第201話 財禍と色堕



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーふむ。時間がかかりすぎるな」



 第五十九エリアの迷宮回廊フィールド。

 そのブロック状の石壁に囲まれた回廊の一角にて、獲得したばかりの新規スキルのテストを行なっていた。

 目の前には剣を振りかぶった体勢で固まっている動く骸骨スケルトンの姿がある。

 その骨の身体は白色ではなく黄金色に染まっており、色彩だけでなく材質自体も金で構成されていた。


 第五十九エリアの最底辺の魔物であるこのスケルトンに行使したスキルは【金化の魔眼】だ。

 金の像の如き身体は純金ではなく別の金属も混ざった合金製だが、かなりの比率を金が占めているため金の像で間違いではない。

 今回は金に変質させたが、スキル名の金化は金属化の略なので金以外の金属に変化させることも可能だ。

 そんな金像スケルトンから少し離れた場所には、全身がルビーで構成されたスケルトンもいた。

 こっちのスケルトンに行使したのは【宝化の魔眼】で、名前の通り対象を宝石化する魔眼能力だ。

 全身を変質させるのに掛かった時間は【金化の魔眼】と然程変わらないので、現状では実用的ではない。

 まぁ、そもそも【石化の魔眼】の亜種であるこの二つの魔眼を戦闘中に使うつもりはないので、効果を発揮するのに時間が掛かろうと別に問題はないのだが、強力にできるならしておきたいというのが正直な気持ちだ。



[スキルを合成します]

[【金化の魔眼】+【宝化の魔眼】=【財禍の魔眼】]



 ちょうど良いタイミングで背後の曲がり角から複数体のスケルトンがやってきたので、合成させてできた魔眼をさっそく発動させた。

 【財禍の魔眼】を発動させると、先の二つの魔眼の時とは異なり、濃紫色の眼が宝石の紫水晶アメジストに似た妖しい輝きを放ちだした。

 強力な魔眼能力は元々の眼の色彩などを変化させる傾向にあるが、この【財禍の魔眼】も同じらしい。

 紫色の輝きを宿す眼に凝視された先頭のスケルトンは、瞬く間に全身をアメジストに似た魔法宝石である紫煌輝涙晶ルーメン・アメジスティアへと変化させた。

 この魔法宝石へと変化したのは、発動中にアメジストに似た、などと考えていたからだろう。

 後続のスケルトン達には、一体ずつ別々の金属や宝石を意識してから凝視していった。

 どの素材に変化させても、掛かった時間は元になった二つの魔眼の半分以下。

 この程度の速さで変質させられるなら及第点だろう。



「収納できる点からしても死んでるのは間違いないな。煌びやかな財宝スケルトンの一団か……改築予定の商会本店にでも飾るか?」


「見世物としては面白いかもしれませんね」



 俺の横で一連の出来事を眺めていたリーゼロッテからも賛同を得られたので飾るのは決定だ。

 一体あたりの金銭価値はいくらだろうと思いつつ、魔眼の発動を解除する。

 魔眼が解除されても財宝スケルトン達に変化はない。

 石化の魔眼同様に、発動者が魔眼を解除しても元に戻らないので、店に飾っても大丈夫そうだな。


  財宝スケルトン達に向けていた視線を、前方でAランク魔物である首無し死霊騎士デュラハンと戦闘を行なっているエリン達へと向ける。

 人間で言うところの頭部の位置に鎧兜を被った頭部を浮遊させたデュラハンとシルヴィアが、互いに剣と盾を駆使して激しい攻防戦を繰り広げていた。

 シルヴィアと同じ前衛であるマルギットやエリンも横合いや背後から攻撃を仕掛けるものの、デュラハンはそれら全ての攻撃を一人で捌いていた。

 後衛のカレンとセレナはデュラハンに加勢しようとする他のアンデッド達を押し留めるのに必死で、三人を援護する余裕はないようだ。

 


