第172話 強化魔服
◆◇◆◇◆◇
オリヴィアへの第一拠点の案内を終えて一階の大広間に降りると、俺達三人以外の全員が自室に余計な荷物を置き終えて集まっていた。
「エリン、シルヴィア、マルギットの三人は〈強化魔服〉も着てきたか?」
「うん。着てきたぞ」
「ええ」
「はい、このように」
シルヴィアとマルギットが言葉を返す中、エリンが
上衣と下着の間に着込んでいるのは、首元から手首と足首までを覆う薄い生地の黒い全身タイツだ。
〈強化魔服〉と名付けた全身タイツ型
防御力は殆ど無いとは言ったが、薄くてもただの平服や非魔導具の革鎧よりかは防御力があるため、防具という役目も最低限は果たせるだろう。
強化魔服は、ユニークスキル相当のスキルや錬金術によって生み出した特殊素材を使用して製作されている。
伸縮性の高いゴムに似た素材に全身が覆われており、デザインイメージは前世のメカアニメなどで見たことがある薄手のパイロットスーツといったぴっちりスーツやボディスーツだ。
〈着る筋肉〉がコンセプトのアイテムで、生身の肉体と密着している内側の面と外側の面の間の極僅かな空間は生体金属製の人工筋肉で構成されており、それにより実現したパワーアシスト機能によって基本身体能力が格段に強化される。
本来の防具の下に着込むだけで、前世ならば小学生になったぐらいの子供が殴り合いで大人に勝てるレベルの強化率の身体強化が得られるので、幅広いレベル帯で使うことができるだろう。
流石に強化幅には限界があるものの、無装備よりも強くなるのは間違いない。
加えて、素の肉体の筋骨の動きに人工筋肉が連動して強化するという、スキルや術式とも違ったパワーアシスト機能の仕組みから、強化計算式は乗算ではなく加算式だ。
そのため、身体強化系スキルや他の身体強化系魔導具の身体強化効果と併用すると、その人工筋肉分の身体能力が加算された後から乗算式の強化が行われることになる。
実感し難い地味なメリットではあるが、他の身体強化効果の底上げもする効果が有用であるのは語るまでも無いだろう。
「強化魔服?」
「素の肉体動作を補助する効果を持つ防具です。身体強化系のスキルや魔導具とは別のアプローチで身体強化効果を実現していますから、それらと併用しても十全に効果を発揮できるんですよ」
「んー、身体強化系魔導具にしては内包する魔力がちょっと少ないわね。別のアプローチ……素材……筋肉みたいなモノを使ってるのかしら?」
オリヴィアは娘のシルヴィアに近づき、遠慮なく腕の装備を外して上衣の袖を捲ると、その下の強化魔服を注視する。
流石の着目点と解析力というべきか、オリヴィアは強化魔服の仕組みをあっさりと看破してしまった。
「そんなところです。主な効果は肉体補助ですが、他にも素材の性質から得られた衝撃吸収効果や防刃効果がありますし、各部にある板状のパーツに刻んだ術式によって、防水防汚防臭の三つに加えて、効力は弱いですが体力強化効果も実装しているんですよ」
「なるほど。僅かに感じられた魔力は後者の効果だったのね。確かに魔力量的にはそれぐらいか。でも、自動サイズ調整効果は無いのね?」
「肉体補助を齎す仕組みの問題から相性が悪くて実装出来なかったんですよ」
「あらそうなの。じゃあ、シルヴィア達は身体の隅々まで測定されちゃったのね。エリンちゃんはまだ分かるけど、シルヴィアとマルギットは大変だったんじゃないかしら?」
「……オリヴィア様。一応言っておきますが、測定はちゃんと服を着てから行いましたし、実際に測ってくださったのはリーゼさんです」
「でもサイズは製作者のリオンさんに知られたんでしょう? ドキドキしたんじゃないの?」
「……屋敷では部屋着姿なども見せているので今更です」
何故か目を輝かせているオリヴィアにマルギットが顔を赤らめながら説明する。
シルヴィアは母親のこんなテンションを見慣れているのか、呆れたような表情を浮かべてマルギットに絡むオリヴィアを見ている。
「ところで、前衛三人は分かりますが、後衛二人には支給していないのですか?」
