第176話 ラビリンス 中編



「クケケケッ!」


「なんだコイツは? ゴブリンに似ているが……」



 フォルカー達が最初に遭遇エンカウントした敵は一見するとゴブリンに似ていた。

 だが、ゴブリンよりも小柄で長い耳を持っており、両腕が身体と比べると長めであるなどの差異がある。

 更に身体の皮膚の色が緑色ではなく黒色ともなれば、目の前の人型魔物がゴブリンではないことは明らかだった。



「【鑑定】スキルによれば〈強欲なる小悪魔グリード・グレムリン〉という名前らしいわ。聞いたことある人はいる?」



 紫ローブ姿の女性魔法使いが、自らのスキルで判明した目の前の魔物の名前を告げる。

 しかし、目の前の魔物について知っている者はいなかった。



「何処かのダンジョンに〈グレムリン〉っていう名の悪魔系魔物がいると聞いたことがあるが、その亜種ってところか?」


「おそらくね。どんな能力があるかは分からないから気をつけましょう」



 フォルカーと女性魔法使いの言葉に一行は警戒を強める。

 悪魔系魔物は全体的に総合能力ステータスが高い傾向にある上に、その姿形と有する能力も種族によって様々だ。

 身体能力が高くない種族もいるが、そういったタイプの悪魔は特殊な能力が使える場合がある。

 そして、この世界では新種にあたるグリード・グレムリンもそのパターンに含まれる悪魔だった。



「遠距離で数を減らせ! 近づけさせるな!」


「「「クケケケッ!!」」」



 接敵したグリード・グレムリンは軽く百を超えるほどの数の大群だ。

 その集団が床や壁と場所を選ばずに駆け出し、濁流の如き勢いで迫ってくる。

 ゴブリンよりも矮躯な身体から、身体能力は低いと安易に決めつけていたフォルカー達は、その勢いに一瞬気圧されたものの、すぐさま迎撃を開始した。

 リーダーであるフォルカーの指揮を受けて、攻撃魔法や弓矢などの遠距離攻撃手段を持つ者達が一斉に攻撃を放つ。

 放たれた全ての攻撃が、グリード・グレムリン達の命を容易く奪っていく。

 だが、鎧袖一触の強さを発揮してはいるものの、カルマダの面々からすれば多勢に無勢の状況であることには変わりなく、やがて迎撃の弾幕を潜り抜けてきたグリード・グレムリンが前衛陣へと襲い掛かってきた。



「クケケケッ!」


「遅えぞ!」


「グゲッ!?」



 初心者ならば慌てる状況だろうが、彼らは悪人とはいえ戦闘のプロであることには変わりはない。

 迎撃により発生した炎の壁の向こう側から飛び出してきたグリード・グレムリンを、Bランクの剣士が頭頂部から股下にかけて、愛剣たる魔剣によって一刀両断とばかりに斬り捨てる。

 斬り裂いた感触から雑魚だと判断した剣士は、続けて飛び込んできた二体のグリード・グレムリンを纏めて斬り裂くために、横薙ぎに魔剣を振るった。



「おらっ、あっ?」



 振り抜いている最中に両手に違和感を感じ、剣士の声が尻窄みになる。

 両手に視線を向けると、そこにはたった今まで握っていた魔剣の姿が消えていた。



「これ、ばっ」


「クケケケケッ!!」



 前方から向かってきていたグリード・グレムリンの一体の手には、剣士が使っていた魔剣がいつの間にか握られており、自らの魔剣によって剣士は首を刎ねられた。


 アイテムの強奪能力。

 それが悪魔種であるグリード・グレムリンを代表する能力だった。

 有効射程距離こそ短いものの、一定の確率で非帰属性のアイテムを強奪することができるため、近距離戦を行う戦士達にとっては戦闘中に突然自らの武具を奪われる可能性があるということになる。

