第215話 クラン試験の準備
◆◇◆◇◆◇
アルヴァアインの屋敷がある土地の隣には、ヴァルハラクラン用に確保した土地がある。
その高い外壁に囲まれた敷地内には、居住区や鍛練場などといった施設や設備が用意されており、クラン試験後に入団する者達が利用することができる。
その中でも、現在屋内鍛練場に現出しているモノに関しては、平時において利用できるようなモノではないが、クラン試験を受ける全員が利用することになる予定の代物だ。
屋内鍛練場の中央には、普段は存在しない五つの門が設置されている。
それぞれの門の内側は淡く輝きを放っていて、門の向こう側を見通すことが出来ない。
不思議と門を潜った先は此処とは別の場所に繋がっていることが分かるのは、神造迷宮である巨塔のエントランスとダンジョンエリアを隔てている巨大門に雰囲気が似ているからだろう。
そんな巨大門のミニチュア版とも言える五つの門の前に、俺とリーゼロッテは立っていた。
「今更ですが、このリオンが作ったダンジョンをクラン試験で晒していいのですか?」
「確かに今更だな」
「で、どうなのですか?」
「今の俺なら大丈夫だろう。俺のダンジョン生成能力を明かす前に、レンタルスキルとそのサービスを公表してワンクッション置いているから、世間が受ける衝撃は最小限に抑えられているはずだ」
「そうかもしれませんね。どちらも規格外な内容であることには変わりないので、あくまでも無いよりはマシな程度ですけど」
目の前の五つの門ーー俺が作ったダンジョンへと通じる五つの門へと視線を向けながら、リーゼロッテが辛辣な言葉を吐いてきた。
「手厳しいな。まぁ、事実なんだが」
「ダンジョンの中には魔物も出ますが、安全面の説明などは受け入れられるのですか?」
「そこはSランク冒険者でありセジウムの魔塔主の一人でもある俺のネームバリュー次第だな。どれだけ言葉を重ねようと、モノの安全面に関しては、それを成した個人や企業への信頼と同義だ。だから、こればかりは出たとこ勝負になる」
「なるほど。だからこその今のタイミングなわけですか」
「そういうことだ」
ユニークスキル【
せっかくのダンジョン生成能力を、屋敷や商会関連施設への夜間警備にのみ使用するのは勿体無いとは常々思っていた。
リーゼロッテが懸念していたダンジョンの安全面などの問題があったため大々的に使えなかったが、今の俺ならば数々の問題を解決することができる。
「お、帰ってきたな」
その後もリーゼロッテと話していると、一つの門の内側の光が強くなった。
光の中から現れたのは、翅のような魔角が特徴的な魔人種系人類種である戦翅族のマルギットだ。
準ボス級魔物討伐記念に贈った、ライダースーツとドレスアーマーを組み合わせたような竜皮製のタイトな黒い革鎧には傷どころか汚れ一つ見当たらない。
魔槍を肩に担ぎながら紅い長髪を掻き上げながら此方に歩いてくるマルギットに声を掛ける。
「お疲れ様。試験ダンジョンはどうだった?」
「まぁまぁの難易度だったわね。Aランク冒険者なら装備も揃っているから、私みたいな戦士系は当然として、それ以外のポジションでも攻撃手段さえあれば余裕だと思うわ」
「みたいだな」
マルギットの全身の状態からも、目の前の試験用ダンジョンが余裕だったことが分かる。
マルギットの身体をマジマジと見続けていると、別の門も光を放ち出した。
次に現れたのはパーティーの盾役である、金色の長髪を編み込んだエルフ族のシルヴィアだった。
シルヴィアが纏う白い金属鎧も準ボス級魔物討伐記念に彼女に贈った物であり、希少金属
シルヴィアの装備にも傷や汚れはないが、鎧の仕様上から自動で修復と浄化が行われるため実際のところは分からない。
シルヴィアにもマルギットと同じことを尋ねる。
「私もマルギットと同じ意見かな。敢えて付け加えるなら、魔物の攻撃を盾で受け止めた際の感覚からして、よほど質の悪い装備でもない限りはBランクやCランクでも大怪我はしないと思う」
「ふむ。多少の怪我は織り込み済みだし、その程度なら大丈夫そうだな」
それから少しおいて、残りの三つの門からもエリン、カレン、セレナと立て続けに出てきた。
先日の第四回探索後にBランク冒険者に昇級した彼女達も怪我をした様子はなく、普段とは違って一人で踏破したことによる疲労が多少見受けられるぐらいだ。
今回、彼女達五人にはクラン試験用ダンジョンのテスターを務めてもらった。
彼女達は近距離盾役のエルフ族のシルヴィアに、中距離攻撃役の戦翅族のマルギット、近距離攻撃役の狼人族のエリン、遠距離魔法系攻撃・補助役の狐人族のカレン、遠距離物理系攻撃役の人族(
クラン試験の一次試験では、受験者達には各々一人で試験用ダンジョンに挑んでもらうため、そのテスターに彼女達はピッタリだった。
「ということは、遠距離物理系の下位冒険者にとっては難易度が高そうですね」
「うん。魔物が身を隠せる障害物が結構あって射線が通り難かったから、基礎レベルが低くて装備が揃っていない遠距離職の人達には少し厳しいかな」
