第205話 寒空の下の戦闘



 ◆◇◆◇◆◇



 グランズルム天狩国の部隊と接敵して間もなく戦端が開かれた。

 てっきり最初は互いに情報収集がてら対話でもするのかと思っていたのだが、ロンダルヴィア帝国とグランズルム天狩国は既に戦争状態であるため対話を行うことは基本的にないらしい。

 まぁ、北の大地を占領したいロンダルヴィア帝国と、南方の国々から凡ゆるモノを略奪したいグランズルム天狩国が相容れないのは当然か。


 矢に銃弾に魔法が飛び交う光景を後方の指揮所から眺めながら、自作の特製スープを飲んで身体を温める。

 俺の横には部隊指揮官兼第七皇女である護衛対象のアナスタシアもおり、同じようにスープを飲みながら戦場を見下ろしている。

 この突発的に起きた戦闘だが、占領した前哨拠点という陣地の優位性もあり、現在に至るまで此方側が圧倒的に有利な状況が続いていた。

 此方の部隊の隊員達の装備は、雪原仕様の軍用魔銃を筆頭に量産品としてはかなり質が良い物が揃えられている。

 アナスタシアを後援するためにロンダルヴィア帝国に作ったアリアンロッド商会からの資金援助により、アナスタシアの派閥に属する隊員達の装備の質は以前よりも向上している。

 国は最低限の装備は支給してくれるものの、その装備品はあくまでも普通レベルの軍用品でしかなく、より上質で高価な軍用品を使用するためには金が必要だった。

 これまでの第七皇女派閥には資金に余裕がなく、装備も基本的なレベルの物しか揃えられなかったが、今では国から帝位候補者の部隊に支給できる中では最上級の軍用品を入手できるようになっていた。

 結果、今回の前線への派遣においても、グランズルム天狩国との戦闘を想定した装備を万端に揃えることが可能になったわけだ。

 だからこそ、基本的な行動方針を伝えるのみでも戦闘を有利に進めることができている。



「これ美味しいわね」


「向こうの商会でも軍に売り込む予定の糧食の一つでね。今回のことは試食してもらうのに良いタイミングだったよ」



 指揮所には俺の正体を知る者達しかいないので口調を飾らず雑談に興じている。

 周りの者達も同じようにスープを飲んでおり、この場だけを見る限りでは戦場とは思えないだろう。

 上官とはいえ、隊員達がこんな場面を目撃したら反感を買いそうだが、アナスタシアのカリスマ性と俺の武力もあってか反感を抱く者はいなかった。



「また来たか」



 一歩だけ前に進み、腰帯に差している鞘から魔剣アロンダイトを抜き放ち、曲射でアナスタシアを狙ってきた矢を斬り払う。

 敵部隊の中には一人だけ凄腕の弓使いがいるようで、戦闘開始直後から時折アナスタシアを狙い撃ちしてきていた。

 俺が出ればすぐに処理できるのだが、それは狙われた張本人であるアナスタシアから止められていた。



「良いアピールになるわね」



 命を狙われても微塵も焦る様子を見せないことによって部下達から更なる崇敬の念を獲得し、凶弾を容易く防ぐ俺の姿を見せつけることで彼らの心に安心感を与えるのが目的らしい。

 なんとも肝の据わった皇女様だこと……。

 片手でスープの入ったカップを持ったまま、再度放たれてきた矢をアロンダイトで斬り落としていく。

 これで狙撃も四回目か。



「アピールにはなるだろうが、あまり狙われ過ぎると逆効果になるかもしれないぞ?」


「ふむ。それもそうね……ここから狙える?」


「余裕だな」


「それじゃあ任せたわ」


「了解」



 どれで倒そうか……当て付けで同じ弓矢で倒すかな。

 スープを飲み干してからアロンダイトを鞘に納めると、【異空間収納庫アイテムボックス】へと放り込んだカップの代わりに一つの魔弓を取り出した。

 この魔弓〈射殺す必中の弓フェイルノート〉は、分身体のオティヌスがとある国の辺境にある棄てられた古城の隠し部屋から発掘してきたものだ。

 正確には、発掘した朽ちかけていた魔弓を復元したものであり、その際にデザインを少し変えたので名称も変更した。


 白地に金飾というシンプルかつ高級感を漂わせる魔弓フェイルノートを構える。

 フェイルノートの弦を引くと、俺の魔力を自動的に消費して矢が生成された。

 使用するのは基本能力【必滅魔弾】による矢弾と第二能力【百発百中】だけでいいだろう。

 キリキリと弦を引き絞り、【火眼金睛】と【狩猟王の瞳】で対象を捕捉し狙いを定める。

 【百発百中】は名前通りの効果を持つが、ある程度は狙いを定めてやる必要があるからだ。

 相手側は曲射でなければ矢が届かなかったが、俺の膂力とフェイルノートの弦の性能があれば直射が可能なので、指揮所がある高台からそのまま射る。



「ーーうん。我ながら良い腕だ」



 【百発百中】はいらなかったかもしれないほどに綺麗な弾道を描きながら、ターゲットであるワイルドエルフの心臓部を貫いていった。

 左胸に大穴を空けてから落馬したワイルドエルフの手に握られていた魔弓が掻き消え、【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】によって【無限宝庫】へと自動収納される。



[スキル【軽業の心得】を獲得しました]


[保有スキルの熟練度レベルが規定値に達しました]

[ジョブスキル【高位弓術師ボウ・ハイロード】がジョブスキル【弓王キング・オブ・アーチャー】にランクアップしました]

[ジョブスキル【高位狩猟術師ハンティング・ハイロード】がジョブスキル【狩王キング・オブ・ハンター】にランクアップしました]



