第173話 傲慢と計略



 ◆◇◆◇◆◇



「『樹縛壊葬ツリーホールド・ブレイク』」



 周囲の木々が向かってくる有象無象の魔物達を捕縛すると、そのまま締め付けていきその過半数を圧殺する。

 エリア内の魔物の中でも弱者に位置する魔物達には、この拘束から逃れられるような力は無かったようだ。



「『業炎紅禍葬プロミネンス・バーン』」



 木々の拘束を引き千切って脱出したゴリラのような見た目の十メートル近いサイズの巨大猿型の魔物に、対象を燃やし尽くすまで纏わりつく業炎が放たれた。

 並の炎熱耐性しかない巨大猿型魔物は、初めこそ纏わりつく炎を消そうと暴れ回っていたが、呼吸が出来ないほどに炎に巻かれているため、その動きは死期を早めるだけで、術者の元に辿り着くことなく力尽きた。

 


「『大地の早贄グランド・サクリファイス』」



 巨大猿型魔物より力は弱いが素早さに優れていた巨大狼型魔物は、着地しようとした先の地面が隆起して生成された無数の大槍によって貫かれ、空中にその屍を晒していた。

 


「『強酸弾雨アシッド・レイン』」



 地上の戦闘の余波の届かない上空から接近する飛行可能な魔物達の更に上空に雲が形成される。

 魔法プロセスの一環として形成された雲から大量の雨が降り注ぐ。

 その雨は飛行している魔物達を狙い撃ちし、その身体を穿ち、腐蝕させていった。



「『雷轟撃滅槍ボルテクス・ジャベリン』」



 上空から降り注いだ酸性雨に濡れた魔物の死骸。

 巨大虎型魔物に着弾し、その命を奪った雷轟の大槍は、辺りに落ちてきた濡れた死骸を触媒に大槍を構成していた雷電を更に広範囲へと拡散させた。

 拡散された雷電は、攻め入る他の魔物達にも直撃し、その足を鈍らせ、少なくないダメージを与えていた。



「『暴嵐の天槌ストーム・ハンマー』」



 足の鈍った魔物達の頭上から、対象を打ち砕く不可視のハンマーが振り抜かれる。

 天嵐+殴打属性を持つ不可視の一撃は、動きの鈍った魔物達が防御態勢を取る間もなく致命的な一撃をその身に喰らわせた。

 ダウンした魔物達を待っていたかのように、未だ発動中だった『樹縛壊葬』がダメージを受けて弱っている魔物達を拘束し命を奪っていく。



「『殲滅光線イレイザー』」



 全ての魔法攻撃を避けて術者の元へと唯一到達した巨大獅子型の魔物は、折り畳んでいた巨翼を広げると、術者の身を喰らわんとあぎとを大きく開けて地上から飛び上がる。

 その大きく開かれた口内に向かって放たれた黒い燐光を纏った銀光線は、頑丈な準ボス級の肉体を容易く撃ち貫き、飛び上がったばかりの巨大獅子型魔物を地上へと送り返した。



「ーーふぅ。流石にこれだけ放つと体内魔力が空になっちゃうわね」



 大きく息を吐くオリヴィアの体内魔力は、本人が言うように殆ど残っていない。

 自分だけでなく他者にも飛行効果を一定時間付与する『集団飛翔マス・フライ』を俺が行使していなかったら、最後の分の魔法を発動する魔力が残っていたか怪しいほどにギリギリの量だ。



