第217話 一次試験



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーほ、本当にダンジョンなんだな……」



 ヴァルハラクランの加入試験を受けにきたとある異界人フォーリナーの少年は、試験用に調整された修練迷宮〈グラズヘイム〉の内部を感慨深く見渡した。

 自分の受験番号が呼ばれてから入り口の迷宮門の一つを潜り、淡い光を放つ膜を抜けた先に広がっていたのは、四方が岩肌で構成された洞窟然とした地形だった。

 アルヴァアインの神造迷宮のダンジョンエリアの基本的な地形に似た洞窟の各所には、光源となる光石や光結晶が多く生えており、そのおかげでグラズヘイムの中は非常に明るい。

 人が隠れられるほどのサイズの岩陰など視界が阻まれる場所はあるものの、そういった物陰に気をつけながら進めば問題ない。

 ダンジョンに挑むのは初めてではない異界人の少年は、今生での経験を活かして慎重に進んでいく。


 道なりにダンジョンを進みながらチラリと右の手首に視線を向けると、そこには青白い光を放つ小さな円盤が浮かんでいた。

 ヴァルハラクランのマスターであるリオンが去った後に試験の説明を引き継いだ係の者が言うには、この試験用ダンジョン内でのみ具現化される〈タイマー〉とのこと。

 このタイマーによって制限時間がある一次試験の残り時間が分かるのは、かなり親切な仕様だと異界人の少年は思った。

 至るところに時間を測れる物が溢れていた前世とは違って、この世界にはまだまだ時計の類いは少ない。

 無いわけではないのだが、平民が気軽に買えるほど安くもなく数もなかった。

 異界人の少年は、前世にあった文明の利器に似たタイマーから視線を外し、正面を見据える。



「……スケルトンか。出現する魔物はアンデッド系なのかな?」



 カタカタと歯を鳴らしながら一体のスケルトンが現れた。

 他のダンジョンで出現するスケルトンが剣を装備している場合、質の良し悪しはあるが総じて金属製であるのに対し、目の前のスケルトンの装備は木製の剣が一振りのみ。

 一番最初に遭遇エンカウントする敵であるためか、実力がピンキリな受験者に合わせて出来る限り殺傷能力が抑えられていることが窺える。

 クラン試験の事前説明の中には、グラズヘイム内に現れる魔物は全てリオンの管理下にあるという旨の内容もあった。

 木剣スケルトンはその証明だとも言えるだろう。



「はじめがコレなら、敵は徐々に強くなっていきそうだな」



 手元に武器を出現させることなく接近し、自らの拳を振るってスケルトンを粉砕した異界人の少年は、歩くペースを早めて先に進んでいった。



 ◆◇



「うわぁああああぁぁーっ!?」



 試験用ダンジョンの中間エリアにあたる空間に受験者の悲鳴が響き渡る。

 悲鳴を上げながら走る少年魔法使いの背後には、鉄剣装備のスケルトンの集団がいた。

 鉄剣を振り上げた体勢のまま走ってくるスケルトン達の姿は、傍から見たらコミカルな光景ではあるが、実際に追いかけられている少年魔法使いからすれば堪ったものではなかった。



「ちょ、ちょっと待てって! そんな追いかけられたら魔法が使えないだろ!?」



 普段のパーティーでは、前衛の後方から魔法を放つだけでスケルトンの集団程度ならば余裕で倒せていただろう。

 だが、ヴァルハラクランの一次試験は受験者単独でのダンジョン踏破だ。

 それがどういうことかを考えずに普段通りに攻撃魔法を連発した結果、少年魔法使いは次々と集まってくるスケルトン達を倒しきれなくなり、魔法を発動することもできずに追いかけられていた。



「ぎゃあぁーー!?」



 体力がなくなり足が止まると、背後からスケルトン達に背中を斬りつけられた。

 焼けるような痛みを感じた次の瞬間には視界がボヤけ、気付いたらグラズヘイムの外で仰向けになって倒れていた。



「……あれ、痛っ!」



 半開きの口から戸惑いの声が漏れると、背中に引っ掻かれたような僅かな痛みが走る。

 少年魔法使いは背中の痛みと今いる場所から、自分がスケルトンに斬られて大ダメージを受けたことで、ダンジョンから放り出されたことを直感的に理解した。



「ちょっと、いつまで呆けてんのよ! 負けたなら負けたでさっさと向こうに移動しなさい! 次の奴がいつ来るか分からないんだから邪魔よ!」


「わ、うわぁっ!?」



 ヴァルハラクランの加入試験を手伝っている人造精霊〈拠点精霊シルキー〉の一体が、【念動能力サイコキネシス】を使って少年魔法使いを移動させる。

 強制的に移動させられた先の休息所では、少年魔法使いと同じように脱落後に自動治癒を受けた者達が集められていた。

 少年魔法使いが身体を起こして背後を振り返ると、たった今自分がいた場所に他の受験者が転移してきたところだった。

 血だらけだったその受験者に金色の光が纏わり付くと、数秒ほどで怪我が癒えただけでなく血糊まで消え去っていた。

 かつての戦争時に、負傷者の治療に使われた【聖癒界領リ・サンクチュアリ】と呼称される【虚幻界造オルタナティブ】の改変領域フィールドの一つは、【愛し欲す色堕の聖主アスモデウス】の【欲望の聖祖】による神聖属性強化を受けて治癒力が大幅に強化されていた。