 また、各武器種を最低限操る能力まであるため、奪われた直後にその武器を自らの攻撃手段に転用してくる危険性まで存在していた。



「てめっ、俺の槍を、うおっ!?」


「盾が奪われた!」


「ぐあっ!」



 先ほど返り討ちにあった剣士以外にも被害は続出していた。

 即座に命を奪われることになったものこそ少ないが、グリード・グレムリンの数は未だに五十を超えている。

 部隊の壁の役割を担っている前衛達は、自然とグリード・グレムリン達からの強奪能力を幾度となく喰らい続けることになった。


 グリード・グレムリンの群れとの接敵から十分後。

 どうにか敵を全滅させたフォルカー達だったが、部隊の被害は想像を超えるものとなっていた。



「……被害を報告しろ」


「前衛八名が死亡。負傷者は二十名近くでましたが、全員魔法やポーションなどで完治済みです」


「そうか、八名か。はぁ、これだから未確認の魔物は嫌なんだ」


「同感です」



 報告を持ってきた男性弓使いと共にフォルカーは溜め息をつく。

 実際に戦って得た情報から、このグリード・グレムリンの戦闘力は決して高くはない。

 特殊能力こそ厄介だが、能力の詳細さえ知っていれば被害は抑えられただろう。

 初見の魔物で情報が無かったというのが苦戦した一番の理由だが、次点の理由はその数だ。

 百を超える未確認の魔物との集団戦は、そこまで広くない回廊内で行うべきではない。

 狭い場所で遠距離攻撃の密度を上げてしまうと、攻撃同士の距離の問題から互いに干渉してしまう危険性があるので、大した量の攻撃を放つことができなかった。

 そのため、期待していたよりかは前衛に到達するまでに敵の数を減らすことが出来ず、八名もの死者が出ることになっていた。



「身バレを防ぐためにアイテムと装備を剥いでから死体は焼いておけよ」


「了解しました」



 不幸中の幸いというべきか、死者の中にAランクの者はいなかった。

 元より、中堅どころであるBランクとCランクの数は多いが、AランクやAランク相当の冒険者はカルマダの中でも貴重な戦力だ。

 今回のオーズとドラウプニル商会への襲撃と略奪を確実に遂行するために、カルマダに属するAランク達の過半数を投入している。

 想定外のダンジョンアタックで犠牲者が出たものの、Aランク冒険者達は全員健在であるためダンジョンを踏破するのは難しいことでは無いとフォルカーは考えていた。



「死んだ奴らの装備の方が自分のより上だという奴は装備を更新しておけ。準備が出来次第先に進むぞ」


「「「了解」」」



 ◆◇◆◇◆◇



[スキル【一騎打ち】を獲得しました]

[スキル【暗黒闘技】を獲得しました]

[スキル【剣身一体】を獲得しました]

[スキル【戦士の歌】を獲得しました]

[ジョブスキル【魔剣士マジック・セイバー】を獲得しました]



[特殊条件〈迷宮創造権能所持〉〈管理迷宮内侵入者撃退〉などを達成しました]

[称号〈迷宮創造主〉を取得しました]

[スキル【迷宮の支配者】を取得しました]


 

「ふむ。予想通り、俺が作った迷宮の機能によって死んだ者も【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】の有効範囲内か。素晴らしいな」



 蒐集迷宮〈ラビリンス〉の管理者空間マスタールームに作った椅子に座ったまま、【情報賢能ミーミル】の派生能力【情報通知】によって齎された情報を確認していく。

 ダンジョンエリアにあるクラン拠点内の自室で寝ていたのを起こされた時は何ごとかと思ったが、急いできた甲斐はあった。

 向こうからは姿が見えないからと油断して素の声で喋ってしまったが、よくよく考えたら最初から生かして帰すつもりはないので誤魔化す必要は無かったかもしれない。

 目の前に浮かぶスクリーンに映るカルマダの者達が、グリード・グレムリンを倒して先に進むのを眺めてから、この先に配置している魔物やトラップを確認する。



「次はフィジカルの強い巨体悪魔との戦いで、その後は毒の霧漂う中で下位天使達による上空からの雨霰の如く遠距離攻撃が降り注ぐエリア、っと。なんとなくだが、ここでAランクより下は全滅しそうだな……天使達を全滅させなくても先に進めるようにしとくか」



