第208話 ファロン龍煌国



 ◆◇◆◇◆◇



 アークディア帝国とロンダルヴィア帝国がある大陸の極東部は、一つの大国によって支配されている。

 大国の名は〈ファロン龍煌国〉。

 その歴史は古く、前述の二つの帝国のうち建国が古いアークディア帝国よりも更に数百年も長い歴史がある。

 自他からファロンとも、龍煌国とも、煌国こうこくとも呼称される大国を治める主な種族は、国名から分かる通り〈龍人族〉だ。

 竜人族と同じく竜種の力を身に宿すと言われている人類種の一つである龍人族だが、竜人族には無い外見的特徴として、龍人族には首筋と首元の部分に龍鱗がまばらに生えている。

 時代によって程度の差はあるものの、この龍鱗の色合いや艶やかさも、外見の美しさを評価する際のポイントになるらしい。


 ファロン龍煌国の首都〈煌都こうと〉の中には、大国の支配者である〈煌帝こうてい〉の優美かつ豪奢な居城がある。

 そんな城の中の一室にて、龍人種の中でも一際美しい白金プラチナ色の龍鱗を持つ二十代後半ほどの外見の男が、配下らしき者からとある報告を聞いていた。



「ーーそうか。失敗したか」



 その血に宿る歴史がそうさせるのか、それとも龍人族よりも龍の力が強い古龍人族ーー龍人族には無い龍の尾が腰部から生えている近縁種ーーだからか、発した声に自然と宿る覇気を受けて報告者の顔が思わず強張る。

 二人がいる場所には彼ら以外の人影はないが、報告者の目の前にいる男が一言命じれば、相手が誰であってもその命を刈り取るために配下達は全力を尽くすことだろう。



「……申し訳ございません」



 実際のところ、そんな命令が自分に下されることがないのは報告者はよく知っているのだが、今回の任務の失敗はそれほどの失態であると認識しているため、つい身構えてしまっていた。

