第171話 第三回探索
◆◇◆◇◆◇
「ーーそれにしても」
「ん?」
「本当によかったんですか、休暇の場所が迷宮内だなんて」
巨塔前にある受付窓口で入場手続きを済ませると、ダンジョンエリア手前のエントランスエリアに向かいながら横を歩くオリヴィアに尋ねる。
なお、オリヴィアは冒険者ではないが、アークディア帝国の宮廷魔導師長という重職の肩書きによって入場手続きをクリアした。
「大丈夫よ。昨日も言ったけど、ダンジョン自体は幻造迷宮に入ったことはあっても神造迷宮には入ったことが無かったから、前々から来てみたかったのよ。普段は仕事が忙しくて時間が取れないから、今回みたいな時でもないと入れないわ。それに、今ならリオンさん達と挑めるから一人じゃないし、戦力的にも十分だもの。娘の戦う姿も観れるから、本当に良い機会なのよ」
「……まぁ、オリヴィアさんがそれでいいなら構わないんですけど」
オリヴィアはアークディア帝国の宮廷魔導師長に任じられるほどの魔法の使い手であるため、戦力的には何の問題は無いだろう。
本人が言うように、神造迷宮ではないが幻造迷宮のほうを仕事で何度か潜ったことがあるからか、ダンジョンが全くの初見ではないため過剰に緊張した様子は見られない。
せっかくの休暇なのにダンジョンに一緒に潜りたいと言った時は正直どうかと思ったが、こうして見る限りでは大丈夫そうだな。
元々はオリヴィアを連れてこっそりダンジョンに入り、彼女のストレス発散がてら魔法で魔物討伐を行わせる予定だったので、やること自体はそこまで変わっていない。
違うのは、正規の手順とルートで巨塔ダンジョンに入るため他人の目に触れる点だ。
そのため、巨塔に入るといつも以上に衆目を集めていた。
「すげぇ……」
「また美人が増えてやがる。新しいクランメンバーか?」
「盾騎士と似てるなぁ。姉妹か?」
俺達を話題にした周りのざわめきを【地獄耳】で拾いつつ、エントランス奥にあるダンジョンエリアの出入り口の巨大門へと向かう。
「ふふふ。シルヴィア。私達、姉妹だそうよ、姉妹」
「お母様、浮かれ過ぎです……」
どことなくテンションの高いオリヴィアの姿にシルヴィアが呆れているようだ。
オリヴィアが姉でシルヴィアが妹だろうな……母性的に。
シルヴィアも並以上にあるんだが、オリヴィアは文字通り桁違いなのと、纏う雰囲気的に姉のほうのイメージがある。
「……何か言いたげだな、リオン」
「いやなに。美人姉妹だな、っと思っただけだよ」
「姉妹じゃなくて
「じゃあ、美人母娘だな」
「うっ」
美人と言われて二の句を告げられずに固まるシルヴィアと、娘と違って動じずに淑やかな笑みを浮かべるオリヴィアが姉妹ではなく母と娘であることが聞こえた周囲の冒険者達がざわつく。
そんなタイミングで進行方向先の巨大門から一人の魔角族の青年が現れた。
「おや? お疲れ様です、会長。奇遇ですね」
「オーズか。今帰りか?」
「そんなところです」
必要なこととはいえ、他の冒険者の目がある中で一人芝居をするのは少し恥ずかしい。
この場で俺とオーズが同一人物だという知っているのは仲間達とオリヴィアだけだ。
知っているとは言ってもそれぞれが知っている情報量には差がある。
オーズ達分身体はユニークスキル【
俺のユニークスキルで生み出した分身体という情報は彼女達は全員知っているが、ほぼ正確な能力詳細を知っているのはリーゼロッテとエリンだけになる。
二人以外の面々は一体だけ分身体を生み出せる能力ということぐらいしか知らない。
この情報量の差は……まぁ、関係の深さの差だ。
そのため、屋敷の一部の女性使用人達は分身体を複数体生み出せることを知っているし、数日前には商会の幹部娘達も知ることになった。
誰彼構わず自分の能力を晒すのは趣味じゃないので、条件を満たした相手にのみ情報を明かしていくつもりだ。
分身体の数が増えれば増えるほど
だからといって商会の業務などを全て自分でやると人材が育たないので、そういった理由からも複数体生み出せることは明かしていない。
『内情を知っていると面白い光景ですね』
『だろうな』
【意思伝達】で話しかけてきたリーゼロッテに相槌を打ちつつ、
「会長は今からダンジョンですよね?」
「見ての通りな」
「でしたら、今のうちに此度の営業の成果をお渡しておきます。次に会長にご確認いただけるのは先のことになりそうですし、会長のところにあるほうが安全ですからね」
「それもそうだな。分かった。受け取っておこう」
「いつものように収納アイテムに纏めてありますので、お暇な時にご確認ください」
オーズから手渡された収納系
本体と分身体で【無限宝庫】の収納空間は共有している上に、【
そのため、戦利品の受け渡しは本題ではなく、この小芝居は周りの者達に俺とオーズの遣り取りを見せ付けること自体が目的になる。
