第202話 北の最前線の異常



 ◆◇◆◇◆◇



 東の帝国ことロンダルヴィア帝国は多くの勢力と国境を接している。

 ロンダルヴィア帝国の更に東方、大陸の極東部から西方へと領土を拡大し続け、ここ数十年で帝国の一部とも国境を接するようになった歴史ある大国〈ファロン龍煌国〉。

 ロンダルヴィア帝国の北方に広がる大草原を主な領土とし、大草原と接している各国の土地を侵犯しては略奪を繰り返す狩猟民族国家〈グランズルム天狩国〉。

 帝国の南方に広がる熱帯雨林の大半が支配領域と言われている触れてはならない存在アンタッチャブル、見上げるほどに巨大な山の如き災厄〈太母の魔王〉。

 帝国の西方に位置し、友好国に敵国、同盟国、属国と、帝国とは各々で様々な関係性を築いている、大陸中央部の中小規模の国家群〈中小国家地帯〉。

 以上が、ロンダルヴィア帝国の国境と接する主な勢力圏になる。

 今回アナスタシアが派遣された前線もこの内の一つであり、場所は北の国境線上に築かれた〈ギリム要塞〉だ。



「ーー北の異民族と争う最前線だから異種族への風当たりが強いかと思っていたんだが、意外とそうでもなかったな」



 帝都ロンムスから派遣されてきた第七皇女アナスタシアのために用意された貴賓室に案内され、要塞の責任者である将軍から歓迎の言葉と諸々の説明を受けていた。

 将軍が退室した後、部屋の周りに聞き耳を立てている者がいないことを確認してからアナスタシアに話しかけた。



「激戦区であるほど人の損耗も激しくなるものよ。そんな場所で人種云々に文句をつけて一番損をするのは自分達だってことを、ここの者達は知っているのでしょうね」



 用意された貴賓室内の居間にあるソファに腰掛け、テーブルの上に置かれた茶菓子を毒味がてら口の中に放り込む。

 んー、まぁ美味いっちゃ美味いってレベルだな。

 及第点ってとこか、と評価しつつ、背後の寝室の方から聞こえてくるアナスタシアの声と護衛も兼ねている侍女達が動く音に耳を傾ける。



「皇女様が率いていたからじゃないか?」


「それもあるでしょうね。あとは現状のロンダルヴィアで人族以外の異種族が出世するとなると、軍人か冒険者の道ぐらいなのよ。だから、此処のような前線の要塞には、異種族自身や異種族の血が流れている兵士達が配属されやすいの」


