第153話 開拓部隊



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーさて、そろそろ移動するか」



 頭部や身体の各部が陥没したり折れ曲がっているエリアボス〈黒鱗蜥蜴戦騎ウォーナイツ・ブラックリザード 人の大族長マン・グレイトチーフアクルムト〉の死骸を【無限宝庫】へと収納する。

 アクルムトとの肉弾戦に決着がついて間も無く出現した宝箱は先に回収済みなので、これで第六十一エリアでの用事は終わりだ。



「いや、まだ遺跡の探索があったか」



 アクルムトとの戦闘の最中に【黄金探知】に反応があったことをふと思い出した。

 確か、場所はアクルムトが最初に座っていた石の玉座の下あたりだったな。

 戦闘によって場所を移動していたので、アクルムトの死骸があった場所から少し歩く。

 到着した石の玉座を強引に横にズラすと、そこには宝箱があった。

 神造迷宮ではボス級魔物を倒した際に出現する宝箱以外にも、稀に地形の中に隠されている宝箱が存在する。

 その中身は様々だが、ギルドの資料によれば、こういう遺跡系の構造物に隠されている宝箱には良いモノが入っている傾向があるらしい。



「中身は何かなっと……お、魔法書か。さっきも手に入ったし、今日はよく手に入るな」



 宝箱の中には【水冷魔法】スキルを取得できる魔法書が一冊だけ納められていた。

 先ほどの火山フィールドのボス宝箱からも【火炎魔法】の魔法書が手に入ったし、今日は中々運が良いようだ。



「既にスキルがある俺には不要だが、研究試料という面では歓迎だな。今のうちに解析しておくか」



 動かした石の玉座の縁に寄りかかりーー五メートルほどの巨体のアクルムトが座れるサイズなので座るには大きすぎるーーながら、手に取った【水冷魔法】の魔法書をパラパラと捲っていく。

 とある目的のためには、魔法スキルを取得できる特殊な迷宮秘宝アーティファクトである魔法書を解析する必要があるため、ページに目を通しながら【情報賢能ミーミル】と【星王の瞳】を発動させている。

 最後のページまで解析を行うと、【火炎魔法】の魔法書も【無限宝庫】から取り出して同様に解析していき、【水冷魔法】の魔法書との差異について確認していく。

 既にスキルを保有しているため、魔法書は消費されることはなく、変わらず手に残ったままだ。

 なので、解析が終わったら仲間内の誰かにやるとしよう。無難に魔法オンリーのカレンに渡すのが最適かな?



「ふむ、なるほど。大体の仕組みは分かった。細部はまだしも大筋は整えられるか……うん?」



[条件を満たしました]

[スキル【増化の種】が新たなスキルへと変化します]

[スキル【増化の種】が消費されます]

[スキル【強欲なる設計者】を取得しました]



 解析の終わった魔法書二冊を収納したタイミングで脳内に通知がきた。

 どうやら【増化の種】が別のスキルに変化したようだ。



「……名称的にも俺のためにあるようなスキルだな」



 俺の欲望のぞみを受けて芽吹いたスキルは、簡単に言えば道具ツールのような使い方をする特殊なスキルのようだ。

 これを使えば現在構築中のシステムの細部の設計作業が格段に楽に、そしてより精密に行うことが出来るだろう。



「ソフト面の目処は立ったし、あとはハード面か……まぁ、そっちはシンプルでいいか」



 脳内で諸々の課題をザッとピックアップして問題無いことを再確認すると、空を飛んでボスフィールドから移動する。

 今朝方に行った【御神籤】スキルによると、遠回りして帰るといいことがあるそうなので、【領域の君主】の拠点への転移能力でショートカットはしない。



「うーん、人気エリア帯に近いルートを通って帰れば、各拠点の配置的にちょうど良いかな?」



 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップを開いて第一大階層の全体像を立体表示し、既存のヴァルハラクラン拠点と転移用簡易拠点の位置関係を再確認する。

 現在までに作った拠点間の距離を考慮したところ、人の行き来が多い人気エリア帯の近くに転移用の簡易拠点を築いておけば、この辺りに用がある時などに何かしら役に立ちそうだ。

 往路とは違い、【天地駆ける神馬の蹄スレイプニル】ではなく【天空飛翔】を使って空を飛んでのんびりと移動する。

 空を飛んでいると魔物だけでなく冒険者達にも見つかりそうだが、【神隠れ】で姿を隠しているので問題は無い。


 いくつものエリア帯を経由しながら転移用拠点を築いていく。

 転移用拠点は一人二人が立てるだけのスペースさえあればいいのと、使用する俺自身に飛行能力があることを踏まえて、転移用拠点は天井や壁などを掘削するような形で創造している。