発言内容からオーズを襲ったカルマダの者達の遺留品も俺の手に渡ったことが分かるはずなので、仮に他のカルマダの者達が証拠隠滅に動くなら俺のほうにやってくるだろう。
とはいえ、戦利品から他のカルマダの者達に繋がる情報が得られるわけでもないので、実際に証拠隠滅のために動く可能性は低いと考えている。
俺とオーズが同一人物ではないことを周りに示すほうが主な目的なので、カルマダからの報復が無いなら無いで構わない……追加で情報も戦利品も得られるので来てくれたほうが嬉しいけどな。
まぁ、ダンジョンエリアに移動後はすぐにダンジョン内のヴァルハラクランの拠点に転移で移動する予定なので、カルマダに見つかることは無いのだが。
「では、そろそろ行く。ゆっくり休め」
「ありがとうございます。皆様のご武運と安全をお祈りしております」
頭を下げるオーズに見送られながら巨大門を潜り、エントランスエリアからダンジョンエリアへと足を踏み入れた。
「リオンさんに昨夜も見せてもらったけど、何度見ても不思議な能力ね」
「実際に使っている自分でもそう思いますよ」
雑談をしながら通路を歩いていき、人目が無くなったあたりで【亜空の君主】の権能の一つである転移能力を使って、ダンジョン内のヴァルハラクラン第一拠点へと移動する。
第一拠点がある第二十四エリア帯は、初回の探索時に活動の中心にしていた場所だ。
中層に属するエリア帯の中でも屈指の危険地帯であり、魔物の平均レベルが高いのが特徴で、レベル上げ効率の面と他エリア帯への移動にも便利なので選ばれた。
「本当にダンジョン内に家があるわね……」
「地形の問題から流石に地上の屋敷ほどの広さはありませんけどね。さぁ、中に入りましょう」
「え、ええ。そうね」
小エリアの崖の上に、地上側から隠れるようにして築かれた第一拠点を見上げながら呆然としているオリヴィアを促して拠点へと入る。
此方の拠点には、第二拠点のほうで拠点の維持管理を行わせている人型
第三十三エリア帯の第二拠点と比べて、第一拠点がある第二十四エリア帯は他の冒険者の出入りが多少あるため、万が一だが拠点がバレるリスクがある。
故に、此方の拠点ではドールズの実証実験を兼ねての維持管理のための配置を行っていない。
現在行政府内で進んでいる、次のダンジョンエリア内に中継拠点を築く計画が成功すれば、ヴァルハラクランの拠点の存在がバレても影響は少なくなる……はずだ。
人間そっくりではあるが非生物であるドールズは分類的にはゴーレムに近い。
考えすぎかもしれないが、そんな存在がダンジョン内にいるのを理由に、ドールズを魔物認定、クラン拠点をその魔物の棲家認定して、襲撃を正当化する輩が現れないとも限らない。
そのため、第一拠点にはまだドールズはおらず、俺が時折分身体を送り出して維持管理を行なっている。
「……この、リオンさんの拠点を築くスキルで得た収入だけでも一生遊んで暮らせそうね」
「確かに収入はいいですね」
「あら、既に営業していたの?」
「ええ、国を相手にちょっと。これ以上は守秘義務の契約を結んでいるので言えませんが、おそらく年明けぐらいにはオリヴィアさんの耳にも入ると思いますよ」
「帝国を相手に営業を……陛下の治療や戦争への参戦もそうだったけど、リオンさんって自分の能力を秘匿したいのに、物怖じせずに積極的に国と関わろうとするわね?」
「戦争はまぁ、正直言って報酬目当てでしたから売り込みましたが、皇帝陛下の治療に関しては人の縁がキッカケだから純粋な善意ですよ」
「……強欲なリオンが純粋な善意から人助けだなんて、ちょっと信じられませんね」
オリヴィアと話しながら第一拠点内を案内していると、後ろを歩いていたリーゼロッテが失礼なことを言ってきたので、【
突然、んンっ、という声を洩らしたリーゼロッテに、オリヴィアが後ろを振り返り声を掛ける。
「リーゼ?」
「んンっ。どうかしましたか、オリヴィア?」
「どうかしたかはこっちのセリフなのだけど……」
「気にしないでください。ただ、んンっ……ふぅ、愛を感じているだけです」
「オリヴィアさん。リーゼは変態だから放っておきましょう。放置しておけば勝手に元に戻るはずです」
「そうね……リーゼって昔から変なところがあったから今更か」
突く以外にリーゼロッテに行っていた悪戯を止めて拠点の案内を続行する。
昨日からオリヴィアに構ってばかりだったからか、リーゼロッテが軽く拗ねていたようだったので構ってやったカタチだ。
『こういうのも悪くありませんね』
『喜んでもらえたようで良かったよ……』
『また構ってください』
『はいはい』
リーゼロッテのフラストレーションが多少解消されたのを脳内に伝わってくる声から察する。
拠点を出た後はすぐに魔物と戦う予定だが、これなら嫉妬心でモヤモヤしていたリーゼロッテも集中できるだろう。
あとは、夜寝る時にちゃんと構ってやれば大丈夫かな。
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