「ふむ。言われてみればチラホラと外見的に人族ではない兵がいたな」


「私にも異種族の血が流れていることは知られているから、それもありそうね」


「あー、エルフに魔人種だっけ?」


「あとは竜人の血も混ざってるそうよ。まぁ、何世代も前だからかなり薄れているけどね」


「ふーん……」



 そのどれかに超人スペリオル族の血が入っていて、アナスタシアに隔世遺伝したわけか。

 ただでさえ、超人族という種族自体が子に引き継がれる確率が低いのに、更に確率が下がる隔世遺伝で目覚めるとはな……前世の宝くじの一等の当選確率とどっちが上だろう。



「……さすがに向こうのほうが低いか」


「何が低いのかしら?」


「あー、いや、気にしないでくれ。着替えは終わったみたいだな」



 対面のソファに座ってきたアナスタシアに視線を向ける。

 飛空艇を降りてから先ほど要塞の責任者である将軍と話している時までは、ロンダルヴィア皇家の格式高き儀礼的な戦装束だったが、今は実用的な戦装束に変わっていた。

 どちらも超高価であることには変わりないが、こちらは装備一式が戦闘用魔導具マジックアイテムで揃えられている。

 タイトなパンツスタイルの軍服風衣服の上に、複数の魔法金属による合金製の軽装鎧を身に付けている。

 胴体などの一部を覆う軽装鎧の上からは、魔獣の皮で作られた防寒も兼ねたコートを羽織るようで、ソファの横に立つ専属侍女がコートを持って立っていた。

 籠手や脚甲にも同様の合金が使われており、ソファの横に立て掛けられている叙事エピック級の魔剣は、以前俺が折ったものを修復して返したモノだ。

 一番等級の高い装備がこの魔剣であり、宝物プレシャス級のコートを除けば、他は全て一つ下の遺物レリック級でしかない。

 〈強欲〉としては、身分が高い者や実力が高い者が身の丈に合わない質の低い装備を身に付けているのが非常に気になってしまう。



「……低いなぁ」


「さっきのは装備のランクのことを言ってたの? 言葉が過ぎるわよ」


「そうは言ってもな。護衛としては安全マージンとしてもう少し叙事級の装備を揃えて欲しいところだ」


「遺物級以上のアイテムはロンダルヴィアでもそんな簡単に手に入れられるモノじゃないの。第七皇女の身ともなれば尚更よ。そこまで言うなら貴方がプレゼントしてくれてもいいんじゃない?」



 アナスタシアはテーブルの上の茶菓子を手に取ると、足を組みながらそんなことを言ってきた。

 口は災いの元とは言うが、ある意味今の状況もそれかもしれない。

 揶揄うようなアナスタシアの視線と、非難するような専属侍女からの視線ーーそれ以外の侍女達からの視線の割合は好奇心と非難が半々ぐらいーーに晒されながら、脳内で【無限宝庫】に納めたアイテムの数々を確認する。



「プレゼントね……それじゃあ、コレをどうぞ、皇女殿下」



 【無限宝庫】から取り出したアイテムを手に、アナスタシアの前で片膝をついて仰々しく差し出した。



「あら、良いコートね。しかも今のと同じ白いコート」


「神造迷宮に出現する〈猛雷纏う白き巨虎エレクトリック・ジャイアントホワイトタイガー〉の毛皮を使った戦闘用防寒コートだ。衝動的に作ったのはいいんだが、アチラ側にいる連中にはコレのデザインと能力に合うのがいなくてね。よければ使ってやってくれ」



 能力的にはエリン達前衛陣に合っているんだが、気品溢れるようなデザイン的にはリーゼロッテ向けなんだよな。

 そのリーゼロッテも寒いのは平気なので防寒性能は必要ではなく、防寒コートだから使える環境も制限されるという事情から【無限宝庫】の中に放置していた。

 ちょうど良く押し付け……必要としている者がいて何よりだ。

 


「名称は〈白雷虎の防寒コート〉だ。まぁ、そのまんまだな」


「そのまま過ぎない?」


「駄目か? じゃあ、〈冬の雷衣ヒエムス・トニトルス〉で」



 製作者権限で名称を変更してからアナスタシアの対面のソファに戻り、ヒエムス・トニトルス……白雷コートの説明を行う。



「ソレの等級はギリギリ叙事級に入るぐらいで、能力は三つある」



 こちらの説明に頷きながら白雷コートをさっそく羽織りだすアナスタシア。

 すぐさま傍にいた専属侍女が手伝いに入ったのだが……コート一つぐらいで手伝いはいらんだろ。

 まぁ、この専属侍女はアナスタシア大好きの変態だから今さらか。

 こんなのでも俺が来るまではセルバンの次に強かったというのだから世も末だな。

 ちなみに、アナスタシアに仕える戦人ヴァトラー族の老執事であるセルバンだが、今頃は帝都のアナスタシアの屋敷を拠点に、アナスタシアの派閥のために忙しく動き回っている。