オリヴィア達の様子を眺めていると、リーゼロッテがふと気付いたようにそんな質問を投げかけてきた。
此方に近寄ってきたカレンとセレナもウンウンと頷いている。
「あれ、言ってなかったっけ? 先ずは身体が頑丈な前衛陣にテストしてもらうって」
「うーん。言われたような言われてないような……」
「前衛陣が先ってことは、何か不安要素があるの?」
「いいえ。ただ単に今後、強化魔服のバリエーションを作る際のデータ集めのための順序というやつですよ」
「「?」」
「どういうことです?」
頭上にはてなマークが浮かんでいるかのような表情のカレンとセレナ。
リーゼロッテも疑問のようなので説明を行う。
「実のところ、前衛三人に着てもらっている強化魔服はそれぞれ違う仕様なんだよ」
敵を惹きつける壁役であるシルヴィアの強化魔服は、人工筋肉とその動きを補正する術式による強化比重の割り当てを、筋力と体力に偏らせた接近戦仕様に調整したパワー型。
素早く動き鋭い一撃を与える攻撃役であるマルギットの強化魔服は、魔人種戦翅族という保有魔力量の多さと一般的な魔人種である魔角族を上回る肉体性能を考慮して、術式による補正時に消費される魔力量を増やして全身体能力を強化するために出力を向上させた全体強化型。
マルギットと同じタイプの攻撃役ではあるが、彼女よりも保有魔力量が少なく戦闘経験も浅いエリンの強化魔服は、出来るだけ魔力を消費せずに身体強化が得られる一番オーソドックスなバランス型になっている。
彼女達それぞれの特性に合わせた調整が行われており、それらから得られた実践データは今後の装備開発全般に活かされることだろう。
「ということは、基本となるモデルはエリンちゃんのバランス型よね。シルヴィアさんとマルギットさんのは、上位互換とかのモデルケースとかかな?」
「そんな感じですね。カレンは魔法オンリーだから、魔力消費が増える全体強化型やパワー型は向かないからエリンと同じバランス型か、シルヴィアのパワー型のように強化比重を調整したものになるでしょう。先輩は魔力量も多いので、マルギットと同じ全体強化型でもいいでしょうね」
「それなら私達の分もあればデータ集めは捗ったんじゃない?」
「先輩とカレンがエリン達みたいに常に動き回るなら戦闘スタイルならそれでも良かったんですが……」
「あー、そっか。確かに私達って、エリンお姉様達ほど動き回らないわね」
「ああ。だから、初期のデータ集めは三人に任せて、そのデータを反映した次の強化魔服から二人にも着けてもらおうと考えていたんだ。元々、強化魔服自体が身体をよく動かす者向けのアイテムだからな。魔法オンリーや銃使いには不向きなんだよ」
弓使いなら筋力が相応に必要だし、動き回るからバランス型か全体強化型が向いているが、十分な火力を発揮するには大量の魔力を必要とする魔法使いと魔銃使いにはそのままではあまりメリットが低い。
そのため、後衛用に強化魔服を作るならば、各部の板状パーツを増やして体力強化の術式を更に刻むか、素早く移動できるように敏捷方面に調整したスピード型とかになるだろう。
だが、バランス型や、更に出力を下げて燃費を抑えるぐらいなら他の装備を身に付けたほうがいい。
そのあたりの判断材料を得るためにも、前衛三人のみ先行して性能テストを行わせているのだ。
「色々考えてるのね。なら、場合によっては私達二人は強化魔服は無しかな?」
「身体強化といった肉体補助を行うぐらいなら、さっさとレベルアップして
「……効果は良いと思うけど、身体のラインが分かるデザインがちょっとね。リオンくんの趣味?」
「いや、上からシャツやら鎧やらを装備するから見えないじゃないですか」
「見えなくても、こう、想像や妄想とか……ねえ?」
「ねえ、じゃありませんよ。あのデザインは他の防具の下に着込んでも嵩張らないようにするために薄くなってるんです。感覚的には競技用水着に近かったですね」
「あれ? リオンくんも着たの?」