 このラビリンスは複数のスキルによる合作だ。

 根幹たる迷宮自体は【祝災齎す創星の王パンドラ】の内包スキル【迷宮創造】で生み出したものだが、このラビリンスは異空間に作った小世界にある。

 【幻想無貌の虚飾王ロキ】の内包スキル【虚幻界造オルタナティブ】は一定範囲内を特殊なフィールド効果を持つ領域に塗り替える能力なのだが、その派生能力【虚幻異界造オルタナティブ・ワールド】では、世界と世界の狭間にある異空間に小世界を生成することが可能だ。

 そして、ドラウプニル商会の関連各施設から異空間にある小世界のラビリンスへと強制転移させるための警備システムは、【始源の魔賢神紋プライマル・ルーン】や【亜空の君主】の力、そして各種魔導技術を使って構築している。


 この小世界の中にラビリンスを置いたのは、万が一にも迷宮の存在が第三者に知られるのを防ぐためだ。

 少なくとも、今は迷宮を自分で生み出せることを明かすつもりはない。

 また、このラビリンスは営業時間外に不法侵入してきた悪意ある者を利用した迷宮の稼働テストの場でもある。

 その初の実験台モルモットに選ばれたカルマダの者達にはもう少し頑張って貰いたいのだが……。



「うーむ。〈火を吹く猛蛮の悪魔ブレイズ・サベージ〉にも意外と苦戦しているな」



 体長五メートル大の巨体を持つブレイズ・サベージは、全身に燃えるような紅い亀裂がある筋骨隆々の悪魔だ。

 見た目通りの怪力と耐久性に加えて、両手に持つ二振りの戦斧を巧みに操る戦闘センスも併せ持っている。

 更に、名前の通り火を操る能力もあり、戦いの最中に、口だけでなく全身の紅い亀裂から業火を吐き出してくることもあり、かなりの数のカルマダの者達が火に巻かれていた。



「……装備やアイテムが焼失しているな。勿体ないから次からサベージくんはリストラだ」



 哀れサベージ。君にはこの場は相応しくないようだ。

 この程度の火力なら大丈夫だろうと高を括っていたが、元よりある迷宮補正は想定内だが、創造主である俺の【炎霆の君主】による炎熱補正が生み出される魔物達にも適用されているとは気付かなかった。



「ま、今のうちに生成体にも君主の補正が掛かることを知れたのは幸いだな」



 【炎霆の君主】ほど大きくはないが、【星界の大君主】の冠する星界ーーこの場合は〈星〉または〈世界〉が内包する〈火〉や〈雷〉などの各種属性ーーにも属しているため、こちらの補正も多少働いているようだ。

 【幽世の君主】は〈闇〉系ではあるが、どちらかと言えば〈死〉や〈霊〉の属性が強いからか悪魔系魔物には補正が働かないらしい。

 おそらく、それらの属性を持つ悪魔ならば補正を受けられると思うが、まぁ、わざわざ実証するほどではないな。



「〈天使の雷雨〉エリアの下位天使達も〈光〉と〈雷〉属性だから強化されてるだろうし、今のうちに数を減らしておくか」



 【無限宝庫】から食品開発の時に作った自作ポップコーンと自作炭酸飲料を取り出して観戦環境を整える。

 寝ていた時の格好のままだったのに気付いたので、取り敢えずズボンだけは穿いておく。

 上半身は裸のままだが、見られて恥ずかしい身体ではないので、このままでいいだろう。



「天使の後に新規エリアを差し込んで、そこで新しく手に入れた星剣の実戦をするか」



 金飾の白い土台と虹色の宝石で構成される指環に擬装している〈賢爛たる星の虹剣アルカティム〉が反応するように薄らと輝きを放っている。

 アルカティムのほうもやる気は十分のようだ。

 さて、どれだけの人数が星剣のテストの場に到達できるのやら。





 

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