第179話 突入開始
◆◇◆◇◆◇
「……随分と集めましたね」
指揮所から見渡せる範囲にいる大勢の兵士達の姿を見て、思わずそんな言葉が出てしまう。
百を超える数の兵士達は、スラム街と一般エリアの境界線のあたりに建っている屋敷を包囲している。
この屋敷の中に、カルマダの本拠地である拠点型
外に出ているカルマダの構成員達の捕縛を開始するのと同時に、屋敷がある一帯には行政府所属の魔導師達によって転移阻害の結界が張られている。
捕縛した者達から聞き出した情報によれば、カルマダのボスと側近達は本拠地内にいるのは間違いないようなので、転移魔法などで屋敷を脱出してしまったということにはなっていないはずだ。
何度か包囲網を突破しようと屋敷から飛び出してきた奴らもいたが、全て兵士達や冒険者ギルドから指名依頼を受けた高位の冒険者達によって捕縛された。
「確実にカルマダを壊滅させるために万全の体勢を整えました。これならば逃げられることはありますまい」
「確かにそうですね」
戦装束が似合わないクロウルス伯爵の言葉に相槌を打ちつつ、現時点までに追加で判明した情報を纏めた資料に目を通していく。
殆どは既に知っている情報だったが、資料にはカルマダのボスと側近達、本拠地の内部構造についても書かれていた。
この短い間に新たに捕らえた者達から聞き出した情報らしいが、前もって敵の情報が得られるのは助かる。
「大体のところは分かりました。では、行ってきます」
「お気をつけて」
クロウルス伯爵や他の者達に見送られながら指揮所のテントを出る。
テントの外で待っていたリーゼロッテとフェインの二人と合流し、屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。
「敷地内は既に制圧済みのようですね」
「ああ。それなりに抵抗はあったようだが、元Sランクのギルドマスターの前では無駄な抵抗だったみたいだな」
「所々に血痕はあるが、それ以外は綺麗なもんだ。流石はギルマスとクランランキング四位ってとこか」
「ああ。おかげで被害は最小限に抑えられた。あとは俺達が本拠地を制圧するだけだ」
屋敷内に入ると、兵士達から行政府付きの騎士団へと警備の人員が変わっており、更に奥地へと移動するに従って、そこに高位の冒険者達が加わった顔触れになっていく。
本拠地へと通じる扉の前では、現役時代に使っていた物らしき装備に身を包んだヴァレリー以外にも、クラン〈剣武〉の者達が待っていた。
剣武クランは、とある島国での権力闘争に敗れた鬼人族の一族が母体となっている。
同族であり、元より繋がりがあったギルドマスターのヴァレリーを頼って亡命してきたという経緯があるため、今回の作戦への協力を依頼されたようだ。
「来たわね」
「お疲れ様です、ギルドマスター。状況に動きはありましたか?」
「一時間近く前に包囲を突破しようとしてきたのがいたぐらいで、それ以降は静かなものよ」
「そうですか。ならば、内部で迎撃の準備でも整えているんでしょう」
「本当に出入り口はここだけかしら?」
「集めた情報によればそのようです。仮に他に脱出口があったとしても、この近辺は制圧されていますので、包囲網の内側に怪しい者が現れればすぐに分かるはずです」
「それもそうね。考えるだけ無駄か」
【
加えて、この拠点型アーティファクトの情報を得た際に、【
その解放された情報の中には、件のアーティファクトの情報もあり、それによって出入り口は一つだという裏付けは取れている。
そのため、アーティファクトの基本的な仕様は分かっているのだが、一部の能力は使用者によって変わるらしいので、その部分だけは不明だ。
「時間をかけるわけには行きませんので、すぐに突入します。捕らえられている人達がいたら連れてきますので、その人達のことは頼みます」
「分かったわ。任せてちょうだい」
このアーティファクト〈精霊の箱庭〉に入るには鍵となる宝珠が必要なのだが、その鍵は先日ラビリンスで処理したカルマダの強盗部隊のリーダーであるフォルカーが持っていた。
これさえあれば内外の行き来は自由に行える。
入る際には鍵が必要だが、出るのに鍵は要らないため、包囲網を突破しようとしてヴァレリー達にやられた奴らは鍵を持っていない。
一つの鍵あたり一緒に門を潜れるのは六人までであるため、捕らわれている人達の人数次第では何度も出入りしなければならないが、こればかりはどうしようもない。
幸いにも、強盗部隊内の複数クランのうち、フォルカーの白竜の翼クランとは別のクランが自分達のクラン拠点に鍵を保管していた。