 報告者ーーこのファロン龍煌国の宰相は、部下達が任務を失敗したことに内心舌打ちしたい気持ちをグッと抑えながら、目の前の男に頭を下げて謝罪の言葉を口にした。



「Sランク相当の魔物を幼体の段階から使役できる機会は滅多にないのだがな……まぁ、よい。それで何があったのだ?」



 宰相から謝罪の言葉を聞き入れた男ーーファロン龍煌国の支配者たる今代煌帝の顔には、任務の失敗による憤りの色は微塵も浮かんでいない。

 詳細な報告を聞く前から憤るほど若くはないーー外見は若々しいがーーのと、報告をもってきたのが友人であり親類でもある宰相だからだ。

 寧ろ、宰相が何を考えているかを察して呆れの色が浮かんでいた。

 相変わらず完璧主義者かつ心配性なやつだ、と内心でぼやきつつ、事の仔細を報告するよう宰相へと告げた。



「……ふむ。氷冠青霊鸞マグナアヴィスの卵が置かれているはずの室内には卵はなく、代わりに何者かに殺された族長の死体があったわけか」


「死体の状態からの推測ですが、件の族長が殺されたのは龍影隊が突入する直前の模様です」



 龍影隊というのはファロン龍煌国の暗部の名称だ。

 グランズルム天狩国が入手したマグナアヴィスの卵を奪取するというのが先日の任務だったわけだが、突入直前に何者かに卵を持ち去られてしまい、任務は失敗に終わっていた。



「龍影隊に見つからずに卵を持ち去ったことを考えると、族長を殺した者は転移魔法が使えるようだな。正体に繋がる痕跡は残っていなかったのか?」


「室内を漁った形跡はありましたが、物盗りということ以外には何も分かっていません」


「そうか。長年探していた紅龍剣が見つかったかと思えば、奪取予定だったマグナアヴィスの卵を見失うか。全てが都合良くはいかないようだな」


「引き続き龍影隊には卵の行方と賊の正体を探らせます」


「そうしてくれ。正体と言えば、紅龍剣の持ち主については何か分かったのか?」



 マグナアヴィスの卵を横取りする際に気がかりだったのは親鳥である成体のマグナアヴィスの動向だった。

 そのため、ファロン龍煌国は情報部である龍瞳隊所属の遠視能力持ち〈千里天瞳〉に成体のマグナアヴィスの動きを探らせていた。

 親鳥である成体のマグナアヴィスに襲撃されたグランズルム天狩国の前哨拠点の周辺を監視していると、ロンダルヴィア帝国の第七皇女率いる部隊とグランズルム天狩国の偵察隊の戦闘が勃発した。

 そのまま双方の情報を収集していたところに出現した成体のマグナアヴィスへと、第七皇女の護衛であるランスロットが一人で斬り掛かっていった。

 このマグナアヴィスとの戦闘の際に、ランスロットによって使用されたのが、俗に紅龍剣と呼称される魔剣であり、かつてはファロン龍煌国が所有していた国宝である、四つの偉大なる魔剣の一つ〈燃え盛る紅煌の龍剣ルフスフラム〉だ。



「申し訳ありません。このランスロットという者が属しているアリアンロッド商会の会長も含めて、現状では突然現れたかのように経歴が不明ということしか分かっておりません」


「ふむ。突然現れたかのようにとは……異界人フォーリナーか?」


「その可能性も含めて調査中です」


「そうか。紅龍剣を入手した経緯についてはどうだ?」


「そちらのほうは明らかになっております。どうやらアリアンロッド商会の仕事中に襲撃してきた剣魔霊ソードスピリットの憑代になっていた剣とのことです。今回のマグナアヴィス討伐を国に報告する際にともに報告されていました」



 Sランク魔物の討伐ともなれば国に報告がいくのは当然だ。

 その報告の際に、討伐に使われた武器についても触れられるのは特におかしなことではない。

 そう、おかしくはないが、長年の経験から都合の良い情報だとも二人は感じていた。



「経歴を隠すわりには随分と正直に明かしているな」


「周囲を余計に探られる前に自ら明かしたのでは、というのが情報部の見解です。勿論、明かされた情報が事実だとは限りませんが」


「虚実が織り交ぜられているだろうな。まぁ、構わん。今後もこの男の情報は探っておけ」


「かしこまりました。紅龍剣は如何致しましょう?」


「出来れば取り戻したいところだが、情報部の意見は?」


「普段は【異空間収納庫アイテムボックス】に収納されているため隙を見て強奪するのはほぼ不可能とのことです。また、襲撃して略奪する場合は、紅龍剣を出してくるまで持ち堪える必要がありますが、マグナアヴィスを単独で倒すような相手では、紅龍剣を出すまでにどれほどの被害がでるかが未知数です。そのうえ、そこから全解放されている紅龍剣の相手もしなければならないため、現実的な手段ではないそうです」


