第154話 カルマダ



 ◆◇◆◇◆◇



 開拓部隊を襲撃してきた魔蟻達の殲滅を終えた俺が最初に行ったのは、負傷した兵士達の治療だ。

 部隊にも怪我の治療のために治療系魔法薬ポーションや回復魔法が使える魔法使い達がいるものの、魔蟻達との戦闘中や、此処に至るまでの他の魔物との戦闘でかなり消耗している。

 そういった事情も含めた総指揮官であるクリストフとの話し合いの結果、負傷者達の治療と物資の補給を俺が行うことになった。

 これは、従軍している魔法使い達の魔力とポーションなどの物資を節約したいという理由もあるが、交渉相手が俺だというのが最大の理由だ。

 この交渉相手がその辺の冒険者や商人だったら、信用やら費用やらの問題からクリストフは現状の物資だけでやり繰りすることを選ぶだろう。

 だが、今回の交渉相手は、Sランク冒険者であり先の戦争の功労者であり今代皇帝の覚えめでたい俺だ。

 これらの実績に加えて、アルヴァアインに到着してすぐに行政府に挨拶に行っているので各種問題はクリアしている。

 むしろ、俺からの善意の提案を断る方が良くないという、もっともな言い訳ができるが故に、出費の重なる交渉でもすんなりと成立したわけだ。


 また、クリストフから現時点までの報告書を行政府に届ける依頼を受けたので、その時に今回の負傷者の治療と物資補給分の費用についての支払い明細書も一緒に届けることになった。

 開拓部隊の救援分もあるため、すぐに支払われることは無いだろうが、開拓部隊の帰還を待つよりは断然早くなるのは間違いない。

 まぁ、本当の目的は中継地点の拠点計画への参入権だから、今回の報酬金は幾らでも構わないんだけどな。



「それで、これが原因の冒険者ですか?」



 兵士達の治療を済ませた後、クリストフ直々に案内されて連れとこられた場所には、一人の冒険者の死体が安置されていた。

 年齢は三十代ぐらいの人族の男性。

 顔や首、あとは胴体にかけての刺青が少し特徴的だが、あとはよくある革鎧に身を包んだ軽装姿の冒険者だ。



「此処で部隊が休息している時に、この男が必死の形相で私達のところに助けを求めながら駆け込んできたのです。その直後にアリ達がやって来て戦闘に入りました。詳しい事情を問いただそうと男に詰め寄ると、『すまない。こうするしか無かったんだ』、と言って毒を飲んで自害してしまったのです」


「なるほど。まぁ、話を聞くに開拓部隊を狙った何者かの仕業でしょうね。この男は脅されて魔物の誘引を強制されたといったところですか」


「はい。私達も同じ意見です」


「……相手に心当たりが?」


「……おそらくは、犯罪組織〈カルマダ〉の者達だと思われます。カルマダについてエクスヴェル卿はご存知でしょうか?」



 カルマダか。以前滅ぼした犯罪クランの構成員達から奪った記憶の中に情報はあるが、違う視点からの情報も欲しいので頭を横に振っておく。

 俺がカルマダについて知らないので、クリストフが説明してくれた。



「カルマダは犯罪組織ですが、正確に言えば犯罪クランや闇クランとも呼ばれる、犯罪行為に手を染める冒険者達による犯罪系クランです。当然ながらギルド非公認なので、クランという呼称も正しくはないのですが、これまでに確認されている人数からクラン扱いになっています。正確な規模も人数も不明ですが、構成員の中にはAランク冒険者相当の実力者も複数名いるのが確認されています」


「それだけの実力者であるならば、すぐに分かりそうですが……」


「何らかの手段でステータスを誤魔化しているようでして、ダンジョン内に入る時の手続きなどでは発見できていません」



 カルマダがただの犯罪組織ではなく冒険者の集まりだと断言しているのは、冒険者や国軍の兵士しか入れない巨塔ダンジョン内で姿が確認されているからだ。

 判明している主な犯罪行為はダンジョン内での殺人だが、ダンジョン外である地上でも誘拐やら人身売買やらを行なっているという噂があるらしい。



「今回のことも彼らの主な活動場所であるダンジョン内に軍の拠点ができるのを嫌ったからだと思われます。拠点が出来れば兵士達の行き来も増えますから」


「なるほど。確かに有り得そうな理由ですね……」



 クリストフの説明に相槌を打ちながら死体を調べる。

 この刺青はただの刺青ではなく、どうやら紋様術を応用したものらしく、〈身体強化〉と〈挑発〉の効果があるようだ。

 俺の【始源の魔賢神紋プライマル・ルーン】ほどの効果は無いし、手間も掛かっているようだが、それなりに使えるレベルではあるらしい。

 加えて、死体から漂う仄かな甘い香りと、僅かに混じる不快な匂いを【情報賢能ミーミル】で解析したところ、この甘い匂いの正体は魔蟻達の蟻蜜で、不快な匂いは魔物を誘引する違法薬物であることが分かった。

 これらのことを踏まえると、どうやら今回の暫定襲撃犯であるカルマダは、開拓部隊の行軍スケジュールを知っていたということになる。

 まぁ、規模が規模なため関わっている人数も多く、情報が外部に漏れるのも無理はない……意図的に情報を流したか売り渡した者もいるかもしれないな。

 進行ルートまでバレているのは問題だが、そのあたりの危機管理意識は俺が気にすることではないので横に置いておく。


 俺にとって大事なのは、これが本当にカルマダとやらの仕業なのかどうかという点だ。

 情報によればカルマダの者達は犯罪行為を行う際には、顔の下半分を隠すタイプの特徴的なマスクを身に付けるため、そのマスクの有無でカルマダの者達だと見分けるらしい。

 この男の懐にもそのマスクがあったためカルマダの犯行だと判断したそうだ。

 実物を見せてもらい、そのアイテムの有無と、詳細ステータス上の所属欄にカルマダと表記されている者を【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップ上で検索をかけた。