強盗部隊を処理した後に、報復のために各クランやパーティーの拠点へと略奪に向かった際にその鍵を獲得したため、俺が所有している鍵は二つになる。
リーゼロッテとフェインに一つずつ渡しておけば効率的に救出することが出来るだろう。
俺の分の鍵が無いが、どのみちカルマダのボスを倒してからしか脱出しないので、鍵の有無は気にしなくても大丈夫だ。
挨拶もそこそこにリーゼロッテとフェインを連れ、精霊の箱庭の門の前へと移動して鍵を門へと翳す。
すると、門が薄らと輝いた後に門の内側が極彩色の光の渦へと変貌した。
前の異世界でのダンジョンの入り口に似ているので、ちょっとだけ感慨深い。
「さて、行こうか」
「はい」
「おうよ」
三人で一緒に光の渦の中へと足を踏み入れる。
一瞬だけ視界が暗転すると、そこには白色の石材で作られた神殿のような、或いは遺跡のような建造物が聳え立っていた。
他には木々や草花、青空などがどこまでも続いているように広がっているが、この空間の広さはそこまで広くはない。
問題なく使用できた【情報蒐集地図】の【
「ふむ……一犯罪組織風情が持つには過剰だな」
「大将。敵さんは何人いるんだ?」
「んー、沢山?」
「ん? 残るはボスと側近達ぐらいだから、いても十数名ぐらいだよな?」
「人間はそれぐらいだが、他にも警備用にゴーレムやらキメラやらがいるみたいだ」
「事前情報にはありませんでしたね」
「ああ。他の構成員達には知らされていなかったか、この短時間で新たに用意したかだろうな」
フェインとリーゼロッテからの質問に答えつつ、マップ上から情報を集めていく。
中々に興味深い情報が羅列しているが、それはさておき捕らわれている人達を探す。
「……幸いにも一ヶ所に集められているな。予定通り、リーゼとフェインは捕らわれている人達のところに直行して救出してくれ。俺も予定通りボスの元へと向かう」
「分かりました」
「あいよ。救出したあとは出入り口付近を確保していればいいんだったよな?」
「ああ。追い詰められたネズミが逃げ出す先は此処しかない。わざわざギルマス達の手を煩わせる必要もないし、逃げだす奴らが持ち出すであろう品々も効率的に集められるしな」
「なるほどな。ま、取り敢えず姐さんと一緒に人質の解放に動くぜ」
「頼んだ。リーゼは人質達が怯えて動けない時は、統制するために遠慮なくスキルを使ってくれ」
「分かりました。確かにその方が混乱が無くて動きが早いでしょうね」
リーゼロッテの【
所有者であるリーゼロッテの美貌や言葉などといった、他者に干渉する生来の力を更に強化する能力だ。
対象者がリーゼロッテよりもレベルが低ければ低いほど効果を発揮するため、捕らわれている人質達はリーゼロッテの言葉によく従うことだろう。
他者を従える〈傲慢〉らしい能力であり、絶世の美貌かつ大陸屈指の歴史を持つ王国の王女でもあるリーゼロッテに相応しい力と言える。
俺にとっては、普段よりも魅了してくる力が増していつも以上に性欲を刺激される程度の効果でしかないが、それ以外の者達にはシナジー効果もあってかなり脅威的な力なのは間違いない。
「さて。断ち斬れーー〈
腰に
何かを断ち切った感触の後、煩わしい視線が消え去ったのを確認できたので、再びデュランダルを腰の鞘へと納めた。
「……監視でしょうか?」
「ああ。この箱庭の主が覗き見と盗み聞きをしていたからな。その擬似感覚器を斬ってこちらとあちらの繋がりを絶っておいた。精神体にかなりのダメージを与えられたから、暫くは視覚も聴覚も飛ばせないだろう」
「それは安心ですね」
「流石は大将。それじゃあ、そろそろ行こうぜ」
「そうだな。道案内とサポートに隠密状態の分身体を付けておく。基本的に二人に任せるが、何かあったら分身体を通して言ってくれ」
カルマダのボスに覗き見られる心配が無くなったので、今のうちに【
【
この状態でも【意思伝達】を使えば道案内ができるので、中で迷うということはないはずだ。
続けて、【
「この強化もスゲェけど、目の前で消えたとこを見たってのに、今は何処にいるか分からねぇのがヤバいな……」
「無駄口叩いてないで行きますよ」
「了解了解。今いきますよっと」
二人が向かう目の前の建造物……アーティファクト名に合わせて〈精霊殿〉と呼称するとしよう。
その精霊殿を一度見上げる。
デザイン自体は悪くないから、この外観自体は入手してからもそのまま使おうかな。
そんな取らぬ狸の皮算用なことを考えながら、俺も精霊殿の内部へと突入した。
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