 重傷よりも軽い怪我を徐々にしか治癒できなかった青白い光も、今では瞬時に重傷すら治せる金色の治癒光となっており、その光景はどこか神秘的でもあった。

 完治した受験者も少年魔法使いと同じように呆けていると、シルキーから怒鳴られて休息所に放り出されてきた。



「……なんか、凄いな……」



 背中に残っていた痛みが消えたことにも気付かず、少年魔法使いは目の前で起こったことに対してありきたりな感想を漏らすことしかできなかった。



 ◆◇



「この魔物も本物みたいね」



 試験用ダンジョンの中間エリアから後半エリアへと差し掛かる場所にて、狩人のような格好をした魔角族の女性が、今しがた倒した蟻タイプの魔蟲の死骸を調べていた。

 中間エリアの中頃からはスケルトンなどの下位のアンデッド種だけでなく、魔蟻のような魔蟲種も出現するようになっている。

 女性狩人は下位アンデッド種の次に現れた魔蟲種も本物であることを確認すると、軽くため息を吐いた。


 アークディア帝国の諜報部に属する女性狩人が、神迷宮都市アルヴァアインの情報を収集するために冒険者に扮するようになってから早十年。

 長命種である魔人種からすれば大したことのない年月ではあるが、アルヴァアイン内に限定すれば最近までは変わり映えのない日々が続いていた。

 しかし、ここ数ヶ月のアルヴァアインは非常に騒がしく、変化が絶えない毎日だと言っても過言ではない。

 その渦中にして原因であるリオン・ノワール・エクスヴェルがクランマスターのヴァルハラクランに加わるよう上司から指令を受けた時は、女性狩人は思わず上司に対して悪態をつきたくなった。

 話題のヴァルハラクランに加入したら、何のためにこれまで目立たないように活動してきたか分からないほど、周囲から注目されるようになる可能性があるからだ。

 自分でも意外だったが冒険者業が性に合っていた上に才能もあったため、今の実力だとこのまま踏破できてしまいそうだった。



「……いっそのこと脱落しようかな」



 そんな呟きを漏らしながらも、慣れた動きで上方に向けて狩弓型の魔弓を射る。

 曲射によって放たれた矢は、進行方向先の障害物に隠れていた魔蟻の頭部を正確に射抜き、魔弓の矢の効果によって魔蟻の頭部は爆散した。

 Bランク冒険者である女性狩人は、気付いたらAランク相当になっていた実力を隠すか否かに頭を悩ませつつも、後半エリアへと足を踏み入れていった。

 

 

 ◆◇



「アンデッド、魔蟲と続いて最後は悪魔で終わりかしら。この悪魔種の強さはBランク下位ぐらいかな?」



 胴体の一部などを大きく抉り取られた状態の三メートル近い体躯の〈暴虐の下級悪魔クルーエル・レッサーデーモン〉の死骸を前にして、服装に汚れ一つ無い爽やかな顔立ちをした、竜人族の上位種である真竜人族の美女が独り言ちる。

 彼女はアルヴァアインのクランランキング六位〈双華〉のクランマスターであり、Sランク冒険者〈穿空竜魔〉にして称号〈禍空の魔女〉を冠する【魔女ウィッチ】であるメア・フローラリアだ。

 メアの双子の妹であり、双華のサブマスターであるSランク冒険者のシア・フローラリアをはじめとした双華のクランメンバー全員でヴァルハラクランのクラン試験に臨んでおり、彼女達が試験会場に現れた際はちょっとした騒ぎが起こった。

 

 先日、神造迷宮の第一大階層の下層エリアへと初めて遠征した際に、双華クランは特殊徘徊主ワンダリングボス神の使影アンブラムアポストル〉と遭遇戦となった。

 他の仲間達を逃すために殿を務めたメアとシアは、アンブラムアポストルとの戦闘で瀕死の重傷を負った。

 逃した仲間達が連れてきたリオン達によって一命を取り留めたメアとシアだけでなく、他の双華の面々までヴァルハラクランのクラン試験を受けているのは、リオンとアンブラムアポストルの戦闘を目撃した彼女達からすれば必然だったのかもしれない。


