第167話 製品開発と直近の予定
◆◇◆◇◆◇
第一回目の炊き出しを無事に終えて屋敷に戻ると、自室の横に設けた工房の中に篭って作業を行っていた。
「ただいま戻りま……凄いニオイですね」
ドラウプニル商会本店から戻ってきたリーゼロッテが、工房内に蔓延するニオイにその美貌を歪めている。
そういえば、少し前に昼食を持ってきてくれたエリンも似たような反応をしていた気がするな。
俺は事前に【酸素不要】スキルで息を止めているので分からないが、今の工房内は余程臭いのだろう。
「おかえり。選考会はどうだった?」
【空気清浄】で室内の大気を浄化すると、リーゼロッテ達に任せた女性向け新商品の選考会について尋ねる。
【主従兼能】でレンタル中のスキルを【酸素不要】に変更したリーゼロッテがこちらの手元を覗き込みながら口を開く。
「総評としては、まぁまぁでしょうか。コスメ類に関しては匂いがキツい物もありましたが、全体的に肌のノリは良かったですよ。衣類に関しては、リオンのスキルで作った糸を使った物が一番高評価でしたね」
「まぁ、手触りやら軽さやら細かく調整した繊維だからな」
「詳細はリオンの部屋に置いてきた報告書に書かれていますので、後で目を通しておいてください。それで、コレは何をしているのですか?」
「ん? コレは革製品を強化する塗布剤を作ってるんだよ」
「革製品? 塗布材?」
「それなりの防御力を持つ革鎧と革の盾を、安価かつ大量生産を実現するために必要な物でな。強化塗布材は独自に作った錬金溶液だ」
「そうでしたか。向こうのリオン……オーズでしたか。そのオーズの方で何かあったようですね」
「ああ。色々情報を得てな」
塗布材になる前の液体を棒で掻き混ぜながら、リーゼロッテにオーズがダンジョンエリアで冒険者達から聞いた話を伝える。
なお、
「以前から思っていたことですが、アルヴァアインは他の場所以上に、冒険者達のランク間の経済格差が大きいように見えました」
「確かにな。神迷宮都市とそれ以外の場所とでは、冒険者関連商品を筆頭に物価が違う。他にも、神造迷宮という常に魔物が補充される仕組みや、迷宮内の多彩な自然環境が難易度を上げているんだろうな……」
常に変化する迷宮の外の地上では無理だが、ある程度変化の推移が定まっている迷宮内では、要領や腕の良い者は安定して稼げているような気がする。
そのため、まだまだ未熟な駆け出しや新人といった下位の冒険者達は、自然と不安定な生活を強いられることになる。
聞いた話だと、早い段階から既存のクランに入団し、そのクランの支援を受けて活動している者もいるらしい。
しかし、クランごとに団内の下位の冒険者の扱いには差があるため、酷いところだと小間使いのように使われているところもあるようだ。
「まるでブラック企業だな……クランを一つの職場と考えたら、あながち間違っていないか」
「名称から察するに、劣悪な労働環境の職場のようですね」
「そんなところだ。俺のところはそんな職場にならないようにしたいものだ」
「まだヴァルハラクラン自体が小規模なのと、活動しているのが私達だけだから大丈夫ですが、外部から人を集めるようになったら大変そうですね」
「そうだな。ま、なるようになるさ」
リーゼロッテと雑談に興じながら作業を続ける。
強烈なニオイが消えたのを合図に撹拌作業を止めて、完成した強化塗布材の中に予め作っておいた低性能の革鎧を沈めた。
【
「乾燥するのが早いですね」
「コレの揮発性は高いからな。こうやって浸透した強化塗布材の水分がすぐに蒸発することで、残った強化成分が革鎧と結合して、この革鎧の強度を向上させるんだよ。ちなみに強化後は撥水性も良くなるから汗などの水分も弾くから、臭くなり難くもなる」
「良いこと尽くめですね。ところで、この革鎧に使われている革は、何の皮でしょうか?」
「〈
「そんな魔物がいたのですね」
「人気エリア帯の中でも一部のエリアにしかいないからな」
冒険者ギルドの資料によればゴブリン達の獲物の一つらしい。
そのため、複数のゴブリンでも狩れる程度には弱い。
つまり、下位の冒険者パーティーで狩れる程度の強さということになる。
「個体数も多くて不人気の素材だが、身体のサイズが大きいから一体のスロウブルから結構な量の皮が手に入る。ただ、魔物の皮にしては耐久性は平凡だから、この強化塗布材で強化しているわけだ」
「下位の冒険者が身に付ける防具なら、普通の耐久力さえあれば十分だと思うのですが?」
「まぁ確かにな」
強化されたスロウブルの革鎧を空中に浮かばせて固定すると、【魔装具具現化】で具現化させた短剣を投擲する。
軽く放った短剣は革鎧に突き刺さったが、刃を貫通させることなく受け止めてみせた。
続けて、【無限宝庫】から未強化のスロウブルの革鎧を取り出し、同じ力で短剣を投げ付けるが、こちらの方は刃が貫通していた。
「人気エリア帯にいるスロウブルの皮のことは、アルヴァアインでは知っている者も多いだろう。だから、そのまま売るよりも一手間加えて強化して付加価値を付けた方が、冒険者達の興味を惹きやすいだろ?」
「価格はどうするのです?」
「大体の目安は付けてるけど、下位の冒険者の稼ぎをもっと調べてからになるから、正確な価格はまだ未定だ」
「そうでしたか。まぁ、リオンなら損をするような金額設定にはしないでしょう」
薄利でも利益であることには変わりありませんからね、と続くリーゼロッテの言葉に肩を竦めて応えた。
「あ、そうでした。そういえば、帝都支店から連絡が来てましたよ」
「帝都支店から? 通信か?」
「はい」
どうやら、アルヴァアイン本店と帝都支店間の相互連絡のために置いてある通信用
一体何の用だろうか?
