第209話 徘徊主〈神の使影〉
◆◇◆◇◆◇
『ーーなぁ、リーゼ』
『なんでしょう、リオン?』
神造迷宮の第一大階層の第五十九エリア帯である迷宮回廊を駆け抜けながら、【意思伝達】にて声には出さないでリーゼロッテに話しかける。
『リーゼの誕生日って来月の中頃だったよな?』
『そうですよ。それがどうかしましたか?』
『んー、まぁあれだ。地上に戻ったら楽しみにしておいてくれ』
『リオンからの初めての誕生日プレゼントですか。楽しみですね。では、さっさと厄介ごとを片付けて地上に戻りましょう』
『厄介ごと……』
『私達にとってもですが、彼女達にとっても厄介な出来事でしょうからね』
『まぁ、確かにな』
第五十九エリア帯の迷宮回廊を駆けているのは俺やリーゼロッテ達だけではない。
回廊を駆け抜ける俺達に続くように、〈双華〉クランの面々も駆け抜けていく。
双華クランは俺達ヴァルハラクランと同様にSランク冒険者がリーダーを務めるクランであり、クランマスターとサブクランマスターの二人がSランク冒険者かつ双子という少し珍しいクランだ。
だが、後方を走る彼女達の中にはSランク冒険者の双子の姿はなく、彼女達の装備にも損傷が目立っている。
トップの二人を欠いた双華クランの面々と遭遇したのは少し前。
ちょうど分身体のオティヌスをマグナアヴィスの巣のあたりで動かしている最中のことだった。
準ボス級も含めた第五十九エリア帯のアンデッドの群れに包囲されていた彼女達を救い出した後、トップの二人がいないことを尋ねた。
彼女達の話によると、どうやら今いるエリア帯のすぐ隣のエリア帯にて、不意に
碌に口論する暇もなかったほどの不意の遭遇戦だったのと、彼我の力の差から自分達がいたら足手纏いになるのが分かってしまったため泣く泣く言われるがままに撤退したようだ。
『上層や中層ならまだしも、出現率の低い下層の徘徊主に遭遇してしまうとは、双華クランも運が悪いよな』
『逃した仲間が撤退先で私達と出逢ったという点においては、彼女達は運が良いですね。レアな敵だからリオンも興味を示しましたし』
『そこらの
経験値稼ぎついでにカレンに治癒魔法を使わせて彼女達の怪我を治療させた後、即座に隣のエリア帯に向けて移動することになった。
これ以上の余計な問答で時間をかけると双華のマスターとサブマスターが助からない気がしたので、交渉・カリスマ系のスキルを総動員して双華の面々をサクッと説得した。
彼女達を残していくわけにもいかないため全員で移動しているわけだ。
「ウボァッ」
「それにしても敵が多いな」
「でも鎧袖一触よね」
「相性が良いからな」
周囲に展開・追従させている【光煌の君主】の【光煌王装】にて生み出した〈閃光煌珠〉から
俺が放つ光線以外にも、カレンが持つ杖の先端からも光線が放たれ、アンデッドを駆逐していた。
俺達の中で一番小柄で歩幅が狭いカレンは俺に背負われており、その状態で光魔法を行使して俺と一緒にアンデッドを撃退している。
俺とカレン以外の者達は走ることにのみ専念しているため、下層エリアで行動しているとは思えない移動速度だ。
双華クランの面々には説得時に目的地に辿り着ける便利なスキルがあると明かしており、徘徊主と遭遇した場所の方角だけを教えてもらった後は、【
隣接するエリア帯のマップはまだ解放できていないが、じきに現在のエリアマップの端に到達する。
マップが解放されれば双華の二人のところに直行することができる。
双華の面々の話によれば、徘徊主と遭遇したのは一時間近く前。
自らの
本来であれば二人だけで挑むには無茶な相手なのだが、双華のマスターとサブマスターは共にSランク冒険者だ。
勝つのが目的ではないので、時間稼ぎに徹しているならば生きている可能性は十分にある。
とはいえ、隣のマップが解放され次第、俺だけでも先行したほうが良いだろう。
[スキルを合成します]
[【氷雪遊戯】+【氷禍の吐息】+【氷妃の抱擁】+【侵凍鎧気】=【氷皇王戯】]
飛び出してくるアンデッドを蹴散らしつつ、分身体で獲得した二体のマグナアヴィスのスキルの一部を合成する。
徘徊主からどんなスキルが手に入るか分からないので、キャパシティは出来るだけ空けておくべきだろう。
もしかすると早速使うことになるかもしれないな。
合成されて出来たスキルの使い方を把握していると、ついに隣接する第六十六エリア帯へと足を踏み入れた。
即座に【情報蒐集地図】の【
解放された第六十六エリア帯のマップ上を検索し、【万里眼】も使って必要な情報の収集を終えるとリーゼロッテに声を掛けた。
「目的地まで誘導するから、俺達は先に行くぞ」
「はい。お気をつけて」
「ああ」
必要最小限の言葉だけ交わすと、背中にカレンを背負ったまま速度を上げて集団から抜け出す。
ここまでは進行方向先に出現する準ボス級のアンデッドを倒す必要もあったので固まって移動していたが、収集した情報からそうも言ってられない状況であることが分かった。
「このままだと間に合わない気がするな。カレン、舌を噛むなよ!」
「うっ、ひゃーー」
【
第六十六エリア帯は、前の第五十九エリア帯と同じ迷宮回廊のフィールドであるため出現する魔物も同じくアンデッド系だ。
これまでと同様に光線で排除したいところだが、今のスピードでは自ら放った光線に当たりかねない。