 地上から見上げても出入り口の穴は見えないようにしている上に、岩肌の拠点内も床や壁が整地されているだけで何も置かれていないので、例え見つかっても興味は惹かれないだろう。

 

 そんな転移用拠点を人気エリア帯の小エリアなどに築いていくうちに、気付けば下層エリアから中層エリアへと移動していた。



「さて、次は何処にするか……ん?」



 新たなエリア帯に入ったので、マップの縮尺を第一大階層の全体図から今いるエリア帯の全体図へと表示を変更して見てみると、一つの小エリアに人と魔物を示す光点が大量に集まっていた。



「何処かのクランの遠征……というわけじゃないみたいだな。アークディア帝国軍、いや、アルヴァアイン方面軍の拠点開拓部隊の兵士達か」



 正確には軍属以外にも雇われた人足や冒険者もいるようだが、取り敢えず纏めて兵士達の認識でいいだろう。

 どうやら彼らは以前、初回探索時に遠目に見かけた第一大階層の中継地点の拠点を開拓する部隊の者達らしい。

 あれから六日が経つが、この辺りが開拓する拠点の候補地なのだろうか?



「敵は蟻タイプか。隣のエリア帯の魔物が確か蟻系魔物だったっけ。行軍中に蟻の巣でも刺激してしまったのかな?」



 マップ上では光点が重なりすぎて確認し難いので、【万里眼】を使って戦場を直接確認する。

 視界の先では、高く聳える岩壁を背後にして蟻系魔物を迎え討っている開拓部隊の姿があった。

 開拓部隊を襲っている蟻系魔物には幾つか種類があるらしく、体高が二メートルある〈歩兵魔蟻インファントリーアント〉がパッと見た感じでは最も数が多いようだ。まぁ、歩兵だから不思議ではない。

 次に多いのが体高三メートルの〈精鋭兵魔蟻エリートアント〉で、一体でインファントリーアント数体分の戦闘力があるようだ。

 平均的な方面軍兵士の強さで比較するに、兵士一人はインファントリーアント一体よりは強いが、エリートアントよりは弱いぐらいのように見える。

 この二種の後方には、蠍のように反った体勢の二メートル半ぐらいの大きさの〈突撃兵魔蟻アサルトアント〉もおり、腹の先の針から毒や酸属性の魔弾を開拓部隊に向けて発射している。

 数もそれなりに揃っているようで、アサルトアント達が張る弾幕による被害が最も大きそうだ。


 また、数は少ないがエリートアントの更に上位互換である〈狩猟兵魔蟻ハンターアント〉による被害も甚大らしく、今も【万里眼】の視界の先でBランク冒険者のパーティーが一体のハンターアントによって壊滅させられていた。

 Bランク冒険者のみのパーティーで勝てないことから、Aランク相当の強さがあることが窺える。

 体高三メートル半のサイズでありながら動きが非常に素早く、手の鉤爪も鋼鉄製の武具を容易く斬り裂けるほどに鋭いため、突如目の前に現れては兵士達が次々と狩られているようだ。

 他にも種類がいるようだが、主な魔蟻はこんなところだろう。

 数秒ほどで戦況を把握すると、【万里眼】の視界を隣接するエリア帯へと向ける。

 そこでは、エリア帯同士を隔てる境界線付近で屯している魔蟻達のボスでありエリアボスでもある女王蜂的な魔蟻とその護衛である魔蟻達が待機していた。

 


