第220話 欲望迷宮〈フォールクヴァング〉
◆◇◆◇◆◇
長時間にも及ぶ国のお偉方との交渉の末に、帝都エルデアスに俺謹製のダンジョンを創造することが決まった。
ドラウプニル商会帝都支店の大通りを挟んで向かい側の土地に創造されたダンジョンの名称は、欲望迷宮〈フォールクヴァング〉。
ヴァルハラクランの地上クラン拠点の敷地内にある修練迷宮〈グラズヘイム〉の帝都バージョンとも言えるダンジョンだ。
アークディア帝国からの要望である兵士や騎士達のレベル上げだけでなく、近年帝国全体で減少傾向にある薬草などのポーション素材の安定供給も目的とした造りになっている。
レベル上げとポーション素材の採取という二つの目的がある都合上、フォールクヴァングは冒険者用の一般入り口と、国軍兵士や帝国騎士団といった帝国用の入り口の二つの迷宮門があり、ダンジョン内部も別空間に分かれているため、これはダンジョンエリアが二つあるとも言えるだろう。
帝国用のダンジョンエリアの方には、薬草などのポーション素材の類いは存在しないが、魔物が豊富でレベル上げに適した環境設定となっている。
もう一方の冒険者用のダンジョンエリアの方では、魔物の数とポーション素材のバランスが良い感じの環境にしている。
フォールクヴァングの使用料は有料で、この使用料の殆どはダンジョン所有者である俺の取り分であり、残りは俺の代わりに管理・徴収を行なっているドラウプニル商会と、警備を行なっている国の取り分だ。
加えて、フォールクヴァングで採れた各種素材は全てドラウプニル商会へ売却しなければならない決まりになっているので、ダンジョンを出てすぐのところにある商会の素材買い取り所での利益も、当然ながら商会の取り分だと言えるだろう。
ダンジョン誘致の対価の一つに、ダンジョンを建てる土地は俺が望む土地を国が買い取り、俺にタダで譲渡するというのがある。
その土地の税金は全て免除なのも合わせると、フォールクヴァングは俺に莫大な富を齎らしてくれると言っても過言ではない。
他にも帝都エルデアスへのダンジョン誘致の対価は幾つかあるが、フォールクヴァングに直接関わる類いの対価はこれぐらいだ。
そんなフォールクヴァング創造の交渉から五日後。
初めの三日で土地の用意と帝都民への周知が行われ、ダンジョン創造と管理体制の構築に丸一日かかり、そして五日目の今日ついにフォールクヴァングが開放された。
ダンジョン創造者の俺、アークディア帝国皇帝であるヴィルヘルム、冒険者ギルド帝都本部の長ヴォルフガングの三人によるオープニングセレモニーが執り行われたのが約三時間前。
帝都に拠点を置く冒険者達が一般開放の迷宮門に群がる一方で、帝国用の迷宮門の前では国軍の兵士達や騎士達が自分達の順番がまわってくるのを待っている様子が見える。
来たるハンノス王国との戦争に備え、兵士も騎士も連日厳しい訓練に従事している。
戦に勝利するため、そして生き残るために彼らは訓練に励んでいるものの、これまでは帝都近郊に生息する魔物の数が少ないこともあって、中々基礎レベルを上げる機会には恵まれなかった。
だが、今日からは訓練スケジュールにフォールクヴァングでの魔物との戦闘によるレベル上げが追加されるため、技量だけでなく基礎レベルも上げることができるようになる。
レベルアップによる国軍兵士と騎士達の戦力の強化は、彼らの生存率の向上に繋がることだろう。
「ーーねぇ、リオン。第一陣の兵士達の基礎レベルが、大体どのくらい上がったか分かる?」
【万里眼】でダンジョンの外で待機している兵士達を眺めていると、横の席に座っている皇妹レティーツィアが声を掛けてきた。
レティーツィアを挟んで俺の反対側には、いつものように専属侍女のユリアーネもいる。
帝国用の迷宮門を潜った先にあるエントランスには、ダンジョンエリアへと繋がる道以外にも、ダンジョンエリアでの戦闘の様子をモニタリングできる管理者である俺用の観戦室がある。
俺とレティーツィア達がいる場所がこの観戦室であり、俺自身が許可したことによってオープニングセレモニーに参加していたレティーツィア達も入室できていた。
この場には、Sランク冒険者レイティシア・アルヴァールとしてではなく、皇女レティーツィア・リル・アークディアとしているためか、彼女は動きやすそうな外出用のドレス姿をしており、専属侍女のユリアーネも似たような格好をしている。
レティーツィアからの問いに答えるべく、【
「元々のレベルが低いから、平均すると大体二レベルぐらいは上がっているみたいだな」
「彼らはアンデッドの下級エリアよね?」
「ああ。兵士達には一団ごとに一番簡単なエリアで三時間の間レベル上げに勤しんでもらうことになっているから、アンデッド種のみが出現する下級エリアであってるよ」
帝国用のダンジョンエリアには、複数のエリアが用意されている。
アンデッド種、魔蟲種、魔獣種、悪魔種の四種それぞれのみのエリアがあり、それらが更に下級と上級の二つに分けられた、計八個のエリア。
この四種全ての魔物が出現する混成エリアの下級と上級の二つを加えた、全部で十個のエリアへと通じる十個の門が、エントランスには存在している。
