第199話 フォルテアルマ
◆◇◆◇◆◇
「ーーちょうど小休止か?」
以前受注した魔蟻のエリアボスの変質の確認を行う調査依頼のために途中で抜け出し、サンプル確保がてら女王蟻タイプに戻っていたエリアボスなどを狩ってから帰還した。
いきなり出現して警戒させないように、少し離れた丘の下に転移してから歩いてきたところだ。
丘の上ではリーゼロッテ達が結界系
「おかえりなさい、リオン」
「ただいま、リーゼ。あれから結構な数が来たようだな?」
魔導具による結界をすり抜けた先では、多数の魔物の死骸が散乱していた。
俺が第五十五エリアを離れるまでに倒した分は【無限宝庫】に回収していったから、周りの死骸の山は俺が離れていた約一時間の間に襲撃してきたことになる。
「どうやらリオンがいる間は警戒して向かって来なかっただけのようで、リオンがこの場を離れて間もなく次々と襲ってきましたよ」
「気配は抑えてたんだが、下層レベルの魔物だと感知してくるか。これ以上に気配を消すには、スキルや魔導具を使うしかないな」
「リオンがいた時はちょうどいい襲撃ペースだったので、今のままでも構わないのでは?」
「そうか? まぁ、それならいいか」
後方で戦いを見守っていたリーゼロッテの周りで氷像化していた魔物達を回収してから、前方で座り込んでいるエリン達のほうへと移動する。
肉眼とスキルの両方で視てもエリン達五人に気になるような大きな怪我は見当たらない。
以前の探索時との一番の違いは、五人全員が全身タイツ型強化魔導具である〈強化魔服〉の完成品を身に付けていることだろう。
正式名称を〈
ユニークスキルも含めた俺のスキルによって生成された特殊素材だけでなく、魔導技術といった俺の知識を総動員したことまでは以前テストした強化魔服と同じだが、この完成版には更にプラス要素がある。
それは、最近獲得した魔導生物学の知識を用いて竜素材から抽出した〈竜種の因子〉を人工筋肉と人工外皮の構成に組み込んであることだ。
この知識の大元は、魔導生物学の権威であった先代黒の魔塔主エスプリ・ファルファーデから奪った記憶情報にあったキメラ創造技術であり、それらを更に発展させたカタチになる。
擬似生体素材と言える人工筋肉と人工外皮に竜種の因子を組み込むことによって、擬似的に竜種の膂力と耐久力の仕組みを再現したというわけだ。
勿論これは、竜種の力が使えるというわけではなく、あくまでも以前よりも諸々の性能が上がったという意味でしかない。
ただ、身体補正効果が向上したおかげで、Sランク冒険者であるリーゼロッテやAランク冒険者であるマルギットとシルヴィアが着用しても、素の身体性能が強化されていることを強く実感できるまでに装備の適正レベルが上がっていた。
しかも、その性能は完全上位互換であるため、フォルテアルマが使えなくても何の問題はない。
「お疲れ様。フォルテアルマはどうだった?」
「リオン、これは凄いな。前のも凄かったが、この完成版はそれ以上だ! 簡単に魔物の攻撃を受け止められたし、跳ね除けられたぞ!」
「それは良かった。精霊紋から上手く力も引き出せたみたいだな」
「ああ。初めはちょっと手間取ったが、今では息をするように自然にできるようになったよ」
「ふむ。さすがはエルフだな」
シルヴィアが興奮したようにフォルテアルマを絶賛してきた。
人工筋肉による筋力補正と、人工外皮によるダメージ軽減効果の恩恵が一番あるのは前衛盾役であるシルヴィアだろうから、この興奮ぶりも無理もない。
シルヴィアが契約した土の上級精霊の力も合わされば、そう簡単にはシルヴィアの防御を崩すことはできないだろう。
「マルギットはどうだった?」
「防御だけでなく、移動速度と攻撃速度への補正率も良い感じね。強化率が上がったのに消費魔力量は下がっているあたり規格外な性能よね」
「その分だけ手間暇がかかっているけどな」
「以前のタイプとは違って個々人への調整は最小限なのよね?」
「ああ。新しく導入した技術のおかげで着用者の身体に自動的に合わせてくれるから、大まかに強化する方向性だけを設定するだけでいいんだ」
「着心地が良いのも?」
「同じ理由だな」
「なるほどね」
興奮しているシルヴィアとは違い、マルギットは呆れ混じりに絶賛してくれた。
フォルテアルマの組成に竜種の因子があるからか、以前の強化魔服では【身体補正】だった能力が、フォルテアルマでは【擬似竜身】に変わっていた。
【身体補正】と同様に、装備すると自動発動する能力である【擬似竜身】には、竜種の筋肉や外皮組成の模倣による素の身体能力の補正効果だけでなく、魔力生成機能の活性化を促す効果もある。
マルギットが指摘した魔力の燃費効率が良くなっていたという点は、この魔力機能の活性化効果のおかげだ。
素の身体能力の補正効果しかない【身体補正】とは、まさに雲泥の差と言える性能だろう。
「一度かなり近くまで魔物に接近されたから反射的に杖で殴ったんだけど、杖で撲殺できちゃったのよね……セレナさんも足で魔物を蹴り飛ばしていたし、ドン引きするぐらいの身体補正ね」
「警戒用の魔法は張っていなかったのか?」
「張ってたけど数が多かったのよ。最後の一体は間に合わなくて反射的に殴ったってこと」
「なるほどな。ま、次からは気をつけるように」
「はーい」
カレンが指し示した場所に転がっていた鳥系魔物の頭部が、一目で致命傷だと分かるほどに大きく陥没していた。
他に攻撃痕が見当たらないので、どうやら一撃で倒したようだ。
少し前のカレンの身体性能だったらフォルテアルマの補正込みでも一撃とはいかなかっただろうが、ここ二ヶ月の間でカレンの身体はかなり成長した。
ちょうど獣人種の成長期に入ったらしく、充分な量の栄養を毎日摂取し続けていたこともあって身体が大きくなっていた。
先月の中頃に誕生日を迎えて十一歳になったが、肉体的にはもう少し上に見える。
前世で例えるなら中学生になったぐらいかな?