 随分とジョブスキルの熟練度が高かったらしく、俺のジョブスキルの熟練度と統合されたことでランクアップを果たした。

 ジョブスキルの熟練度的にも、今倒したワイルドエルフは有名人なのかもしれない。

 【亜空の君主】の【君主権限】による空間干渉能力と【地獄耳】を組み合わせて、離れたところにいるワイルドエルフ達の会話を盗み聞きしてみた。



「……なるほど。どうやら倒したのは、グランズルムに幾つかある部族の長だったみたいだ」


「族長の一人だったの?」


「周りの奴らの発言的にはそうらしいな」



 既に知っているグランズルム天狩国の文字の知識と【言語理解】、【大賢者の星霊核】の演算能力などを駆使して彼らの会話のヒアリングと翻訳を同時進行したところ、俺が倒したのは彼らにとって支配者階層に位置する人物であることが判明した。



「彼らは援軍? それとも調査隊?」


「これも発言的に調査隊みたいだな」


「大魔導の一人が駐留し、壊滅したら族長の一人が調査隊に加わるような拠点か……そういえば、何か見つかったかしら?」


「ああ。戦闘が始まる直前に、拠点の指揮官室でコレを見つけたぞ」



 懐から前哨拠点の指揮官によって書かれた日誌を取り出してアナスタシアに手渡す。



「……読めないわね。内容は?」


「どうやら、数十年に一度、今の時期にこの前哨拠点から北に行ったところにある何処かの山で〈氷冠青霊鸞マグナアヴィス〉という魔物が卵を産むそうだ。そこで死んでいる大魔導が属する一派は、マグナアヴィスの巣から卵を奪取し、卵から孵った雛を使役するのが目的らしい」


「そういうことね。それで卵は?」


「奪取に成功したと書かれていたな。日誌に書かれていたのはそこまでだったが、状況的にも盗んだのが親鳥にバレて襲撃されたってところだろう」


「卵は取り返したのかしら?」


「いや、最後のページに、雛鳥と同じ魔力を発することができる特殊な魔導具マジックアイテムを使って親鳥からの追跡を撹乱するとも書かれていたから、盗まれたままなんじゃないか? この魔導具は大魔導でないと使用できないらしいから、奪取後も大魔導はここに残っていたんだろうな」



 ちなみに卵のほうには、逆に発する魔力をできるだけ遮断する魔導具を使用したらしい。



「大魔導を一人犠牲にしてまで入手するほどの魔物なのね。その魔物のランクは?」


「日誌によれば暫定でSランクだそうだ」


「ワイルドエルフに使役されたSランク魔物か。帝国や周辺諸国にとっては最悪ね」



 数十年に一度産卵するなら、成体になるには相応に時間がかかるだろう。

 人族ならば卵から育てても実戦に使えるようになる頃には使役者は高齢になっている。

 だが、グランズルム天狩国のワイルドエルフ達はエルフ種なだけあって長命なので、育成に時間がかかることは問題にならない。

 グランズルム天狩国と国境を接する国々にとっては、将来における脅威が育つことになりそうだ。

 まぁ、取り敢えず将来のことは横に置いておくとして……。



「それも最悪だろうが、今はそれ以上に最悪なことがあるんだ」


「……なんだか予想がついたわ。向かって来てるのね?」


「流石だな。北の方角から急速接近する巨大な反応を感知した。おそらくは親鳥のマグナアヴィスだろう。どうも、廃墟になっていた前哨拠点内にいた鳥系魔物はマグナアヴィスの眷属だったみたいだな」



 まぁ、北に送り込んでおいた眷属ゴーレムによって開放されたマップに、つい先ほど巨大な光点が表示されてから気付いたんだけどな。



「盗っ人が戻ってきた時のために配置していたんでしょうね。今からでは逃げられないだろうし、帝国国内に連れていくわけにもいかない……勝つ自信は?」


「今よりも厳しい条件下でも一人で竜を倒した俺には愚問だな」


「それなら任せたわ。頼んだわよ」


「任された。こっちは大丈夫か?」


「族長も倒れたし、残りのワイルドエルフ達ぐらい余裕よ。いざとなったら私のユニークスキルも使うわ」


「それなら余裕だろうな……来たか」



 アナスタシア達と共に北の方角に視線を向けると、氷雪が舞う寒空の中に浮かぶ青い巨影が見えた。

 嘴から尾羽までの全長と、左右の翼を広げた翼開長もそれぞれ五十メートルはありそうだ。

 前世の旅客機並みに巨大なのだから、その威圧感も相当だ。

 というか、グランズルム天狩国はこのサイズの魔鳥を使役するつもりなのか……スケールのデカい話だな。


 地面を蹴って空中へと跳び上がった後は、【狩猟神技】の空中歩法能力で空中を駆けて上空へと高速で移動する。

 アナスタシア達がいる前哨拠点が攻撃に巻き込まれないように迂回しながら移動すると、接近してくるマグナアヴィスも俺に気付いた。



「卵を盗まれたことは同情するが、こちらも仕事なんでな。悪く思うなよ」


「HWOOOOOーー!!」



 マグナアヴィスからの威嚇の咆哮に対抗するように、【強欲竜の眼光】【戦神覇輝】【君主の星圧】を発動させた。

 強欲な竜の如き欲深き眼光に、自らには強化を敵には弱体化を強いる戦神の如き覇気、そして高重力場に陥ったかのような強烈なプレッシャーの三つを重ねてマグナアヴィスへと発する。

 Sランク魔物すらも一時的に硬直させることができるスキルの組み合わせによって隙が生まれると、抜剣した魔剣アロンダイトでマグナアヴィスへと斬り掛かった。



 

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