第203話 雪の中の行軍



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーそれにしても、本当に便利な魔導具マジックアイテムね」



 俺の手の中にある手の平サイズの直方体型の魔導具を見つめながら、アナスタシアが感嘆の声を漏らす。

 直後、アナスタシアの言葉を証明するように魔導具が点滅し、周囲の積雪が強制的に押し除けられていく。

 雪の下の地面も露出しており、多少湿ってはいるものの、踏んでみた限りでは滑ってしまうほどではないようだ。



「限定的な氷雪操作しか出来ない魔導具ですが、このような環境では最適なアイテムでしょう?」



 周りには俺とアナスタシアの関係性を詳しく知らない者もいるため、外向けの口調でアナスタシアに返答する。



「そうね。おかげで雪に足を取られずに進むことができるわ」



 アナスタシアが率いる部隊には、この除雪魔導具を複数個支給しており、隊列を組んでいても行軍に不都合がないように等間隔で除雪魔導具が配備されている。

 副次効果ではあるが風雪もある程度は防げるため、部隊員のコンディションも当初の想定よりも良好だ。

 この調子なら万全の状態で目的地に辿り着くことができるだろう。


 ロンダルヴィア帝国とグランズルム天狩国を隔てる国境線に使われている山脈では、今の時期に大量の雪が降り積もる。

 種族的に環境適応能力が高いグランズルム天狩国のワイルドエルフ達や現地の魔物などはまだしも、人族や氷雪に慣れていない種族が大半なロンダルヴィア帝国の者達には過酷な環境だ。

 国境近くのグランズルム天狩国の前哨拠点も完全に壊滅したわけではないので、魔物だけでなくグランズルム天狩国の者達からの襲撃も警戒しなければならない。

 この風雪は互いの視界を遮るため条件は平等だが、足場を常に確保できているという点においてはこちらが有利だろう。

 戦において足場の安定性は重要だからな。



「まぁ、それも環境に適応した魔物に対しては優位性は今ひとつか。皇女殿下、進行方向先の左右の崖上にて魔物の待ち伏せです」


「あそこね。前方の崖上に魔物よ! 総員、迎撃態勢をとれ!」


「「「了解!」」」



 それぞれが携えている魔銃を構えて迎撃態勢を整えていると、待ち伏せに気付かれたことに気付いたのか、崖上の魔物達が顔を出してきた。



「ウキャッキャ!!」


「まさに雪猿っていう外見だな」



 白い体毛をした三メートル近いサイズの猿系魔物〈氷雪魔猿グラキエスシミア〉の群れと接敵したようで、隠れていたグラキエスシミア達が次々と姿を現しては、此方を威嚇するように声を上げていく。



「撃て!」



 アナスタシアの号令に従い、部下達が構えていた魔銃の引き金を引く。

 ロンダルヴィア帝国の軍用魔銃は、一般に流通しているモデルの非魔導具の銃火器や魔銃よりも性能が高い。

 アイテム等級は希少レア級と決して高くはないが、希少級の中でも一つ上の宝物プレシャス級に近いため、その性能は国軍で使われる量産品としては中々のモノだ。


 数十もの銃口から放たれた魔弾が、吹雪ふぶく氷雪を物ともせず突き進み、威嚇するグラキエスシミア達に着弾していく。

 【貫通魔弾】により生成された貫通属性の魔弾は、グラキエスシミアの体皮を貫き、その白い毛皮を血で染めていった。

 グラキエスシミア達も反撃とばかりに、魔力が付加された雪玉を豪速球で投げてくる。

 いくら雪玉と言えど、魔力によってカチカチに硬化されているため、当たりどころが悪ければ致命傷になることもあるだろう。

 とはいえ、これだけの弾幕の中を一度も被弾せずに直撃させることは難しく、隊員達のところに届く頃には殆どの雪玉の勢いは衰えていた。

 殆どの、ということは球速がそのままの雪玉も少しはあるわけで、そういった雪玉を撃ち落とす目的で俺も迎撃に参加することにした。



「良い魔銃ね。私物かしら?」


「ええ。魔銃〈猟犬ヤークトフント〉といいます。我ながら中々の逸品だと自負しています」



 引き金を引きながらアナスタシアの問いに答える。

 魔銃ヤークトフントは分身体ランスロットのために用意した魔銃だ。

 ゴツい形状をした黒塗りの魔銃であり、等級は叙事エピック級の中位。

 自分用にいくつか作った魔銃の中でも五指に入るぐらいの傑作であり、対人は勿論のこと、対魔物も対軍団戦もこなすことができる。

 基本能力である【牙咬魔弾】により放たれた魔弾は、グラキエスシミアの魔力によって強化された雪玉を容易く貫き破砕すると、その射線上の先にいたグラキエスシミアの頭部をも突き抜けていった。