「別に女性専用装備というわけじゃありませんし、エリン達にテストを任せた理由を考えれば、一番最初にテストを行うのは製作者であり彼女達よりも身体が頑丈な俺に決まってるでしょう……」
まぁ、強化魔服のデザインに関しては個人的な趣味嗜好の影響を受けていることには変わらないんだけどな。
ちなみに、俺の次に基礎レベルが高くて身体が頑丈なリーゼロッテでも密かに性能テストを済ませている。
俺みたいに弱い分身体を作って着せたならまだしも、適正レベルよりも基礎レベルが高かったため有用性は確認出来なかったものの、安全性の確認には役立ってくれた。
大変眼福だったが、性能的にわざわざリーゼロッテが着る必要は無いだろう。
着るにしても、基礎レベルが高い者用にまた別に同系統装備を作る必要がある。
Aランクであるマルギットとシルヴィアもわりと適正レベルギリギリだし、考えておく必要があるが、取り敢えずは保留だ。
「それもそっか。慎重なリオンくんなら初めに自分でテストをしてるのは当然か」
「ご主人様で性能テストをしているなら、最低限の安全は確保されてるのね」
「勿論だ」
「それなら私も着たほうがいいんじゃない? 常態的に肉体の性能を上げられるのは、基礎レベルの低い女性や子供にはメリットだと思うの。だから、そういう人達を対象にした内容のテスターに私は向いてると思うのよ」
「なるほど」
カレンの言う通り、基礎レベルが低いが故に筋力の弱い女性や子供には役立ちそうではある。
強化魔服は、身体能力を強化する際に殆ど魔力を消費しない仕組みであるため、保有魔力量が少ない低レベルの者達には最適だと言える。
カレンは基礎レベルが低いとは言えないが、性別に身体のサイズ、年齢に関してはそういった主旨の性能テストのテスターにはピッタリだろう。
「あと、単純に着てみたいし」
「……なるほど」
そっちが本音のような気がするが。
まぁ、いいか。
「低レベル帯には過ぎたアイテムだと思っていたんだが、決め付けるのは良くないか。集めたデータは何かに使えるかもしれないし、考えておこう」
「やった! セレナさんも着ましょうよ」
「うーん……」
「別に見られるわけじゃないんだし、モノは試しということで。商会でのデザイン設計の仕事も常にあるわけでも無いし、ご主人様に恩返ししたいって言ってたからちょうど良いと思わない?」
「……それもそうね。リオンくん、私は後衛だけど、強化魔服のテスターをしてみてもいい?」
「後衛系のデータを集めるのも良さそうだと考え直してたところですから、テスターの数が増えるのは歓迎ですよ」
「そう? 良かった」
「やるにしても準備がありますし、後日、屋敷の地下鍛錬場ですることになるでしょう」
後衛用の強化魔服を作るにしても、当人達のデータがあればより正確なフィードバックが出来そうだ。
そう考えると、データが取れるように今のような後衛陣が安定して戦闘を行える状況下は不適切かもしれない。
最低限の安全マージンは必要だろうが、様々な条件の下でテストを行ってこそテスターだろうしな。
「……セレナさん。私、なんか嫌な予感がするんだけど」
「奇遇ね、カレンちゃん……私もよ」
なぁに、常に攻撃しながら逃げ続けなければヒドイことになるぐらいのテストだから、死にはしないし大丈夫大丈夫。
「魔蟲か……触手か……どちらかにするか」
「「えっ」」
「あるいはアンデッド系かな」
強化魔服で身体能力が強化された後衛陣が、どうにか走って逃げられる程度の速さと、攻撃すれば倒せる程度の強さの追跡者が理想だが、選定が難しい。
理想は魔獣系なので、魔獣系の魔物全般を自由に生成できるスキルがあれば良かったんだが、持ってないからな。
どこぞのエリアボスの中に持ってそうなのがいるなら倒して手に入れるんだが……いるだろうか?
アレコレ悩んでいる間にオリヴィア達が話を切り上げてやってきたので思考を切り替える。
全員準備は終えてるし、雑談はこの辺にして、そろそろ魔物を狩りに向かうとしようか。
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