「勝てますかね?」


「後ろを気にする必要がないから大丈夫だろう」



 後方からやってくるアンデッドに関しては俺達が倒すと伝えてあるから、エリン達は前方の敵にのみ集中すればいい。

 今いる場所は前後以外に道はないから逃げることもできない。

 今のように前後から敵が押し寄せてきている状態で、俺やリーゼロッテがいなかったらエリン達は危なかっただろうな。

 そんな予想を立てていると、先程スケルトン達がやってきた背後の曲がり角からデュラハンと上位のスケルトン達がやってきた。

 先陣を切って向かってくる上位のスケルトン達に対して、ユニークスキル【愛し欲す色堕の聖主アスモデウス】の内包スキルを発動させる。



「ーー【簒奪の色堕アスモダイ】」



 アンデッド達へと突き出した手から放たれた黒と赤が入り混じった色合いの波動が上位のスケルトン達へと接触する。

 次の瞬間、ピタリと動きを止めたスケルトン達が身体の向きを反転させ、デュラハンを含めた後衛のアンデッド達へと襲い掛かっていった。



「ふむ。アンデッドにも効くとは、さすがは帝王権能ロード級のユニークスキルだな」


「デュラハンも支配できるのですか?」


「どうだろうな。試してみるか」



 デュラハンがいるところまで距離があるため、波動の形で放った色堕のオーラを凝縮し、赤色のアクセント入りの黒槍へと形を変化させる。

 攻撃力は皆無な色堕の黒槍を、デュラハンに向かって投擲する。

 支配された上位のスケルトン達を斬り伏せていたデュラハンが迫る黒槍に気付いた。

 即座に黒槍を叩き落とそうと大剣を振るうが、大剣が触れた途端に黒槍は風船のように弾け、黒槍を構成していた色堕の力をデュラハンを含めた後衛へと撒き散らした。

 先の上位のスケルトン達と同様に後衛のアンデッド達が動きを止める中、デュラハンのみがビクリと幾度か身体を震わせてから動きを停止していた。



「成功はしたけど、あの反応からするとデュラハンクラスだと失敗することもありそうだ」



 デュラハン達が俺に対して跪いているのを眺めつつ、デュラハンの挙動から Aランク魔物に対しては確実ではないと予想する。

 


「どのくらいの確率かは分かりませんが、準ボス級を支配できることは証明されましたね。エリアボスはどうなのでしょう?」


「準ボス級とは違って、神造迷宮の正当なボスだから、さすがに無理だと思うが……」



 仮に支配できる可能性があるとしたら、ワンランク上の神域権能ディヴァイン級のユニークスキルとかになるだろうな。


 発動させた【簒奪の色堕】には対象を支配する能力以外にも能力があり、その一つが【簒奪の色堕】で支配・魅了した対象が持つ能力のコピーだ。

 〈強欲〉の力の影響が窺えるこの能力は、コピーできる数には制限があるが、今のように支配さえできれば殺さずともコピーできる。

 コピーした後に対象が破壊・死亡してもコピーした能力は消えないが、一度破棄してしまうと再度コピーする必要がある点だけは気をつける必要がある。



[対象の能力をコピーします]

[スキル【暗黒剣技】を獲得しました]



 試しに適当な能力をコピーしてみた。

 【魔装具具現化】で具現化した適当な長剣で【暗黒剣技】を発動させる。

 長剣を纏う暗黒のオーラと、なんとなく脳裏に浮かんでくる動きの通りに長剣を振るう。



「ちゃんとコピーできているみたいだな」



 まぁ、このスキルはいらないけど。

 テストが終わったのでコピーした【暗黒剣技】は破棄し、支配したデュラハン達には後方の警戒にあたらせる。

 現在エリン達が戦っているデュラハンが倒されたら、このデュラハン達の支配を解いて戦わせるとしよう。


 今いる第五十九エリアの迷宮回廊には主にアンデッド系の魔物が出現する。

 スケルトンやデュラハンのように出現するアンデッドの強さはピンキリだが、【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップを見る限りでは結構な数のAランク魔物が徘徊しているのが確認できた。

 ここの魔物達はサイズ的にも人に近いから戦いやすいだろうし、準ボス級である Aランク魔物の経験値も上質なのでレベル上げには良さそうだ。


 エリンの刀で大剣を持つ手を斬り落とされたデュラハンが、マルギットの槍によって浮遊する頭部を貫かれたのを見ながら、存在を忘れかけていた財宝スケルトン達を【無限宝庫】へと収納していった。

 