「簡単に纏めると、レティとオリヴィアが早く会いたいそうです」
「……纏め過ぎてないか? 正確には何て言ってきたんだ?」
「帝都支店を通して伝えてきた内容ですが、レティからは年末に皇城でパーティーが行われるので、その事前の打ち合わせです。オリヴィアからは近々時間が取れるから、そのタイミングにアルヴァアインの屋敷に案内して欲しいそうです」
「そうか。そろそろ帝都に行かなきゃなと思ってはいたが……日時の指定はあったか?」
「双方ともに三日後です」
「それは凄い偶然だな……」
「ええ本当に。スケジュールとしましては、皇城で話し合いを行って、その帰りにオリヴィアも連れてアルヴァアインに帰還しましょうか。行きはまだしも、帰りはオリヴィアの転移魔法を使えばいいでしょう」
「そうだな。転移魔法が使えることを公言すれば、往路の欺瞞工作も必要無いんだがな」
「そのあたりの戦略的判断はリオン次第ですから、ご自由にどうぞ」
転移能力の有無の公開については、判断が難しいところだ。
長距離転移ができることを公言すれば、遠方から短時間で転移してきても周りに不思議に思われないが、その代わり俺の手札が一つ明るみになる。
活動拠点であるアルヴァアインから遠く離れた場所で暗躍する際に、その容疑者候補に数えられる可能性がゼロではなくなってしまうというリスクがある。
最近で言えば、神弓使いの攻撃を防いだ謎の全身鎧や、ロンダルヴィア帝国の第七皇女の支援者になった謎の商人ついても、下手すれば俺と関係を結び付ける輩が現れるかもしれない。
他には、公職に就いていない転移能力保持者というフットワークの軽さに目を付けられて、移動手段として都合の良いように使おうとする者が現れる懸念もある。
これに関しては、今の社会的地位と名声があれば跳ね除けられるし、報酬次第では受けてもいいだろう。
だが、そのメリットは身バレのデメリットを上回るほどでは無い。
結局のところ、現状の方針に変更は無いということになる。
レティーツィアやオリヴィア達を騙し続けるのが心苦しいことだけが、この方針の欠点だな。
彼女達が国の中枢にいないなら、ある程度の情報は契約付きで明かしてもいいんだが……。
「というわけで今後も変わらず転移能力は秘匿する」
「分かりました。まぁ、薄々勘付いてはいると思いますけどね」
「だろうな。だが、こちらが認めなければいいだけだから、それで構わないさ」
考え無しに転移を使いまくることが出来れば、ある意味では気が楽だろうけど、俺の性分では絶対に無理だ。
他にも転移を使える者が多ければ話が違うが、実際にはそんなことはーー。
「……なぁ、リーゼ」
「なんでしょう?」
「転移魔法みたいに誰もが長距離を移動出来るなら、俺一人がいつの間にか遠方に移動していても目立たないよな?」
「非現実的な前提ですが、目立たないでしょうね」
「ふむ。副次的な利益も含めると一考の価値はあるか」
既存の空間系術式に【
【超位演算】と【強欲なる神の開発設計術】を使えば、中枢システムだけならすぐにでも作れそうな気がする。
「また新しい事業を思いついたんですね。少し前にブラック企業がどうだと言っていませんでしたか?」
「さっきのはクラン。今のは商会だから別の話だ。それに、殆どは俺一人で組み上げるから、商会でやることなんて大した量は無いさ」
「ドラウプニル商会って、今いくつの企画を抱えてましたっけ?」
リーゼロッテからの指摘を聞き流しながら、スロウブルの強化革鎧に弱い攻撃魔法を放つ。
【
ジーッと見つめてくるリーゼロッテと目を合わせないようにしつつ、転移事業について考える。
新しい企画を立ち上げるとして、転移事業の名前は何にしようかな。
取り敢えず、まだ仮称だが〈ビフレスト〉と名付けるとしよう。
我ながらピッタリの名だと思いつつ、夕食の時間まで強化革鎧と強化盾のデータ取りを続けるのだった。
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