「そうであろうな。となれば、残るは買収ぐらいだが、第七皇女の後援を行っている商会の所属ならば、伝説レジェンド級の魔剣を手放すほど金に困ってはおらんだろう」


「使い手であるランスロットごと龍煌国に招くというのは如何でしょうか?」


「第七皇女と結んでいる契約次第だろう。戦時下にある帝国と我が国の関係からすれば、これもまた現実的ではあるまい」


「では、情報収集は継続しつつも、現状はそのままで?」


「ああ、そうしーー」


「何やら面白い話をしておるのう?」



 煌帝と宰相しかいない場に第三者の声が響く。

 二人が執務室の入り口の扉のほうへと視線を向けると、いつの間に入室したのか、そこには一人の女性が佇んでいた。

 狐人族の上位種である天狐人族の二十代前半ほどの外見をした金髪金眼の絶世の美女であり、煌帝と宰相にとっては幼い頃から知っている馴染み深い相手だ。

 だからこそ色々と厄介な人物でもあるのだが。



「……リンファよ。いつからそこにいた?」


「つい先ほどじゃな。外を歩いていたら二人が面白い話をしているのが聞こえてきたのでな。つい入ってきてしまった」


「貴人様。陛下の執務室に無断で入るのは……」


「宰相よ、固いことは気にするな。お前達が面白そうな話をしているのが悪いのだ」


「「……」」



 ファロン龍煌国の煌帝と宰相の二人を前にして、このような物言いが出来る者は国内ではただ一人。

 ファロン龍煌国で唯一のSSランク認定を受けた者であり、各国の冒険者ギルドとそれらを取り纏める〈大陸冒険者協会〉が発足した際に協会から贈られた〈天煌貴人てんこうきじん〉の二つ名や、SSランクに至った際に世界から贈られた特殊な称号〈天喰王てんじきおう〉の名で呼ばれることもある、リンファ・ロン・フーファンその人だけだ。

 ファロン龍煌国の生ける伝説にして守護神であり、その建国にも関わっているリンファは自由奔放な性格であるため、相手が誰であっても接し方は変わらない。

 その相手が生まれた時から知っている今代の煌帝と宰相ともなれば尚更だった。



「どうやら紅龍の牙が見つかったそうではないか」


「はい。ロンダルヴィアにて紅龍剣が発見されました。既に使い手もおります」


「おー、そうそう紅龍剣じゃった。今はそんな俗称で呼んでおったな。しかし使い手がのう。あの〈四煌剣〉の中で最もじゃじゃ馬な剣に認められるとは、その者はどこまで解放できておるのだ?」


「禁書庫にあるかつての紅龍剣の記録と照らし合わせましたところ、第一能力である基本能力に、第二第三能力、そして第五能力であるブレスを使用しているのが確認されました。第四能力は未使用でしたが、第五能力を使用していますので全解放だと思われます」


「ほほう。能力を全て解放できたのは初代の使い手以来じゃのう。数代前のあかの〈四天煌してんこう〉が持ち逃げしてから二、三百年ほど経っとるが、新たな使い手とともに見つかって良かったではないか。これで煌国は安泰じゃな」


「……そう簡単な話ではないのだ、リンファよ」


「どういうことじゃ、ラウ坊?」


「ラウ坊と呼ぶな、リンば、ゴホン。宰相、初めから説明してやれ」


「か、かしこまりました」



 リンばあと言い返そうとして死を感じたラウ坊こと煌帝ラウから命じられ、宰相がリンファに事の経緯を説明する。

 リンファからラウへと向けられた一瞬の殺気の余波を受け、龍人族とはいえあくまでも文官である宰相の顔色は悪かったが、冷や汗を流しながらもどうにか最後まで話し終えた。

 


「ロンダルヴィアの帝位候補者の第七皇女に、経歴不明の護衛のランスロットのう……」



 何かを思案するように黙り込むリンファ。

 その様子を黙って見つめるラウと宰相。

 リンファが再び口を開いたのは、口を閉ざしてから五分が経ってからだった。



「そのランスロットとかいう男の名は本来の名ではないのう。それと、グランズルムの族長を殺し、マグナアヴィスの卵を奪っていったのはランスロットの関係者じゃ……たぶん」


「たぶん、とは、【神通力】を使って視たにしては曖昧な答えだな」


「ふんっ。ラウ坊が思っているほどコレは使い勝手の良い力ではなくてな。知覚能力強化の延長でしかない故に限界はある。儂の力で全てが視れるのは神性存在デウスデアからの加護などの護りが無い一般的なSランクまでじゃ」


「では、ランスロットは加護持ちか?」


「ううむ、少し違うのう。いや、加護持ちというのは合ってはおる気がするが、根本的に何かが異なるような感じでな。そこにいるのにいないような……卵を持っていった者と、ランスロットにということしか視えんでのう。繋がりの意味が普通では無い気がするのじゃが、何かに邪魔されて詳しくは分からん」