この光線が本当に光の速さで放たれるなら問題は無かったが、実際には少しばかり遅いからな。
聖なる金炎と光輝を纏ったまま回廊を突き進む。
進路上にいたアンデッドの集団にいたが、纏う金炎と光輝を前方へと集めて大槍の形状へと変えてから、そのまま突貫した。
一切の抵抗なくアンデッド達を消滅させられるのが確認できたので、遠回りすることなく最短経路で駆け抜けていった。
【亜空の君主】の【転移無法】で長距離転移すれば早いのだろうが、視認先への短距離転移ならまだしも、長距離転移だと少しばかり隙ができてしまう。
故に、下層の徘徊主の情報が少ない状況では危険だと判断して転移は使用しなかったのだが……。
「うぷっ」
大精霊の力で保護しても幼い身体には負担が大きかったらしく、カレンがグロッキー状態になっていた。
無理をさせて悪いとは思うが、もうすぐ着くので頑張ってくれ。
やがて、リーゼロッテ達と別れてから十秒が経とうとしたタイミングで目的地に到着した。
到着した先では真っ白な姿の人型の徘徊主が、手に持つ光剣で一人の女性を突き上げていた。
徘徊主の足元には、光剣で貫かれている女性によく似た別の女性も倒れている。
【
【転移無法】で背後のカレンを少し離れたところに放り出すと、刹那の間に徘徊主との距離を詰めて聖剣デュランダルで斬り掛かった。
徘徊主は女性から光剣を引き抜くと、デュランダルによる斬撃を真正面から受け止めた。
「カレン! 二人を治療しろ! 杖の力を使えばまだ助かる」
「わ、分かった!」
【氷皇王戯】で徘徊主の足元を凍り付かせて動けなくしつつ、【強欲王の支配手】で双華の二人をカレンの近くへと移動させた。
準ボス級魔物を倒せるようになった記念に、カレンの杖は新しい杖に変わっている。
その杖の能力の一つに肉体の欠損を修復するほどの治癒能力がある。
杖のランクのわりには強力な能力であるため、一日あたりの回数制限があるなどのデメリットがあるが、今こそが使いどころだろう。
「チッ。これも試練ってか」
鍔迫り合いをする徘徊主の後方の空間に黒い渦が発生し、その中から徘徊主とよく似た装いの人型魔物が次々と現れてきた。
徘徊主ほどではないが、感じられる力からすると冒険者換算でA~Bランクぐらいか。
目の前の徘徊主〈
【強欲なる識覚領域】で俺の後方を見たところ、双華の二人の治療が終わるにはまだ時間がかかりそうだった。
治療が終わったとしても重傷の二人は意識を失っているため、すぐに復帰できるとは限らない。
【意思伝達】で最短距離をナビゲートしているとはいえ、リーゼロッテ達が到着するまでもう少しかかるだろう。
このままだと、額に脂汗を浮かべながら治療に専念しているカレンも危険だ。
「コレも使いどころか。【
スキルの発動によって、俺の背後に十二本の聖剣が現出する。
宙に浮かんだままの炎と雷を纏う光の聖剣に対して指示を出す。
「カレン達三人を護衛しながら増援のアンブラムミレスを狩り尽くせ!」
俺の指示を受けたクラウソラス達が、ギラッと剣身を光らせてから後方から姿を消す。
次の瞬間、カレン達へと襲い掛かろうとしていたアンブラムミレス達が幾重にも斬り刻まれ、続けて発生した炎と雷によってトドメを刺されていった。
クラウソラスによって彼我の戦力比が逆転したからか、先ほど以上の数の黒い渦が生まれ、大量のアンブラムミレス達が更なる増援として現れた。
今回出現したアンブラムミレス達の装いも、徘徊主であるアンブラムアポストルとよく似ており、白一色の装備に刻まれた聖印からも素性は確定だ。
「ここの徘徊主は光神の使徒と信徒達の偽物で確定かな?」
神々が創りし迷宮である神造迷宮は、人類に多くの恩恵を齎してくれるが、同時に試練を与える場所でもある。
上層と中層に出現する徘徊主は一目で魔物と分かる相手であるが、下層と深層に出現する徘徊主はどちらも人間の外見をした人型の魔物であるアンブラムアポストルだ。
人型の魔物という表現は正しくないのかもしれないが、まぁ構わないだろう。
その正体は過去に実際に存在した神の使徒達を再現したモノであり、下層深層まで到達した人類の力を試すために神々が特別に用意した試練……らしい。
教会こと神塔星教の総本山であるエリュシュ神教国が公開している情報だが、対面しているアンブラムアポストルに称号〈神殺し〉が反応しているので間違いないだろう。
徘徊主によって信仰神は異なるのだが、今回の徘徊主とその配下達は光神の使徒と信徒達で間違いないようだ。
「っと! 危ないな」
「……」
地面を踏み鳴らし、指向性の衝撃波のように足元から発生させた【氷皇王戯】の冷気が地面を凍らせながらアンブラムミレス達を呑み込む。
その際に生まれた隙を見逃さなかったアンブラムアポストルが、光剣で強引にデュランダルを跳ね上げてから横薙ぎに振るってきた。
斬撃を避けるために後ろに退がっている間に、アンブラムアポストルは素早く光剣を振るって自分の足元の氷を砕いて脱出していた。
「迷宮からの
「……」
徘徊主達の全身は全て白一色で統一されているが、元になった人物の姿が分からないように顔の部分だけは黒いモヤに覆われている。
俺の発言を受けて、その黒いモヤの向こうにある顔が笑みを浮かべたような気がした。
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