第198話 第四回探索
◆◇◆◇◆◇
屋敷の外で待ち構えている者達を避けるため、屋敷からドラウプニル商会本店内に用意した転移先用の一室へと転移してから市中へと出る。
スキルレンタル業が発表してからというもの、ドラウプニル商会本店と帝都支店の店内は連日多くの利用客で賑わっていた。
そんな過密気味な店内を通ったら外に出るまで時間がかかりそうだったので店舗の裏手から外に出た。
それなりに大きな屋敷を本店の店舗に使っているのだが、今のままだと手狭のように見える。
店舗は一階のみで二階を社宅にしているのも狭い理由の一つだろうが、それを抜きにしても狭い気がする。
「……社宅は別に建てて、店舗も建て直せば改善されるか?」
「狭かったですからね。どのみちスキルレンタル業がオープンしたら増築する予定だったのですから、早めに改装しておいてはどうですか?」
本店が狭く感じたのはリーゼロッテも同じだったらしく、予定を前倒しして店舗の改装を提案してきた。
「改装というより改築の規模になりそうだが、まぁ、建物自体はすぐに終わるとして、商品の陳列やらもあるから一日は店を閉める必要があるかな」
ユニークスキル【
【宮殿創造】は建物の内装も設計図通りに自動的に仕上げるのだが、建物に固定されていない商品などは自動配置されない。
本店には結構な数の商品があるが、全従業員でやれば一日で終わるだろう。
店内に戻るのも面倒なので、支配人であるヒルダに本店を改築することを【意思伝達】で連絡しながら表通りへと向かう。
道中、本店の敷地内を歩いていると店舗に向かう人々とすれ違った。
俺の正体に気付いた者もいたようだが、幸いにも呼び止められることはなかった。
「そういえばギルドには寄らないのか?」
「今回は久しぶりのダンジョンだからな。事前に依頼を受けたりせずに自由に過ごす予定だ。とは言っても、常設依頼の魔力資源の採取ぐらいはこなすつもりだけどな」
シルヴィアに言ったように冒険者ギルドには寄らないが、今朝の時点でギルド内に貼られている分の依頼書については【万里眼】でチェック済みだ。
だから、依頼書に書かれてある目標を見かければすぐに分かる。
とはいえ、そこまで気にかけるつもりはない。
気にかけるにしても、今回の遠征先のエリア帯で依頼対象のモノを見かけたら手に入れるぐらいの軽い気持ちだ。
それ以前に、今回の遠征先でのみ採れるような素材を持ち込んでしまうと、そこからダンジョン内を転移で移動できることが露見してしまう可能性がある。
なので、実のところ素材を提出して達成できる依頼というのは限られていたりする。
ちなみに、ギルドマスターのヴァレリーから頼まれた、再出現した魔蟻のエリアボスが変異しているかどうかを確認する調査依頼については遂行するつもりだが、それはギルドから俺個人に対する依頼なので今回のクランの予定には含めていない。
巨塔前の受付所で探索手続きを済ませてから、巨塔のエントランスエリアへと足を踏み入れる。
そこにいる人々からの視線が突き刺さってくるのを感じつつ、特に用事も無いので、寄り道はせず真っ直ぐダンジョンエリアへの入り口である巨大門へと向かった。
「ん? あれは……」
ふと目立つ姿が視界に入ったので顔をそちらのほうへと向けると、そこには二メートル以上の身長の大男がエントランスエリアにある露店を冷やかしていた。
二メートル以上の巨体を持つ冒険者というのは、珍しくはあるがいないわけでもない。
だが、視界に入ったその冒険者に関しては、おそらく珍しい部類に入るだろう。
「もしかして、アレが〈剛覇巨人〉ですか?」
「ああ、どうやらそうみたいだな。年末に大遠征から帰還したとは聞いていたが、直接見たのは初めてだ」
〈剛覇巨人〉ローガン・カリュプス。
アルヴァアインのクランランキング二位〈剛覇〉のクランマスターであり、俺よりも少し前にSランク冒険者に昇級した三人のうちの一人だ。
種族は、肉体的に優秀な魔人種の中でも一際フィジカル方面に秀でた種族である〈剛魔族〉が進化した〈天剛魔族〉。
ユニークスキル持ちであり、自らのクランをクランランキング二位にまで引き上げるほどの実力者だ。
昨年、俺が活動の拠点を帝都からアルヴァアインへと移した前日から昨年末にかけて、自らのクランを率いて巨塔のダンジョンエリアの第一大階層の奥地である〈深層〉への挑戦を行う〈大遠征〉を行なっていた。