準ボス級討伐記念にセレナに贈った短銃身型複合魔銃〈ファルケン〉には通常の魔銃としての機能以外にも魔力刃生成機能がある。
セレナには近接戦での技術も鍛えさせているため、ファルケンの性能と合わせれば今の基礎レベルなら近距離でも十分に戦えるだろう。
「うーん、魔法職の人は使える魔法次第だと思う。私はご主人様がくれた魔導書で取得した【空間魔法】で探知系の魔法が使えるから、魔物の待ち伏せは問題なかったわ。あとは足の速い魔物がいたから、魔法の発動速度次第では魔法オンリーの人も厳しそう」
「カレンは気にならなかっただろうが、保有する魔力量でも難易度が大きく変わりそうだな」
カレンに贈った杖には魔法行使の際の消費魔力量を減らす効果と魔力回復力を強化する効果がある。
カレンにはユニークスキル【
逆を言えば、カレンのように魔法系のユニークスキルや
「罠は簡単な物だけでしたが、その罠を避けられるどうかで難易度が多少上下するかと思います」
「致命的な罠はなかったよな?」
「はい。大きな音を鳴らす罠だけは発動したら少し厄介なことになりますが、集まる魔物も弱いので致命的というほどではありませんでした」
斥候技能も身に付けつつあるエリンには、テスターとして罠に気付いてもわざとかかってもらい、罠の難易度も調べてもらった。
エリンが言った大きな音が鳴る罠では魔物の集団が集まってくるのだが、その魔物達は試験ダンジョン全体でも底辺の存在であるため、エリンのような近距離攻撃役にとっては大した敵ではない。
他の四人同様にエリンにも準ボス級魔物討伐記念に新たな魔刀〈ルシオール〉を贈ってあるのだが、この試験用ダンジョンでは基本能力すら使用されることがなかったようだ。
「総評としては、現状だと遠距離職の下位冒険者には不利ってところか」
「試験用ダンジョンの踏破は合否に関係するのですか?」
「関係はするが、一次試験の合否を左右するほどではないな」
「それなら現状のままでも良さそうですが?」
「うーん、それだと条件が平等じゃないからな……序盤のエリアで受験者の戦闘スタイルを調べて、中盤以降の難易度を自動で変化させる仕様にするか。出現する魔物の強さと数を調整すれば、障害物の問題も多少は改善できるだろう」
ダンジョンを事前に複数のブロックに分けて、条件付きで自動的に切り替わるように設定しておけばいけそうだな。
試験用ダンジョンのテストが終わった後。
リーゼロッテとエリン達五人を連れて屋敷へと戻った。
テスターを務めてくれた彼女達を労うのと、ジョブスキルの
「そういえば、ギルドとかに張り出されているヴァルハラクランのクラン試験の張り紙には、
「いや、ポーターの選考には試験用ダンジョンは使わない。はじめはダンジョン内での動きを見るために使おうと思ったんだが、想定よりも応募人数が多くてな。ダンジョンを多数用意できるところは見せたくないし、一つのダンジョンに多数のポーターを入らせると足の引っ張りあいが起きて正確な能力を測れなくなるし、まぁ、色々問題があるわけだ。だから、ポーター志望者にはクラン敷地内の屋外鍛練場を荷物を背負って走ってもらうことにした。長く走った順に合格だ」
「ふーん。長く走っていた順に合格なら大人が有利そうだな」
「そのあたりは年齢層で走るグループを分ける予定だから問題ないだろう」
「なるほどなー。色々考えてるんだな」
気になったことが解消できたシルヴィアが食事に戻ると、次はセレナが話しかけてきた。
「想定よりも応募人数が多いって言ってたけど、その原因って入団したら家族も一緒に住めるという点だと思うわ」
「家族寮のことですか?」
「そうそう。ドラウプニル商会の店舗の一角に家族寮のモデルルームを展示したのがやっぱり大きいわよ」
「入団前に実際に家族寮に入らせるわけにはいきませんし、住むなら実物を観たいだろうと思って用意したんですが、そこまで効果がありましたか」
「この国の一般家庭の生活水準を考えれば、家庭がある冒険者やポーターの人達が殺到するのは当然じゃない?」
「そこまで低いんですね」
「あれ、リオンくんは知らなかったの?」
「うーん、北にいた頃はまだしも、帝都やアルヴァアインに来てからは貴族の屋敷か高級宿に泊まってましたから。今は自作の屋敷ですし、一般家庭の生活水準はぼんやりとしたイメージしかありませんでしたね」
セレナやエリンが一般的な平民の住まいの生活レベルを教えてくれたが、敢えて前世で例えるならば、低賃貸アパートと高級ホテルぐらいの差があるようだ。
クラン試験に合格すれば誰でもそんな高級ホテルな家族寮や独身寮に住めるなら、想定を上回る応募人数の多さも納得がいく。
今の倍率はどれくらいなんだろうな……前確認した時は三十倍ぐらいだったから四十倍ぐらいか?
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