第168話 ギムレー養護院
◆◇◆◇◆◇
「ーー本当に、このような一等地にある立派な建物を使わせていただいてもよろしいのでしょうか?」
〈ギムレー養護院〉で使う三階建ての建物を呆然とした顔で見上げていた三十代ほどの外見の魔角族の女性が、ハッとしたように顔を元に戻すと、此方に再確認してきた。
「勿論ですよ。養護院のために用意したのですから」
建てるのに周囲の壁や庭込みで五分ほどの時間しか掛からなかった上に、【宮殿創造】によって消費された資源は俺の魔力だけだが、普通に建てるならかなりの金額になるだろう。
土地代に関しても、端のほうとはいえ中央エリアに位置するため結構なお値段だ。
それら二つを合わせた金額を想像すると、このギムレー養護院の院長を任せる彼女が、思わず再確認してしまうのも仕方がないのかもしれない。
院長の横には未だ建物を見上げている大人組と子供組がいる。
大人組は経営難に陥っていた他の養護院で働いていた院長と職員達や、新たにギムレー養護院として再出発する際に追加で採用した職員達だ。
子供組はそんな他の養護院にいた者達が半分ほどで、残る半分はスラム街などで暮らしていた孤児達であり、その中には以前会ったスリの子供の姿もある。
彼らは、昨日行った二回目の炊き出しの後に連れてきた孤児達で、今は強制的に身を清められた上に清潔な衣服を着ているため、見た目だけではスラム街出身だとは分からないだろう。
炊き出し後にスラム街にいたところを、スキルを使って説得して移住に同意させた。
それから一度眠らせて転移で一気に屋敷に連れてきて魔法で身体を洗い、起こしてからは身体の治療を施して食事を与えると、今日の朝まで眠らせておいた。
朝方に時間通りに屋敷を訪れた院長達も引き連れて、此処まで移動してきて今に至る。
「今の人数の倍は余裕で収容できるはずなので、部屋ごとの人数の振り分けは無理のないようにお願いします」
「かしこまりました」
「あと、言うまでもないことですが、子供達は平等に扱ってくださいね」
「勿論です。お任せください」
一昨日に雇用してから今日まで建物を作る時間が無かったため、院長達職員に現物を見せるのは初めてだが、事前に設計図を元にドラウプニル商会で大まかな説明は行われている。
この後の詳しい説明については、商会の幹部娘の一人が行うため、後のことは彼女達に任せても大丈夫だろう。
「……エクスヴェル様」
「なんでしょう?」
「エクスヴェル様がお作りになられた、このカリキュラムを問題無くこなせるようになれば、ドラウプニル商会で子供達を雇用してくださるというのは、本当でしょうか?」
院長が分厚い冊子を手に持ちながら尋ねてくる。
先ほどの建物のことといい、本当に心配性だな。
まぁ、俺が院長達の養護院を丸ごと買い取るまでは、資金難に悩まされていた上に、とある小規模犯罪組織から嫌がらせを受けていたのだから無理もないか。
ちなみに、その犯罪組織は先日フィーア達ノクターンによって壊滅している。
捏造した借金の代わりに子供達を引き渡すように言っていたようだが、その所為で俺に目を付けられたのだから自業自得だ。
おかげで民間の養護院の存在を知ることができ、その養護院を買い取ったことで運営権も一緒に手に入った。
ドラウプニル商会の傘下に組み込み、名前を変えるだけで手続きが済んだため、予定を一気に前倒しすることが出来たのは幸いだった。
「子供達が望むなら、ですけどね。望むなら、そのカリキュラム後に適正診断テストを行い、その結果と当人達の志望を照らし合わせてからドラウプニルグループ内の各部門に配属する予定です」
「……先を見据えさせて、しっかりと学ばせます」
「カリキュラム通りに無理の無い範囲でお願いしますね。あと、一定の年齢以上の子供達には商会の手伝いをしてもらいます。そこまで重くなく、高価でもない商品の補充をしてもらいますので、これに簡単な業務内容が書かれていますから子供達に教えておいてください」
「かしこまりました。えっ、お給料もいただけるのですか?」
追加で手渡した資料には、商品補充を行う子供達に与える給与額についても書かれている。
金額はかなり安いが、衣食住に加えて教育まで受けられることを考えると、この世界では破格の条件だ。
「真っ当に働いて得たお金の使い方を学ぶ機会と場所が必要ですからね。ドラウプニル商会内であれば、一部の商品はギムレーの子供達用の特別価格で販売しますので、そのあたりの説明もお願いします」
「分かりました」
渡した資料を数枚捲らせ、特別価格の商品の一覧表が記された資料があることを確認させる。
主な商品は雑貨だが、中には冒険者デビューの際に役立ちそうな商品カテゴリーもある。
迷宮都市という土地柄冒険者を志す子供がいるのは間違いない。
この冒険者向け商品は、そんな子供達が商会の手伝いで購入資金を貯め続けていれば、養護院を出る前には買える程度の金額になっている。