第一大階層に数多あるエリア帯のうち、第七十一エリア帯から第二大階層へと通じるエリアまでが深層と呼称されており、そこに出現する魔物のレベルは上層などの比ではないらしい。
至るところに強敵がいる分、深層から得られる利益はかなりのものなのだが、そこに到達するまでの物理的な距離と時間が高い壁となって立ち塞がっていた。
地上と深層の往復で約一ヶ月半も掛かることを考えると、そう簡単には実施出来ないことが分かる。
今回の大遠征で剛覇クランにどれほどの被害があったかは知らないが、こうして眺める限りではクランマスターであるローガンが大怪我をしている様には見えない。
アルヴァアインが帝国でも温暖な気候の南側にあるとはいえ、年も明けた冬の時期に半袖のラフな格好をして一人で出歩くぐらいには元気のようだ。
「ま、彼への挨拶はまた今度するとして、門を通ろうか」
これでアルヴァアインのSランク冒険者の中で直接見ていないのは〈双華〉クランの二人だけか。
双華クランもちょくちょく遠征を行なっており、今日に至るまで見事なまでに入れ違いになっていた。
噂によれば、現在は〈下層〉に遠征しているらしく、今回の俺達の遠征先も下層なので、もしかしたらダンジョンエリア内で遭遇するかもしれない。
出来れば平和な環境下で対面したいものだ。
◆◇◆◇◆◇
これまでにダンジョンエリア内に作ったヴァルハラのクラン拠点は二つ。
第一拠点は、〈中層〉の中でも上層寄りである第二十四エリア帯の小エリア。
第二拠点は、中層のど真ん中ぐらいの第三十三エリア帯の小エリアにそれぞれ存在している。
今回の俺達の遠征先は下層であるため、第三拠点は当然の如く下層エリアに築いた。
「貫通属性の魔銃の弾でもこの風の防壁は貫けそうにないわね」
「一時的に無力化するのにも、風の大精霊クラスの風への属性干渉力が必要なほどの強靭さですからね。先輩のユニークスキル込みでも難しいでしょう」
「レベルか魔銃がもう少し強かったら破れそうな気がするのよね……」
第三拠点があるのは第五十五エリア帯の中央エリアである第五十五エリア。
そこの自然環境は〈渓谷〉であり、エリア全体が山や谷だらけのフィールドだ。
第三拠点はそんな山の一角に空いていた横穴の中に築いており、穴の外の谷には大嵐かと思うほどの強風が吹き荒れている。
セレナが言っている風の防壁とは、常に谷に吹き荒れているこの強風のことだ。
この天然の風の防壁は人間だけでなくエリア内の魔物の侵入すら防ぐほどに強力であり、対岸にあったこの横穴には
強風に魔力も乗っているせいで、風を飛び越えての横穴の中への転移が難しかったため少し手間がかかった。
風の防壁に守られてはいるが、念のため他二つの拠点にも施した各種セキュリティは設置している。
強風が吹き荒れる谷とは反対側に人が通れるほどの洞窟を掘っており、こちらを通ると山の中腹あたりに出られるようになっている。
その山腹から下った先の盆地は複数種の魔物の生息域が重なっている場所であり、少し移動するだけで違う種類の魔物の群れと戦える優秀な狩り場だ。
第三十三エリア帯の狩り場である第三十三エリアと良く似た環境と地形ではあるが、下層なので魔物全体の質はこちらのほうが上になる。
得られる経験値も素材も上質なので、S~Bランク相当の実力のメンバーが揃っているならば十分戦えるだろう。
「俺達が今いるこの山は、すぐ近くの谷で強風が吹き荒れているから空を飛ぶ魔物が生息していないが、盆地を囲む他の山々には空を飛ぶ魔物がいるから注意するように。おそらく盆地のほうにも飛んでくるだろうから、山から離れているからといって上空への警戒を怠らないようにな」
拠点へと通じる洞窟の中から眼下の盆地を見下ろしつつ注意勧告を行う。
実力的には言われるまでもないことかもしれないが、彼女達の中には戦闘経験の浅い者が三名ほどいるので、その点は気に留めておかなければならない。
「それじゃあ、装備の最終チェックを終え次第、下に向かおうか」
今回の遠征に際して、彼女達には正式版の強化魔服などの新装備を支給している。
これまでの使い慣れた装備とは異なる部分もあるため、チェックは念入りに行なってもらう必要がある。
彼女達の戦闘力の上がり具合を見てから、今後加入するクランメンバー達に支給する装備のグレードを決めるとしよう。
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