼女でハンノス王国との戦争用の支援物資について国のお偉いさんと連日話し合いを行なっている。
結果、商会からは俺の秘書であるシャルロットがエドラーン幻遊国に来ることになったのだが、彼女もオークション直前までヒルダの仕事を手伝わなければならないほどに各国からのダンジョンオファーが激しい。
国家同士の関係性まで考慮すると、特定の国だけに建てた結果、別の国との関係が悪化する可能性もある。
俺個人には影響がなくとも、拠点であるアークディア帝国にとっては他国にダンジョンを建てることは良くも悪くも影響が出るだろう。
その点、国の性質上から中立国家であるエドラーン幻遊国にダンジョンを建てるのは妙案ではある。
SSランクであるアイリーンが協力してくれるならば、ダンジョン誘致の件で他国に煩わされることはほぼ無くなるだろう。
確かに妙案ではあるのだが……。
「前提としまして、特に新たなダンジョンを建てる必要性は無いのですが?」
「各国の声を黙らせるには必要でしょう?」
「他国がうるさいのも今だけですよ。国としては元々無くとも問題はなかったのです。
ダンジョンの創造主たる俺が、特段親しくもない他国の顔色を伺ってダンジョンを誘致してやる必要も理由もない。
更に言えば、エドラーン幻遊国とアイリーンに借りを作るような今のカタチも、俺の望むところではない。
提案資料に書かれていた利権料なども納得がいかないしな。
「アークディア帝国だけが死なずのダンジョンの恩恵を受けていることを快く思わない国が増えちゃうわよ?」
「この程度のことで気分を害するならば、元より友好的ではない国ということですよ」
場合によってはアイリーンがそうなるように唆すことも可能だろうな。
ま、そんな確実性のない婉曲なことをやるとは思えんが。
「帝国の方から他国へのダンジョン創造を求められたら?」
「そうですね……対価次第でしょうか。まぁ、帝国がそんなことを提案するとは思えませんが」
「ハルシオン様。アークディア帝国は他国に対するリオンへのダンジョン創造を要請することは決してありません」
「あら、それは国の意思? それとも殿下の独断かしら?」
「兄である皇帝陛下より、此度のエドラーン訪問に際し、アークディア帝国が絡んだ問題に対する外交権を委任された私の意思です」
そう告げたレティーツィアから嘘は感じられない。
真偽を確かめるために反射的に発動させた【審判の瞳】の真偽判別能力でも今の発言は事実で間違いないようだ。
ヴィルヘルムはこうなることを読んでいたのだろうか?
もしくは念のため与えられていた権限を有効活用したレティーツィアの独断か?
「……どうやら本当のようですわね。今代のアークディア帝国の皇帝陛下は優秀なようで何よりです」
「ありがとうございます」
含みのあるアイリーンの言葉をレティーツィアは軽く受け止める。
古くから超越者として存在しているアイリーンならば、病弱だった先代皇帝であるレティーツィア達の父や、愚帝の蔑称で呼ばれる先々代皇帝の祖父のことも知っているだろうから、そのあたりを含んだ
「帝国の意向は分かりました。ですが、先ほどの言葉が嘘でないならば、エクスヴェル卿への対価次第では帝国以外の地へのダンジョンの創造はあり得ない話ではないはずです。エドラーンへダンジョンを誘致を認めてくださるならば、帝国にも御礼を致しますわ」
「先ほども言いましたが、帝国は依頼をした立場なので決定権はありません。ですがリオンがいいと言うならば、その意思を国として後押しはしようと思います」
「まぁ、ありがとうございます。それで如何かしら、エクスヴェル卿」
アイリーンから発せられていた気配が強くなる。
ただ気配が強くなっただけのように感じられるが、その実態は彼女が有する力によるものであることを【
無意識下の心理に干渉しようとしてくる力はかなり強く、俺も手札を切らないと室内にいる全員が干渉されてしまうな。
「エドラーンの地にダンジョンを造ってくださらない?」
「その交渉を行う前に、室内の空気を入れ替えましょうか。奪い解けーー【
【強奪権限】の
その両手に向かって部屋に満ちていたアイリーンの力が分解・吸収されていくのに気付いたのは、その力を認識できているアイリーンと俺だけだろう。
[解奪した力が蓄積されています]
[スキル化、又はアイテム化が可能です]
[どちらかを選択しますか?]