原価を考えると赤字だが、これもまた子供達の勤労意欲と購買意欲を高めるためだ。
「さて、私はそろそろ時間なので、あとの説明などは彼女に聞いてください。彼女がギムレー養護院の担当ですので、何か質問や要望があれば商会幹部の彼女に聞いてください」
幹部娘を改めて紹介すると、正気に戻った他の大人達と子供達に見送られてギムレー養護院を後にした。
「ふむ……フェイン。一番強いヤツを捕まえて尋問しといてくれ。他のは泳がせる」
「あいよ」
養護院の外で警備についていた警備部門の者達の中にいたSランク冒険者のフェインに指示を出す。
〈殲槍疾走〉の二つ名の通り風の如き速さでその場から離れると、警備部門の正式装備の一つである麻痺気絶能力のある非殺傷短槍を振るい、物陰から養護院を監視していた男を一瞬で制圧してみせた。
「前の孤児院の時にちょっかいかけてた関係者か?」
「いや、そっちは完全に壊滅しているから、スラム街のほうだな」
「あー、今まで手足として使っていた子供がごっそりいなくなったからか?」
「そんなところだろうな」
養護院という立ち位置と職員達を手に入れたことで、予定していた保護する子供の数を増やした。
そのことに気付いた裏社会の組織がギムレー養護院の調査のためにやってきたようだ。
戦力を見せつけるために俺の姿を見せるだけでなく、フェインの力も見せつけたのでマトモな頭があれば手を出してくることは無いだろう。
まぁ、世の中には自分の力を過信したバカはいくらでもいるので、実際に手を出してくるかどうかはまだ分からないな。
他の警備部門の者が気絶させた監視員を拘束しているのを見ながら、【
フェインに捕まえさせた最もレベルの高い監視員以外の監視員達は、今の一瞬の制圧劇を見て撤退していった。
監視員達にマップ上でマーキングをつけてから警備部門の者達に向き直る。
「大丈夫だとは思うが、念のため警備の数を増やしておいてくれ。フェインは今日の昼間だけ此処の警備に参加しておいてくれ」
「かしこまりました」
「おう、任せとけ」
ギムレー養護院の警備の責任者とフェインに追加の指示を出すと、外壁前広場で待つリーゼロッテ達の元へと向かった。
◆◇◆◇◆◇
「ーーうわぁ、馬車や馬よりも断然速いわね。前の世界の飛行機とどっちが速いかな?」
「飛行機の速さについての知識が無いのでなんとも言えませんが、まぁ、マッハは出てると思いますよ」
背後に前世の高校での先輩であるセレナを乗せて、アルヴァアインから帝都に向けてホースゴーレムタイプの眷属ゴーレム〈グラニ〉を走らせる。
グラニが走っている場所は空中、つまりは空であるため、進行方向を遮る物は大気以外に何も無い。
俺とセレナが乗るグラニの後方には、同じホースゴーレムタイプの眷属ゴーレム〈グラーネ〉と三騎の〈グルファクシ〉が追走している。
グラニは黒いボディに金飾の
そのため、グラーネにはリーゼロッテが、グルファクシにはマルギット、シルヴィア、そしてエリンとカレンが騎乗していた。
眷属ゴーレムなので乗っていれば勝手に走ってくれるとはいえ、馬に乗った経験が無いセレナとカレンを一人で騎乗させるのは危険であるため、二人は俺とエリンと一緒に騎乗することになったわけだ。
この三種のホースゴーレムタイプの眷属ゴーレムには、外装が異なる以外には殆ど性能に差はない。
敢えて差異を挙げるならば、専用型であるグラニとグラーネには、それぞれ俺とリーゼロッテに合わせたスキルが実装されているぐらいだ。
グラニには他二種の上位互換スキルを、グラーネには冷気や熱関連の耐性スキルが追加されている。
三種共通のスキルは、【
Aランク冒険者であるマルギットとシルヴィアよりも強い可能性があるため、今のような転移を使わない長距離移動時には護衛兼移動手段として大いに役立っている。
「あ、もうそろそろ着きそうです」
「二時間かからないぐらいで着いたわね」
「そうですね。転移には劣りますが、地上を移動するよりは断然早かったですね」
『リオン。帝都が見えてきましたが、何処で降りるのですか?』
『あまり門に近いところで降りると警戒させるかな?』
『そうでしょうね』
『じゃあ手前で降りて、そこから門までは地上を行こうか』
俺から【意思伝達】をレンタルしているリーゼロッテと背後にいるセレナを除いた四人にも、【意思伝達】を使って地上に降りることを伝える。
約一ヶ月ぶりの帝都エルデアスは街並みの至るところが白く染まっており、気温も南側に位置するアルヴァアインよりもかなり低いようだ。
空から遠めに見えた限りでは、雪が積もったことで人の往来も少なくなっているように見えた。
これだけ人が少ないとどの店も繁盛していないことが窺える。
冬の本番はこれからのようだし、帝都に来たついでに、店の売り上げを上げるためにも何かしら対策でも考えてみるかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます