第206話 青き氷鳥、紅き龍炎
◆◇◆◇◆◇
「ーーふむ。結構速いな」
見上げるほどに巨大な
その力は凄まじく、常に冷気を発するその巨体に近付くだけで大半の武具は凍り付き、対策を取らねば殆どの生物は凍死してしまうことだろう。
リーゼロッテから借りている【氷源の魔女帝】と自前の【氷凍完全耐性】などによって、俺自身は多少寒さを感じる程度で済んでいるが、魔剣アロンダイトと装備している防具の表面は薄っすらと凍り付いていた。
マグナアヴィスの魔力をたっぷりと宿した冷気により、表面だけでなく内部にまで魔力入り冷気が浸透したことで術式が破壊され、防具が有する能力までもが使えなくなっていた。
元よりランスロットの防具には力を入れておらず、その能力も使っていなかったので別に構わないのだが、武器の斬れ味が悪くなっているのだけはいただけない。
アロンダイトの斬れ味が悪くなったせいで、初撃は六つある翼の一つを少し斬り裂くことしか出来なかった。
その時のように、【強欲竜の眼光】をはじめとした複数のスキルでマグナアヴィスの動きを止めようとしているが、慣れてしまったのか殆どが
思っていたよりも動きが素早いマグナアヴィスに有利な空中戦において、満足にダメージを与えられないというのは地味に厄介だった。
本体よりも弱体化している分身体のステータスを補うため、ユニークスキル【
「……どうしたもんかな」
元々、アロンダイトは対人戦用に作った魔剣だ。
有する能力も対人戦に主眼を置いているため、はっきり言って超大型魔物であるマグナアヴィスとは相性は悪い。
それでも時間を掛ければ勝てるだろうが、護衛対象から長時間離れて戦うのは如何なものかという思いもある。
どうするか悩みつつ、マグナアヴィスが高速で飛び回りながら大量に放ってきた氷槍ーー一本一本が十トントラックぐらいのサイズーーを避け、反撃とばかりに魔銃ヤークトフントを取り出して【狩猟群弾】を放つ。
数十もの魔弾の群れがマグナアヴィスに追い縋り、その巨体に着弾しようとする直前に全ての魔弾が凍り付き霧散した。
「やっぱり、この程度の
遺物級の一つ上の
更に上の伝説級では、相性が良くないとアロンダイトと同様に時間が掛かってしまう。
それぞれの条件に該当する武器は持っているが、後々のことも考えて武器をチョイスする必要がある。
Sランク魔物であるマグナアヴィスを倒したとあっては、使用した武器にも注目が集まるのは当然だからだ。
「……敢えて一石を投じるのも一興か」
空中で立ち止まり、離れたところにいるマグナアヴィスを見据える。
どこかの国の奴が千里眼的な力で覗き見しているようだが……まぁいいだろう。
俺が追いかけてこないことに気付いたマグナアヴィスが振り返るのを見ながら、【無限宝庫】から一振りの魔剣を取り出すと黒塗りの鞘からその刀身を引き抜いた。
「ーー起きろ、〈
紅い柄に金の鍔、金色の龍の刻印が施された真紅色の刀身で構成される刀型の魔剣ルフスフラム。
この魔剣はかつて、アークディア帝国の帝都エルデアスに着いて間もない頃に受けた共同墓地のアンデッド退治の依頼の時に手に入れた刀だ。
襲い掛かってきた霊体系アンデッド〈
意思のようなものがあるようで、自分を使ってくれとしつこく念を送ってくるのが玉に瑕な魔剣だが、性能は非常に高く、俺も自分好みに改良することなくそのまま復元したほどだ。
ランク的にも性能的にも国宝クラスだが、どこの国のものなのかは分かっていない。
まぁ、デザインと名称から候補はかなり限られているのだが……反応が楽しみだな。
「【紅鱗龍体】」
能力発動と同時に、身体の表面に紅い魔力で構成された鱗状の魔力障壁が一瞬で形成される。