 リンファが持つ特殊スキル【神通力】は、対象の人物が遠方にいようとも、その人物の情報のみで相手を観測し、その因果までをも見通すことができる。

 無作為かつ無制限に使える力ではないが、これまでもファロン龍煌国のために使われてきた信頼に足る力だ。

 今回もその力を自主的に行使してくれたリンファがこのような曖昧な反応を示すのは、ラウと宰相が知る限りでは初めてのことであった。


 それから、一言二言だけ追加の情報を告げると、用は済んだのかリンファは去っていった。

 煌帝の居城たる煌城にあるラウの執務室を後にしたリンファは、その足を人目のない場所へと向ける。

 やがて、リンファは廊下の一角で足を止めると背後へと振り返り、指を鳴らして誰も近付かないよう周囲に結界を張った。

 その細められた金色の双眸は、近くの柱の影へと向けられている。



「ーーして、お主はランスロットとやらの背後にいる者でよいのかのう? 或いは、ランスロット自身とでも言うべきか?」



 柱の影、その影の中に潜む生命の息吹無きナニカに向けてリンファは問い掛ける。



「分かっておろうが、先ほどは敢えて伏せた情報がある。ランスロットと繋がっておるお主が何者かまでは視えんかったが、お主が大陸のどの辺りにいるかは視えた。その場所をラウ坊らに明かさなかった理由は分かるか?」



 一見すると柱に向かって話しかける頭のおかしい美女という構図だが、本人は至って真面目だった。

 影の中に潜みラウ達の会話を盗み聞いていたモノがランスロットと繋がりのある者だと確信していた。

 そもそも、リンファが煌帝の執務室へとやってきた本当の理由は、影の中に潜むモノの気配を感じ取ったからだ。

 【神通力】を行使した際に、ランスロットや卵を奪った者と同じ繋がりを影の中に潜むモノからも感じており、反応を探る目的で執務室を退出する際にはソレにのみ分かるよう小さく手招きをしていった。

 それでついて来なかったらそれまでだったが、結果としてソレはリンファへとついて来た。

 問い掛けても反応が無いのを少し残念に思いつつも、言葉は伝わっている感覚はあるのでリンファは更に言葉を重ねていく。



「一言で言えば好奇心じゃな。これまでも、この【神通力】で色々な者を視てきたが、お主ほど見え難い者は初めてでのう。同じSSランクのエリュシュの弓爺やエドラーンの魔女も見え難くはあるが、それらとは少し違う感じだったのが儂の興味を惹いたわけじゃ」



 リンファは柱の前でしゃがみ込み、至近距離から影の中を覗き込むと、妖艶な美姫のようにも、悪戯好きの童女のようにも見える笑みを浮かべる。



「交換条件じゃ。お主が今いる場所と、コレと入れ替わりでラウ坊達のところにやってきた別のナニカが盗み聞きをしていることを見逃してやる代わりに、儂に逢いに龍煌国へと来い。このような仲介役を通してではなく、直接お主を見せよ。期限は、そうじゃな。お主がおる場所からはかなり離れておるし、お主が転移魔法を使えるかどうかまでは分からぬから……うむ。夏の時季が終わるまでは待とうではないか。それが過ぎたら国に報告するからのう」



 それから一方的に自分と接触する方法などを告げると、影の中へと手を振ってから結界を解除して歩き去っていった。

 影の中に潜むモノーーネズミ型眷属ゴーレム〈ラタトスク〉越しに一連のリンファの言葉を、遠く離れたアークディア帝国の地にて聞いていたリオンは、フゥと溜め息をつくとニヤリと笑った。



「まぁ、ファロンの情報やSSランク本人を調べられる良い機会だな。寧ろ好都合だ」



 本来であれば困った事態に陥いるところだが、リオンからすれば国の重鎮たるSSランク冒険者と秘密裏に接触できる絶好の機会であった。

 リオンは自らの今後の予定を振り返りつつ、いつあたりに接触するのが最も良いかに思考を巡らせるのだった。




 

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