第177話 ラビリンス 後編



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーこんな感じかな?」



 ラビリンスに新たに差し込んだ新規エリアの環境設定を終えた。

 イメージは〈玉座の間〉。

 フォルカー達カルマダがやってくる入り口側には大きな両開きの扉があり、反対側の数段高い床には玉座が設置されている。

 大扉から玉座までの空間には、床と天井を繋ぐ円柱の柱が左右に幾つも立ち並ぶ。

 ここまでなら西洋イメージのザ・玉座の間といった感じなのだが、その色彩は白と黒で染められている。

 天井は黒一色でありながら所々で星のような小さな輝きを放っており、床は大理石の質感に似ていながらも穢れ一つ見当たらない白一色のみ。

 左右の柱と壁は紫水晶アメジストにも似た色と質感をした、金飾の幾何学模様が刻まれている半透明の水晶柱と水晶壁という異様な空間。

 俺が座っている玉座は金を主体にした色合いだが、この中では一番マトモなデザインなのは間違いない。



「そのままというのもつまらないしな」



 この世界に送り出される前にいた白と黒モノクロームな空間をイメージしつつも、俺らしい要素を加えてみたのだが……中々良いんじゃないだろうか?

 個人的に気に入ったので、今回の性能テストが終わってからもこのエリアは保存しておくとしよう。



「格好だけが合わないが、テストのためだから仕方ないか」



 玉座で頬杖をつく俺が身に纏う防具は、黒い角付き仮面と黒のズボンのみ。

 仮面は魔導具マジックアイテムだが能力は補助的なモノしかなく、ズボンは万能糸で作られているが、高い耐久性以外は何の能力もない非魔導具のアイテムだ。

 上半身裸の仮面男と聞くと何だか変態感があるが、テスト内容を考えると上半身に何か着ていても破けるのは確実なので、最初から着ていない。



「……来たか」



 大扉が自動的に開かれる。

 警戒しながら入ってきたフォルカー達は、その人数を二十人にまで減らしていた。

 当初の四分の一に近い人数になってしまっているが、その代わりに上澄みだけが残ったようだ。



「ようこそ、罪人たる侵入者諸君。ここまでの余興は楽しんでもらえたかな?」



 声を張らずに【拡声】スキルを使って肉声を届かせると、周囲の地形に向けられていたフォルカー達の意識が一斉に此方に集まる。

 ここまでで仲間が大勢死んだからか、誰もが戦意や敵意、殺意に満ち満ちていた。



「……クソったれな余興だったよ。リオン・エクスヴェル」


「何だ。気付いていたのか。ま、状況的に気付かないヤツはアホだもんな。キミもそう思うだろ? クラン〈白竜の翼〉のクランマスター?」


「……チッ。こちらの正体も把握済みってか」


「勿論だとも。他にも幾つかのクランのマスターやサブマスターがいるが……まぁ、死ぬことが決まっているヤツらのことなんか覚える必要もないか」



 此方の物言いに殺気立つフォルカー達。

 そんなそよ風のような殺気を受け流しながら玉座から立ち上がる。



「クランランキングにも載るような著名なクラン達の集団失踪はアルヴァアインの民達にはどう捉えられるんだろうな?」


「この数を相手にもう勝ったつもりか?」


「勿論だとも」


「傲慢だな」


「……どちらかというと〈強欲〉が領分なんだがね」


「強欲……?」


「気にするな。キミ達が此処でお亡くなりになった後、キミ達の全ての財を迷惑料として徴収するつもりだ。複数の著名クランの集団失踪は借金苦からの夜逃げとでも噂を流す予定だから、私財の一切合切が消えているのは、噂の真実味を持たせるにあたっても都合が良いというわけさ」


「確かに、勝てさえすれば都合の良い展開だな」


「ああ。キミ達が俺に勝てると思ってるのと同じ理屈だよ。さて、そろそろ準備は万全かな?」



 フォルカーは無意味に俺と会話を続けていたのは、部下達に強化魔法によるバフなどが行き渡らせるための時間を稼ぐためだ。

 あと幾つエリアがあるか分からない状況ではなくなったため、残りのリソースを全て注ぎ込むことにしたらしい。


 