竜種の一種である〈龍〉の如き膂力とスタミナ、生命力が身に宿り、両眼が紅き龍眼へと変貌する。
「【禍炎双翼】」
背中から吹き出した真紅色の炎が翼を形成し、飛行能力と双翼を構成する超高温の炎を操る能力を獲得した。
これで空中を走り回る必要はなくなったな。
「HWOOOOOーーー!!」
離れたところにいたマグナアヴィスが氷のブレスを放ってきた。
距離があるためブレスが到達するまで猶予がある。
炎の翼を羽撃かせてブレスを避けると、魔剣ルフスフラムの基本能力【炎塵魔刃】で刀身から真紅色の炎を発生させ、その状態でマグナアヴィスへと斬撃を飛ばす。
紅炎の斬撃はマグナアヴィスの冷気を受けても一切凍ることなく突き進み、ブレス後で硬直していたマグナアヴィスの巨体を斬り裂いた。
「HWO、WOOOOOOOOッ!?」
こちらの斬撃も距離があったせいで威力が減衰してしまったが、マグナアヴィスの身体に傷をつけることには成功した。
痛みによる悲鳴と、直撃したことによる驚きの混ざった声をあげるマグナアヴィスに向かって飛翔する。
翼の紅炎を
炎翼とルフスフラムが発する熱によってマグナアヴィスが纏う冷気は打ち消され、紅炎の刃は斬れ味を一切失うことなく冷気の鎧を失った巨体を深々と斬り裂いた。
先ほどよりもダメージが大きいはずだが、マグナアヴィスは悲鳴を上げずに鋭利な嘴で反撃を仕掛けてきた。
斬撃で接触したことによって至近距離で失速している俺の位置は、マグナアヴィスにとっては絶好の攻撃ポジションなのだろう。
だが、それは俺にとっても同様だ。
頭上から迫り来る嘴による突きは、おそらく前哨拠点で凍り付いていた大魔導を刳り抜いた攻撃と同じはず。
どれほどの威力なのかを体験する気にはならないので、炎翼の各部から炎を噴出させてコマのように回転しながら避けて、マグナアヴィスの更に懐へと潜り込む。
凄まじい勢いの嘴が近くを通り過ぎるのを感じつつ、空中を強く蹴って跳び上がる。
狙いは頭上で曝け出されているマグナアヴィスの
そんな多くの生物に共通する急所に向かって魔剣ルフスフラムを振り上げた。
「チッ」
紅刃が頸部に触れる直前、頸部を覆う羽毛がざわつき、一瞬で鋭利な刃と化して射出されてきた。
至近距離で散弾の如く放たれた羽毛を斬り払い続ける。
キンッという金属同士が接触したかのような音が絶え間なく響き渡る。
金属音が二十を数えた頃、これまでの比ではない冷気の暴風がマグナアヴィスから放出され強制的に吹き飛ばされてしまった。
冷気の暴風自体に破壊力があったが、【紅鱗龍体】で纏った龍鱗を模した魔力障壁を破るほどではないのでダメージはない。
地上のほうへと流されていくのを炎翼で無理矢理踏み止まって上空へと視線を向ける。
そこには、先ほど以上の体内魔力を練り上げて、今にもブレスを放たんとするマグナアヴィスの姿があった。
口内に収束している魔力量と彼我の距離、ブレスの範囲、そして今もなお周囲で吹き荒れる風による妨害があるため、次も避けるのは困難だろう。
ならばーー。
「ーー正面から迎え撃つ」
両手で柄を握り、地上を背にしてルフスフラムの刀身の切っ先をマグナアヴィスへと向けた。
紅き刀身に同色の龍炎が螺旋状に纏わり付き、体勢を整えるために背後の炎翼が激しく炎を噴出する。
刹那のうちに準備を済ませた直後、マグナアヴィスの魔力の収束が終わった。
「HWOOOOOOOOOーーーー!!」
「咆えろーー〈
マグナアヴィスの口からも青き氷嵐のブレスが放たれ、彼我の中間地点で激突した。