カレンの異母姉であるエリン曰く、獣人種は成長期に一気に成長するそうで、エリンも十三歳になった頃には今の身体になっていたそうだ。
エリンが十三歳で今の成熟した身体に成長したことを知り、思わず彼女の身体を二度見してしまったのは不可抗力だろう。
つまり、カレンはこれからますます身体が成長するわけだが、竜種の因子によって素材に竜種の高い環境適応能力が備わったおかげで、着用者に合わせてフォルテアルマのサイズを自動調整する能力を【擬似竜身】に組み込むことができた。
なので、身体が大きくなるたびにカレンの分を作り直す必要は無さそうだ。
「先輩は魔物を蹴り飛ばしたそうですが、足は大丈夫ですか?」
「蹴ったのは小さな魔物だったから大丈夫よ。思ったよりも飛んでいったから驚いちゃった」
周りに転がっている魔物の死骸の中で小さな魔物といったら兎系魔物と狼系魔物の二つだが、どちらも人の腰の高さぐらいの大きさがある。
下層の魔物なだけあって、低位冒険者が相手をするような同タイプの魔物よりも強いのだが、蹴りだけで普通に排除されたらしい。
現在のセレナの基礎レベルは五十なので、冒険者ランクだとBランク上位に入ったあたりのレベルに相当する。
セレナとカレンは大丈夫だったが、装備している魔導具の質が悪かったらBランク上位でも危険な相手だ。
前回のオリヴィアを交えた探索時に、同じ冒険者ランクであり実戦経験が同じぐらいだからという理由から、基礎レベルが近かったエリンとカレンの二人と基礎レベルを合わせておいた。
現在の基礎レベルも同じであり、冒険者ランクはCになる。
おそらく今回の遠征で採取する魔力資源をギルドに納品すれば、三人ともBランクに昇級できるだろう。
「エリンも大丈夫そうだな」
「はい。ご覧のように傷一つありません」
身体の正面を曝け出すようにして両手を左右に広げるエリン。
そのメリハリのある身体を上から下へと見ていくと、僅かに精霊力の残滓が見えた。
「エリンも精霊紋を使ったみたいだな」
「シルヴィアさんが押さえた魔物を斬るために光の上級精霊の力を使いました」
「もしかしてアレか?」
「はい。アレです」
俺の視線の先には他の魔物よりも一際大きなサイズの蛇系魔物の死骸があった。
レベルのみで判断するならAランク魔物にあたるその大蛇の頭部と身体が両断されており、その断面からは強い光属性の力が感じられる。
全身にある傷を見るに、エリン達からの攻撃を受けて弱ったところを、光の上級精霊の力で退魔刀アマツの力を強化して強引に斬り裂いてトドメを刺したようだ。
「リーゼロッテを除いた全員で挑んだとはいえ、ついに準ボス級魔物を倒せるようになったか」
「ご主人様の装備のおかげです」
「俺は実力に見合った装備しか渡していないから、これはエリン達が頑張ってきた結果だよ」
「……ありがとうございます。これからも精進致します」
澄まし顔のエリンの後ろで尻尾が左右に振られている。
相変わらずエリンの尻尾は正直だ、と思いながらエリンの頭を撫でる。
今回の探索も順調な滑り出しだ。
初日で準ボス級魔物を倒せてしまったし、明日一人で向かう予定だった隣接する迷宮エリアには全員で行こうかな?
これまでの自然環境フィールドとは異なり、まさに迷宮らしい人工の壁の迷宮の回廊が広がるエリアらしいから、逆に新鮮かもしれない。
今日の探索が終わった後に、クラン拠点で皆に聞いてみるとしよう。
[スキルを合成します]
[【孤軍奮闘】+【一騎打ち】=【
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