 どうやら近くにはカルマダの構成員はいないようだ。

 だが、ダンジョン内の別のエリア帯にはいるのと、隣接するエリア帯にいるダンジョンボスの周りや、そのボスの領域である巣穴の中にカルマダのマスクの反応があるのが確認できた。

 まぁ、囮がこの男一人なわけがないとは思っていたので驚きはない。

 ここまで分かればほぼ間違いないだろう。



「そういえば、カルマダと敵対している犯罪クランなどの犯罪組織はあるのですか?」


「基本的には仲の良い犯罪組織同士というのはいませんので、アルヴァアインに蔓延る他の犯罪組織のほぼ全てが敵対関係だと思われます」



 つまり、そのあたりの組織間の関係性は不明ってことだな。



「そうですか。それらの犯罪組織の中で、カルマダはどのような扱いなのですか?」


「保有戦力的な意味では脅威ですし、組織の全容が分からない秘匿性もあって強大な組織として扱われているようです」



 なるほど……底が見えないほど恐ろしいモノは無いのは人も組織も同じだからな。

 脳内に表示したダンジョン内とアルヴァアインのマップ上に点在するカルマダ所属を示す光点の数は、非戦闘員も含めると三百から四百ほど。

 殆どの構成員は別のクランやパーティーに所属しているらしく、平時はそちらの方で何食わぬ顔で普通の冒険者として活動しているのだろう。

 中にはクラン全体やパーティーメンバーの全員がカルマダ所属のところもあるようで、全体の戦力は行政府の想定以上かもしれない。

 中にはユニークスキル持ちもいるようだし、狩っても不都合の無い獲物としては中々の組織じゃないか。



「となると、中には協力関係にある犯罪組織もありそうですね。私も気をつけるとしましょう」



 クリストフからある程度の話を聞いた後は、無難に話を締め括り、会話内容を今後の予定へと移した。

 クリストフ達開拓部隊は、魔蟻達との戦いでそれなりに損害を受けたが、開拓計画に支障をきたすレベルではない。

 だが、幾つかの問題点も明らかになったため、拠点候補地の確認を済ませてから一度地上に帰還するそうだ。

 拠点候補地はこの隣にあるかなり広めの小エリアだが、近辺で活動している冒険者達に配慮したり、軍隊のような大人数では通れない道を迂回したりしたため時間がかかったらしい。

 普通に少人数で進むなら、入り口がある第一エリアは一日以内に着く距離にあることを考えると、大人数で行動するのも良し悪しだというのが分かる。



「エクスヴェル卿。今回はお世話になりました。報告書なども申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」


「お任せください。皆さんの無事の帰還をお祈りしております」



 クリストフからの直接依頼である諸々の雑事の書類などを受け取ると、軽く挨拶をしてからその場を後にする。

 向かう先は隣接するエリア帯のエリアボスがいる領域だ。

 開拓部隊に差し向けた魔蟻達が壊滅して間も無く、エリアボスらしき女王蟻っぽい巨大な魔蟻は護衛の魔蟻達を引き連れて、自らの守護領域である巣穴へと戻っていった。

 危機は去りはしたが、また同じ手段で開拓部隊が襲われる可能性があるため、一度このエリアボスは討伐することにした。

 高位の魔蟻の素材が欲しいからーー先ほど殲滅した低位の魔蟻達の素材は討伐した俺が貰ったーーだが、クリストフ達の安全を確保する意味もある。

 一度倒されたエリアボスが再出現するには数日から一ヶ月程度かかるため、今倒しておけば開拓部隊の帰路の時には、まだ再出現はしていないはずだからだ。

 これに関してはクリストフからの依頼ではなく個人的な理由から倒すため、当然ながら報酬は発生しない。

 クリストフには時間をかけずに拠点候補地の確認を手早く済ませ、再出現前にこの付近を通過するよう伝えておいた。



「さて、ボスもだが、巣穴にあるカルマダ構成員の遺品も回収しておくか。何か情報があるといいんだが……」



 まぁ、捨て駒である囮の死体に情報があるとは思えないので、遺品回収はあくまでもオマケでしかない。

 そういえば、カルマダを滅ぼす際に、通常スキル以外にもユニークスキルが手に入る可能性があるなら、今のうちに魂の許容量キャパシティを空けておいたほうが良さそうだ。



「ふむ……一つ二つ分くらいは空くかな?」



 獲得したばかりのスキルや全く使ってないスキルもあるが、更に強化できるならしておくべきだろう。

 脳内で今後の予定を立てつつ、スキルを合成しながら魔蟻のエリアボスの領域へと向かった。



[スキルを合成します]

[【一滅一射】+【超狙撃】=【必滅必中】]

[【魔弾超過】+【乱射魔トリガーハッピー】+【早撃ちクイックドロウ】+【必滅必中】=【天導覇射】]

[【虚奪の魔眼】+【腐蝕の魔眼】=【解奪の魔眼】]

[【衝撃の魔眼】+【支配の魔眼】=【掌握の魔眼】]

[【強欲覇王の撃滅戦葬】+【撃滅の裂覇】+【猪突猛進】+【狩猟殺走】=【欲深き強欲神の神撃殲葬グリードリィ・ジャガーノート】]

[【岩土精製】+【金属精製】+【大地の雫】=【創生の大地】]

[【大地の王】+【創生の大地】=【大地の君主】]

[【破滅の天使】+【救済の天使】=【救征の天使】]

[【強欲なる設計者】+【天工の御業】+【狂異の閃き】+【術式理解】=【強欲なる神の開発設計術】]




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る