第204話 廃墟の拠点にて



 ◆◇◆◇◆◇



 世間的には、グランズルム天狩国は狩猟採集社会だと言われている。

 一年を通して雪と氷に覆われている北の地に近いこともあり、国内の気温は常に低く、空気は乾燥している。

 そういった気候の問題などもあって殆どの農作物が育たないため、温暖な気候の土地を求めて他国に攻め入るようになった、という話を聞かされれば、大半の人々はその経緯に納得するだろう。

 だが、それは正しくもあり間違ってもいた。

 この世界には魔法やスキルといった常識を覆す力が存在する。

 グランズルム天狩国にもそういった力があることは、少し考えれば分かることだ。



「ーーで、本当にコレが、いえ、彼がグランズルムにおいて〈大魔導〉と言われる者の一人なのですか?」


「着ている特徴的なローブからして間違いないわね。大魔導の誰かまでは分からないけど」


「まぁ、そうでしょうね……」



 現在、ランスロットとアナスタシアがいるのは、廃墟と化したグランズルム天狩国の前哨拠点の中央広場だ。

 そこにあった氷塊の中にあるモノの正体について話をしていた。

 氷塊の中にあるモノ、それは人の死骸だ。

 だが、その死骸は酷く損壊しており、右腕と右肩、右胸、そして頭部が、それらを覆っていたであろう氷ごと抉り取られていた。


 残っていた肉体が纏っている特徴的なデザインのローブから、死骸の正体がグランズルム天狩国において大魔導と称される重鎮の一人であることが判明した。

 魔法に秀でていないワイルドエルフだとは思えないほどに魔法の才に恵まれた超希少な人材であり、その魔法の力を使って首都などの重要都市に外からの寒風を防ぐ結界を張ったりなどしているらしい。

 一般には知られていないが、とある都市では大魔導の一人によって張られた結界内の魔法で作られた温暖な環境の元で、様々な農作物が育てられているそうだ。

 単独で結界を張っているのかどうかは不明だが、都市を丸ごと覆うほどの結界を張れるならば、その魔法技能はかなりのモノだろう。

 アークディア帝国で例えるならば、宮廷魔導師になれるぐらいの技量はあるはずだ。

 全部で何名いるかは分かっていないが、ロンダルヴィア帝国の調べによると十人はいないらしい。

 ワイルドエルフ達の魔法適性の低さを考えると、大魔導達は国家の生命線と言っても過言ではない。

 そんな重鎮の一人が、こんな他国との国境に近い前哨拠点にいたわけだが……。



「彼を使ってギリム要塞に攻め入るつもりだったのでしょうか?」


「どうかしら。大魔導が戦に投入されたのは、帝国で確認できている限りでは自国に逆侵攻された時だけなのよね。方針を変えた可能性もあるけど、状況的にもおそらく違うわ」



 大魔導が駐留していた拠点が超巨大な鳥系魔物に襲撃されたことを、偶然の一言で片づけるわけがないよな。



「ここで何かをしていたか、或いは魔物が興味を示す何かがあった、といったところですか」


「そう考えるのが妥当でしょう。私の護衛はカーチャに任せて、ランスロットも拠点内の調査に参加してちょうだい」


「よろしいのですか?」


「拠点内にいた魔物は排除したから大丈夫でしょう。それに、ランスロットなら他の者よりも何かを見つけそうだもの。だから頼んだわよ」


「かしこまりました」



 アナスタシアに命じられたので前哨拠点内の調査に加わるとしよう。

 彼女が言うように、前哨拠点に入る際に内部に数体いた鳥系魔物は全て排除したから危険性はないだろう。



「フフン、あ痛っ!?」



 去り際にカーチャことエカテリーナがドヤ顔をしてきたので、魔力で豆粒大に押し固めた空気を指で弾いて彼女の額にぶつけておいた。

 両手で額を押さえてプルプルと痛みに悶えるエカテリーナのことをこの場にいる全員が呆れた目で見るあたり、俺達の戯れ様にアナスタシア達も随分と慣れてきたようだ。


 まず最初に、一番何かしらの資料が残ってそうな指揮官室を調査することにした。

 【第六感】の補正を受けた直感を信じるならば、指揮官室には何らかの情報が残っているはずだ。



「お疲れ様です、ランスロット卿。殿下の護衛中では?」


「その皇女殿下から私も調査に参加するよう命じられました。皇女殿下の護衛はエカテリーナが引き継いでいます。拠点内にいた魔物も排除済みなので私が離れても問題ないと判断なされたようです」


「なるほど、そういうことでしたか。我々もここの調査は行なったのですが、ご覧のように室内の殆どが氷に覆われており、調査が殆ど進んでいない状況です」



 指揮官室にいた隊員からの報告の通り、室内は破損した窓から吹き込んだ冷気によって凍結しており、至るところが氷に覆われていた。

 数名の隊員が魔法で氷を溶かそうとしているが、表面が僅かに溶けるのみで、この様子ではいつになれば調査が進むか分からない。

 

 