 これまではセルバンにはアナスタシアの護衛の任もあったので、今のように勢力拡大のために動くことが出来なかったそうだ。

 急激に派閥の力が増しているのは、そういったことを信頼できる者に任せられるようになったことが大きいのは間違いない。



「ちょっと、カーチャ。そこまで整える必要はないわよ」


「何を仰るんですか!? このコートを用いて姫様を美しく映えさせられる機会は今しかないんですよ!」


「あるわよ、今後いくらでも」


「今の姫様を今のコートで見れるのは今しかありません! だからモガっ!?」


「長くなりそうだから排除したが、構わないよな?」


「構わないわ。説明を続けて」


「了解」



 アナスタシアからカーチャの愛称で呼ばれた人族の上位種の一つ〈天人ハイラム族〉の専属侍女エカテリーナを、空間を裂いて出現させた【貪り封ずる奪力の鎖グレイプニル】の黄金鎖で捕縛し、宙吊り状態で他の侍女達の前へと移動させる。

 クレーンゲームの景品のように目の前にやってきた同僚に対して、侍女達は懐から取り出したくすぐり用の羽根を取り出した。

 必死に逃れようとするエカテリーナが何本もの羽根に擽られだしたのを確認してから説明を続ける。

 これで暴走し出したエカテリーナが力尽きて大人しくなるまでが、ここ最近のお約束の流れだ。

 やがて、白雷コートの説明が終わった頃には、エカテリーナは笑い疲れて痙攣していた。



「……この後、外に出るんだが大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。カーチャは昔からタフだから」


「それならいいか。それにしても、北の最前線なのにいざ来てみたら相手は異民族ではないとは……他種族の地位向上を目指すアナスタシアへの当て付けで陛下に陳情した連中としても予想外だっただろうな」


「そうでしょうね。でも、私が失敗する可能性が上がったから逆に喜んでるんじゃないかしら?」


「そうかもな」



 元々の予定では北の国境を越えて略奪行為を行なってくるグランズルム天狩国の連中の討伐と、国境近くの敵拠点の撲滅が今回派遣された目標だった。

 グランズルム天狩国の支配者階層の種族は〈ワイルドエルフ〉というエルフ種の一つであり、エルフ種の中でも種族的に屈強な肉体と体力を持っている。

 リーゼロッテ曰く、魔法や魔力方面の能力が他のエルフ種よりも劣っているらしいが、肉体武術などの物理能力よりも魔法能力に秀でたワイルドエルフも、数は少ないが普通にいるんだそうだ。

 つまり、魔法よりも物理というのはあくまでも一般的な傾向であり、個人差はあるというわけだな。


 そんなグランズルム天狩国のワイルドエルフ達だが、どうやら国境近くの拠点が襲撃を受けて半壊したらしい。

 その情報を得たギリム要塞の将軍が調査隊を送ったところ、負傷して倒れているワイルドエルフを発見して捕虜として連れ帰った。

 その捕虜から得た目撃情報と調査隊が現地を調べて得た情報から、グランズルム天狩国の前線拠点は超巨大な鳥系の魔物の襲撃を受けたことが確定した。



「推定ランクは最低でもSランク。被害規模と現地に残っていた攻撃痕から成体の竜種に匹敵すると予測される、だったか。要塞の目と鼻の先に現れたから仕方ないとはいえ、将軍もよく自国の姫に依頼できたな」


「それだけ余裕がないんでしょう。それに、彼には不幸だったかもしれないけど、私にとっては運が良かったわ。成体の竜種に匹敵する魔物を倒して北部一帯を守れる人材が此処にいるんだもの」


「俺が倒すのは構わないけど、契約通り戦利品の半分はくれよ?」


「分かってるわよ。だから確実に頼むわ。それが終わったら、そのまま侵略者どもを討ちに向かうからそのつもりでね」


「人使いが荒い姫様だ……さて、そろそろ出たほうがいいかな」


「ええ、そうね。行きましょう」



 朝早くにギリム要塞に着いたので、今はまだ午前中の時間帯だ。

 今から動けば日が落ちるまでに少しは調べられるだろう。

 現地に着いたらマップ外にいるターゲットの魔物について調べるために眷属ゴーレムを送り込むとしよう。

 この後の動きを決めるのはそれからでも遅くはない。



 

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