「ああ、万全だとも……剣が無いようだが、使わないのか?」


「いや、勿論使うとも。何せ、この場を用意したのはコレの性能テストのためだからな」



 指環に擬装していた〈賢爛たる星の虹剣アルカティム〉を元の長剣形態へと戻す。

 伝説レジェンド級の最上位にして、聖剣から星剣へと至ったアルカティム。

 控えめな金飾の白い柄に金色の鍔、そしてオーロラ色の薄い燐光を纏う剣身で構成されている。

 神器に限りなく近い星剣アルカティムのテストの相手としては些か不十分な気もするが、タイミングの良い襲来だったのでその命を有効活用してやらねばならない。



「聖剣、か?」


「どこから現れたんだ?」



 星剣の出現にざわついている一部の者達を除けば、フォルカー達の警戒感が最大限に高まっているのを感じる。



「すぐに終わってはつまらないからな。先手は譲ろう」


「そうかい。じゃあ、遠慮なくやらせてもらおう。やれ!」



「『侵蝕せし呪界霧カースド・イロージョン・ミスト』!」



 Aランクにしてとあるクランのサブマスターである女性魔法使いが発動準備を済ませていた戦術魔法を発動させた。

 黒と紫に蒼と色調の致死の呪霧が、俺の正面の空間全てを埋め尽くしながら迫り来る中、アルカティムの能力【虹星権現】を発動させる。



「光、闇、氷に……土も発動させとくか」



 【虹星権現】は、アルカティムの所有者が所持している魔法スキルの属性に沿った能力を発動することができる能力だ。

 光、つまり【聖光魔法】や上位の【煌天魔法】を所持している時に発動できるのは、『全属性耐性の超強化、聖刃の超強化』という能力。

 闇こと【暗黒魔法】や【死冥魔法】だと。『全状態異常耐性の超強化、剣撃に任意の状態異常効果を付与』の能力が使える。

 氷は『精神力の超強化』、土は『耐久性の超強化』といったように属性によって齎される効果は違っており、所持する魔法スキルが多ければ多いほど恩恵がある能力というわけだ。

 ただし、同時に発動できる属性能力は最大で七つまでなので、相手や状況によって使い分ける必要がある。


 アルカティムの【虹星権現】以外の能力は発動させずに、無防備に呪いの霧に呑まれる。

 仮にも戦術級魔法なので、何も発動させていない状態で攻撃を受けていたら多少はダメージを受けていたはずだ。

 最低限の安全マージンとして、ジョブスキルによる補正分はオフにしていないため一撃死することは無かっただろうが、苦痛に顔を歪めることぐらいはあったかもしれない。

 【虹星権現】の効果は確かなようで、耐性スキルもオフにした状態でも、大半の呪詛攻撃を防いでくれている。

 アルカティムによる防御を抜けてきた分は、素の身体能力で無効化できるまでに弱体化しているため心身を害することは無かった。



「そ、そんな……」


「無傷だと?」



 魔法を行使した女性魔法使いとフォルカーの驚愕の声に気を良くしつつ、玉座の前の階段を降りていく。



「さて、次はこっちの番だな」


「っ! 来るぞ!!」



 追加で【虹星権現】の風属性と虚属性の能力を発動させてから駆け出す。

 『敏捷性の超強化』と『他人から姿を認識し難くする』という属性能力を組み合わせることで、フォルカー達が気付く前に彼らの懐へと潜り込んだ。



「ジュリアっ!?」



 戦術級魔法を放った女性魔法使いの首を刎ねると、近くにいたフォルカーがクラン名の代名詞である白竜の素材で作られた双刀で斬り掛かってきた。



[スキル【鑑定】を獲得しました]

[スキル【霊視】を獲得しました]

[ジョブスキル【溟海術師アクア・ロード】を獲得しました]

[マジックスキル【溟海めいかい魔法】を獲得しました]



 二振りの竜牙刀による斬撃の嵐を最小限の動きで避け続ける。

 数瞬後に他のメンバーも攻撃に参加してきて攻撃の密度が一気に高まるが、追加発動した雷属性の『反応速度、思考速度の超強化』の属性能力も駆使し、その全ての攻撃を躱す。

 隙を見せた者から順にアルカティムを振るい、手足や首を斬り捨てて無力化していく。



「ぐあっ!?」


「ぎゃっ!」



 手首を斬り、腰を斬り、首を斬り、身体を縦に両断する。

 俺が攻撃を開始してから僅か三分で人数が半分を切ってしまったが、彼らの戦意はまだ衰えてはいない。

 後方で男性魔法使いが何か準備をしているので、十中八九それが狙いなのだろう。

 