兵士達が挑んでいるアンデッド種の下級エリアに出現する魔物達は、基本的には動く骸骨であるスケルトン種のレベル三十以下の低レベルの個体しかいない。
彼らの平均がレベル二十前後であることを考えると若干高めな気もするが、レベル二十後半の個体がいるのはエリアの奥の方なので問題はないだろう。
「スケルトンは人型だし、兵士達には良い相手ね」
「そうだろう?」
「兵士達もそうだけど、兄上達も頑張ってるわね」
「簡単に帝都から離れられない陛下や近衛騎士達は中々レベル上げができないからな。戦も近いし、そりゃあ頑張るだろうさ」
「観ていて結構危ないところもありますね」
「まぁ、陛下達がいるのはアンデッド種の上級エリアだからな。ユーリの言うように危ないところもあるだろうさ」
視線の先の画面では、ヴィルヘルムとアレクシア達近衛騎士達がアンデッドの一団と戦っていた。
戦場となっている道幅の大きな回廊の四方の壁は、灰色の大理石とでも言うような質感の石材で構成されており、双方の集団の如何なる攻撃でも傷付く気配がない。
Bランク上位の〈
集団戦ではあるが戦術や戦略といったモノは既に無く、ある程度の陣形こそ維持されてはいるが現場は乱戦状態だった。
近衛騎士団団長であるアレクシアが単独で、隊長格の近衛騎士達が複数人でレッサーデュラハンの相手をしており、それ以外の近衛騎士達は残りのリビングアーマー達と戦っている。
肝心のヴィルヘルムだが、Aランク冒険者相当であるアレクシアと同様に、単独でレッサーデュラハンを相手取っていた。
ヴィルヘルムのレベルはBランク冒険者相当で、一人でレッサーデュラハンの相手をするには本来ならば力不足なのだが、装備している栄光戦鎧ハイペリュオルと雷光聖剣ソルトニスの二つの
「とはいえ、陛下に関して言うならば、あの装備だったら奥の方にでも行かない限りは一人でも大丈夫だろう」
「安定してレッサーデュラハンを倒せているなら、開戦までにはレベル六十ぐらいまでは上がりそうね」
「んー、上がるかな? 結構通い詰めないと無理じゃないか?」
皇帝であるヴィルヘルムを一人で挑ませるわけがないから、護衛の近衛騎士十数人分の使用料も支払われることになる。
獲得した魔物素材も売却されるなら、毎回一財産レベルの収入が得られるだろう。
まぁ、俺としては嬉しいから構わないのだが、予算は大丈夫なのかな?
「リオンのレンタルスキルを使ってるから余裕だと思うわよ」
「……そういえば陛下はミスリル会員だったな。それなら星四スキルまではレンタルできるから、確かに余裕だな」
ミスリル会員ならば、星四レンタルスキルである成長系スキル【成長】と
同じ星四だと【獲得経験値増大・
創造主権限でレンタルスキル管理システム〈
この組み合わせならば、俺の以前の成長系スキル【超成長】に迫るブースト率だ。
今日は昼休憩を挟んだ後もレベル上げをするそうだが、倒す敵の種類と数次第では今日中にでもヴィルヘルムのレベルは六十に達するかもしれない。
今いるのは上級エリアの入り口からちょっと進んだところだが、更に奥にいけば経験値効率の良い魔物がチラホラいる。
その分だけ危険度も高く、近衛騎士達が一緒にいても致命的なダメージを受ける可能性が高い。
修練迷宮グラズヘイムと同じく、致命傷を負うとダンジョンの外に強制退場させた後に致命傷を負う直前の状態にまで自動治癒されるため、死ぬことはない。
この死なずのダンジョンという点もフォールクヴァングのセールスポイントなのだが、代わりに退場すると再度使用料が必要になる。
また、壊れた装備は修復されないので、治療後すぐに挑むのは難しいだろう。
致命傷レベルの攻撃を受けたなら、装備もほぼ確実に損壊しているからだ。
伝説級の武具であるヴィルヘルムの装備は無事かもしれないが、近衛騎士達の装備はそうはいかない。
ドラウプニル商会では装備の修復も請け負っており、ダンジョン使用料と素材買い取りに続いて装備の修理費まで得られるため、個人的にはウェルカムなんだが……まぁ、後々のために恩を売っておくとするか。
「とはいえ、このままだと今日中にレベル六十に達するのは難しいか」
「そうでしょうね。費用が掛かるから宰相と財務卿は渋い顔をしていたけど、身の安全を高めるためだから仕方ないわ」
「まぁ、そうだろうな……今日だけは俺がサポートしようか? 俺が補助すれば奥の方まで行けるから、今日中には陛下はレベル六十まで上がるだろう」
「そうしてくれると色々と助かるけど、いいの?」
「帝都へのダンジョン誘致に対する正当な対価とはいえ、税とか土地とかの便宜を図ってくれた宰相達に恩を売っておくのも悪くないからな」
「そういうことなら、ちゃんと遠回しに伝えておくわ」
「よろしくな。ワインの残りは二人で全部飲んでいていいぞ」
「あら、ありがとう。これ美味しいのよね」
「ありがとうございます、リオン様」
〈
「じゃあ、兄上達をよろしくね」
「任された」
二人に見送られながら観戦室を出ると、ヴィルヘルム達がいるアンデッド種の上級エリアの扉に向かって歩いていった。
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