「ここは特に氷が厚いようですし、調査も込みで私が担当しましょう。皆さんには他のところをお任せ致します」


「分かりました」



 【帝王魅威カリスマ】と【百戦錬磨の交渉術】も使って隊員達を退室させると、室内に唯一ある窓へと近付く。

 冷気が吹き込んできた窓からは先ほどの中央広場の氷塊が見える。

 現場の状況的にも、謎の魔物が大魔導を凍らせた際の攻撃の余波で室内が凍ったのだろう。

 つまり、この氷の溶けにくさはその魔物の格の高さを示しているとも言える。

 氷から発せられる冷気と魔力から判断すると、襲撃してきた魔物は最低でもSランクはあるだろう。

 冒険者がそうであるように、魔物もSランクとは言ってもピンキリなのだが、それでも最低ラインというモノがある。

 この魔物はその最低ラインより上なのは間違いない。

 室内の氷に干渉するために手に入れて間もない【氷雪遊戯】を行使するが、僅かに表面が変形するのみだった。

 この氷を生み出した存在の能力よりも【氷雪遊戯】の力が弱い所為だろう。

 先ほどの隊員達が魔法で溶かすよりかはマシだが、時間が掛かることには変わりない。

 仕方ないので、本体リオンのほうでリーゼロッテから借りているスキルを変更させることにした。

 ユニークスキル【造物主デミウルゴス】の【万変創手】などでも解決できるだろうが、【氷雪遊戯】の熟練度レベル上げもしておきたいし、周囲の環境的にも借りているスキルを変えておいたほうが色々と役に立ちそうだ。

 【自然の寵児】を【氷源の魔女帝】へと変更して氷への干渉力を大幅に高めると、再度【氷雪遊戯】で室内を覆う氷への干渉を試みる。

 すると、今度は表面のみへの干渉だけでなく、数メートル四方の範囲の氷を変形させることができた。



「ふむ。なんだか過ごしやすくなった気がするな」



 【氷源の魔女帝】による効果を体感しつつ、室内の内装を覆っている氷を剥離させていく。

 剥離した氷を【無限宝庫】に収納し終えると、家具を動かして露出した石製の床下に対して【発掘自在】を行使し、そこに仕掛けられていたギミックを強制解除させる。

 床の一部が動くと、そこの床下にはダンジョン産らしき収納系魔導具マジックアイテムの鞄と一冊の本があった。

 収納鞄の中身はここの指揮官の私物なのかは不明だが、金目の物が大量に納められていた。

 こんな辺境の拠点には必要のないモノなので、おそらくは賄賂とかそういう後ろめたい類いの金品だと思われる。

 本のほうはどうやら日誌らしく、ここの指揮官によって書かれた物のようだ。



「さて、何が書かれているやら……」



 財物がパンパンに入った収納鞄を【無限宝庫】に収納してから日誌を開いた。

 グランズルム天狩国の言語は簡単なものしか知らなかったが、【言語理解】とユニークスキル【研鑽と学習の魔権フォラス】の【神秘なる学習】と【叡智の理】を使って言語を理解し、内容を読み解いていく。



[経験値が規定値に達しました]

[スキル【連環権勢】を習得しました]

[スキル【慧眼】を習得しました]



 言語の理解と日誌の内容の把握を【速読】と【高速思考】を駆使して十秒ほどで済ませると、思わず溜め息が出てしまった。



「……はぁ。なるほどね。これは厄介だ」



 と、同時に奇貨でもある。

 多少運に左右されるが、この状況を上手く活用することができれば、アナスタシアの勢力は更に大きな力を得られることだろう。



「まずは皇女殿下に報告をーー」


「東の方角に影あり! 総員、警戒態勢をとれ! 繰り返す。東の方角に影あり! 総員、警戒態勢をとれ!」



 建物の外から哨戒にあたっていた隊員の声が聞こえた瞬間、部屋を飛び出してアナスタシアの元へと駆け出す。

 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップを開くと、現在いるエリアの端のほうに敵を示す赤い光点が入ってきたところだった。

 まだ距離はあるが敵の数が多い。

 【万里眼】を発動させて敵の姿を直接確認する。

 予想通り、敵はグランズルム天狩国のワイルドエルフ達だった。

 表情や装備などから、彼らが前哨拠点にいた者達への援軍か、壊滅した前哨拠点への調査隊であると思われる。



「使役した馬タイプの魔物によるグランズルムの騎馬隊か。雪原でも問題なく動けるとは、さすがは魔物というべきか」



 グランズルム天狩国のワイルドエルフ達が使役する魔物は厄介だが、ここの拠点を利用すれば騎馬の優位性は無くなる。

 それは騎馬であるならば魔物であっても変わりはない。

 今のうちに門を閉めて防衛態勢を整えれば問題なく勝てるだろう。

 もしかすると打って出るかもしれないが、部隊の指揮官であるアナスタシアはどうでるかな?



[スキルを合成します]

[【騎士道精神】+【無二無三】=【真善美の徳カロカガティア】]



 

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