「『深淵の結び目アビス・ホールド』」


「おっ。これは固いな」


「「死ねぇっ!!」」



 男性魔法使いが発動させた拘束系戦術級魔法によって地面から黒い鎖が現れ、俺の四肢を拘束する。

 特殊な力が働いているのか、身動き一つ出来ない状態に陥っていると、前後から大剣使いと槍使いが攻撃を仕掛けてきた。



「流石に刺さるか。まぁ、すぐ塞がるんだけど」


「馬鹿な……」


「ふざけやがって!」



 耐久性が強化されている皮膚が貫かれて血が流れ出るが、皮膚下の筋肉の鎧を貫くまでは至っていないため、実質的にダメージは無いようなものだった。

 氷の属性能力を解除し、破壊属性の『剣撃に物質破壊、魔法破壊などの各種破壊効果を付与』によってアルカティムの刃を鎖に触れさせて、魔法の鎖を破壊して拘束を抜け出す。

 その破壊の属性能力も解除すると、爆属性の『筋力の超強化』によって爆発的に膂力を高めてから、正面にいた槍使いの頭部を鷲掴みにする。



「がっ、や、止め、ぶぎゃっ」



 鷲掴みにした頭部を握り潰すと、そのまま振り回して後方の大剣使いへと槍使いの死体を投げつけた。

 視界を塞ぐ槍使いの死体に怯んだ大剣使いを、その死体ごと一刀両断に斬り捨てる。

 間髪入れずに男性魔法使いとの距離を詰めて展開していた魔法障壁を貫き、その先の男性魔法使いの腹部をも貫いて無力化した。



「はぁああああっ!!」



 最後の一人になったフォルカーが、二振りの竜牙刀に大量の魔力を込めて、竜牙刀の能力を発動させたようだ。

 X字状に放たれた白光の斬撃が迫るのに対して、応えるように俺もアルカティムの攻撃系能力を発動させる。



「穿てーー【星穿つ極災の虹光アウロ・スピル・ディザス】」



 白光の斬撃へと向けたアルカティムの切っ先から直径数メートルの虹色の光撃が放たれる。

 虹色の光撃は、白光の斬撃を容易く撃ち貫き、そのままフォルカーの真横を通り過ぎていって大扉近くの壁面を破壊していった。



「……出力を抑えてこれなら、最大出力はエクスカリバーの基本能力に迫るかもしれないな。流石は星剣だ」


「ぐがあっ!?」



 目の前で起こった現象に茫然自失になっていたフォルカーとの距離を詰めると、麻痺効果が付与されたアルカティムで滅多斬りにする。

 身体が麻痺して硬直しているフォルカーをはじめとした、敢えて生きたまま無力化した面々に関しては、【狩り屠る貪喰の竜王ファブニール】の暴食のオーラと【強奪権限グリーディア】を使って、記憶や諸々全てを奪って喰らい尽くしていった。



[スキル【強者の圧力】を獲得しました]

[スキル【方位自針】を獲得しました]

[スキル【略奪の心得】を獲得しました]

[スキル【一括統率】を獲得しました]

[スキル【魔権の欠片】を獲得しました]

[スキル【魔権主の血筋】を獲得しました]

[マジックスキル【混沌魔法】を獲得しました]



 獲得したスキルとアイテム、記憶情報をザッと確認してからアルカティムへと視線を向ける。

 


「まぁ、器用貧乏というよりかは万能と言うべき星剣だな。中々使えるじゃないか」



 喜ぶかのようにアルカティムが剣身を瞬かせる。

 デュランダルとは役割は被らないし、これなら普段使いをしても良いだろう。



「カルマダの本拠地の鍵も手に入れたし、そろそろ本格的に動くか」



 玉座の間の死体処理をしながら他に必要なことを脳内にピックアップしていく。

 一番利益が得られるのは……ふむ。地上に戻ったらまた忙しくなりそうだ。

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る