「まぁ、戦術級魔法をあれだけ撃ち続ければ空にもなるでしょうね」


「魔力を使い切るのもだけど、レベルも久しぶりに上がったわ。シルヴィアを産んだ後に一度だけレベルが上がったことがあったから、それ以来になるわね」



 久しぶりにレベルが上がったのが嬉しいようで、戦術級魔法の連続行使で上気した顔を綻ばせるオリヴィア。



「オリヴィアさんが満足してくれたようで何よりですよ」


「リオンさんが横で守ってくれていたから周りのことを気にせず撃ち続けられたの。改めてありがとう、リオンさん」


「どういたしまして。最後は少し判断に悩みましたけどね」


「万が一のために一発分の魔力を残しておいて良かったわ」



 俺が護衛についていても、ちゃんと安全マージンをとっているのは流石は宮廷魔導師長と言うべきか。

 オリヴィアが魔法発動補助に使用している長杖には、予め魔力をチャージしておくことができるのだが、その分の魔力は初撃の『樹縛壊葬』で使用済みだ。

 通常よりも魔力を過剰に消費して発動時間を延ばしたことで一度でチャージ分を全て失ってしまったが、それだけの効果はあった。

 俺が〈嘲笑する悪魔リディキュール・デビル〉と魔法を駆使して誘導してきた魔物の群れを一目見て、この一連の戦闘の流れを事前に脳内に構築シミュレートしたのだろう。



「流石ですね」


「フフフ、ありがとう。でも、せっかくの機会なんだから、最後はリオンさんに守られるべきだったかしら?」


「では、今からオリヴィアさんを抱き抱えたまま適当な魔物と戦闘でも行いましょうか?」


「あら、それはーー」


「ーー戦闘音が止んだので戻ってきてみれば、リオンは一体何を馬鹿なことを言っているのですか?」



 背後から突然聞こえてきたリーゼロッテの声に振り返る。

 そこには胸部の主張が更に強まる腕組み状態のリーゼロッテがいた。

 ハイエルフの美女で長杖を持っていて胸が凄いという共通点はあるが、その表情はオリヴィアと違って少々不機嫌そうだ。



「何って……もてなし方の提案?」


「敢えて危険な場に飛び込むもてなしとは、初めて聞きますね」


「ジェッ、まぁあれだ。要望に応えようとした結果だ」



 ジェットコースターみたいなものだ、と答えようとしたが、リーゼロッテには通じないことに気付いたので、シンプルに答えておく。



「オリヴィアはオリヴィアで嬉しそうですね?」


「だって貴重な機会なのよ? 私ぐらいの立場になると簡単には経験出来ないことだというのはリーゼも理解しているでしょう?」


「それはそれです」


「そんなに一々怒っていたらキリが無いわよ」


「怒っていません」


「正妻は自分だって言ってたけど、このままだと周りから器量が小さいと思われちゃうわよ?」


「……それはそれです」



 痛いところを突かれたのか、責め立てていたはずのリーゼロッテの方が顔を逸らした。

 昔からの知り合いなだけあってリーゼロッテの扱い方は心得ているらしい。

 まだ話すようなので、一言断ってからその場を離れ、オリヴィアが倒した魔物の死骸を回収しに向かう。

 俺自身が討伐に関わっていたら【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】の自動回収能力で【無限宝庫】へ一気に収納できるのだが、今回はオリヴィアの攻撃魔法のみで倒されているため、自動回収が出来ないからだ。



「ちゃんとリーゼの味方はするから、今回は大目に見てちょうだい」


「……そう言うということは、決心はついたのですか?」


「答えをだすのはシルヴィアの反応を見てからになるわね」


「はっきりしませんね。まぁ、そうなった経緯を考えれば仕方ありませんか」


「……あの子も薄々気付いてはいると思うけど、大事なことだから娘の意見も聞かないわけにはいかないわ」


「シルヴィアも引き込んでくれていいんですよ?」


「それはあの子次第かしらねぇ。シルヴィアもいたほうがシェーンヴァルトがリーゼの後ろ盾になるのは確実かしら?」


「オリヴィアだけでも十分でしょうが、シルヴィアも引き込めばアークディアおう家の顔を最低限は立てられるでしょう。なんなら、向こう側の思惑通りマルギットも一緒に引き込めば確実ですね」


「アーベントロート家は建国時代からの親皇族の大家たいかだから良いんじゃないかしら。マルギットもいればシルヴィアも受け入れやすそうね」


「マルギットは家の都合から無理でしょうが、オリヴィアがいればシルヴィアは私の派閥になってくれそうです。先を見越して早い段階から足場を固めていた分、人数も含めて私の方が圧倒的に優位なのは誰でも理解出来るはずですから、私の正妻の座は揺らぎませんね」


「……リーゼがこういう政治的な話をしたり、計略を巡らせたりするのは正直意外だったわ」


「愛とプライドのためです」


「独占はしないのね?」


「当然したいですが、こっちのほうがリオンの利益になりますし、リオンの甲斐性と能力ならば、人数が増えても問題無いでしょう。リオンが嫌がるなら使えない手でしたが、エリンを連れていった際に問題ないことは分かりました。おかげで準備が捗りますね」