超々低温のブレスと超々高温のブレスによる衝突によって爆発的な勢いの衝撃波と魔力波が周囲に吹き荒れる。
それらによってマグナアヴィスの後方の空に浮かぶ雲が散り散りになり、俺の後方の地上の氷雪が溶けて地面が露出する。
二つのブレスは拮抗しているが、このままの状況を維持していたら周りの環境が破壊され、護衛対象であるアナスタシアのところにまで被害が及ぶかもしれない。
想定よりも環境への影響が強いため、決着をつけるのは早いほうが良さそうだ。
「このまま押し通す」
ランスロットに許されている能力は、
そういった能力の中から、常時発動している【炎熱属性超強化】だけでなく、翼が無い状態の時よりも翼がある状態の時のほうが攻撃力が更に強化される【
こちらのブレスの出力が一気に増し、マグナアヴィスのブレスを押し返していく。
マグナアヴィスもこのままでは押し負けることが分かったらしく、強引にブレスを中断して避けようとしている気配を感じ取った。
「そうはさせん」
これまで使わなかった数ある手札の一つであるユニークスキル【
左眼の中に三角の配置で瞳が三つに増えた状態で【掌握の魔眼】を発動し、通常の三倍以上の出力でマグナアヴィスを凝視する。
魔眼に凝視されたマグナアヴィスが、周囲の空間を支配されて数瞬だけ拘束された。
魔眼スキルは一度も行使していないためまだ抵抗できるほど慣れていない上に、ユニークスキルによって出力を強化したためSランク魔物相手でも効いてくれたようだ。
避けるタイミングを完全に逃したマグナアヴィスは、そのまま自らのブレスを蹴散しながら突き進んできた龍炎のブレスにより、頭部の一部と首の殆ど、そして六つある翼のうちの二翼を消滅させられて絶命した。
[スキル【氷禍の吐息】を獲得しました]
[スキル【侵凍鎧気】を獲得しました]
[スキル【頂点捕食者】を獲得しました]
[スキル【高貴なる蒐集家】を獲得しました]
[スキル【氷冠の霊鳥】を獲得しました]
[スキル【氷嵐の支配者】を獲得しました]
[スキル【比翼の理】を獲得しました]
[マジックスキル【氷獄魔法】を獲得しました]
少し手こずっただけあって獲得した新規スキルも多い。
新規スキルから色々分かったことがあるが、そちらのほうは別の分身体に任せるとしよう。
地上へと落ちていくマグナアヴィスの死骸の真下へと移動すると、その巨体を支えて落下スピードを落とす。
本体だったら【
覗き魔の仮想視界を破壊できないのも同じ理由で、こういう時に本体が使っているデュランダルのような手段がランスロットのほうには無いからだ。
近いうちに千里眼などの空間視対策の魔導具でも作らないといけないな。
マグナアヴィスの死骸を持ち上げたまま地上に着地すると、すぐに死骸を【
空を飛ぶ鳥タイプの魔物というのもあって、見上げるほどの巨鳥であるマグナアヴィスの死骸の重量は意外と軽い。
それでもアイテムボックスに収納できるほど軽いわけではないのだが、そこまでは気にしてられないので無視する。
都合良く特殊な収納系スキルや収納強化系スキルがあるのだと思ってもらうとしよう。
展開したままの炎翼で再度飛び立ってアナスタシア達の元へと向かう。
戦っているうちに結構な距離を移動していたが、マップのおかげで迷うことなく帰還できた。
こちらの戦闘も終わったようで、炎の翼を生やした俺の姿に隊員達の殆どが驚いている中、アナスタシアだけは微笑を浮かべて此方を見上げている。
色々と聞きたそうな顔をしているな、と思いつつ、アナスタシアの元へと炎翼を羽撃かせていった。
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