 ◆◇◆◇◆◇



 本体リオンがアンデッドを相手に新規スキルのテストを行なっている頃。

 ロンダルヴィア帝国にて第七皇女アナスタシアの傍にいる分身体ランスロットは空の上にいた。

 ロンダルヴィア帝国の飛空艇の貴賓室にて、俺がアナスタシアにプレゼントしたボードゲーム型魔導具マジックアイテム〈エヴォルヴ〉を暇つぶしにプレイしていた。



「ーーそれにしても」


「ん?」


「年明け早々、娘を前線に向かわせるとは、ロンダルヴィアの皇帝は厳しいな」



 室内にはランスロットの正体を知っている者しかいないので、素の口調で対面に座るアナスタシアに話し掛ける。

 アナスタシアは俺の物言いに微笑を浮かべつつ、自らの陣地の騎士の駒を動かす。



「私をアークディア帝国への外交使節団代表に任じたから、皇帝として公平性を保つために他の候補者からの陳情を受け入れる必要があるのよ」


「陳情ねぇ……戦場で暗殺でもする気か?」



 俺の陣地から魔法使いの駒を動かし、魔法による遠距離範囲攻撃でアナスタシアの騎士の駒を倒す。

 それに対して、アナスタシアは移動距離に優れ、三ターンに一度のみ二回連続で移動ができる暗殺者の駒を、俺の魔法使いの駒の死角へと移動させてきた。



「どうかしらね。私を暗殺したことでロンダルヴィアに不利益が生じたら大きな失点になるから、たぶん暗殺はないと思うわよ」


「……先日、外交という公務中のアナスタシアを暗殺しようとしていた候補者がいたはずだが?」



 魔法使いの駒に近づいてきたアナスタシアの暗殺者の駒を、潜伏させていた弓士の駒を動かしてから遠距離攻撃で倒す。

 アナスタシアは、弓士が移動したことで射程範囲から外れた剣士の駒を最大限前進させ、俺の弱っている槍士の駒を倒した。

 俺の槍士の駒を倒したことで溜まった剣士の経験値ポイントを消費し、剣士から剣聖へと駒をランクアップさせてきた。



「あら、言ってなかったかしら? 帰国後に、父上は公務中の私に暗殺者を送った勢力を調べ上げたわ。暗殺未遂とはいえ、他国の目も多い中での行いに父上は御立腹でね。三人の候補者達はそれぞれ罰を受けたわ。そのせいで大打撃を受けて、彼らの勢力は崩壊寸前のようよ」


「なるほど。まさに愚行だったわけだ」



 剣士の駒が移動したことで近くに敵がいなくなった位置に魔法使いの駒を動かして、遠距離範囲攻撃でアナスタシアの駒を一気に三つ破壊する。

 アナスタシアと同じように魔法使いの駒の経験値ポイントを消費し、魔法使いから賢者へと駒をランクアップさせた。

 賢者の遠距離範囲攻撃は魔法使いの駒からパワーアップしているので、少し動けば王手にできるな。



「……まぁ、直近でそういうことがあったばかりだから、他の候補者達が暗殺を選ぶ可能性はより低くなっているということよ」


「ふむ。なら、単にアナスタシアを危険な場所に送り込みたかっただけか?」


「それもあるでしょうけど、私の勢力に新たに加わったランスロットの力を確認したいんだと思うわ」


「あー、暗殺者の集団を一人で返り討ちにしたから興味を惹いたってことか」


「おそらくはね。だから、これから向かう前線では期待しているわよ?」


「それが契約だからな。今持てる力の範囲内で頑張らせてもらうとも」



 他の二つの自駒を動かせる代わりに三ターン動けなくなる軍師の駒の能力によって、賢者の駒の左右からアナスタシアの暗殺者と弓士の駒が同時に迫ってくる。

 想定よりも早い前線入りだが、どこまで頑張るべきかな。

 ランスロットは基本的に剣のみで戦うつもりだったが、伝え聞くこれから向かう前線の厳しさを踏まえると、弓などの遠距離攻撃や暗殺も考慮する必要があるかもしれない。

 まぁ、基本的には近くにいるアナスタシアに尋ねるとして、それ以外では臨機応変に対処するとしよう。




 

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