「甲斐性ねぇ……確かに優しいし、人格も能力も全てがアノ人とは違うわね」


「噂には聞いていますが酷い男だったらしいですね?」


「両家の友好のために婚姻を結んだけど、魅力を感じたことは一度も無かったわね……末路も酷いものだったわ」


「……私達はまだ若いんですから、これから取り戻せばいいんですよ」



 上空の方でリーゼロッテとオリヴィアが物凄く気になる話をしているのが、【地獄耳】の力で地上にいる俺のところまで聞こえてくる。

 二人がどういう類いの話をしているのかは理解しているが、俺のほうから触れるのも藪蛇のような気がするため、現在に至るまで気付いていないフリをし続けている内容だ。

 俺としては今生では好きに生きると決めているので、本当に嫌ならとっくに口を出している。

 そのことはリーゼロッテも理解しており、俺が止めたりしないので、変わらず自分の味方を増やすために動いているようだ。

 ただ、自分で自分以外の女と俺との仲を取り持ったのに、俺がその女性と親しげにしていたら拗ねることだけが問題と言えば問題か。

 本人曰く「それはそれです」なんだろうが、毎回寒い思いをさせられるのが難点だが、〈傲慢〉の衝動などを考えればこれでもマシなほうだと言える。

 仲を取り持った相手とですらそうなのだから、リーゼロッテの預かり知らぬところで商会の幹部娘達と仲を深めたことを知られたらどうなることやら……タイミングを見て自白しておくとしよう。

 まぁ、美女美少女に囲まれているのだから、多少の危険は甘んじて受け入れるべきなんだろうな。

 


「おーい、リオン!」


「どうした、シルヴィア」



 木々の合間から顔を出したシルヴィアが、手を振りながら此方に向かって歩いてきた。

 背後には他の仲間達の姿もあり、彼女達にはオリヴィアが戦術級魔法を放ち続けている間は、安全のために少し離れた場所で待機してもらっていた。



「戦闘音が聞こえなくなったから来たんだが、戦闘は終わったのか?」


「見ての通りな」


「凄い有り様だな……お母様と先に行ったリーゼさんは?」


「上の方で談笑中」



 上空を指差しながら、目の前の巨大狼型魔物に手を翳して【無限宝庫】へと収納する。

 元々が頑強な魔物であるため、戦術級魔法で倒されていても良好な状態の素材は意外と多い。

 前もってオリヴィアから許可を得ているので、これらの魔物素材は有り難くいただくとしよう。

 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】と【亜空の君主】の空間操作能力を使って、辺り一帯に点在している魔物の死骸を目の前に転移させてから、次々と収納していく。



「私はお母様みたいに魔法は使えないから、こういうのを見るとちょっと羨ましくなるよ」


「シルヴィアも一流レベルでは使えるだろ?」


「どうにか一流と言えるレベル、というのが正しいけどな」


「剣に盾の鍛錬をしながら魔法が一流レベルなら十分だろう」


「……剣にも魔法にも優れていることを示す〈賢魔剣聖〉の二つ名が与えられたリオンが言うと説得力が違うわね」


「マルギット、それは褒めてるんだよな?」


「勿論よ」



 そう平然とした顔で答えたマルギットをジーッと見つめていると、リーゼロッテとオリヴィアが地上に下りてきた。



「終わりましたか?」


「ああ。これで最後だ」



 最後の死骸の回収を済ませてから皆の方へと向き直る。



「オリヴィアさんは、取り敢えず今倒した分だけでいいんでしたよね?」


「ええ。おかげさまでスッキリしたわ」


「それなら、次はシルヴィア、マルギット、エリン、カレン、セレナの五人のレベル上げをするか。今の五人ならこのエリアの魔物相手でも、エリアボスや準ボス級魔物を除けば負けはしないだろう」


「シルヴィア、頑張るのよー」



 なんだか授業参観みたいだな、と思いつつ、五人が戦うターゲットの魔物の選定を行うためにマップを開く。

 強化魔服のテストを兼ねているから強めの魔物がいいよな……準ボス級一歩手前ぐらいが理想かな?



 

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