 大量のクルーエル・レッサーデーモンの死骸が散乱する空間を抜けたメアの視界に、これまでの道中にはなかった人工物が見えてきた。



「あら、扉なんて初めてね。ボスかしら?」



 Aランク以上の受験者にだけ最後に用意されているボス部屋の扉を開ける。

 クルーエル・レッサーデーモンの群れが待ち受けていた空間ほど広くはないが、対人戦を行うには十分な広さの部屋の奥には、機能が停止している迷宮門が設置されていた。

 メアが部屋の中ほどまで進むと、背後の扉がひとりでに閉じられた。



「……魔物、いえ、精霊かな? 大体Aランクぐらいの力があるようね」



 扉が閉まると同時に迷宮門の前の地面に三つの召喚陣が出現する。

 召喚陣から濃密な魔力が立ち昇ると、次の瞬間には三体の騎士が召喚された。

 黒と白の色彩の騎士甲冑姿の召喚体の名称は〈戦霊騎士デミエインヘリアル〉。

 リオンのユニークスキル【魔賢戦神オーディン】の【不滅の勇者の祝福エインヘリアル】に二つある能力の一つ【英霊顕現】によって召喚される〈英霊騎士〉の模造品である。

 ただし、戦霊騎士はリオンの下位互換の強さを持つ英霊騎士ほど強くはなく、英霊騎士にはある翼が無いので飛ぶことは出来ない。


 戦霊騎士を構成するのは自我の無い下級精霊達であり、拠点精霊シルキーとは別のアプローチで生み出された人造精霊の一種だ。

 シルキーとは違って自我は無いが、戦霊騎士は心臓である精霊核に刻まれた術式プログラムに沿った自律行動をとる。

 精霊核には多数の下級精霊達が凝縮されており、契約術式や召喚術式などによる召喚主との擬似的な契約と召喚によって、下級精霊達は自らの存在を維持するための経験を積むことができる。

 加えて、下級精霊達は戦霊騎士の身体が破壊されると強制的に送還されるため死ぬこともないので、下級精霊達にとってはメリットしかない契約形態だった。


 この戦霊騎士は、レンタルスキルの初のアップデート時に新体系スキルである〈回数消費チケットスキル〉へと【戦霊騎士召喚デミエインヘリアル】として実装される予定であり、ポイントで購入すれば誰でも召喚・使役が可能になる。

 その実戦テスト兼先行体験として一次試験のボスに採用されていた。

 Sランク冒険者であるメアの前に現れた戦霊騎士は、最高位グレードである星五レンタルスキル【最高位戦霊騎士召喚グランド・デミエインヘリアル】でのみ召喚される個体だ。

 そんな高コストのレンタルスキルがSランク冒険者を相手にどこまで通用するかの実験も兼ねていた。



「倒させてもらうわよ!」



 メアが手を翳すと戦霊騎士達がいる空間が穿たれる。

 ガラスが割れるような音とともに穿たれた空間にあった物質が破壊されるが、三体の戦霊騎士達は空間攻撃を回避していた。

 それぞれが剣盾、槍、弓の武器を具現化させて陣形を組むと、メアに向かって突撃してくる。

 メアは短距離転移で距離を取りながら魔力弾を連発するが、その全てを前衛である剣盾の戦霊騎士が斬り捨てていく。



「なるほどね。じゃあ、これはどう?」



 メアが次元魔法『次元斬裂ディメンジョン・スライサー』を戦霊騎士達に向かって放つ。

 縦一列の陣形の戦霊騎士達を纏めて斬り裂く軌道だったが、容易く回避される。

 だが、回避されることはメアも織り込み済みであり、間髪入れず伸縮自在の鞭型魔導具マジックアイテムを振るい、後衛の弓の戦霊騎士を捕縛した。



「まずは二体。そして、ラスト」



 鞭で捕縛した弓の戦霊騎士を振り回すと、中衛である槍の戦霊騎士へと投げ捨ててぶつける。

 衝突により動きが止まった二体の戦霊騎士へと空間破壊魔法を行使していると、他の個体がやられている間に距離を詰めてきた剣盾の戦霊騎士が、Aランク剣士の如き鋭い斬撃を放ってきた。

 しかし、その一撃はメアが意思一つで発動できる短距離転移によって空を斬り、転移で背後に回り込んだメアによって剣盾の戦霊騎士は空間ごと破砕され、ボス戦はあっという間に終了した。



「相性もあるんだろうけど、三体だけじゃ足りないわね。アンブラムアポストルと比べれば楽な相手だったわ」



 メアは妹のシアと二人がかりでも足止めしかできなかったアンブラムアポストルのことを思い出してそう呟くと、ボスである戦霊騎士達が倒されたことで起動した出口用の迷宮門へと歩いていった。




 

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