「エリアボスは自分の領域外には出られないのかな? ま、ボスが参戦して来ないなら後回しでいいか」



 戦況の把握に努めながら空中を移動しているうちに、戦場になっている小エリアに到着した。

 戦場の上空から肉眼で改めて俯瞰した感じでは、魔蟻達の方が五割ほど数が多いように見えた。

 この様子だと、後数時間ほどで開拓部隊は壊滅してしまいそうだ。



「さっさと倒したいところだが、前もって救援が必要か否かを確認しないとな。軍相手でもそれは変わらないだろう。さて、総指揮官っぽいのは何処にいるかな?」



 大体の居場所に目安をつけてマップ上で探したところ、開拓部隊の前線の後方にある本営らしき場所にいることが分かった。

 【神隠れ】を解除してから直接総指揮官がいる場所へと降り立つ。



「っ!? 何者だ!!」


「ヴァルハラクランのクランマスター、Sランク冒険者のリオン・エクスヴェルだ。近くを通りがかった際に此方の状況に気付いたのだが、手助けは必要か?」



 周りの護衛の騎士達から剣や槍などの武器を向けられるが、それらを無視して簡潔に総指揮官らしき騎士に用件を告げる。

 この場にいる全員に見えるように、首から下げていたSランク冒険者の証であるミスリル製の蒼銀色の冒険者プレートを手に取ってみせるのも忘れない。



「Sランク冒険者!!」


「エクスヴェルと言えば、メイザルド戦役の英雄か!」


「おお、賢魔剣聖がいるならば心強い」



 周囲の兵や騎士達の反応は上々。

 総指揮官らしき騎士も言葉こそ無いが、瞠目しているので驚いてはいるようだ。



「……念のため本人かどうかプレートの確認をさせてくれ」


「どうぞ」



 冒険者プレートを近くの騎士に渡すと、彼から総指揮官の手へと渡る。

 十秒ほどでプレートの確認を済ませた総指揮官が、直接俺にプレートを返すために近付いてきた。



「エクスヴェル卿ご本人だと確認が取れましたので、こちらをお返し致します。私は今部隊の総指揮官を任じられましたクリストフと申します。さっそくで申し訳ありませんが、ご救援いただけるとのことですが、エクスヴェル卿お一人でしょうか?」


「仲間達は少し離れた場所にいますので、ここに来ているのは私一人だけですね」


「そうですか……では、エクスヴェル卿はどの程度までご協力いただけますか?」



 どの程度などと妙な聞き方をされたが、俺の行動に変更は無いので正直に答える。



「取り敢えずは目の前のアリ達の殲滅までですかね。負傷者の治療やアリ達のボスの討伐については、今の窮地を脱してからクリストフ殿にお尋ねするつもりでした」


「アリ達の殲滅だけでなく、負傷者の治療やボスの討伐までしていただけるのですか?」


「ええ。後で行政府が救援の報酬を支払ってくれるでしょうから、クリストフ殿は気にする必要はありませんよ。さっそく殲滅に向かっても?」


「ありがとうございます。お願い致します」


「では、失礼します」



 参戦の承諾が取れたので再び【天空飛翔】で飛び立つと、前線の上空へと移動する。



「まずはアリと兵士達を引き離すか」



 【万魔弾装の射手】を発動させ、周囲に数十個の色取り取りの属性魔弾を生み出すと、遠距離攻撃を仕掛けているアサルトアント達へと射出する。



「キィエエエエ!?」



 アサルトアント達が攻撃を受けているのに気付いた前線の魔蟻達の攻勢が弱まる。

 地上へと急降下し、冒険者パーティーを襲っていた二体のハンターアントを聖剣デュランダルで一蹴する。



「『大地の早贄グランド・サクリファイス』」



 地上に着地すると、前線の兵士達から魔蟻達を引き離すようにして戦術級魔法を行使する。

 大地の槍衾に貫かれて強制的に引き離された魔蟻達と兵士達を隔てるために、防御系スキル【聖場なる光護壁セイントフォース・シールド】を発動させた。

 背後の硬い岩壁の中までは無理だが、それ以外の地中も含めた全域を覆うように球状に展開された蒼銀色に光り輝く障壁結界は、戦術級魔法の範囲外にいて生き残っていた少数の魔蟻達からの攻撃を受けても壊れる様子はない。

 障壁結界に張り付いている少数の魔蟻達を【発掘自在】で生み出した大地の槍衾で串刺しにして倒しておく。

 先ほどハンターアントに襲われていた冒険者パーティーも障壁結界の中にいることを確認すると、デュランダルを触媒に【神薙斬り】を発動させた。



「派手に逝こうか」



 未だ残る数百体の魔蟻達が射程範囲内に入るほどの巨大な黒銀色のオーラの刃ーーオーラブレイドを形成すると、目の前に広がる空間を左から右へと薙ぎ払うようにしてデュランダルを振り抜いた。

 刹那の内に奔った黒銀色の斬撃は、全ての魔蟻達の身体を上下に真っ二つにした。

 成竜ですら容易く斬り裂いたのだから当然の結果だ。

 今いる小エリアのマップ上に生きている魔蟻の反応が無いことを確認すると、【神薙斬り】を解除したデュランダルを鞘に納める。

 取り敢えず、眼前の魔蟻達の殲滅は済んだので総指揮官であるクリストフの元に報告しに戻るとしよう。



「一応、リーゼに報告しておいたほうがいいか」



 『念話テレパス』を発動させてリーゼロッテに思念で報告しながら、歓声を上げる兵士達の間を歩いていった。


 

 

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