 ある程度雪玉の処理が落ち着いたタイミングで魔銃ヤークトフントの第二能力【狩猟群弾】を発動させ、銃口を空へと向けて引き金を引き続ける。

 連続する魔弾の射出音の数だけ放たれた魔弾は、意思を持つかの如く俺が認識しているグラキエスシミア達に向かって上空から襲い掛かっていく。

 空から降り注ぐ数十発もの魔弾は、猟犬のように狙い違わず同じ数だけのグラキエスシミア達の急所を射抜いていった。



「凄まじい性能ね。最初からランスロットに任せたほうがよかったかしら?」

 

「お望みとあればそうしますが、それだと隊員達に経験値が入りませんよ」


「それもそうね……遠距離では勝てないから下りてきたか。後衛は射撃の継続を。前衛は近接兵装に切り替えなさい!」



 群れの数が半分以下になったグラキエスシミア達が崖を下りて特攻を仕掛けてきた。

 白い大猿の群れが崖上から駆け下りてきても、隊員達は一切慌てることなくアナスタシアの指示に従って迎撃態勢を変えていく。

 グラキエスシミア達は、その筋骨隆々とした肉体からも分かる通り接近戦のほうが得意なのだろう。

 なんとなくだが、その顔は自信に満ち溢れているように見える。

 そんな顔を撃ち抜いて適度に間引きを行なっていると、前衛の部隊とグラキエスシミア達が衝突した。


 大してランクの高くない魔物であるため、拳打といったグラキエスシミア自身の肉体を用いた攻撃には特別な効果は宿っていない。

 そのため、物理的な衝撃を逃がせる技量や回避力、同等以上の身体能力があれば苦労するようなことはなかった。

 今回アナスタシアが率いてきた部隊は、アナスタシアの勢力の中でも精鋭の者達で揃えられている。

 唯一の懸念材料であった雪による悪路も解決されたので、彼らは十全に力を発揮することができるだろう。

 その予想の通り、接近戦が始まってから十分が経った頃には、遭遇したグラキエスシミアの群れは壊滅していた。



[スキル【氷雪遊戯】を獲得しました]



 一つだけ獲得した新規スキルには、氷雪にある程度干渉できる効果があるらしい。

 名称の通りお遊びレベルの効力しかないが、スキル合成の材料としては使えそうだ。


 戦力差もあってか、隊員に負傷者こそ出たものの死者は出なかった。

 グラキエスシミアの素材には使える物や価値のある物はあまりないそうなので、道から離れた場所に死骸が放り投げられていく。

 唯一使える一部の内臓も、こんな環境下で解体するには手間ががかかるし、何よりも任務中なので自然と却下されていた。

 まぁ、滋養強壮の素材は他の魔物からも手に入るため、俺もわざわざコイツらから手に入れようとは思わないな。

 そんな哀れな雪猿達にちょっとだけ思いを馳せながら、負傷者達の怪我をポーションや魔法を使って治療を済ませると、部隊はそのまま雪の中を進んでいった。



 ◆◇◆◇◆◇



 雪化粧に覆われた山間を抜けた先には、広大な平地が広がっている。

 今の季節こそ真っ白に染まるが、それ以外の季節では一面が緑に染まるらしい。

 この平地、いや、平野部とでも言うべきか。

 この平野部を越えて更に北に向かうと、年中を雪と氷に覆われた大地が広がっているらしく、その地ならではの生物と希少な資源があるんだとか。

 一番は人間の生息領域に適した平野部だが、北方にある希少資源もロンダルヴィア帝国が北への進出を狙っている理由なんだそうだ。

 人の欲に果てはないな、と〈強欲〉たる俺もロンダルヴィア帝国の方針には納得せざるを得ない。



「さて、彼処が目的地であるグランズルムの前哨拠点のようですが、話に聞いていたよりも損壊が激しいですね?」


「要塞の偵察部隊による調査の後にまた襲撃でもあったのかもしれないわね」



 ギリム要塞の将軍からの報告には、前哨拠点は半壊状態とあった。

 その報告書の元となった調査からまだ三日と経っていない。

 少し離れた丘の上から見える限りでは、あの前哨拠点には生き残りはいなさそうだ。



「見るからに廃墟ですが、いかがなさいますか?」


「……何か痕跡はあるかもしれないし、一応調べてみるわ」



 隊員達に装備の再チェックを行うよう指示を出すアナスタシアを横目に、【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】で近辺のマップ情報を取得する。

 やはり、この一帯に生存者はいないな。

 代わりに拠点の中には数体の魔物がいるのが確認できた。

 弱い魔物しかいないようだし、油断しなければ大丈夫だろう。

 何度も襲撃を受けた拠点か……彼処には魔物から襲撃を受けるような何かがあるのかもしれないな。


 

 

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