[スキル化が選択されました]
[蓄積された力が結晶化します]
[マジックスキル【
獲得したのはアイリーンのユニークスキル【
アイリーンが驚きの表情を浮かべたのは一瞬だけだったが、その反応と俺がスキル発動のために告げた
「……あら、ありがとう。おかげで空気だけでなく気持ちも入れ替わったわ」
「それはそれは。交渉を行う前にイイ気分転換になったようで良かったです」
レティーツィア達三人が俺とアイリーンへ視線を向けているのが気配で分かったが、この場で尋ねるつもりはないらしく、口は閉ざしたまま成り行きを見守るつもりのようだ。
先ほどまでとはアイリーンの目の色が変わっている。
勿論、実際の目の色彩が変わったという意味ではなく、好奇心と警戒心の割合が増したという意味だ。
神域権能級ユニークスキルの力に抵抗したどころか吸収までしたことから、俺も同格のユニークスキルを持っていることがアイリーンにはバレただろうな。
アイリーンに関しては発動権言が無くても感知していただろうから構わないのだが、後でレティーツィアとユリアーネへ説明をすることになるだろうから、なんと言うかが問題……いや、解説する必要はないから奥の手とだけ言っておけばいいか。
互いに胸の内を隠しつつ交渉を始める。
各種交渉系スキルは既に発動済みなので、あとは望むカタチに話を進めるだけだ。
「さて、幻主様の意向は分かりました」
「あら、リオンさんならアイリーンと呼んでも構わないわよ?」
呼称がエクスヴェル卿からリオンさんに変わったな。
なんとも分かりやすいものだ。
「お気持ちだけ受け取っておきます……まず確認ですが、平時のダンジョンは、観光客がエドラーンで遊ぶための元金を稼ぐために各種素材を獲る場として使い、不定期でダンジョン踏破イベントの会場としても使うということで間違いありませんか?」
「ええ。リオンさんのダンジョンの入り口は複数あって、それぞれが独立していると聞いているわ。だから、こういう使い方も可能だと思っているんだけど、どうかしら?」
「可能ですね。ただ、平時のダンジョンとイベント用のダンジョンで中身を変えるならば、それは実質的に二つのダンジョンを用意することと同じですので、構成次第ですがダンジョン誘致の対価は最低でも倍必要ですね。ああそれと、利権料もこの比率では承諾しかねます。九対一。勿論、私が九ですね。これも最低条件です」
「対価については分かったけど、利権料については取りすぎじゃないかしら?」
「そうでしょうか? この提案書の内容は、前提として私のダンジョンがなければ成立しません。それなのに五対五の比率はありえませんよ」
ただダンジョン創造能力を持っているだけだと思われていたなら、超越者相手にこんな強気の交渉は無理だったかもしれない。
だが、超越者に対抗できる力を持っていることを示し関心を得た今ならば、相手はダンジョンと俺との関係構築のために落とし所を探すはずだ。
まぁ、駄目だったら駄目で別に構わないからこその強気の交渉とも言える。
わざと怒らせて抵抗するという当初の予定とは違ったが、手間が省けてラッキーだったな。
「せめて六四じゃないかしら? 初めに言ったけど、ダンジョン関連の他国からの干渉を取り除けるのよ」
「必ずではないですよね? そんな空手形を判断材料にする気は私にはありませんので」
この交渉の内容からして圧倒的に優位なのは俺の方なのだ。
力尽くで承諾させられる可能性がほぼ無くなったのもあって、向こうの顔色を伺う必要もないからな。
「他国からの干渉以外にもお願いを聞いてあげるわよ……色々と」
羊の角のような黒い魔角に蝙蝠の羽のような翼、尻尾の先がハートのような形をした細長い尻尾といった艶魔族や天艶魔族の外見的特徴と、薄生地のドレスに包まれた蠱惑的な肉体を
どこまで頼みを聞いてくれるかは不透明だが、契約文に含めておけば価値はあるな。
「……あ痛っ。それもまた空手形ですが、契約書に同じ内容を記すならば八対二にはしましょう」
ホワイトブロンドの長髪を軽くかき上げながら銀灰色の瞳と見つめあっていると、テーブルの下で両隣から足を蹴られた。
リーゼロッテはいつもの通りだが、まさかレティーツィアまで同じように蹴ってくるとは思わなかったな。
全く同じタイミングと威力で蹴るあたり、やっぱりお前ら仲良いだろ、と凄く言いたくなった。
「もう一言、どうにかならない?」
多少なりとも効果があったことが分かったのか、これ見よがしに腕を組んで大変立派な胸を持ち上げ、庇護欲を誘うような表情を作ると、種族特性である魅了の力を振り撒いてきた。
リーゼロッテをはじめとした恋人達と多くの経験を積んでいなかったら、グラついていたかもしれないほどに強い魅了の力だ。
「申し訳ありませんがーー」
「エドラーンに滞在中は私の屋敷に泊まっていいわよ」
「……お気持ちだけいただいておきます」
更に強力になった左右からの蹴撃に耐えつつ、アイリーンからの魅力的なお誘いを断った。
「対価次第では七対三にしてもいいですよ。これ以上は無理です」
「対価は金銭とは別なのよね?」
「はい。希少かつ高価で高位な
結局のところ、その場では契約成立まではいかず、交渉の続きは後日に持ち越しとなった。
それまでにアイリーンはダンジョン誘致の対価として渡す魔導具を厳選しておくそうだ。
これまでに入手した魔導具の数が数だけに忘れている物もあるらしい。
大陸オークションが終わるまでには確認を済ませるそうなので、交渉はそれからになるだろう。
両足の脛にダメージを負ってしまったものの、初の面と向かっての超越者との邂逅にしては良いカタチで終わることができた。
正当防衛という自然な流れでアイリーンの神域クラスの力の一部を得られて非常に満足だ。
アイリーンからのお誘いは魅力的だったが……取引が絡まない場で誘われていたら頷いていたかもしれないな。
別れ際に国営カジノが出禁になる代わりに、エドラーン幻遊国の国営レジャー施設の年間フリーパス券も貰ったし、まさに得る物の多い一夜だった。
明日からはリーゼロッテ達と中規模以下の私営カジノやレジャー施設を見て回るとしようかな。
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