第216話 クラン試験当日



 ◆◇◆◇◆◇



 ドラウプニル商会のスキル部門〈マモン〉によるレンタルスキルのサービスが始まってから三週間が経った。

 今日は神迷宮都市アルヴァアインにあるヴァルハラクランの敷地にて、ヴァルハラクランの加入試験が行われる日だ。

 空は雲一つ見当たらない快晴であり、冬の季節が過ぎ去ろうとしているのもあって市内はとても過ごしやすい気候になっている。

 そんな中でも、ヴァルハラクランの敷地内はクラン試験のために集まった者達が漂わせる熱気によって気温が上がっていた。

 まぁ、単に人口密度が高い所為だとも言えるのだが、集まった冒険者達がやる気に満ち溢れていることに変わりない。


 眼下に集まっている冒険者達の視線に晒されながら、壇上にてクラン試験の説明を続ける。



「ーーというわけで、俺が生み出したダンジョンは魔物がダンジョンの外に出てこない神造迷宮と、神々の力が関わっていない幻造迷宮の双方の特徴を兼ね備えた迷宮というわけだ」



 クラン試験の一次試験にはユニークスキル【祝災齎す創星の王パンドラ】の【迷宮創造】にて生成したダンジョンを使用する。

 神造迷宮にはダンジョンエリアとダンジョンの外を隔てる巨大な門があり、この巨大門が魔物が外に出るのを防いでいると世間では認識しているらしい。

 そのため、この試験用ダンジョンの出入り口には神造迷宮の見上げるように巨大な門に似た小さな門ーー迷宮門を採用し、魔物が外に出てくることはないという説明に一定の説得力を持たせている。

 ダンジョンの外観も神造迷宮を彷彿とさせる塔型を採用しているが、巨塔のように高すぎると邪魔なので五階建ての建物ぐらいの高さにした。

 神造迷宮と被りつつも見た目に差異をつけるために、塔の色は巨塔と同じ白ではなく一目で別物と分かる黒にしている。


 ちなみにだが、俺の屋敷やドラウプニル商会関連施設の夜間警備システムである蒐集迷宮〈ラビリンス〉と区別するために、この一般公開タイプのダンジョンは修練迷宮〈グラズヘイム〉と名付けた。

 黒塔グラズヘイムの麓には入り口である迷宮門が十一個形成されており、一次試験は同時に十人まで挑戦することができる。

 残る一個の迷宮門は、十個の入り口の迷宮門と繋がっている出口用の迷宮門だ。



「この迷宮門を潜った先に広がるダンジョンエリアを各々一人で踏破してもらうのが一次試験ではあるが、踏破出来なくても合格とする場合もあることを先に告げておく。この場合の合格基準は非公開だが……まぁ、その者に何かしらの可能性を見出したとでも思ってくれ」



 血気盛んな何名かの冒険者が、未踏破の者でも合格できる条件を尋ねるために挙手していたので、追加で言葉を重ねておいた。

 受験者達が一次試験を受けている様子は俺が常にモニタリングする。

 グラズヘイムという俺のテリトリー内にいるということは、受験者達の様子だけでなく詳細な能力すらも手に取るように把握することが可能だ。


 これは【祝災齎す創星の王】の固有特性ユニークアビリティ〈管理者〉によって管理権限が強化されたことで、対象に干渉できる範囲が拡張しているおかげだ。

 自らの管理領域内であれば、【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップ上で対象の情報を調べるよりも詳細にることができる。

 俺達が今いるヴァルハラクランの拠点はユニークスキル【輝かしき天上の宮殿ヴァーラスキャルヴ】の【宮殿創造】で生み出したのだが、残念ながらここは管理領域外らしい。

 異空間にある権能【強欲神域】の固有領域〈強欲の神座〉に関しては管理領域になっているため、ある程度閉鎖的な場所である必要があるか、その場所を構築するのに使われた能力が一定以上のランクに達していなければならないのだろう。

 おそらくは後者が理由だと思われる。



「試験ダンジョン内は多少の分かれ道はあるが、最終的には全ての道は繋がっているため迷うことはないはずだ。最短の道で徒歩三十分の距離になるが、踏破に掛かった時間は合否に関わらないから気をつけて進め。ただし、制限時間の一時間が経ったり、一定以上のダメージを負った場合は強制的にダンジョンの外に転移される。外に出たらそこで一次試験は終了だ。試験で負った分の怪我はダンジョンに出た先で自動的に治癒されるので安心してくれ」



 ダンジョン脱出後の自動治癒効果はユニークスキル【幻想無貌の虚飾王ロキ】の【虚幻界造オルタナティブ】によるものだ。

 この環境改変能力による自動治癒フィールドも今回の一次試験の柱だと言えるだろう。



「一次試験の途中でダンジョン踏破を諦める者は、自分の受験番号を言った後にリタイアする旨を叫んでくれ。そうすればダンジョンの外に脱出できるからな」



 エリン達にテスターとして協力してもらった後、ダンジョンの序盤で受験者の戦闘スタイルを精査し、以降のダンジョンの構造を変化させる仕様にしたのとは別に、試験用ダンジョン全体の難易度を微調整した。

 元々はAランクで余裕、Bランクで妥当、Cランクで大変ぐらいの難易度だったのだが、これを全てのランクで妥当ぐらいの難易度に調整している。

 まぁ、調整といってもBランクよりも下のランクでは魔物の数を減らして、上のランクでは出口前にボスを用意しただけなのだが。

 受験者の中に何名かいるAランク以上の者達が戦うことになるボスは、レンタルスキルの第一回アップデートで実装されるモノと関わりがある。

 彼らにはそのテストも務めてもらうことにした。

 いやー、ホントに楽しみだナー。



「試験の説明はこんなところだ。大体の部分は前もってクラン試験の告知にも書いておいたが、中にはちゃんと読んでいなかった者もいるだろう。他にも改めて確認したい者もいると思われるため、クラン試験の告知用紙に書かれていたのと同じ内容を載せた掲示板を立てている。自分の順番が来るまでに確認しておいてくれ。それと、ここまでの説明を聞いて、クラン試験を辞退するという者は、早めに近くの係の者に願い出るように」



 アルヴァアイン内の有名クランの冒険者達や、そうではない一般的な実力と知名度の普通の冒険者達。

 冒険者になったはいいが中々実力が上がらず、家族の生活の向上と、自らの成長の可能性を求めてクラン試験に挑む決心をした、長年うだつが上がらない冒険者達。

 見るからに貴族出身だと分かる佇まいをした、周りから若干浮いている煌びやかな外見の冒険者達。

 俺が運営するドラウプニル商会傘下のギムレー養護院の子供達の中でも、年齢的に近々養護院を出る必要がある年長組のうち、以前から強く冒険者を志していた少年少女達。

 俺とドラウプニル商会によって再開発され、今は居住・工業・農業の複合区画となっている元スラム街の出身であり、再開発の際に欠損部位などを俺が治療してやったことで冒険者に復帰した者達。


 各々がクラン試験に挑む事情や経緯は異なるものの、現段階ではクラン試験を辞退するような者は見当たらない。

 少しはいると思ったが、ある程度は安全が保障されているのと、俺が生み出したというダンジョンへの興味が後ろ向きな気持ちを上回っているようだ。



「また、神造迷宮への遠征などにおける荷物持ちポーターを志望する者達は、この後に係の者がポーター用の試験場に案内するので、その者の指示に従って行動してくれ」



 【無表情ポーカーフェイス】【上位種の威厳】【君臨する者】【帝王魅威カリスマ】【一括統率】【懐柔】【群れを率いる者】と多数のスキルを重複発動させながらの説明を終える。

 今回のクラン試験に集まったのは二千人弱。

 本日行うのは一次試験だけだが、この内の何人が次の二次試験に進めるのだろうか。



「俺からの説明は以上だ。次の二次試験でも諸君らと会えることを楽しみにしている。では、健闘を祈る」



 あとの進行を他の者に任せると、【亜空の君主】の【転移無法】でその場を後にする。

 強欲の神座内に作った迷宮管理用の部屋に転移すると、室内にある円弧形の長ソファの中央に座ってから、権能【強欲神域】の力でグラズヘイムの管理画面を目の前に表示させた。

 【無限宝庫】の中から特殊徘徊主ワンダリングボス神の使影アンブラムアポストル〉を倒したことで得たボス宝箱の中にあったワインとワイングラスを取り出して栓を開ける。

 嗜好品〈光揺蕩う天旬葡萄酒ルーヴェール・ワイン〉を、グラスの表面に浮かぶ金の波紋が美しい〈金紋の不朽酒杯ゴルドグラス〉に注ぐと、前もって作っておいた酒のつまみの料理をソファ前のテーブルに並べていく。



「もう説明は終わったのですか?」


「ああ。そっちも卵の見学はもういいのか?」


「はい。全員分の魔力の注入も終わりましたので」



 リーゼロッテに続いてエリン達五人も部屋に入ってきた。

 俺がクラン試験の説明をしている間、彼女達は強欲の神座内の卵部屋に置いてある元マグナアヴィスの二つの卵に魔力を注いでいた。

 卵が取り込める魔力の総量からすればあって無いような量の魔力だが、孵化後に関わることが多いであろうエリン達五人の魔力も注いでおくのは悪いことではない。



「これが私達がテストしたリオンのダンジョンの映像か?」


「ああ。細部は変更したが、シルヴィア達がテストした時から基本的には変わってないぞ」


「個人作成、個人所有のダンジョンだなんて……リオンはクラン試験の後が大変ね」


「マルギットの実家とかが反応しそうだよな」


「アーベントロートだけじゃないわよ。任意の場所に生成できる魔物が地上に氾濫しないダンジョンだなんて、領主や為政者なら誰もが欲しがるでしょうね」


「だろうな。でも、無制限に作れるわけじゃないからなぁ……」


「リオンくん、説得力がないわよ」


「何のことか分かりませんね」



 彼女達もゾロゾロとソファに座ると、テーブルに置いてある酒やジュースを自分達で注いでいく。

 目の前に表示してあるグラズヘイムの管理画面の中から、ライブ映像のみを分けて拡大し大画面で表示する。

 十個の大画面と手元の小さな管理画面、テーブルの上の酒と料理、あとは周りの美女美少女達と、なんとも贅沢な観戦環境だ。

 右にリーゼロッテ、左にシルヴィアと左右にエルフ美女を侍らせ、ワインを飲みながら一次試験の開始を待った。

 


 

 

 

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